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コースの改修と技術の伝承

 舗装道路は、アスファルトと砕石や砂を混ぜた材料を敷き詰めて作る。

 問題はアスファルトの匂いが消えても魔物を遠ざける効果が持続するかということだ。コースの造成が始まってから、その調査を村人たちが行なってくれているが、今のところは問題なし。


「とりあえず一安心だが、まだわからない」

「ええ、早く安心してテスト走行をしたいもんです。ガレージいると車にばかりに神経がいってしまいますが、本当の目的はそっちですからね」

「ああ、コースができても魔物が村に入り込んでは意味がない」


 二人が気にしているのは、舗装道路の特徴によるものだ。

 造成時のアスファルトは高温でひどい匂いを撒き散らすが、冷えて固まるとほとんど匂わなくなる。この状態でも魔物を遠ざける効果があるか否か。

 それが今日わかるのだ。



 ピットで試走を終えた車のチェックをやっていると調査隊のリーダーが戻ってきた。

 どうやら結果が出たらしい。


「ここ一週間、テストコースの周囲1km以内に魔物の姿は発見できません」

「そうか、それはよかった」


 どうやら大丈夫のようだ。


 調査メンバーは、いずれも元冒険者でありこの手の仕事も経験があるらしい。

 聞けば、小型の魔物をわざわざ檻に入れてテストコースのそばまで連れてきたらしいが、激しく暴れたあと三十分でぐったりとして動かなくなったそうだ。


「そう聞くと魔物とはいえ、可哀想な気もしますね」

「ああ、これで魔物の憂いはなくなったのはいいが……」

「それですよねぇ」


 何事も想定通りというわけにはなかなか行かないものだ。

 大きな声では言えないが、光治郎にとって魔物の件より気になるのはテスト走行の状況である。


 ドワーフたちの頑張りで、見た目は想定以上の出来栄えなのだが、走ってみると問題が続出した。


「ああ、まただ。第一コーナーをオーバーランするのはこれで何度目だ?」

「3度、いや4度目ですね」


 ピートが試走を初めて、まだ一時間とちょっと。

 ここまで頻繁にコースアウトすると思わなかった。


「そんなにスピードを出していたわけでもないよな」

「ええ、おかしいです。問題は、あれだけの横滑りを起こしていたのにタイヤも鳴りませんでしたし、跡もついていないってことです」

「どう言うことだ?」


 しばらくそのまま走らせてみるが、完全にビビってしまっている。


 とにかく道の真ん中をキープ。

 カーブの前では過剰な減速を繰り返すという異常事態。

 舗装道路だと言うのに全くスピードが上っていない。

 あの薬草を取りに行った山道だって、もう少し速度は出ていたはずである。



 とりあえず、サインボードでピットインを指示。

 話を聞いてみないことには始まらない。


「これ怖いです。めちゃくちゃ滑って曲がり切れません」

「なんでだ?」

「わかりません。もう一度行ってきます」

「いや、ピートは一旦休憩を取って下さい。私はちょっとコースを見てきます」


 浩史はピートを押し留め、スタスタと歩いてピットを出て行ってしまった。

 コースを直に歩いて調べるらしい。


 徒歩で一周するとなるとそれなりに時間がかかるはずだが、ほどなく帰ってきたところを見ると原因がわかったらしい。


「浩史、何かわかったか」

「いくつか原因がありますが、一番はアスファルトの油ですね。砕石が細か過ぎたのも良くなかったみたいで」

「うわぁ……。そうかぁ、バカっ丁寧にやりゃあいいってもんじゃないか、やっぱり」


 光治郎とて修理工場の社長に過ぎない。

 車は山ほど直した経験があるが、コースを作ったことなどないのだ。


 天然アスファルトはかなり多くの油分を含んでいる。

 だからこそ、水を撒き、絶えず清掃することが必要になるのだ。


 今回はローラーの掛け方も甘く、なんとか均一な道にはなったものの締まった道とはとても呼べない。

 油の染み出す道に細かすぎの採石で引っかかりのない道。


 アイスバーン並みの状況にあったらしい。


「路面を改修しないと話にならないな。走行は中止だ。今日はゆっくり休んでくれ」

「いえ、それならトラックで野菜を町に運びます。最近、行ってませんでしたから出荷物が溜まってるでしょうし」

「ああ、頼む」


 車の運転に恐怖感が残っていたらまずいなと思っていたが、そんなことはなさそうだ。

 光治郎はドライバーの育成の必要性を感じていた。


「浩史、ピートばっかりに負担がかかってるんだけど、テスト走行できる奴いるかなあ」

「村長ならいけるのでは? スリッピーな道も苦にしませんし、喜んで引き受けてくれると思いますよ」

「いや、ありゃダメだ。テストコースでドリフトされちゃあ、ね」


 あの歳で走り屋、ってのも凄いが、レストア車の試走には向かない。

 はて、どうするか、と考えながらピットを閉めて村に戻ろうとしたところに、ドワーフの親方が一人。


「どうした? 何か問題か」

「いや、そうじゃあねぇ。一つ聞きたいことがあるんだ。自動車にはサスペンションがあるよな」

「ああ、ストラットとかダブルウィッシュボーンとかいろいろな」

「いや、俺たちにはそんな高級なものは使えねぇ。俺が言ってるのは、あのワーゲンとかいう車についている板ばねのことだ。あれについて教えてもらいたい」

「どういうことだ?」


 光治郎が困惑している理由は、ドワーフがリーフスプリングについて聞いてきたからである。

 ドワーフが作る馬車にも、すでに利用されていたはずだ。


 それを今さら、なぜ?


