バーミルズの青い空
ドアをドンドンと叩く音がする。
酒場にいるはずのバルレイズ男爵が、待ち切れずに倉庫までやってきたのだ。
「おーい、何やってんだ。早く出てこいよ」
「わかったわかった。今、行くから!」
慌てて仕事を中断し、倉庫の鍵を閉め、光治郎と浩史は外へ出た。
「遅かったじゃないか」
「いや、まだ少しは時間あるでしょ」
「その少しが待てない連中なんでな……。ところで、どう変わったんだ。ちょっと中を見せてくれよ」
「まだ、ダメですよ。そのうちそのうち」
「仕方ねーな」
諦めてくれたらしい。
あの男爵に修理工場の設備を見せるのは早すぎる。
この短時間でどうやって改装したのかを話すわけにはいかない。
ガレージと化した倉庫の鍵を閉め、そこからは歩いて5分。
向かうはレイズシティの酒場である。
「俺の友人を紹介する。コージローとヒロフミだ」
「「「「「おーーー」」」」」
「この二人には、王都で噂の自動車を作ってもらうために来てもらった。今日は歓迎の宴会だ。うまいものも用意した。俺のおごりだ。ジャンジャン食ってくれよ」
「「「「「おーーー」」」」」
酒を注がれ、メシを勧められ、宴は四時間も続いた。
いい加減、酔いがまわり、光治郎たちは先に辞することに。
「”ジドウシャ” がなんだかわからないが、うちの領主様をよろしく頼む」
「何かあったら俺たちを頼ってくれよ」
最後は握手を求められ「部屋に戻った時に困るだろ」と酒とつまみまで渡された。
そして今、やっと解放されて倉庫の一室である。
「社長、あのリーゼント貴族の旦那は随分慕われているみたいですね」
「ああ、悪い連中じゃないんだがな」
男爵は宿を用意すると言ったが、丁重に断った。
何せ場所が酒場に近すぎる。
あの様子だと、部屋まで酒を片手にやって来ないとも限らない。
「やっとベッドで休めますね」
「まったくだよ」
「明日は朝からレストアですか?」
「それなんだがな。……いや、話は明日にしよう。もう、眠くて」
昼は、A112の狭い車内、夜は、オンボロテントに寝袋で数日間旅をしてきたのだ。
落ち着いてベッドで眠れる時間を邪魔されてはたまらない。
ガチャリとドアを閉めて、二人はそれぞれの部屋に戻って行った。
翌日、朝起きると男爵はすでに外で待っていた。
ガラガラと倉庫を開けた途端。
「オワッ、なんだこれは! コージロー。ただもんじゃないとは思っていたが、こいつは凄えな」
「ああっ! 男爵!! ……バレちゃったかぁ」
驚くのも無理もない。
それなりに散らかっていた倉庫は、ゴミの整理をするだけでも大変なはずである。
床は張り替えられ、綺麗にパーテーションで区画されたブース。
二柱リフトにツールボックス。
打ち合わせコーナーには応接セットも完備されている。
「どうなってるんだ」
「すみませんが、企業秘密なんで」
「……まあ、いいさ」
「すみませんね」
諦めてくれたらしい。
説明してくれと言われたらどうしようかと。
神様の仕業というわけにもいかないし。
「それで、俺にぴったりの車はあるのか?」
「ええ、考えてありますよ。二階の机の中にカタログが入ってますから……でも、ちょっと待ってください」
「なぜだ」
「この周辺を少し回ってみたいんですよ。男爵に合う車がなんなのか。それを私の目で見極めてみたいんです」
「わかった」
男爵は倉庫の中についてはそれ以上触れなかった。
そしてA112を出そうとする光治郎を止めて、用意してきた馬車を倉庫の前に。
「あの車も悪くはないが、ここにきた以上、俺が案内してやりたいからな」
「助かります。アウトビアンキに乗るのは、しばらく勘弁させてもらいたいとこですから」
「社長、そんなにA112が嫌いですか?」
「そうじゃないが……。流石にこの景色に男三人で乗る車じゃねーだろう」
浩史はため息をついたが、素直に乗り込む。
走り出してみるとこれもなかなか悪くない。
