お披露目と事件
「よーし、これで上がりだ。お疲れさまー」
「「「「「おー」」」」」
ここは、バーミルズ高原の三峰モータース特設ガレージ。
作業しているのは、むつけき男ども十名である。
「それじゃあ、親方。最終日もよろしくお願いします」
「おうよ。……あと、親方、ってやめてくんねーかなぁ」
「いえ。男爵様が『敬意を込めてそう呼べ』と、コージロー師匠の方がいいですか?」
「……親方でいい」
なんでこんなことになったのか。
それはひと月前にさかのぼる。
「車は何台作ってくれるんだ」
「デカいトラックを二台。それとは別に男爵にはとっておきの一台を用意してる」
「全然足りねぇ。トラックはもっとだ。それっぽっちじゃ話にならねぇ。人手が足りないなら、若い連中を行かせるからよ」
バルレイズ男爵はいきなりそんなことを言い出したのだ。
話はわかる。
この高原は広すぎるのだ。
一つ一つの畑が広大であるだけでなくあちこちに散らばっている。
トラック二台はきついだろう。
だが、長くても二週間の予定だったのだ。
すでに超過するのは間違いない。
何せ車がデカすぎるのだ。
不具合があると二人がかりでやっとの仕事が多すぎる。
「こいつはひと月超えるかもしれないですね」
「ああ、仕方ない。男爵はああ言ってるが人数だけいても邪魔になるだけだろう」
自動車修理は技術屋の領分である。
一から教えてとどうなるものでもあるまい。
――とは言っても追い返すわけにもいかないし、荷物運びだけでもいないよりマシか。
「……わかったよ、男爵。けど、力仕事だけになる。大半は、俺たち二人でやるしかない。台数を増やすとしても倍の四台がせいぜいだ」
「ダメなら仕方ない。だが、連中にもチャンスをやってくれ。教えてできない奴らじゃないんだ」
「おう、教えてはやる。できるもんならやってもらいたいことは山のようにあるからな」
「約束だ。ウチの連中を舐めるなよ」
そんな風にして指導しながらのレストア作業が始まったのだ。
光治郎は最初まるで信用していなかった。
「浩史、悪いな。トラック四台は仕上げないといけない。もしかしたら後半は徹夜続きになると思う」
「うーん、どうでしょうかね。私はそんなことにはならない気がします」
浩史が妙に楽観的なのが気になるが、光治郎は力仕事と雑用を命じていた。
だが、浩史はボルトとネジのサイズと力加減。
一時間後にはトルクレンチの使い方まで教えて、整備マニュアル通りの重さで締める練習までやらせている。
「おい、浩史。そんなとこまであいつらに覚えられると思うのか?」
「大丈夫だと思いますよ。まあ、何事も試してみないと。ダメなら無理はさせませんから」
「あ、ああ……。頼むわ」
浩史は飄々と作業を続ける町の若者たちを見回っていて、細かいアドバイスをしては手本を見せてやったりしていた。
すると、光治郎が受け持っている若者たちから要望が上がってきたのだ。
「俺らにも仕事を教えてくれ。これだけじゃ領主様に顔が立たねぇ」
「そうは言ってもな。簡単じゃないんだ」
「わかってる。努力はするし、聞いてわからなかったら諦めるから」
そこまで言われちゃ仕方がない。
光治郎も浩史に習って、レストアの基本から教えていったのである。
驚いたことに彼らは、板金とパテ盛り、塗装前の研磨までを二週間でこなせるまでになった。
「おい、浩史。お前あいつらがやれる、ってどうしてわかったんだ」
「何も知りませんよ」
「嘘つけ」
ニヤニヤしている顔を見ればわかる。
浩史は最初から連中が仕事をこなせると踏んでいたのだ。
「……わかりました、白状しますよ。男爵に馬車で領内を案内してもらった日のことを覚えていますか」
「ああ、それでF-100からシボレー3100に変更したんだよな」
「そうです。あの時、農作業していた連中が酒場で飲んでた奴らだと気づいたんです」
よく気付いたな、と光治郎は思う。
だが、それだけでは信用する理由にはならない。
「それで」
「連中、仕事が丁寧で驚いたんです。農薬の配分、畑の作物の間隔。とことんこだわってました。『ああ、こいつらは加減を知ってるんだな』、ってそりゃ空恐ろしいぐらいに」
