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面倒な交通ルール、帰って見れば工事現場

 貴族相手の裁判に勝利し、ピートとサティは晴れて自由の身となった。


 だが、大破したキャンピングカー仕様のタイプ2はもうダメだ。いい車だったのにな。

 特にウェストファリアの内装。神様も泣くぞ。あれの入手は苦労しただろうに。


 二人の傷はパレッタのおかけで完治、これ以上王都にいてまた変な貴族に絡まれるのも嫌だし、野菜を町まで運ぶ仕事が滞ると村の連中が困るので、ひと足先に帰った。

 車はもちろん、ボルボ240である。


 となると王都では今、気軽に使える足がない。

 光治郎は要望書を”お供え” して、自分用に一台レストアするつもりだったのだが、翌朝二柱リフトに車はなく床には一枚の紙が。


 “今、そんなことをしている場合ではないであろう。王国の交通事情はお前にかかっているのだ”


「わあってるよ、そんなこと! あー、なんで交通規則なんて引き受けちまったかなぁ」


 ここのところ、光治郎は執務室に缶詰になっているのだ。

 社長を務める以上、書類が苦手でやってられないが、まさか王都の交通規則を細則から罰則まで全部書くことになるとは思わなかった。



 しかも、お目付役がいるのだ。


「おはようございます。コージロー殿」

「ああ、フェリスティンさん。……今日も早いですね」


 光治郎はすでに交通規則の草案を作り上げた。

 裁判の最後では、今後王国での包括的な交通ルールを施行するという意思表示にはなったと思う。

 

 だが、それは元々陛下に急いで見せるために書いたものであり、内容がまるで足りていなかったのだ。


 守るべき規則も罰則も穴だらけで突っ込まれるとまずいところがいっぱいあるのだが、あの裁判の大勝利で内容を精査しようとするものがいなかったのは幸いだった。

 後日、それを熟読した陛下から施行可能な法としての体裁を整えるように光治郎に命が降ったのだ。



 もちろん、陛下とて鬼ではない。

 王宮の文官を十数人、補佐としてよこしてくれたのだ。


 だが、このお役人たち。

 協力的なものばかりではなかったのである。


「ダァー! この書類、書式が全部バラバラじゃねーか」

「多種多様な要求に応えるのが王宮の文官である」


「なんで、傷害事故の罰則が平等になんねぇんだ。平民は鉱山送り二年で、貴族は金貨五百枚とかよ」

「仕方ありませんよ。貴族を鉱山送りにしても、どうせ手を回して逃げ出すか、早々に根を上げて周りの連中といざこざを起こすに決まってますから」

「だが、これだと金持ちの貴族には屁でもないぞ」

「では、あなたが決めて下さい。陛下からはコージロー殿には逆らわないように言われてますので」


 何もかもうまくいかなかった。

 文官は一人減り、二人減り。今、残っているのは三人だけである。



 毎日毎日、机に向かって交通規則を文書化する日々。

 だが、残ってくれた文官は、光治郎の意図を察してくれる者ばかり。


 スピードは遅くても、王国交通規則の細則策定作業は少しずつ進んでいた。


「まあ、いいさ。これならどうにか形になるだろう。それに切り札もあるしな。ほれ、これを見ろよ」


 上質な紙に金文字で記載された一枚のカード。

 文句を言いつつも光治郎は、王国に交通規則を浸透させるための切り札だった。


 王国の紋章と番号、それに個人を特定する住所と名前が記載されている。


「なんですか、それは」

「免許証だ。これを自動車の運転手と馬車の御者を登録する決まりにする。本当は取得には試験が必要なんだがな。今回は見送る」

「はあ、それで」

「無謀な運転や事故を起こした場合、普通なら本人の責任で罰せられるが、貴族のお抱えの御者が起こした場合はそのほとんどを貴族の責任にするんだ」

「いうことを聞きますかね」


 そこが問題ではある。

 だが、陛下はやると言っている。


 北部の農村が変わりつつあるのだ。

 以前は、時間的な制約があり、廃棄される農作物が多かったがそれが解消されて来ているのだ。


 馬車よりも速く、馬車よりも天候に左右されない。

 自動車による流通は農村にとって利益率の改善をもたらし、町に暮らす人々は新鮮な作物をいつでも入手できる。


 この活況を王国として逃すわけにはいかない。



 確かに、貴族の反感を買うかも知れない。

 だが、免許制という鞭と対になるもう一つの制度を飴として用意していた。



 光治郎はそれをフェリスティンの前に差し出した。


「それも免許なんですか?」

「いや、こいつは違う。今後、全ての馬車と自動車にこれをつけることを義務化するつもりだ」


 木の板に金属の縁取りと小さな板を取り付けたそれには”王都 あ103-226”と書かれていた。

 ナンバープレートである。しかも、日本のものより結構オシャレである。


「それこそ、反対されるのでは? 貴族はせっかくオリジナルデザインな豪奢な馬車に木の板なんて付けませんよ。農民だって王家の紋章がついた馬車なんて乗りたがらないでしょう」

