男爵の望むものは
王都を出てすでに二日が経過していた。
「浩史。なんでこんな狭っ苦しい車に俺たちゃ乗ってるんだっけ」
「それ聞くの三回目ですよ。社長」
わかっちゃいるさ。
向かう先は南部のバーミルズ高原。
事の発端は後部座席にいるリーゼントのおっさん……もといバルレイズ男爵様とやらに待ち伏せされたことからだ。
道はそこそこだが、アウトビアンキA112アバルトに大の男が三人も乗っていてはちっとも進まない。
「心配すんな。いいところだぜ、俺たちの土地は」
「そいつはありがたい話だが、俺たちは何をすりゃ、いいんだよ」
「もちろん、車さ。農場で使えるものがあれば助かる」
最初は敬語で話していたが、今ではすっかりぞんざいな口を聞いている。
当の貴族様が固っ苦しいのはヤメロというんだから仕方がないが、浩史はヒヤヒヤしている。
だが、言うべきことは言っておかないと。
「それはオーダーが溜まってるんです。割り込まずに順番待ちしてもらわないと困るんです」
「ああ、だからそいつについちゃ無理にとは言わん。だが、行ってかえるだけで一週間はかかるんだ。数日はくつろぎながら景色でもみている間に一台か二台、レストアしてくれたっていいだろう?」
虫のいい話だ。
だが、ここまで来た以上、覚悟はしている。
それより気になるのは、口ぶりからして明かに農場以外で使う車を欲しがっているように聞こえることだ。
「まあ、いいじゃないか、浩史。だが、男爵様。場所がいる。それなりにでかい建物がないとレストア出来ねぇぞ。それに、本当に欲しいのはそんな車じゃないんだろう? 何に乗りたい。陛下に献上したような豪華なヤツか?」
「それが……わからないんだ。何か、こう。バーンとしたヤツがいい。それがどんな車かわからないが、コージロー。お前なら希望に答えてくれると信じてるぜ」
「へいへい」
結局、それが何かが掴めないまま車は走り続けた。
途中雨が降り、雨漏りでストップ。
その修理を男爵はニヤニヤしながら満足そうにみていたのが光治郎には気になった。
そして翌日。
目的地バーミルズ高原で一番の町レイズシティに到着した。
だだっ広いメインストリートに木造平屋の店が並んでいる。
でかい手書きの看板、酒場には観音びらきのドア。
これではまるっきりウエスタン映画である。
「よう、男爵様。ケッタイなモノに乗ってんな。今、お帰りかい?」
「ああ、今日は王都から客人を連れてきた。後で飲みに行くからよ」
「待ってるぜ。土産話を聞かせてくれ」
「おー、楽しみにしてな」
町の住民ともこんな感じか。
想像はしていたが、こいつほんとに貴族の領主なんだろうか?
――などと考えてる場合ではない。
先に確認しておかなくてはならないことがある。
「レストアに使える場所があるって言ってたよな。先にそこを見せてくれ」
「わかった。この先の曲がり角を右に。しばらく行くと今は使ってない倉庫がある」
「間口が狭いと困る。広げてもいいのか」
「ああ、直すなり壊すなり自由だ。好きに使ってくれ」
倉庫か。問題はないと思うが掃除が大変そうだ。
まあ、レストアするとなればどうせ神様頼み。
明日の朝にはおあつらえ向きのガレージになっているはずだ。
到着してドアを開けると、その広さに唖然とする。
きっとこの地方の穀物倉庫か何かだったのだろう。
「社長、これだけの広さがあればどうにでもなりますね」
「十分すぎだな。人さえいれば三台同時に作業が進められそうだ」
まずは、簡単に床を箒で掃いてゆき、いくつかある小部屋の一つに用意してきた御神体を設置して即席の神棚を作った。
部屋にあった小さな机をその隣に置き、お供え用にする。
「さて、環境を整えてもらおう」
要望書にさらさらと必要なものを記載していく。
二柱リフトを二台。ツールボックスを二人分。
塗装ブースに溶接機器一式。空いている部屋をECU調整用のマシン室に。
さらに何がいるかを考える。
どうにも引っかかるのはあの貴族が本当は何を欲しがっているかである。
「まず気になるのはリーゼントと革ジャンだな。誰がこの異世界であんなモノ持ち込んだか、だ。そいつを知るためにも本当は神様に……」
カチャリ
いきなり鍵が閉まる音がする。
そんなものは光治郎も浩史も持っていない。
そして、どうしようかと考える間もなく。
正面の御神体が眩く光った。
「こ、これは」
“心配はいらない。話が終わったらカギは開く。それより聞きたいことがあるのだろう?”
頭の中に神様の声が響く。
まさか、直接話せるとは思ってもみなかった。
「バルレイズ男爵のことを」
“ああ、私もその話をするつもりだったのだ。まずは二十年前にあったことを話さねばならないだろう」
そう言って神様は話し始めた。
この土地は古くは別の国の領土だったらしい。
当時、貧窮に喘いでいた王国は、この地方の豊穣な農産物を欲し金を払って人も土地も丸ごと買い取ったのだと言う。
そして最初は農園を仕切る者たちを貴族として遇していたのだが、やはり暮らし向きが異なる。
次第に疎遠になり、王都の貴族はこの地方の貴族をバカにするようになる。
「反発はなかったのですか」
“もちろん、あった。『農作物を納めてやっているのにその態度は何だ』というものはたくさんいた”
だが、そのあと大飢饉があったのだという。
税として小麦を納めていたが、それができなくなり、芋や野菜、そして多くの家畜が潰して肉として供給することでなんとか凌いではいたが、多くのものが貴族階級を失ったのだという。
「それじゃあ、男爵は」
“この地方の税を納めさせるため、唯一貴族として残されたのだ。都合のいい管理担当というところだろう。だが、あやつは頑張った。年々厳しくなる取り立てに異を唱え『これ以上やるなら元の国に全員で帰る』と”
王国は男爵を宥めすかし、税についてはこれ以上の負担をかけないと約束した。
だが、男爵を嘲笑する貴族は後をたたず、孤立するばかり。
“そこで私は少しでも上を向いて欲しいと思ってな。地球から革ジャンと一冊の雑誌を彼に渡したのだ”
「それであんなカッコだったんですね。納得がいきました」
“これでいいかの?”
「ええ、男爵に用意する車のヒントも頂きましたし」
“頼むぞ”
御神体から光が消え、カチャリとドアのカギが外れた。
「社長! 大変です。ちょっときて下さい。トイレ行ってる間にフロアが大変なことになっててですね」
「どれどれ……神様、やってくれたな。浩史、これから忙しくなるぞ」
倉庫はすっかり完璧なレストアガレージに作り替えられていたのである。
光治郎の頭の中には、男爵に渡す車の青写真がすでに出来上がっていた。




