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テストコース

 光治郎と浩史はドワーフの運転する大型ダンプで森の奥に向かっていた。

 元々危険な場所であり、今走っているコースを外れると魔物に襲われる可能性があるらしい。


 安全に走れるのは全ての魔物がアスファルトに近づけないからである。



 だが、アンデッドの温床となっているのはこの森ではなく、ガレージの裏手にある林なのだ。

 すでに全ての木が切り倒されており、空き地となっている。


 教会の司祭が蒔いた聖水のおかげで一時的に安全にはなっているが……。


「これ放っておくとまた、アンデッドが出てくるってことか」

「そうらしいです。でも、原因と理由が噛み合わなくて……」

「わかってることだけでいい。説明してくれ」



 それじゃあ、と浩史はとても言いずらそうに話を始める。


 村人によると、昔からこの地は魔物の襲撃に苦しめられてきた。

 それが、最近はパッタリとなくなったのだと言う。


「いいことじゃないか」

「ですが、問題は魔物は相変わらず村のそばに来ていた、ってことです」

「どういうことだ?」


 森を抜けた魔物は全て林で引き返していたらしい。

 いずれもが怯えるような様子の後、フラストレーションを貯めた状態で。


「それで?」

「そのまま帰ったヤツはいいんですけど、魔物同士が鉢合わせすることがあるそうで」

「戦いになるな」

「ええ。しかも気が立っている状態ならどちらかが死ぬまでです」


 死んだ魔物を放置すればアンデッド化するのは当然である。

 理屈は通るが理由がわからない。


 なるほど、と光治郎は腕を組んだまま頭を捻っている。

 煮え切らない感じにもなろうというもんである。



 浩史は一つの仮説を立てたと言う。


「聞かせてみろよ」

「アンデッドが発生する原因は、林で魔物が争ったことにあるのは間違いないと思うんです」

「そうだろうな」

「問題は、昔はアンデッドなんていなかった。すなわち、林で争うことはなかった。さて、最近、村で何か大きな変化があったのでは、と考えました」



 そこまでいわれば、考えつくものは一つしかない。


「ガレージか……」


 光治郎は頭を掻きむしりたくなった。

 関わり合いになどなりたくないのに、パレッタの薬草の一件以来、避けられない事態が続いている。


 ある程度の魔物の知識も得るようになった今、魔物の行動を予想することたやすい。


「魔物はそれなりに頭が切れる」

「はい」

「そして城壁がある街には決して近づかない」

「はい」

「ガレージは鉄筋四階建てで、村のどの建物よりも高い」

「ええ、森を抜け、林に入ったところからよく見えたと思います」


 結論は明らかだった。

 魔物はガレージを城壁だと誤認していたのだ。



「わかった。責任は俺が取る。まずは、このアンデッド問題を片付けることに専念しよう」

「それがいいと思います」




 目的地に付き、浩史はトラックを止めた。


 そこにあるのはアスファルトの沼。

 タールの匂いが立ち込める中、ドワーフの運転するショベルカーが天然のアスファルトを掘り起こし、乗ってきたダンプに積み込んでいる。


「ここは凄いですよ。かなり質のいいもんが取れます。ここのはピッチ湖にも負けません」

「そこまでかよ……いや、ある意味予想通りか」


 現実離れしていると思うかも知れないが、実際トリニダード・トバコにはピッチ湖という天然のアスファルトの湖が存在する。サーキットに使われるほどの品質なのだ。

 それを凌ぐと言うのなら、光治郎が驚くのも宜なるかな、と言うところだ。


 あまりにうますぎる話に見えるが、よく考えると思い当たる節がある。

 こんなことが起きる理由は一つしかない。間違いなく神様の差し金である。


(そういえば、転生する時に言われたんだっけ。普通に暮らす分は自分で稼げ。ガレージを運営するのに必要なものは揃えてやる、ってな)


 これは神様がくれたこの恩恵だ。ありがたく利用してアンデットの駆逐に役立たせてもらうことにしよう。

 何かがストンと腑に落ち、胸の支えが取れた。



「きっとうまく行くさ」

「まだ、テストコースは着工もしてないのに?」

「ああ、村を平和にする。あの不器用な連中を普通に暮らせるようにしてやりたくてな」



 実は今回の事でアルトト村についてわかったことがある。


 光治郎が最初来た時、馬車がないだけでなぜこの村が詰んでいたのか?

 農作物も手作業の工芸品も思ったよりレベルが低かったのは何故か?


