取り残された村
溜まっていたレストアのオーダーもやっと一段落。
レストアした車はいずれも順調で、北部の村は安心して作物を出荷することができるようになったようだ。まず、天候に左右されることがなくなった。雨で出荷が遅れてダメになることもなく、商品のダブつきで買取りを拒否されても他の町に売りに行くことができるようになった。
「村長から聞いた話によると、リリサルト村の連中は、ミールの町まで山葡萄を売りに行ってるそうです」
「あんな遠くまで……。アレク、あの村には何を売ったんだっけ」
「スズキ キャリイ」
「それならまあ、大丈夫か。でも、どうしてだ?」
アレクが答える前にフレイヤが入ってきた。
お盆の上には焼きたてのクッキーがある。
「これを食べればわかるわよ。試してみて」
「どれ、一ついただくか……美味いな! ひょっとしてこのジャムのこと?」
「正解。昔からジャム作りが盛んでね。年寄りが多い村だけど、腕は確かなの」
こういう話を聞くと光治郎は、この世界に中古車を広げて良かったと思う。
だが、本当にいいことばかりなのだろうか。
「問題は起きてない?」
「うーん、景気が悪くなった町もあるけどあそこは自業自得だから」
「ああ、ギーリッヒの町ですね」
「なんだ。アレクは知っているのか」
「あそこの町長とうちの村長は、昔から犬猿の仲ですから。商人と町長がグルになって、近隣の農民を苦しめていたんですよ。作物は不当に安く買い叩くし、逆らうと買取拒否の上、町に入れなくしたりで」
「ひどいな」
「おかげでラクタルの町は、空前の好景気だとか。車があれば、ここまで運ぶのはわけないですから」
そういえば、光治郎にも思い当たる節がある。
先週、修理依頼に持ち込まれた車がかなり酷い状態だったのだ。エラい剣幕で不良品だと騒ぎ立てられたもんだから、修理費を割り引いてしまったが、状態を調べてみると明らかにブレーキに異常があった。
よほど、無茶な運転をしない限り、ああはならないはずである。
翌日も文句を言いにきたのだが、その時は手を離せない仕事の最中だったので、浩史が対応したはずだ。
「あそこかぁ。浩史、あれ、どうなったんだっけ?」
「代車としていすゞのエルフを要求してきたんですよ」
「元の車は?」
「2CVです」
「うわぁ」
一番安い車をケチりにケチって、壊した挙句に格上の車を要求である。
「それ、結局どうしたんだ?」
「仕入れた車に変なトラックが紛れ込んでたんで、エルフのエンブレムだけつけて渡しちゃいましたよ」
「げっ、それって……」
「日野のブリスコです」
「よく動いたな。それ80年ぐらい前の車だろ」
バレた時が怖いが、その時は「代車ですから」で押し通すしかない。
だが、その心配もなさそうだ。2CVの修理完了通知をギーリッヒの町に送ったが、梨の礫。
どうやら、格上だと信じ込んだままトラックを返すつもりがないのだろう。
「いい匂いがしてるわね」
「おう、パレッタか。フレイヤがクッキーを焼いて来てくれたんだ」
「いただけるの? 嬉しいわ」
フレイヤがパレッタのカップを用意し、全員のお茶を入れ替えてくれた。
すでにコーヒーブレイクというには長すぎるが、光治郎は気にも留めなかった。
たまにはこんな日があってもいいと思う。
それより、前から聞いてみたいことがあったのだ。
「パレッタ、って古くから王国と関わってきたんだろう」
「ええ、もう長い付き合いになるわね」
「どっから来たんだ。故郷に帰りたいとは思わないのか」
「私が住んでいたのは、西の山脈の向こう側にあるエルフの里よ。今もあるかどうかわからないけれど。帰りたいと思ったことはない。何百年ぶりになると流石に疎遠すぎて、あまり懐かしい気分にもならないのよ」
里に興味がなくなったものは、好き勝手にあちこちの国へ出ていくという。