「ほんとか! 黙ってやがったな」
それ以降は、光治郎も率先して持てる技術を余すところなく彼らに伝えていった。
トラックのレストアは四台から六台になり、ついには八台を仕上げることに決まったのである。
「あと数日でカタが付きそうじゃないですか」
「ああ、意外に早く済んだな」
ド素人にレストア作業が務まるとは思えなかった。
八名全員が一通りの板金、溶接をマスター。
中でも優秀な二名は、塗装ブースで作業をこなせるようになっていた。
全てのレストアが完了し、最後の二日間は地元の連中には上がってもらった。
キャデラックの最終調整だけは、光治郎と浩史だけでやりたかったのだ。
「社長。……さすがにしんどいですね。体もですが、声が枯れちゃって」
「まあ、あの荒くれどもを大声で叱咤激励しながら、作業指導だったからな。まあ、その甲斐もあった」
「ええ、男爵にももう一つ土産ができましたしね」
明日はお披露目である。
浩史のいう土産とはなんなのか。
「さあ、俺たちも休ませてもらうか」
「はい」
翌朝、少し寝坊した光治郎はガレージに響く音で叩き起こされた。
「うわっ、9時過ぎてる。連中は……。浩史が面倒見てくれてるみたいだな」
今日の仕事はもうないはずなのに、全員が作業を開始していた。
タイヤを洗い、ホイールを磨き直しているのが三名。
残りの五名はグラインダーにスポンジを取り付けてボディーのバフ掛けである。
「社長。遅ようございます」
「うるせー、もう一回寝ちまおうかな」
「あー、待って下さいよ。もう言いませんから……。実はキャデラックの方が」
「ん? ……あー、やっちまったな。ベゼルも逝っちゃってる。どうすっか」
自慢のテールランプが割れていた。
誰かがリフトの昇降中に引っ掛けたんだろう。
このままというわけにはいかない。
ロケットが吹き出す赤い炎のデザインは、この車の象徴みたいなもんである。
「奥の部屋を使う。誰も入れんなよ」
「これこそ本当の “苦しい時の神頼み” ですね」
「笑えねぇ」
光治郎は頭を書きながらガレージ一番奥の小部屋に入り、ガチャリと鍵をかけた。
注目書に ”キャデラックのテールランプ、アッセンブリ一式” と書き込み、「申し訳ない。急ぎで」とつぶやきながら、神棚にお供えする。
まもなく、バサリと音がしてダンボールが床に出現し、上には紙が一枚。
“謝ることはない。なんとか入手できたからの。それに、あの者の希望に応えてくれたお主には感謝しているのだ。……だが、さすがに土壇場の部品集めには難儀したぞ。そこでこちらからも一つ要望を出す”
光治郎は「ふう」と一つ息を吐いた。
痛いところを突かれたのだ。神の要望は自分でも気になっていたことだった。
「さすがにこれ以上、後回しにはできないか」
パンパンと頬を叩きダンボールを開けて部品を確認する。
ドアを開け、何もなかったようにキャデラックのテールランプ一式を交換を終了した。
その日の午後三時。
町のメインストリートには、どこにこんなにいたのかと思うぐらい人で溢れかえっていた。
「これ二万人ぐらいいないか」
「町の四方の入り口は、どこも100台単位で馬車が止まってる、って話だからな」
どうやらこの町だけでなく、近隣の町からも人が押し寄せているようだ。
それもこれもレストアした連中が毎晩酒場で、今日がお披露目であることを吹聴していたせいである。
「それじゃあ、これからこのミルズ高原でレストアした車のお披露目を開始する」
「「「「「「「「「「わあぁぁぁぁ!!」」」」」」」」」」
なんと領主である男爵自らが大声を張り上げている。
「普通、こう言うのは司会役がいるもんじゃないのか」
「そうですけど、あの人なら……えっ、あっ、何?」
浩史と話している間に、光治郎は数人の男たちに抱え上げられた。
「この町を救ってくれた英雄を紹介する。コージロー・ミツミネだ」
「「「「「「「「「「わあぁぁぁぁ!!」」」」」」」」」」
「あっ、あのどうも。ってゆうか下ろしてくれ」
「わっかりましたぁ」
ようやく足がついた場所がずいぶん高い。
どこから持ってきたんだこの高い台!
