錬金術師たちのプライド
錬金術師たちを王都のガレージに呼んだ。
電気についての技術指導をするためである。
電装スタッフを引き受けてもらう以上 “何が安全で何が危険か” だけは知っててもらわないと。
だが、座学だけでは納得してもらえない。
そこでまず、ボルタの電池実験である。
彼らはメッキの作業で電池の理屈にはほぼ辿り着いている。
これが一番馴染みやすいと考えたのだが。
「全然、違います。こんなに安定するんですか」
「豆電球付けるだけならそんなに差はないよ。それに俺たちは子供の頃に習うからな。お前ら自分たちでやったんだろ? 大したもんだよ」
「はあ」
反応が薄い。
熱心にメモを取っているが、彼らは目を合わせない。
光治郎たちは銅と亜鉛と希硫酸。
彼らが使っていたのは、銅と鉛と食塩水。
「浩史、まずかったかな」
「もしかしたら劣等感を持たせちゃったかもしれませんね」
これが技術の問題ではなく、錬金術師たちのプライドの問題だとしたら……
光治郎は作戦を変えることにした。
フレミングの右手の法則とモーターの原理である。
これなら比較どうこうという話にはならないはず。
「うわっ、これ電気で動いてるんですか」
「そう、お前らならどうやって動かす?」
「魔法ですね」
「それは、凄いな!」
「えっ、ええ……まあ」
もっと誇らしげに答えると思った。
日本人からしたら、魔法の方がずっと凄い。
なのに錬金術師はやはり何事かメモを書きつけているばかりで、応対にはどこか影がある。
このままでは電装を手伝ってもらうことは難しい。
「社長。この辺で車のレストアを見せてやっちゃ、どうですか」
「それがいいか」
用意していたのは、珍しく自分から「今度は私の好みのヤツをレストアさせてくれませんか」と言って決めた車である。
アウトビアンキ A112 アバルト
さそりマークで有名なイタリアのホットハッチである。
質実剛健な浩史が選んだ ”まさかの一台” である。
「いい趣味してんな」
「まあ、弱点はあるんですけどね」
「旧車だからな。どれだってそうさ」
錬金術師たちのいる前で、パネルを擦ってサビ落とし。
壊れた部品を交換していく。
今までの実験とは違い、レストア作業は電装とは無縁な地味なものばかり。
今度は作業内容をじっと見ているばかりで、メモを取ることもない。
「大変なんですね。とても私たちにはできそうにない」
「違う違う。これは、やってもらうつもりはねーよ。お願いしたいのはさっきの電池の話の続きみたいなもんさ」
「あっ、ああ……。そうなんですか」
彼らにとって重労働だと感じたらしい。
ホッ、としたらしいが、依然として熱が入った答えが返ってこない。
ここで切り札を出すしかないだろう。
「今日は俺たちの話を聞いてもらったから、明日はいいメッキの方法を教えてやるよ」
「「「おお、やった」」」
今日一番の笑顔であった。
やっと知りたいことを教えてもらえると思ったらしい。
結局、レストア作業の途中でお開きとなり、錬金術師たちは帰って行った。
「浩史、あいつらどう思う」
「正直、厳しいかも知れませんね。無理矢理やらせてもいい結果にならないか、と……。どうするんです。明日、メッキの技術。教えてやるんですか?」
「もちろんさ。電装を手伝ってくれるかどうかは二の次。メッキ技術を教えるのは約束だからな」
「流石、社長」
「よせってば。最初は会うのも拒んでいたんだ。ここまで引きづり回しちまった以上、約束は果たすさ。それより、このレストアは終わらすぞ」
すでにA112は内装を残すのみとなっていた。
元々、状態のいい車だったこともある。塗装を後回しにするなら、明日には走れるだろう。
翌日、光治郎はメッキ技術を教えることにした。
恐らく、錬金術師たちにとって一番知りたいことはそのことのはず。
浩史が下処理を行いながら、この工程がいかに大事かを力説していく。
続いて脱脂である。
最後のメッキ工程では、優れた溶液と安定した電力が仕上がりに関わることを説明していった。
「すごい」
「我々が作ったものとは段違いだ」
「輝きが素晴らしい」
