千里の道も雷鳴から?
「そうじゃねーよ。そこはクラッチ、離しちゃダメだ」
「うわーっ」
ブルル、ブルゥゥゥ
…………
エンストである。
予定は狂いっぱなしだ。
村を救うという神様からの依頼は終わったと思ったのに……。
トラックでの荷運びは継続するよりない。
そうしないとこの村は詰む。当然、ここで営業するウチのガレージも一蓮托生というわけである。
本当は修理一本でやっていきたいのだ。
だが、新車販売はやりたくない。
となれば、ディーラーを務める神様を経由して入手した旧車のレストアが仕事の中心である。
(とは言ってもすぐには取りかかれないんだけどな)
この村では毎日、なにがしか出荷品がある。
仕方なく数日に一度、村人が順番で町まで馬車で売りに行っていたのだ。
トラックがあるなら、それが可能になるが車に関わる作業をする時間がなくなる。
その役を買って出たのがピートである。
早速、運転を教え始めたのだが……
「あー、ぶつかる」
「ハンドル切るのが遅過ぎんだよ。おっかながってちゃ、いつまで経っても覚えねーぞ」
「だって、こんなの。やったことないもの」
やる気はあるのだ。
めげずに何度も挑戦しているのは好感を持てる。
両親を亡くして一人暮らし。
育ててくれた村の人たちにその恩を返したい一心でこれまで生きてきたし、運転を覚えたいというのも同じ。
だが、なんたる不器用。
豪胆なところがあるかと思ったら、思いっきり慎重派なのだ。
大八車を押しながら最初に飛び出してきた時のあの度胸はどこにいったのやら。
まあ、おいおい慣れてもらうしかないだろう。
とすると次の問題なのは、何をレストアするか、だ。
日本で修理屋をやってた頃にはなかった悩みではある。
一台目のいすゞエルフは楽しくやれたのだが、二台目をどうするか決めかねていた。
ところが――
翌朝、頼みもしないのに二柱リフトに車が乗っていた。
オースティン・ミニ
(こいつは、手がかかるぞ。神様……どういうつもりだ?)
意図が不明。選定基準も不明。
リフトを下げてみると、ダッシュボードには神様からの手紙。
“次はこいつを売ってくれ。安くて構わん”
それ以外、何も書いてない。
手がかりはなし。
(こりゃ、趣味だな)
光治郎はそう断定した。
そういうことなら仕方がない。神様の要望には答えなくちゃね。
ドアを開けて、内装を見る。
ふむ。シートとカーペットは掃除すればなんとかなりそうだ。
だが、ボンネットを開けてみると……
「あーあー、やっぱりオイル漏れかあ。オースティンだからな……」
ミニと名がつく車はいくつかあって、ヨーロッパでは人気がある。
親父は大嫌いだった。臭いし狭いし部品の入手性は最悪。
光治郎は嫌いじゃない。むしろ、町にこの車が走ってたらつい視線を奪われるくらいは好きだ。
ただ、自分でレストアするとなると……。
せめて、もう少し新しいヤツにして欲しかったとは思う。
BMWのミニ・クーパーか、せめてミニでもローバーのヤツ。
ごちゃごちゃ言ってても仕方がない。
早速、修理に取り掛かる。
「普通に直してもダメだろう。となると、改良部品探しになるが……」
ボヤきながらも、不具合をリストアップ。
こういう古い車は元どおりにしてもまたすぐ故障する。
オリジナル至上主義者など知ったことか。
レストモッドにするつもりはないが、代々手を焼いたオーナーや修理屋により、こういう車のノウハウはなんだかんだで広まってはいるのだ。
様々なサードパーティーの部品が、この古い車をなんとかまともに走らせてくれるはず。
今でも見かけることがあるのは、そういうものがあるからこそなのだ。
状態を細かくチェックし、カタログから入手可能な部品をメモ。
神棚に必要な補修部品のリストを”お供え”する。
すると、どこでどうやって入手したのかわからないが、翌日には部品が届いていた。
普通なら在庫がないはずだし、箱を開けると明らかに中古部品も混じっている。
あの神様、廃品漁りでもしてるんだろうか。
ん?