それが、エルフの長命種族としての事情なのかもしれない。
「この王国に来た理由はあるのか。他の国に行くこともできたんだろう」
「ええ、そうね。そういう選択肢もあったと思う。私は海が見たいと考えていたの。叶わなかったけれどね」
王国の西には険しい山脈があり、東には海がある。そのため、生活圏は南北に広がる形になっている。北部は光治郎たちの村までが生活圏であり、それより先には魔の森。
さらにその向こうも山脈があり到底行き着くことは不可能である。
光治郎はどこか日本に似ているな、と思う。
この縦長の国は北と南で、人も季節も風習も違うから。
ただ一つ違うのは、王国が隣国と接していること。
南部はバーミルズ高原までが王国の支配領域であり、その先は別の国である。幸いなことに、今の王国には野心はなく、これ以上領土を広げようと考えてはいない。
数百年前に一度領土争いもあったが、バーミルズ高原を支配したところでそれも終了。
お互いに関わり合いになろうとはせず、それ以降は戦争も貿易もほとんどない。
もちろん、長い歴史の中では、この閉ざされた王国を良しとしない王もいた。
これを打破しようと遠い隣国ではなく距離的に近い海への進出を試みたのは当然のことであった。
代々の王は、東の森に大遠征軍を送り込み、その向こうの海を手に入れようとしたのだ。
時には王自ら先頭に立って、進軍したこともあったという。
だが、試みの数だけ失敗が繰り返されただけだった。
「何度か協力を要請されて私も参加したのよ。当時の王の護衛役としてね」
「王国での地位が高いのはその時の働きのせいか」
「たぶんね。歴代の王のピンチも何度か救ったこともあるから」
エルフの力で瘴気に侵された者を治療し、強力な炎で魔物を屠り、王はそれを頼りに先頭で遠征軍を鼓舞し続けた。
しかし、魔物の群れと戦ううちに消耗して撤退を余儀なくされたという。
「ここみたいに開拓村として残すのは無理だったのか」
「なんて答えればいいのかしら。一応あると言えばある。でもあれは開拓村なんてものじゃない。帰れなくなった残党が集まった集落。そうね。”取り残された村”とでも呼べばいいのかしら」
「そうか……。助けてやれないかなあ」
「ごめんなさい。それは私にも無理なの」
長い歴史の中には海を見たものもいたらしいが、その者たちもまた帰る術を失い、海辺で集落を作っているという。
”取り残された村”とは、やり取りをしているらしいが、森の残る者たちはそれを語ろうとしない。
「わりぃ。別にパレッタを攻めてるわけじゃないんだ」
「ううん、わかってる」
パレッタにとっても小さな胸の痛みは残っているが、過ぎ去った昔のことであるらしい。
どこまで行っても他人事になってしまう以上、光治郎は変に同情することだけは止めようと思う。
「しかし、大変だったんだな。でも、そこを目指す気持ちはわかるな」
「コージローならそうかもね」
パレッタはクスリと笑う。
「ああ、海か。久しぶりに見てみたい」
光治郎にも海には思い入れがある。
異世界に転生する前、光治郎のガレージも海にほど近いところにあった。
海岸線には街道があり、ドライブコースになっていたし、そのせいで修理工場は客にも困らなかった。
海風は、車にとってサビを連れてくる厄介な代物だが、オープンカーで走るのは格別である。
「王国は今でも小規模ながら毎年遠征軍を送っているはずよ。もはや、遠征軍というよりは、残った人たちに救援物資を届けているだけ、という感じだけど……。そういえば、そろそろね。毎年、この時期に出陣していくはずだから」
「へぇー」
懐かしさと緩み切ったコーヒーブレイクを終えると一件の修理依頼が舞い込み、光治郎たちは仕事に戻った。
いっときの何気ない話で終わるはずが、とんでもない依頼となって舞い込んでくるのは、それから三日後のことだった。