「さあ、コージロー。挨拶をしてくれ。みんなお前の声を聞きたがってるんだ」
「男爵。そんな用意してしてませんよ」
「別に難しいことはないから。今から『自動車、走れ』とかなんとか言えばいいから」
気がつくと、浩史はキャデラックの運転席に。
レストアしている連中もトラックに分乗していた。
ここまでお膳立てされては、光治郎も腹を括るしかない。
言うべき言葉は決まっている。
「”ジェントルマン、スタート・ユア・エンジンズ”」
ブォォォン、オンオン、ボボボボボ
でかい音でV8がうなり、やがてドロドロとしたOHVの音が、あたりに響き渡る。
光治郎は男爵の背中を押してキャデラックへ。
「さあ、領主様。後ろのシート……じゃなくてその上がいいや。ここに座って」
「こんなところでいいのか?」
パレード・ブーツに腰掛けさせ、用意してあった花束を渡す。
両手を上げると大歓声が湧き上がる。
前には光治郎と浩史がサングラスをかけて悪を気取り。
パレード乗りをしている男爵たちはメインストリートをゆっくりと走っていった。
「男爵様ー」「領主様ー」
「あのドピンクのヤツ、すんげえ」
「トラックってやつも作物をたくさん積めそうだぜ」
住民たちは皆興奮していた。
誰もが男爵に手を振り、声を張り上げていた。
当初メインストリートとその周辺だけの予定が、ほぼ町の全部を二周余計に回ってパレードは終了した。
「あー、やっと終わったぜ。それにしてもコージロー、ヒロフミ。お前らには世話になった。こいつは礼だ」
「えっ、多すぎますよ。最初の約束より一桁以上多いじゃないですか」
「まあ、いいじゃないですか、社長。もらっときましょう。それより男爵様、こっちからもプレゼントがあるんです」
「おっ、なんだ」
「実はですね……」
浩史はとっておきのプレゼントの話を始めた。
それは今回のガレージをそのまま進呈するというものである。すでに作業を手伝ってくれた者たちには、部品のストックがたんまりあることも伝えている。
二人が帰った後も、ここにいる町の連中だけでほとんどの修理が可能になったのだ。
「ほんとかよ。ある程度諦めてたんだ。壊れたら、しばらくは台数が減っても我慢しなくちゃなんねぇ、てな」
「ああ、それが一番の気掛かりだった。俺たちの住んでいる村は王都のずっと北だからな。だが、あいつらなら直せるだろう。それと、どうしても困るのは電装面だけどな。王都の錬金術師たちに一声かけておく。長くは無理だが、しばらくこの南部に来てもらうことはできるだろう」
「マジか! ありがてぇ。ありがてぇ」
そろそろ、出発の時間である。
王都に戻り、陛下に話をしないといけない。
神様から頼まれた約束があるのだ。
と。そこに一台の豪奢な馬車が走り込んできた。
「済みませぬ。こちらにコージロー殿はおられるか」
「はい。私ですが」
「王都で事故が起きまして。馬車接触しそうになった車が無理やりハンドルを切り大破。車に乗っていた者は怪我をしたそうで。馬車の方は軽傷な者ばかりなのですが、有力貴族でして」
事故について言いがかりをつけられていると言うことなのだろう。
だが。
「その話はあとだ。まずは、怪我をしたのが誰か教えてくれ」
「ピート、サティの二人だと聞いております」
光治郎は浮かれ気分に冷や水をかけられたように感じていた。
二人は無事なのか。それを考えると気が気でない。
「無事でいてくれよ」
「社長、早く帰りましょう。二人はきっと軽傷ですよ。それに貴族に追求されているのなら早く救ってやらないと」
「ああ、そうだな。実は、陛下に聞いてもらわなくちゃならない話があるんだ」
まさか、このタイミングで事故と神様から頼まれた一件と絡むことになろうとは。
「ルールが必要。そんな当たり前のことをなんで後回しにしたんだろう」
ハンドルを握る浩史は何も言わなかった。
光治郎は後悔しながらも、どうすれば陛下に理解してもらえるか、それだけを考えていた。