「俺たちの作る板ばねは、作る奴によって出来が違う。ところが、コージローが使っているものは性能が均一で、寿命もずっと長い。その秘密がどうしても知りたいんだ。頼む! ヒントだけでも教えては貰えねぇだろうか」

「……ちょっと考えさせてくれ」


 親方が言っている寿命とは、バネが反発力を失ってしまうまでの期間のことだ。

 光治郎は、そのリーフスプリングの性能差には気づいていた。



 決め手は焼き入れと焼戻しである。


 鉄を真っ赤になるまで熱し、水をかけて急冷する。これが焼き入れである。

 長所はは硬く頑強になること。短所は曲がりにくく、無理に力を入れると割れてしまうこと。


 焼き入れ後、再度200度程度まで熱しそのまま20分温度を保つ、そのあと自然空冷するのが焼戻しである。 

 効果は硬さが抑えられ、曲がりに強く、反発力を長く保つことができる。



 光治郎は、この二つの技術を教え渋るつもりはないる。

 問題は技術を伝えることができるか否か。


「ダメか」

「教えてもいいが、二つ問題があるんだ。一つは計測技術だ。俺たちは温度計を使って炉の温度を測るが、これをドワーフ全員に渡すわけにはいかない」

「大丈夫だ。熱したところを見せて貰えば、俺たちは鉄の温度を覚えることができる」


 できるというなら、それでいい。

 光治郎は炉を加熱して、ちょうどいい温度になったところで親方を伝える。

 親方がその温度を把握できるなら、焼き入れの温度の再現性を確保できる。


「わかった。だが、ここからが問題だ。ここからは誰でもできる代わりに守らなくちゃいけない手順がある。それを遵守できるか?」

「ウッ、それは……。守らせる。守らねぇ奴はこの仕事から外す」


 親方に苦渋の表情が見える。

 確かにドワーフには、粘り強さと頑強な体、鍛治師のスキルがある。

 いずれも種族的な特徴によるものだ。


 だが、それは同時に高いプライドを持つことにもつながっているのだ。

 己の力量を信用するあまり、技術を共有する習慣が薄く、一度決めた方法を変えることをよしとしないものが多い。


 その事実が光治郎を躊躇わせていた。

 親方の返事が渋いのもそのせいである。



「社長、やって見せればいいんじゃないですか」

「そうは言うがな。俺だって理屈は知ってるが試したことはないんだぞ」

「そんなことないでしょ。私は入社した時、付き合いのある製鉄所に見学に連れてかれましたよ」

「あー、そんなこともあったっけ。わかった。やってみるか」


 その時に工場長が言ったありきたりの言葉。

 “失敗は成功の元”

 を思い出したのである。



 それを聞いたドワーフの親方は胸を撫で下ろしていた。

 ダメと言われたらテコでも動かないつもりだったらしい。


 光治郎にしても、コース造成に力を貸してくれたドワーフたちに報いたいと考えていたところだ。

 かつて敵対したドワーフとせっかく仲良くなったのだ。

 こんなことでお返しになるなら、お安いご用だ。


 とにかくやってみよう。

 話が通じない場合もある。だが、話せばわかることも多い。




 一方、もう一人。

 ”話のわからない”ドワーフが、王都に向かって馬車を走らせていた。


 アスファルトの沼で働いていたが、元は陛下の前でロールスと戦った時の相手方にいた男なのだ。

 気難しく、一本気で、いまだに光治郎たちを信用していない。


「あのコージローがアンデッドを引き込んだ張本人だったとは。陛下にお伝えしなければ」


 完全に犯人扱いである。

 確かにこの前までドワーフを取り留めていた宰相は更迭された。


 だが、宰相一派の貴族との繋がりはまだある。

 このままでは済まさない、と呟きながら王都への道を急いでいた。




 半月後、清掃と慣らし走行を繰り返し、やっとテストコースとして使える状態になった。

 いよいよ今日からレストア車の試走である。


 その第一弾は、シトロエン 2CV(ドゥ・シ・ボゥ)とスズキ キャリィである。

 まずは数周ずつ走っては、車両を検査。ダメージや不具合がないかを調べるのだ。


「おー、ちゃんと走れてんじゃないか」

「ええ、もうカーブは怖くありません」

「飛ばしすぎて廃タイヤに突っ込むなよ」

「そんな。村長じゃあるまいし……」


 テスト走行再開後、村長が走ってみたいと言い出したのだ。

 光治郎が『くれぐれもスピードを控え目に』と釘を刺したにも関わらず第一コーナーを豪快にコースアウト。


 危うく愛車パンダを壁に激突させるところだった。

 そのままピットに戻るかと思ったが、懲りずに滑ること前提でドリフトをかまして走り切ったのが村長らしいところであるが……。


「浩史、改修がまだ甘かったかなあ」

「いえ、今日はタイヤ跡もちゃんと付いてますし、単純なスピード超過です。まあ、タイヤの替え時でもありますがね」


 どうやらテストコースに問題はなさそうだ。

 頃合いを見て村長に上がってもらおうと思ったところで、ピットにフレイヤがやってきた。


「どうした。村長なら今、シャワーを浴びてるから少し待ってくれ」

「それどころじゃないわ、大変よ。王都から使いの人が来たの」

「それで?」

「陛下がここに来るって」

「へっ!?」


 使いの人が持ってきた手紙を受け取り、封を開ける。

 光治郎の顔には困惑と苦渋が滲んでいた。


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