何かざわざわしているようだ。
レストアはまだまだ途中だが、ひと段落ついたところだし、気になる外を確認しようとガレージを開けると黒山の人だかりができていた。
「どうしたんです?」
「ウチの豚も出荷したいんだけんど」
「ウチも頼む。麦が取れすぎちまって、うちじゃあ、食べきれん」
(うわぁ)
レストア作業している場合じゃないらしい。
今日も『町まで行って村の物を売って来てくれ』という圧がすごい。
「これこれ。あまりコージロー殿に無理を言っちゃいかん」
「す、すみません」
「いいんだよ、村長。荷物を積んだなすぐに出るさ……ピート、お前はどうする?」
「もちろん、お供します」
気持ちのいい村人たちだ。
必死ではあるが、無理強いはしてこない。
昨日だってこの村にきた途端、デカい態度で「さあ、運んでやる」と言った光治郎を迎えてくれた連中である。
ピートだってそうだ。
朝からの運転教習で疲れてるだろうに即答。
意外に頑張り屋なのである。
ブウン、ブルブルブル。
トラックは快調、満載の作物を積んで村を出発した。
それから二時間と少し。
町に着くと昨日の職員さんが、すぐに対応してくれる。
「今日もですか。今度は豚肉を。本当に助かります」
「いえ、もう慣れましたから。……それで、今、ピートに運転を仕込んでいるのですが、こいつ一人で来ても対応してもらえます?」
「ええ、大丈夫ですよ」
時間はかかるだろうが、そのうち運転は覚えるだろう。
ピート一人でも町の人たちと対応を任せられそうだ。
そうすりゃ、運び屋家業からは解放。
レストアに集中できる、などと思っていると……
また、あの猫耳少女だ。
隣にはピート。二人で何か話し込んでいる。
「ピート。どうした」
「ええと……。彼女はサティ。実は俺が町に来る時は、彼女に薬を届けていたんだ」
もっと、色っぽい展開を期待していたのだが、そうではないらしい。
何か思い詰めたような感じで、こちらの様子を伺っている。
「どうした。何か心配ごとか?」
「あの……パレッタさんを村から追い出さないで下さい!」
どういうことだ。
意味がわからない。
「サティは、光治郎がアレクとパレッタを罰して、村から追放するんじゃないか、と心配してるんだよ」
「しないしない。決めるのは村長だろ? 俺に決定権はないよ。それより薬って?」
「それは私が話します」
サティが割って入ってきた。
彼女の話では、母親の薬を作っているのはパレッタなのだそうだ。
かなり面倒な薬であるらしく、他に作れるものもいないし、いてもかなり高くつくらしい。
(魔法使い、ってのはそう言うことができるのか)
攻撃してこないなら、村にいてもらって構わない。
別にこの少女をいじめるつもりはないし、パレッタにしても同じである。
「わかったわかった。パレッタのことは俺が村長にとりなしてやる。アレクは別だがな」
「ありがとうございます」
サティの肩を抱くピート。
やっぱそういうことなんじゃねーの、と光治郎は思うのだった。
町での取引が終わった後、イチャイチャするかと思えばあっさり引くピート。
真面目である。
そういうことなら、余った時間は有効利用するべきだ。
帰るなり、運転教習の続きである。
「早く覚えてくれよ。このトラックはしばらく貸してやっから」
「それはいいんですけど、うわぁぁぁ」
「あー、だからそんなに強くブレーキ踏むな!」
ピートが一人前のドライバーになるためにはまだ少しかかりそうだ。
翌日、やっとレストア作業が再開である。
リフトアップされたミニを下から覗き込み、ライトを当ててチェックを進める。
一通りの部品を送ってもらったが、やはりというか当然というか、足りないものはボロボロと出てくるのが旧車である。
「あーあー、こっちに……こっちもか。ゴムブッシュは全部交換だな。部品どうすんだろ? 神様の旦那」
神様捕まえて随分な言い草だが、光治郎にしたって言い分はある。
“今時こんな車を任される身にもなってみろ”、ってね。
動くと、壊れないと、常用できる、は全部別である。
目指すは当然、日常的に乗れる車である。
チェックを進め、直ったら誰に売ろうか考えたところで、大問題が露呈した。
「どこ走らすんだよ。これ」
この付近には舗装道路がない。
それどころか、デコボコ、水たまり、ゴツゴツの岩場。
あまりにもこの ”旧車中の旧車” にとっては過酷な環境である。
「問題は村を出たところにある二ヶ所の岩場だな」
砂利道というより岩場に近いそこは、四駆以外で走る気にはなれない。
丈夫なトラックだからなんとかなっているが、本当はエルフで走るのも避けたいぐらいの悪路なのだ。
ミニでは確実にオイルパンがボコボコ、フレームが逝くのは時間の問題である。
「やるしかねーか。趣味じゃねーんだけどな」
サスペンションのあたりを入念にチェックしはじめる。
車高を上げることにしたのだ。
(ミニのファンは怒るだろうな)
光治郎だって、普段なら絶対やらないタイプの改造である。
「まあ、いいか。この村にそんなこと気にするヤツいねーだろうし」
作業は夜遅くまで及んだが、パーツリストが完成し神棚に”お供え”する。
「えー、神様。どうかパーツをよろしくお願いします。ブッシュはウレタンがいいです。サスについちゃあ、気が進みませんが、なんとか」
パンパン
柏手を打って、頭を下げ、ガレージの明かりを消す。
なんとなく、神棚から不穏な空気が流れてきたような感じはしたが……まあ、大丈夫だろう。
そして、翌朝――
見通しが甘かったことを痛感することになった。
「なんじゃこりゃあ。これじゃあ、車高上げらんねーじゃないか」
届いたパーツ箱には、希望通りのウレタンブッシュ。オイルシールに各種リビルドキットのみ。
肝心の車高を上げられるバネとダンパー。サブフレーム類が一つもない。
そして、箱の底には一枚の紙が。
“ミニの車高を上げるなど言語道断!”
その一行を読んだ瞬間。
ビカッッ ドドドーーン
「キャーー」
「うわっ、でかいぞ」
外は大騒ぎ。あの雷、どっかに落ちたようだ。
このタイミングでと言うことは神様の仕業に間違いないだろう。
「村のもので周りを見回りに向かいます。コージロー殿も行きますか?」
「行くよ。道がどうなってるか気になるしな」
いつも、一番で声をかけてくれる村長にはほんと助かる。
トラックを出したいところだが、まさか村の人たちを荷台に載せるわけにもいかない。
徒歩で向かう先は、あの砂利道。
岩で塞がれていたりしたら、どうにもならない。
ところが。
「こいつぁ、すげぇ」
「よくもここまで綺麗になったもんだ」
通る時に一番のネックになっていた大岩は消し飛んでいた。
それどころか、ガタガタと揺れる原因になっていた砂利が見事に粒が揃った小石の道に。
「ここに落ちたようですな。しかし、これなら問題ないでしょう」
「あ、ああ、確かにそうだな」
そう、問題はない。
しかし……
「神様よ。ミニを走らせたいだけでここまでやるか?」
光治郎は首を振り、そうひとりごちた。




