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初ドライブは山あり谷あり火の玉あり?

「うわっ、と。こりゃ凄いな」

「うん。こんなに速いと思わなかった」


 話が食い違っている。

 ピートはスピードのことを。それに対して、光治郎は「ここまで悪路が続くのは凄い」と言っているのだ。


 ピートにしてみれば、馬車が壊れないように注意しながらそろそろと進む道を、何の問題もなく走り抜けているこのトラックに驚くのは当然のことである。

 いつもなら片道六時間かかっていたのに、この調子で行くと二時間かからないかもしれない。


 ところが、光治郎はまったく別の感想を抱いていた。


「まいったなあ」

「何がだよ。こんなに快適な旅はしたことないぞ」

「いや、なんでもない」


 どうせ、言ってもわからないことだった。村を出るまですっかり失念していた。

 日本じゃ、どんな田舎だって町までの道は舗装されていて当然。村の外なら楽に進めると思っていたのだ。


 ところが、ここでは砂利が混じった土の道。道幅は狭いし穴まである。


 ともかく町に向かうしかないが、底を打ってオイル漏れしていないか、サスは大丈夫か、などなど車の具合が気になって仕方がない。

 何より時間がない。飛ばしてるもんだから、バウンドの度に尻が痛い。



 これじゃあ、いつになったら到着するか、とヤキモキしながら運転しているうちに、ふと気になったことがある。

 このピート少年、このガタガタ道に揺られて酔わないだろうか?


「こんなに揺れて大丈夫か」

「馬車だともっと酷いよ。椅子も柔らかいし、すっごく楽」


 大丈夫らしい。

 さすが異世界人。ハードな乗り心地もへっちゃらというわけである。


 光治郎はフッと笑う。

 そういえばあの馬車、板バネがヘタってたなぁ、と。

 いっそのこと地球の技術で、折れたシャフトと共に直してやったらきっと村人たちは驚くだろう。



 それにしてもピートはたくましい。

 最初はおっかなびっくりで、話しかけても「はい」「いいえ」しか言わなかったのに、わずか一時間で軽口も叩けるようになっている。

 窓の外の流れる景色を興味深そうに眺めているのは、楽しんでる証拠。



 もう少し、スピードを出そうか。

 ピートは平気そうだし、速いと喜んでくれるというのもあるが、実は別の事情がある。雲行きが怪しい。



 来た。

 ポツポツと窓ガラスに当たったと思ったら、すぐに雨足が強くなる。


 ワイパーを動かすとまたピートが「凄え」と騒いでいる。

 光治郎にとってはそれどころではないのだが……。


 にわか雨ならいいが、そうでなかったら積荷が心配だ。

 日本で運ぶならカバーぐらい掛けるものだが、今回は雨ざらし。

 酷くなる前に着きたい。


「あそこに見える丘の向こうが町なんだよな。あと、三十分、ってとこか」

「スゲー! いつもはあと二時間はかかるもん」


 光治郎は「どうだ、すごいだろう。自動車」と心の中でドヤって見せる。

 自分の手柄というわけではないから口には出さないものの、悪い気分ではなかった。




 町が見えた。


 開けた場所に出ると、建物が集まっているのが見える。

 異世界ものによくある城壁みたいなものはない。


「あそこでいいのか?」

「うん。ラクタルの町だよ」



 どうやら着いたようだ。

 どこに止めようか? 買い取ってくれる人はいるんだろうか?


 光治郎にはまるで段取りがわからない。


「どうすればいいんだ? まさか、店を開いて全部売れるまで待つとか」

「そんなことしないよ。町役場に行けば、アルトトの作物は市場担当の人が全部引き取ってくれるんだ」


 そういうことなら話が早い。

 それより――


(あの村アルトトって言うのか。そんなことも知らなかったとはな)


 光治郎は頭を掻いた。


 村人を救わないとガレージ経営を神様に認めてもらえなかったあの状況で、『野菜を売ってやる』と飛び出したのだ。村の名前なんぞに気を使う暇もなかったのは仕方がないことだ。