 その答えは、ここが元々恵まれない開拓村であったこと。


 村人は稼ぎの少ない冒険者であったり、食い詰めの農奴のような連中である。サバイバル的に生き抜く力や魔物と戦う覚悟はあるが、こと生活を継続していくことに関しては素人同然なのだ。


 土地に合うかどうかも知らずに好きな物を植えて不作になったり、輸送を考えもせず作れるものを作り、馬車の故障で詰んでしまったり、不細工なにわか造りの陶芸品を皆が使っていたり、と。


 光治郎は苦労した村人が安心して住めるようになればいいな、と考えたのだ。




 工事は順調に進んでいる。


 十人以上のドワーフが迷うことなく働き続けた。

 アスファルトの採取は予想以上である。


「アンデッド化の危険がある領域の伐採は完了してますし、あとは、舗装して仕舞えば問題ありません」

「混ぜる砂利はどうするんだ」

「ああ、村の近隣にある岩場がいい具合に粉砕されているので、砕石としてちょうどいいんですよ」


 オースティン・ミニの車高を上げようとした時に、神様が怒って雷を落として木っ端微塵にしたアレである。


「まっ、まあいい……着々と進んでるみたいだな」

「あとはコースをどうするかです。考えてることはあるんでしょ?」

「一応は、な。それじゃあ、初公開と行くか」


 用意していた模造紙を広げた。


 そこに書かれているのはテストコースの設計図面。

 アスファルトが見つかった時から、暖めていた計画なのだ。


「どうだ。単純なオーバルトラックなんだけどな」

「いいじゃないですか。ピットは二つですか、レースやるわけじゃないし」

「そう言うことだ」


 メインは全長2kmの何の変哲もないオーバルトラック。

 コースの真ん中にはジムカーナがあり、コース外にもコンディションが違う路面の道が用意されている。


 これがあれば、レストアしたての車をすぐに試運転することができる。


 今まではわざわざ村の外まで行っていたのだ。

 時には、仕上げた車を傷だらけにしてしまい、運転していたピートがペコペコ謝って来ることもあった。テストドライバーを頼んだのはこっちなのだから、申し訳ないぐらいである。

 これからは舗装道路でやれるから、そんな心配もしないで済むのだ。



 光治郎は満足げである。

 だが、浩史は何か違和感を感じたようだ。


「うーん、確かにいいことばかりなんですけど、ちょっとやりすぎなんじゃないですか」

「そんなことないだろう。気のせいだ、気のせい」


 修理工場がテストコースを持ってること自体、そうあることではない。

 だから、どれくらいが普通かなんて誰にもわからないのだが、設備全般がテスト走行用にしてはレベルが高すぎるのだ。

 その冴たるものが、観客席の存在である。


「これ必要ですか。五百人以上入れますよね?」

「陛下が来た時に備えてるんだよ。『自動車専用の道ができた』なんて聞いたら、王都からすっ飛んで来るかもしれないじゃないか」

「それはわかりますがね。じゃあ、こっちはどうなんです」


 浩史の指差したところは、コースの安全地帯と併設される建築物について記述している部分である。


 廃タイヤだけでなく、かなり本格的なキャッチフェンスを敷設する予定になっている。

 コースの外側には建物がある。内部は不明だが、管理棟と記載されている。



 光治郎は頭を掻きながら、ニヤリと笑う。


「バレちゃしょうがないな。ここで試したいのはスポーツカーだ」

「やっぱりですか。となると管理棟は倉庫も兼ねてるんですね」

「正解」


 スポーツカー。


 ロータス・エラン、マツダ RX-7、ケータハム7

 車高が低く、舗装道路でしか走らせることができないために今まで諦めていた車たちである。


「ついにやりますか」

「やらいでか。こんなこと日本にいたら絶対無理だからな」

「わかりました。そうと決まったら、コース作りの基本を教えないといけませんね。ドワーフたちを集めてきます」



 浩史は号令を掛けた。


 アスファルトと砕石の山の前にドワーフたちが整列。

 その向こうには、道路作成に必要な重機が勢揃いしている。


「これからコースの造成に入る。初めてのことで大変だろうが、よろしく頼む」

「「「「「「おおぉぉ」」」」」」


ドワーフたちはすぐに重機に乗り込んだ。

どんどんガーガーと周りは、日本で聞き慣れた騒音に包まれていた。


ある者は道を慣らし、ある者は砕石をさらに細かく、敷石として使える大きさに砕いている。


「あれも神様にお願いしたのか。名前もわかんねーぞ」

「ああ、パワーショベルやロードローラーはともかく、アスファルトフィニッシャーとかモーターグレーダーなんて、工事現場で見たことはあっても名前を聞くことはないですからね」