「馬車なんてガタついて乗れたもんじゃないと思いましたが、案外いいもんですね」
「そうだろう? ここは町の連中総出で綺麗にしてるんだ。もっと人が来て栄えてくれればいいんだがな」
いつも陽気な男爵。
この時ばかりはその顔に少し影がさしているように見える。
それは知ってかしらずか光治郎は話を別の話題に振った。
「ここに走らせるトラックだけど、いつものキャリイじゃない方がいいと思うんだ」
「俺の話は無視かよ」
「いや、男爵。そうじゃない。確かに人が集めるのは一番だ。けどさ、その前に今暮らしている連中を幸せにしてやりたいと思ってな」
「そいつは嬉しいが」
「社長、具体的に何か案があるんですか」
ゴトゴトと音を立てる馬車。
うーん、首を曲げ、外の景色を見る光治郎。
「考えてるのはF-100なんだがな」
「なんだい? それは」
「いえ、社長、ここはシボレー3100でしょう」
「それだ!」
「お前ら、俺を無視すんじゃねぇ! 馬車から振り落とすぞ」
男爵が爆発した。
それを二人でまあまあと宥めすかし、ゆっくりと二時間。
バーミルズ高原を一回りした頃には光治郎と浩史の腹は決まっていた。
むくれる男爵に帰り際に一言。
「明日の朝、倉庫に来て下さい。男爵がきっと気に入ってくれる自動車を用意できてると思います」
「ふん、そうかよ。じゃあ、期待しないで待ってるぜ」
馬車と共に去っていくバルレイズ男爵。
「ちょっと申し訳ないことしたかなぁ」
「いいんじゃないですか。それより、早く神様に要望書書かないと」
「そうだな」
そして、翌日。
倉庫の入り口は大きく広げられ、シャッターに改造されていた。
ガラガラと開けると朝日が、建物の奥まで差し込んでいく。
「こ、これか」
「満足してもらえましたか」
「あ、ああ、凄え、本当に凄え。これだよ。俺の待ってたものは」
二台の二柱リフトに乗っていたのは
サビが浮き、くすんで灰色っぽく見えるマリナーブルーのシボレー3100
真打ち、ペパーミントピンクの1959年式キャデラック・エルドラド・ビアリッツ・コンバーチブル
バーミルズの空の下、このでかい二台の車はさぞかし映えることだろう。
「満足してくれたみたいだな」
「おうおう。もう……言葉にならねぇよ」
二人は朝早くから汗だくでボディにバフをかけていた。
塗装はやり直すつもりだが、昨日の詫びがわりにせめてもの心遣いなのだった。
「社長、それだけじゃないんですよね」
「ああ、これを渡そうと思ってな」
神様は雑誌を渡していた。
男爵はその通りに町並みもリーゼントも革ジャンも古き良きアメリカを体現していた。
だが、光治郎と浩史は男爵にただ一つ違和感を持っていたのだ。
それはいかにも貴族らしい金ピカのパンツ。
それを覆す最後のラストピース
ジーンズである。
「これを……くれるのか?」
「ああ、ところどころ綻びてるが、悪くないだろ」
「いい! 最高だよ」
「それじゃあ、俺たちはこの二台のレストアに入るから。一週間ぐらいかかるかもしれないがいいか」
「もちろんさ。じゃ……じゃあ、よろしく頼んだぜ」
大事そうにジーパンを抱え走っていく男爵。
浩史はそれを見送りながら。
「社長、良かったんですか。あれ、大事にしてたビンテージですよね」
「いいんだよ。この異世界で俺が着ても仕方がないだろ?」
「そうですけど」
「第一、あのカッコのままでいたら、こっちの気が休まらない」
「それは違いない」
半ば無理矢理連れてこられた辺境の田舎町。
今までとはスケールが違う二車種、レストアは苦労するだろう。
だが、二人とも不思議とイヤな気分ではなかった。
「それじゃあ、始めるか」
シャッターを締め、外から舞い込んだ埃を払う。
リフトの上昇音がガレージに響いていた。
ストックがなくなってきました。
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