 入り口から入ったところに広場があった。どこに止めるかで迷う。

 ど真ん中に止めるのはまずい。積荷を運ぶのに手間がかかるし、変に目立つつもりもない。


 邪魔にならなそうなところを探して徐行する。

 大きな町ではない。よくある田舎町。



 残念ながら、光治郎のもくろみは失敗したようだ。

 人が集まってきてしまった。

 自動車など見たこともないのだから当然である。



 うっかり飛び出してくる子供でもいたら大変だ。

 とにかく停車してエンジンを切る。


 ブルルルル、ブルン



 何人かが驚いて声をあげる。

 だが、それを光治郎は無視した。


 馬車に比べりゃトラックは威圧的だ。

 村を出る時もイヤな顔をする人もいたのだ。

 気にしても仕方がない。



 さて、どうするか。

 問題は物陰から覗く連中ではない。

 こっちに走ってきている奥の方の大きな建物から出てきた事務服姿の男だ。

 あれが、この町のお偉いさんか役人で、暴徒か盗賊とでも思われたら大変である。


「衛兵とか呼ばれたりしないだろうな」

「違うよ。あれは町役場の人。村の野菜が市場で売れるように手続きをしてくれるんだ。買い取りから、次に品薄になる作物が何なのかまで教えてくれる親切な人だよ」


 彼は町の受け入れ担当者で、この町ではアルトト村から出荷された物を一度まとめて買い上げてくれるとのことだ。ほかにも色々と便宜も図ってくれるようで、聞いた感じでは日本の農協みたいな仕組みで運営されているらしい。



 しばらく待っていると、数人の助手を連れて戻ってきた。


(おわぁ! なんだあの連中!!)


 光治郎の額に汗が浮かんでいる。

 やってくるのは犬顔の男、猫耳娘、狼の牙を持つ獣人……


「荷物下ろします」

「に、運ぶの大変でしょう。トラック、市場の近くに寄せられますよ」

「台車があるから大丈夫です」

「そ、そうですか」


 平静を装って光治郎は答えるが、気が気でない。

 そして相手は何も気にしていない……。



 野菜はどんどん積み下ろされ、はじから台車で移動。

 テキパキと市場のスペースに運び込んでいく姿は手慣れたものだ。


 どうやら順調にことは運んでいるようだ。

 初めての獣人にちょっとビビりはしたが、仕事はできる、言葉も通じる。

 何も問題はない。



「さっすが異世界だねぇ」

「ん? コージロー。なんか言った?」

「いや、なんでもない」


 ようやく気持ちが落ち着いたが、余計なことは言わない方が良さそうだ。

 ここで獣人について下手なことを言って、人種差別問題にでもなったら大変である。


 ただ、一つ気になることがある。

 さっきから一人、こっちを見つめている猫耳少女がいるのだ。


 作業開始の時からそこにいて、全部終わった今もこっちを見ている。


「なあ、ピート。あの娘、さっきからこっちを見てるんだが」

「ああ……大丈夫。なんでもないよ」

「そうか」


 今、答える時に一瞬間があったよな?

 ……と聞こうと思ったが、突っ込むのは野暮というものだろう。


 どうやらお安くないらしい。




 トントン


 運転席のドアが叩かれる。

 ん。ああ、さっきの事務服か?


「すべて野菜は引き取り完了しました。お代はピートさんにお渡ししてあります」

「あ、もうですか。助かります」


 買い取りは終わった。

 ピートが礼を述べ、金を受け取っている。

 面倒な値切り交渉もない。


 いつもの取り引きなのだろう。

 