 アスファルトフィニッシャーは、熱いアスファルトを綺麗に路面に広げていく機械。モーターグレーダーは、中央に大きな「ブレード(刃)」がついた車両だ。

 一度ぐらい見たこともあるかも知れないが、普通は誰も気にしない機材である。


「じゃあ、あの一人で地面がガガガガって、鳴らす奴はなんていう、……あっ、やべえぞ」

「下がれ、手を離すんだ」


 暴れる機械を抑えきれず、ドワーフが吹っ飛ばされる。


 ドガっ、ブゥゥゥン、ウンンン


「……あぁ、やっちまったか」

「スマン。壊しちまった」


 部品もいくつか弾け飛んでいる。

 こぼれたマシンからの油が土に染み込んで、この部分の予定は遅れるだろう。


「そいつはいい。怪我は大丈夫か」

「こんなもん。何でもねーです」


 続行するつもりなのだろう。だが、患部は腫れていてどう見ても無理。

 光治郎は腕を取り、肩に手を触れた途端。


「痛タタタタ」

「ほれみろ、今日は休め」

「まだ、やれる」

「だーーーめーーーダァ」


 他のドワーフたちに休憩場に連れて行かせた。

 本人は納得していないが、光治郎は続けさせるつもりはない。


「あの頑固なドワーフをよく諫めましたね」

「ああ、元締めに無理をさせないように言い含めてもらったからな。いうこと聞かないヤツには、技術を教えないことになっている……それより、壊れちまった重機は大丈夫なのか」

「あれは、もうダメですね。神様に建設会社の作業マニュアルを用意してもらったんですが、ドワーフの連中と試行錯誤の繰り返しです。おかげで、機材は何台もダメにしてるんで……申し訳ありません」

「いいさ、よくやってくれてるよ」


 光治郎は一瞬、ここに来て後退か、と思ったが、その考えを打ち払った。


 ズブの素人が道路建設をやろうというのだ。

 何もかもうまく行くはずがない。

 ここまでやれたのは、きつい仕事に文句も言わず、失敗を何度繰り返してもへこたれないドワーフの体力と根っからの職人魂のおかげである。

 それを過信してはロクなことにならないはず。


 光治郎は、ふぅー、っと息を吐くと。

 スケジュールを書き直す事にした。


「もっと、日程に余裕を持たせよう」

「わかりました。図面も引き直しましょう。メインストレートから作り始めますが、とりあえず練習フェイズにします。作り直しを前提に納得するまでやらせます」

「いいんじゃないか。と言うか……。どうしてあいつら、こんなに熱心なんだ?」

「そりゃ、社長に期待してるんですよ。この国の流通は変わりました。自動車の普及を無理に進めることもなく、街道の休憩場は馬車を使う人も恩恵を受けています。それに、車の技術のいくつかは馬車製造にフィードバックされているみたいですし」


 そういえば、そんなこともしたな。

 目の前の風景を眺めていると、水を撒いているドワーフ越しに虹が掛かるのが見えた。



 三ヶ月後、テストコースは完成した。

 今日はお披露目である。


「まあ、村の連中と世話になった仲間内だけだがな」

「車もコースに合わせたものを用意したかったですしね」


 そんなわけで、記念すべき初走行は、アウトビアンキA112とフィアットパンダ45である。

 A112にはピートが、パンダにはもちろんオーナーである村長が乗っている。


「それじゃあ、ファイブカウントで行くぞ。5・4・3・2・1・スタート」


 弾かれたように二台の車が飛び出していく。

 当たり前だが、村の道とはスピードが違う。


 パンダの方が断然速いのは、村長がアクセルをまるで緩めていないからだ。

 それも次第に慣れてきたピートが追い上げていく。


 それを見ていたアレクの目が点になっている。


「こんなに速く走れるものだったんですか」

「そうさ、これが本当の自動車のスピードなんだよ」


 村人たちも一様に驚いていた。

 そしてその中から一人、村の外へ走っていく者がいる。


 忌々しげに見えるその表情は、このお披露目を祝うようには見えない。


 その姿はドワーフ。

 工事中は従順に働いていた彼らも全てが、光治郎の味方というわけではなかったのである。


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