「そうか、それは考えなかった」


 貴族については、あまり気にしていない。

 なんなら、豪華版のナンバープレートも有料で用意すればいいのだ。


 問題は平民の方である。

 もし、王家の紋章の付いたナンバープレートを落としたらどうなるか。

 それを考えただけで農民はみな、震え上がりそうだ。


「わかった。今はそのまんま王家の紋章になってるが、今後は交通局が取り仕切ることになる。その紋章をデザインしてもらおう。権威はあるが、無くしたとしても厳罰が下ることはないように」

「ですが……」

「大丈夫だって。これはこの制度の普及のためのエサにもなっているのさ。これを見てくれ」


 光治郎は用意していた模造紙を広げる。

 それには、製造費用補助額一覧と書かれている。


 自動車および馬車を製造する際、国から補助金を出すことにしたのだ。

 すでに走っている馬車に対しても、これは有効である。すなわち、その金はそのまま懐に入れることができる。


 代わりにナンバープレートを馬車に取り付けること。必ず見える位置に。

 猶予期間は二年。それを過ぎるとプレートのない自動車も馬車も罪に問われることになる。


「なるほど。それは効くかも知れませんね。昨今、自動車に対抗しようと貴族の馬車は豪華になる一方です。弱小貴族の中には、その費用を工面するのに四苦八苦しているらしいですから」

「だろう? それに貴族だけじゃない。農村だって同じさ。馬車は消耗品だし故障も多い。登録することでその費用が何割か浮くならこの話に乗らないはずはないと踏んだんだよ」

「それならあっという間に広まるでしょうね」


 今日も一日机の前で一日が終わる。

 フェリスティンと話し込んでいるうちに、文官はみな帰ってしまった。


「あーあ、俺も村に帰りたいよ。いつになったら戻れるんだ?」

「そう言われましても……。交通ルールについて詳しいのはあなただけなんですから」

「浩史だっているだろう?」

「はっ? ヒロフミ殿なら戻られましたよ。『ドワーフたちを待たすわけにはいかない』とかおっしゃって」

「あんにゃろう」


 うわぁ、あいつ面倒に巻き込まれたくないもんだから、先にアルトト村へ帰りやがったのか。


 なんで自分一人こんな面倒な目に……

 ダァー! やってらんねぇ。



「『……よって、十字路において狭い通りからくる車両は一時停止の義務を持つものとする』と。これでいいよな。あとは明日だ」

「ご苦労様でした。あと、十日ぐらいですかね」

「いや、一日でも早くあげる」


 そう宣言して一週間。

 必死に頑張り、王国交通規則が完成した。


 フェリスティンも文官たちもへとへとであった。

 だが、翌日王都を立つと決まった途端、疲れが吹き飛んだ光治郎は、久しぶりにスパナを握っていた。


 その夜遅くまで、ガレージの灯りは消えなかったという。



 ブゥゥン、ブォンブォン

 快調に車は進んでいく。


 ホンダ アコード・エアロデッキ


 今となってはかなりレアな車だ。

 あまり売れなかった時代の徒花みたいな車種ではあるが、あの頃のモデルよりはエンジンは一回り上、サスペンションはダブルウィッシュボーンである。


「これこれ、ソフトな乗り心地だがぐにゃぐにゃとは違う。内装も当時としては豪華、その実あくまで質実剛健」


 あまり賛同者がいないのが悔しいところだが仕方がないだろう。

 一般的には車好きが十人いても、これを上位に上げる人などほとんどいない。


 レストアした理由にしても、荷物が増えてしまったせいでバンが必要だからだ、などとうそぶいてはいるが、文書作成で溜まった鬱憤を晴らすという本音が随所にダダ漏れである。

 光治郎満足していたし、それなりに楽しい気分で一日半の旅を終えた。


 あとは、村に戻って、レストア三昧の毎日に戻るだけだったはず。



 だが、工事音と大きな振動。

 村の正面からガレージに向かう道の向こうに見えたのは別世界だった。


「な、なんじゃこりゃあ!」

「あっ、社長。お帰りなさい。ドワーフたちを見て下さい。よく働いてくれますから」

「何言ってるか聞こえねーよ」


 地響きがひどい。

 お互いに大きな声で怒鳴り合わないと話ができない。


「お帰りなさい、って言ったんです!」

「そうか……。それにしてもなんなんだ! あのデカブツは。誰があんなもの」

「私ですよ。決まってるじゃないですか。さあ、魔の森の伐採はもう済んでますから。アスファルトと砂利を運ぶの手伝って下さいよ」


 あったはずのものがない。

 裏手にあった小さな林が空き地に変わっているのだ。


 走り回っているのは10tの大型ダンプ、日野・ドルフィン四台。

 そして大型のショベルカー 小松のPC75UUである。


「バックホーなんてどうしたんだ? 運転だって誰が教えたんだよ」

「ああ、三峰のガレージが潰れた時に、次の仕事探してて大型特殊免許(ダイトク)取ったんですよ」


 ガガガガとパワーショベルが旋回し、ドドドドと低い音でダンプが唸りを上げている。

 さらに空き地の向こうが切り開かれていて、背の高いダンプと重機が魔物の林の中に入っていく姿がとてもシュールだ。


「これ、俺がやりたかった自動車の普及と違う……」 


 まるで、日本では見慣れた工事現場である。

 異世界で鉢巻を巻いたドワーフたちに再現されるとは思わなかった。


 光治郎は呆然として立ち尽くしていた。


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