「このまま帰られますか」

「はい。全て買って頂きありがとうございました」

「こっちこそ。品物も新鮮でいいものばかりで助かります。次もこれで来るんですか?」

「たぶん」

「よろしくお願いします」


 そんなに上質なものばかりじゃなかったはず。

 気を使ってくれたようだが、今は気にしないことにした。


 あの村はちょっと特殊だ、と神様からも聞いているし、光治郎自身も言葉にできない違和感は感じている。



 気がつくと猫耳少女の姿はない。

 異世界初の仕事を無事終えられたし、あとは帰るだけだ。



 見送る人は事務服のほか、数人のみ。

 珍しいトラックも村の荷物を運んだだけだと知れば、みな興味を失ったらしい。



 帰り道はすでに把握している。

 急ぐこともない。


「どうだったんだ」

「大成功です。代金はいつもより二割も多かったですし」

「そりゃ、よかったな」



 稼ぎも順調か。


 荒れた路面に気をつけながら、安全に運転していけばいい。

 あとは村に帰るだけ。



 光治郎は早く帰って、ガレージのリフトにトラックを乗せたいと思っていた。

 今日、レストアしたてなのに、オイル漏れは勘弁である。何もなければ洗車するだけ。



 初仕事が終わってやれやれである。

 村を助けた。これで神様との約束は果たした。

 次はトラックなんかじゃなくて、セダンでも……


 この時はそう思っていた。

 気が緩んでいたのかも知れない。




 道の真ん中に二人の人影。

 目の前には、見たこともない炎の塊が――


 ズガァァン


 慌ててハンドルを切る。

 突然のことで一瞬判断が遅れたが、何とか直撃は避けた。


 こちらに走り寄る男は大ぶりな剣を持っている。

 後ろにいるローブ姿が、火の玉を撃って来た。


「危ねぇな! 何しやがる」

「うるさい。怪しげな黒魔道具を操る悪魔め」

「どっちがだよ」


 フロントを擦っている。

 木にまともにぶつかることだけは避けられた。恐らく塗装はやられているが、大きな凹みはないはずだ。


 だが、とても安心できる状況とは言えない。

 目の前の者たちは敵意剥き出しでこっちを睨んでいる。


「ピート。あいつは誰なんだ」

「あれはアレク。隣の魔法使いは姉のパレッタだよ」


 フードを被ったローブ姿が、魔法使いパレッタ。

 そして、もう一人がアレクという男。


(……あっ、村を出る時にエンブレムを剥ぎ取った男か!)


 最初は暗くてよく見えなかったが、ライトが当たった時、憎々しげに睨みつける顔に見覚えがある。

 表情は最初に村であった時より数段醜悪だ。


「何の恨みがあるってんだ」

「うるさい」


 魔法使いがまた詠唱を始めている。

 また、あの火の球を撃つつもりであるとすれば一大事だ。


 まともに当たれば、無事では済まないだろう。

 レストアが済んだばかりの車をこれ以上壊されてはたまらない。


「クッソ。もう、我慢ならねぇ」

「どうすんの?」

「こっちにも武器はあんのさ」


 赤い筒を運転席の脇から引っ張り出し、光治郎は車を降りて走っていく。

 秘密兵器というわけではないし、第一武器がトラックに積んであるはずもない。


 それでもこれが切り札になると光治郎は踏んで、持ち出したのだ。


「悪魔め。成敗してやる」

「うるせぇ、ちゃんと町で全部売ってきてやったんだぞ」


 本当なら剣を持った相手と相対することなど一介のメカニックにできるはずはなかった。

 光治郎はレストア仕立ての車を守ろうと考えていただけである。


 左手のスパナで剣を弾き、魔法使いに迫る。

 あの炎の魔法はなんとしても止めなければ。


「問答無用。パレッタ、焼き尽くしてくれ」

「ファイヤーボ……うわぁぁ」


 シュワァァァ



 右手に持ったそれは、とても秘密兵器とは思えない情けない音を立てた。


 だが、効果は十分であった。

 赤い筒から噴射された白い粉は、目の前の二人を真っ白に染め上げる。


「ゲホッ、ゲホッ」

「うっ、くそっ」

「見たか。こいつが粉末消火器の威力だ!」


 カッコつけるとこじゃねーな、と思いつつ仁王立ち。

 こっちはもうあとがない。すでに消火器は空。



 これでダメならあとは逃げるしかない。

 そこに、数人の村人が駆け寄ってくる。


 彼らまで敵に回ったら光治郎は終わりである。


「オワッ、何をする! 怪しいのはアイツの方だぞ」

「おとなしくしろ」


 羽交締めにされたのはアレクだった。

 フードの魔法使いも捕えられている。


「大丈夫か、ピート。それに鉄の塊を動かしている男」

「ああ、平気です」


 心配してくれるのはいいが『鉄の塊を動かしている男』ってのはどうかと思う。

 まあ、トラックを知らないんだから仕方はないとは言え。


「コージロー殿。すまんかった」

「いや、謝らなくていい。酷い目に遭ったが、とりあえず無事だしな。それよりどういうことなんだ」


 遅れてきた村長が頭を下げた。

 光治郎も責任取れとは言うつもりはない。

 だが、せめて事情ぐらいは教えて欲しいと思うのは当然であろう。


「どうして彼らは襲ってきたんですか」

「わからん。アレクが尋常でない剣幕で飛び出して行ったので、村の者に追わせたのだ」

「なるほど。男の方はわかった。そっちのフードの女は? あいつに炎の魔法を浴びせかけられたんだ」

「うむ。実はパレッタという名前以外ワシらも知らんのだ」


 村人たちも知らないのでは仕方がない。


 だが、このままでは埒が明かない。

 となれば、正体を明かしてもらおうと光治郎はパレッタのフードを剥ぎ取る。


「長い耳……」

「あっ、やめて」


 慌てて被り直すが、すでに全員がその姿を確認している。

 周りの村人たちがザワつき始めた。


「パレッタさん。あんたエルフだったのか。それで……」

「ええ、そうです。私は身分を知られると面倒なこともあり、一人で目立たないように旅をしていたのです。一年前、この近くで倒れていたところをアレクに助けてもらって」


 姉弟ということにした、と。

 村の人たちはそれだけで事情を察したらしい。


 すぐにパレッタを解放し、納得したように帰り始める。

 一方、アレクはふんじばられたまま。



 おかしい。

 待遇が違いすぎる。


 危険度から言ったらパレッタの方が重罪のはず。

 だが、村人たちは正体がわかった途端、自由にはしないがめちゃくちゃ丁重に扱っているのだ。

 

 違和感が凄い。



(この二人、どうするつもりなんだろう?)