均一に金メッキされていく翼竜像。
彼らが望んでも辿り着けなかった高み。
「さあ、これで出来上がりだ。質問はあるか」
「あっ、細かいことはいろいろあるんですが……どうしてこんなことを知ってるんですか?」
「俺たちゃ、十四、五歳で習うんだよ」
「信じられません」
尊敬の眼差しで見られるのも悪くないな、とは思うが偉ぶるつもりもない。
光治郎は決して上に立ちたいわけではない。
電装スタッフになってもらうことは半ば諦めている。
むしろ、嫌がる彼らをここまで付き合わせて悪かったと思っているぐらいで。
「できたもんは持って帰っていいぜ。ここまで付き合わせて悪かったな」
「いいえ。あの……電装の手伝いは?」
「ああ、無理にやってもらうつもりはなかったから」
「でも」
帰らずにひそひそと話をしている錬金術師に、光治郎は浩史と顔を見合わせた。
「浩史、どういうことだと思う?」
「正直、わかりません」
光治郎はこれ以上、錬金術師たちを惑わすのも良くないと思い、彼らを研究室まで送っていくことにした。
「あー、社長。俺が送って来ますよ、今4人乗りのセダンしかありませんし」
「うーん、流石に言い出しっぺは俺だし、浩史は留守番しといてくれよ」
「そんなら、試運転がてら私はこれで行きます」
そう言って、機械面のレストアが済んだばかりで塗装もしていいないA112で行くという。
だが、光治郎には一つ、気になることがあった。
どう考えてもチェックが足りていないような気がするのだ。
慎重な浩史とは思えない。
「まだ、仕上がってないところあるだろ、その車?」
「心配性ですね。これでいけますって。ちょうど試運転も兼ねて」
結局二台で行くことになった。
光治郎の車には錬金術師たち三人が同乗。
「なんか悪かったなあ。せめてあのメッキ方法だけでも役に立ったかい?」
「もちろんです。あんな方法ただで教えてもらって」
「いいって。本当は会いたくない、って言うのに来てもらったんだから」
「それなんですけど……」
錬金術師の一人が何か言いかけた時、先導していた浩史のA112の様子がおかしい。
ブルブ……ブルブル、ブルン
あと少しでエンストである。
「ん? どうした。浩史」
「社長、やっちまいました。バッテリーが上がってたみたいで」
ほらみろ、と言おうと思ったが都合が良すぎる。
絶対、わざと、である。
たまたまトランクにあった予備バッテリーを取り出し、ボンネットを開ける。
すると。
「その交換。私たちにやらせて下さい」
「どうしてだ」
「その……これはやらなくちゃいけないことだと思うんです」
錬金術師たちはどうやら本気らしい。
「わかった。お願いしよう」
浩史はキーを回して電源をオフ。
バッテリーの交換のためボンネットを開けた。
「ほら、まず電極を外す。そうそう、それで古いのを出して、新しいバッテリーを繋いで」
「これでいいですか」
「ああ、運転席に座ってキーを回してみろ」
シュルシュルシュル、ブルン
ブルブルブル
一発始動だ。
そのまま、浩史はライトをつけさせ、ウインカーを確認した。
「ありがとう。これで直った」
「それで、いつからこの仕事始めればいいですか。もっと細かいことも習わないと」
昨日とは打って変わって、光治郎の目を見て話す錬金術師たち。
「本当にいいのか。昨日はイヤがってたじゃないか」
「ええ、僕ら反省したんです。あんな凄い技術をタダで教えてもらったのに何も返せてない、って」
「そりゃ、無理やり陛下の名前まで出して会ってもらったワビとして」
「それでもです」
「わかった」
光治郎はニヤリと笑い「それじゃ、よろしくな」と手を差し出した。
彼らの本当のプライドはここにあったのかも知れない、と思いながら。
「明日から、電装関係の仕事を全部教える。この仕事やってくれるのか?」
「「「はい」」」
「社長。明日から忙しくなりますよ」
「ああ、これで止まってた農村向けレストアも再開できる」
「あの、お手柔らかに」
「そうはいかない。ビシビシいくぞ」
「「「えーっ!」」」
『三峰モータース』はこうして新しい電装スタッフを手に入れたのである。




