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ルールと気合い

 光治郎たちは帰路を急いでいた。

 向かうは王都。何よりピートとサティのことが心配である。


 貴族の馬車と事故を起こしたとなると、身柄を拘束されている可能性がある。


「ひどい怪我をしているのに、牢屋に入れられてる、とかはないよな」

「大丈夫ですよ。怪我だって、危険な状態だったらそう書いてあるでしょうから。第一受け取った手紙は誰が出したか忘れたんですか」

「あっ! そうか」


 手紙の差出人の名はパレッタ。

 王国にとって大恩のあるエルフであり、陛下に物申すこともできるのだ。


 たとえ貴族が強引に牢屋に収監しようとしても『裁判もなしにそれはおかしいでしょう』と言えば、阻止できるはず。


「とにかく王都に戻ったら、まずガレージに向かいます。彼らが療養しているとしたら、そこしかないですから」

「そうだな。あとは、罪状か。本来あるべき交通ルールを陛下に説明しなくしちゃならん。浩史、途中でプレゼンを代わるとしてどこを担当する?」

「何を言ってるんですか。資料作りは手伝いますけど、謁見には行けませんよ。呼ばれてもいないものが王宮に入れると思ってます?」

「わかった。一人でやる。ピートに何かあったら全部俺の責任だからな」


 この世界で初めて自動車について巻き込んだ村人第一号であり、村の作物を町に運んだ時も、折衝してくれたのは全部ピートである。

 自動車の運転も必要に駆られたとはいえ、半ば無理やり覚えさせられたようなものだ。


 間違っても車のせいで、悪いことは起きて欲しくない。

 そんな思いが光治郎の頭の中でぐるぐると回っていたのだ。


「抱え込まないでくださいよ。ピートだって社長に感謝してるんです。負い目を感じることは何もないんですから」

「そうか。そうだよな」


 ようやく落ち着いた様子を見て、浩史はため息をつきそうになった。

 光治郎が元の調子に戻ってくれないと困る。


 そうでなくてもこのアウトビアンキには無理をさせているのだ。

 すでに途中で一回、バッテリーが上がってしまい、予備は使い切った。


 せめて、修復不能な故障だけは起きてくれるな、と思いながら浩史はアクセルを踏み続けた。




 数日後、なんとか王都に到着。

 ガタガタと路面の悪い道をA112は走り切ったのだ。


「何もなくて良かったですね。まずはガレージに行きましょう」

「ああ、だがパジェロなら持っと速かっただろうな。なんで、用意しておかなかったのか……」


 それを見てついに浩史がキレた。

 これでピートの容態が悪かったらどんなことになるのか。


「パジェロは村に置きっぱなしです! そんなに言うなら、こっちでランクルとかレストアしておけばいいじゃないですか。……社長、しっかりして下さい」

「……………悪りぃ」


 正気の失せた目をしていた光治郎はそれだけ言うと、車を降りた。

 心配で心配で仕方がない。重いシャッターを開けるのももどかしく、ガレージを開けると――



「あっ、お帰りなさい。コージロー」

「えっ!」


 そこにいたのは、談笑するピートとパレッタ。

 サティに至ってはお茶を給仕までしている。


「ピート、サティ。お前ら無事か! ……というか、どういう状況?」


「怪我はすっかり治りました。あっ、ぶつかった時は酷かったですにゃ。ピートは膝を酷く痛めていたし、私は腕を骨折」

「だ、大丈夫なのか? サティ、お盆なんか持って」

「パレッタの治癒魔法でちょちょい、と。ホント凄い。感謝感激ですにゃ」


 気が抜けた。

 パタンと倒れて床に座り込み。

 腰が抜けたらしい。


「社長。大丈夫ですか」

「うん、えーと、うん」

「ほんとしっかりして下さいよ。ずっと運転してきた私の方が倒れたいぐらいなんですから」

「……………」



 光治郎が助け起こされ、椅子に腰掛けたところでパレッタが説明をすることになった。


「どこまで聞いてるのかしら」

「ピートとサティが乗った車が馬車とぶつかりそうになり、避けはしたものの車は大破。相手は貴族でほとんど無傷だが、いちゃもんをつけられている、ってとこまで」

「うん、まあ大体それで正解よ。でも、そこからが結構深刻なのよ」


 パレッタの話によると、相手は自動車の危険性を貴族の間に触れ回っているらしい。

 恐らく目的は単にピートの責任にするだけでなく、自動車そのものに対する牽制と考えた方がいいだろう。


「相手の言い分は」

「『あれほど危険な乗り物は禁止すべきだ』、と」

「そんなにピートはスピードを出していたのか?」

「いいえ、狭い路地から飛び出してきたのは馬車の方。それは、見ていた人の証言からも明らか、だったんだけど……」


 思ったとおりだ。

 スピード狂の村長ならともかく、あのピートが町中で飛ばすはずがない。


「もしかして、証人を金で賠償している?」

「恐らくね。今はピートの運転に問題があった、と考えている貴族が多いと思う」

「ふざけてやがる」


 明らかに光治郎の自動車普及を阻止しようという動きである。