 光治郎とて、彼らに厳罰を与えて欲しいとは思っていない。


 あの、パレッタという女はもう逆らう気はなさそうだが、問題はアレクの方だ。

 未だに、こっちを睨みつけてきている。このまま解放されては困るが、その前になぜ、目の敵にしてきたのかが知りたいところである。


「どういうつもりだ。俺が何かしたか?」


 アレクはそれには答えず、暴れている。

 よく見ると視線の先にあるのは、光治郎ではなくトラックであるようだ。

 村人はさらにしっかり縄をかけようとするが。


「ウルセェ、なんだこんなもの」


 小さな金属片がうち捨てられた。


(あっ、あれ、エンブレムじゃねーか)


 車名の文字がひしゃげている。

 光治郎は投げ捨てられたエンブレムを拾い、はて直せるかな、と考えつつポケットに入れた。



 その後、パレッタは縄を解かれた。

 誰も何も尋ねず、本人も何も言わないままだ。


 結局、待遇は違うが二人とも村人に連れ去られてしまった。

 どこに連れて行ったのかもわからない。




「あのう、ここで話すのもなんです。あとは村に帰ってからにしよう」


 村長のその言葉にとりあえず、うなづく。

 光治郎はこだわるつもりはない。


 危害さえ加えてこなければいいのだ。

 あとは、村の人たちに任せるつもりである。



 村に帰ったあとトラックをガレージにしまう。

 村長宅に呼ばれたので、行ってみるとすでに、村人たちが集まっている。



 まず、ピートが町での出来事を説明。


 村人たちは、作物がすべて売れたと聞いて、ホッとしているようだ。

 騒動で強張った顔をしている連中も肩の力が抜けている。


「まずは、村の作物を売っていただきありがとうございます。それでいかほどお払いすれば」

「今日はサービスだ。まずは自動車を見てもらうことが目的だったからな」


 今日の仕事はガレージを存続させてくれる神様との約束だ。

 最初から金をもらうつもりないし、金のない村人たちに車を売りつけるつもりもない。


 そうとは知らない村人は、申し訳ないと譲らず。

 結局は、この村での食事や衣類の提供をしてもらうことで折り合いをつけた。


 あとは、二人をどうするかなのだが。


「それじゃあ、そろそろ宴会にしましょうか」

「えっ、あのアレクとパレッタの話は…… 」

「秘蔵の酒がありますぞ」


 どう考えても誤魔化そうとしている。


「エルフの魔法使い…… 」

「うちではパンを焼いておりましてな」

「この前猪狩りをした時の肉もあります」

「そうじゃなくてですね………………ん、なんだ?」


 振り返れば、ピートが俺のシャツの袖を引っ張り首を横に振っている。

 この場は見逃せと言うことらしい。


「わかったよ」


 一旦置くことにするしかないらしい。

 酒とご馳走でもてはやされ、村長の家を出たのは深夜になってからだった。



 長い一日が終わる。

 考えなくちゃいけないことはたくさんあるが……。


「あーやめだやめだ。修理屋ってのはな。うまく行かねぇことの方が多いんだよ。今日は儲かった。それでいいじゃねーか」


 まずは初日を切り抜けたことを喜ぶべきだ。

 そう割り切って、トラックをガレージにしまい、シャッターを閉めるところで、手が止まった。


「ライトが壊れてやがる。まあ、明日でもいいんだが」


 最後の “気になるからな” と言う言葉を飲み込んだ。

 きっと、火の玉を避けた時、木に当たってプラレンズが割れたんだろう。


 それにしても。

 あのデカい火の玉……


 あんな強力な魔法を使うことができるのは、魔法使いゆえか。

 それともパレッタが特別なのか。


 村人も触れてほしくなさそうだったし、考えるのはやめよう。


 “さあ、続きを” と思ったところで、ポケットからポロっと何かが落ちた。

 アレクが投げてよこしたエンブレム。


「トラックの”ELF”、そしてパレッタはエルフ。こいつが鍵か!」


 異世界から来たものが知らないはずのエルフ。

 その名を冠する鉄の塊を操っていた光治郎をアレクは危険視していたのだ。


「まあ、いい。調べるのは明日」


 それがわかったとて、情報がなさすぎる。


 今は修理をする。

 そう自分に言い聞かせ、割れたベゼルを交換してボルトを締め直した。


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