 具体的な要求としては、多額の賠償金と王都と北部一帯での自動車禁止だと言う。


「一応、私が話を陛下に通しているので、相手も強弁には出られない。でも、このまま全貴族に今の風潮が広がったら不利よ」

「まずは相手が誰なのか教えてくれないか」

「事故の当事者はロンデル子爵と側室の女性。厄介なのは、その寄親がバルステア侯爵であることなのよ」

「わからん。誰なんだそれは」

「あの元大臣バンゲルドの実家よ」

「うわぁ」


 あのロールスを陛下に献上した時に、対決した陣営の元締めだ。

 恨み骨髄、ってやつである。


「あの男、元は伯爵だったの。あの一件で一部のドワーフとの癒着が明らかになり、大臣の職は解かれ、爵位も男爵にまで下げられた。その恨みは本人だけでなく一族に広がっていた、って言うわけ」

「なるほどな。で、そのバルステアとかいう侯爵の権威を傘に、ロンデル子爵が噂を振り撒いている、って話か」

「そう言うこと。しかも貴族たちの間では、禁止地区を北部と王都だけにしたのは寛大な措置だという風潮が広がっているの」


 狡猾な奴らだ。


 だが、うまいやり方だとも思う。

 南部を入れなかったのは、譲歩しているというポーズを取る意味もあるが、取るに足らない田舎だと思っているからだ。


「社長と私が、バーミルズ高原で、トラックを大量にレストアしたことは知らないでしょうからね」

「ああ。だが、その事実が彼らの耳に入っても気にはしないだろう」

「確かに今はそうですね」


 王都の貴族は南部を気にもかけていないとバルレイズ男爵も言っていた。

 だが、あの八台の大型トラックの輸送力は今後、王都の食糧事情を一変するだろう。


 男爵の地位は向上し、光治郎たちにとっても追い風が吹く可能性はある。

 その時、バカにしていた貴族は慌てふためくだろうが、それを待っている時間はない。


「これを覆すにはどうしたらいい」

「一つだけ方法があるの」

「それは?」

「王都の教会で、陛下たちの前で神に祈りを捧げることよ。神託が降れば貴族とて、逆らうことはできない。ただ、このやり方で歴史的に勝った被告はほぼゼロ」


 苦しい時の神頼み。


 叶うことがないのは当然である。

 神託が降りることなんて、十回に一回どころか、何千回に一回も起きないからである。


 貴族たちはそんな方法があるしても気にも止めないはずだ。



 だが、光治郎は違う。

 神は普段から”やり取りの多い相手” なのである。


「いいのか。そんなことをして……」

「社長、迷ってる場合ですか? 見誤ってはいけません」

「何をだよ」


 逡巡する光治郎に浩史は決定的な一言を突きつける。


「この王都へは何をしに帰ってきたのか、ってことです」

「あっ!」


 虚を突かれたように顔を上げた。


 そうだ。

 神から託された依頼。だが、元々は光治郎がやるべき仕事なのだ。


(王都に戻る最初の理由は『ルールを作る』こと)


 相手が汚い手を使ってきている。

 だが、これはフェアな戦いじゃない。


 その思いが、光治郎を躊躇わせていただけなのだ。


「わかった。今回は神の威信も利用させてもらう」

「ええ、『困った時には神様でも使う』でいいじゃないですか」


 (全てはこいつで決める。待ってろ、貴族ども)


 光治郎は机に向かい、守るべきルールを策定していく。

 特に事故が発生したところは念入りに。

  

  “スピードを出していた方はどちらか”

  “十字路で確認を怠っていないか”


 いずれも相手を叩き潰すために必要なものだ。

 そして、最後に一枚。

 表紙の後に挟まれる、そのページにはこう記されていた。


 “この規則には貴族も平民もないものとする”


 ピートの疑いを晴らしたい。卑怯な貴族を叩き潰したい。

 だが、それを飲み込んで、筆を置いた。


「これを陛下に認めさせる。例え、神の名も使ってでも “安全に車が走れる世の中を作る”」


 今はそれだけでいいのだ。

 あとは眠るだけ、明日に備えて、と。


 おかしい。

 ガレージで誰かが作業しているらしい。


「社長、起こしちゃいましたか」

「いや、俺も書き物してたから……。それにしてもパッカード・トゥエルブかぁ。良くこんなもの見つけたな。この年代物を」

「要望書に『無理言ってすいません』って書いて、お供えしたんですよ。神様にとっても厳しかったらしく『廃工場でやっと見つけた』って神様のメモがダッシュボードにありました」

「マジか」


 目の前にあるのはドーンとノーズが突き出た由緒ある高級車である。

 かつてはアメリカの大統領も乗っていた、とか。


「1935年製。v12でクラブセダン、ってヤツです」

「今からでレストア上がるのか」

「ええ、意地でも仕上げますよ。これでガーンと行きましょう!」

「おう、気合い入ったぜ」


 階段を上がりながら光治郎は拳を握る。

 明日は負けられない、と思いながら。


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