千里の道も雷鳴から?
「そうじゃねーよ。そこはクラッチ、離しちゃダメだ」
「うわーっ」
ブルル、ブルゥゥゥ
…………
エンストである。
光治郎の予定は狂いっぱなしだった。
いい加減、レストアに集中したいという理由で、ピートにトラックを任せるべく運転を教え始めたのだが……
「おっかながってちゃ、いつまで経っても覚えねーぞ」
「だって、こんなの。やったことないもの」
若いクセに妙に慎重派だな。こいつ。
だが、そんなことより問題なのは、今、リフトに乗ってる車だ。
オースティン・ミニ。
ダッシュボードには神様からの手紙。
“次はこいつを直して、売ってくれ。安くて構わん”
好きな車だが、旧車中の旧車である。
「あーあー、ひどいオイル漏れだな。よりによってオースティンとは……。BMWのミニ・クーパーか、せめてミニでもローバーのヤツ持ってこいよ」
ボヤきながらも、不具合をリストアップ。
神棚に必要な補修部品のリストを”お供え”する。
新品は望めない。
どこで入手する気か知らないが、中古部品を送りつけてくるつもりだろう。
あの神様、廃品漁りでもするんだろうか。
ざっと状態チェックが終わり、ひと段落。
昨日の謎の解明でも始めるかと思ったのだが、ガレージ開けると黒山の人だかり。
「どうしたんです?」
「ウチの豚も出荷したいんだけんど」
今日も『町まで村の物を売りにいけ』というわけだ。
「ウチも頼む。麦が取れすぎちまって、うちじゃあ、食べきれん」
「これこれ。あまりコージロー殿に無理を言っちゃいかん」
村人のことを抑えてくれている村長の顔を立てることにした。
「行きますよ。ピート、お前どうする?」
「もちろん、お供します」
朝飯を食い、今日もトラックで町に行くハメに。
それにしてもピートのやつ。
運転教習で疲れてるだろうに、意外に頑張り屋だな。
町に着くと昨日の職員さんが、すぐに対応してくれる。
「今日もですか。今度は豚肉を。本当に助かります」
「いえ、もう慣れましたから。……それで、今、ピートに運転を仕込んでいるのですが、こいつ一人で来ても対応してもらえます?」
「ええ、大丈夫ですよ」
時間はかかるだろうが、そのうち運転は覚えるだろう。
ピート一人でも町の人たちと対応を任せられそうだ。
そうすりゃ、運び屋家業からは解放。
レストアに集中できる、ってもんだ。
と。
向こうにまたあの猫耳少女がいる。
隣にはピート。二人で何か話し込んでいる。
「ピート。どうした」
「ええと……。彼女はサティ。実は俺が町に来る時は、彼女に薬を届けていたんだ」
なんだそう言うことか。
もっと、色っぽい展開を期待していたのだが……
それにしても彼女の顔色が優れない。
「どうした。何か心配ごとか?」
「あの……パレッタさんを村から追い出さないで下さい!」
どういうことだ。
意味がわからない。
「サティは、光治郎がアレクとパレッタを罰して、村から追放するんじゃないか、と心配してるんだよ」
「なんでだよ。決めるのは村長だろ? それにそれが薬と……あっ、そういうことか」
そこまで言われて初めて気がついた。
薬を作っていたのはパレッタか。
なるほどね。魔法使い、ってのはそう言うことができるわけね。
「わかったわかった。パレッタのことは俺が村長にとりなしてやる。アレクは別だがな」
「ありがとうございます」
サティの肩を抱くピート。
やっぱそういうことなんじゃねーの、と光治郎は思うのだった。
帰るなり、ピートの運転教習の続きである。
「早く覚えてくれよ。このトラックはしばらく貸してやっから」
「それはいいんですけど、うわぁぁぁ」
「あー、だからそんなに強くブレーキ踏むな!」
レストア作業を進めたい一心で始めたが、運転教習は前途多難である。
午後になり、やっとレストア作業が再開である。
リフトアップされたミニを下から覗き込み、ライトを当ててチェックを進める。
「あーあー、こっちに……こっちもか。ゴムブッシュは全部交換だな。部品どうすんだろ? 神様の旦那」
神様捕まえて随分な言い草だが、光治郎にしてみれば今時こんな車を任される身にもなってみろ、と言うところである。
チェックを進め、直ったら誰に売ろうか考えていると。
「どこ走らすんだよ。これ」
よく考えれば、舗装した道などはない。
「問題は村を出たところにある二ヶ所の岩場だな」
そこは砂利道。
整備はされているので四駆じゃなきゃ走れないほどの悪路、ってわけじゃない。
だが、流石にミニでは床を擦っちまう。
「やるしかねーか。趣味じゃねーんだけどな」
サスペンションのあたりを入念にチェックを始めた。
ミニの車高を上げることにする。ファンなら……いや、光治郎だって、普段なら絶対やらないタイプの改造である。
「まあ、いいか。この村にそんなこと気にするヤツいねーだろうし」
作業は夜遅くまで及んだが、パーツリストが完成し神棚に”お供え”する。
「えー、神様。どうかパーツをよろしくお願いします。ブッシュはウレタンがいいです。サスについちゃあ、気が進みませんが、なんとか」
パンパン
柏手を打って、頭を下げ、ガレージの明かりを消す。
なんとなく、神棚から不穏な空気が流れてきたような感じはしたが……まあ、大丈夫だろう。
そして、翌朝――
見通しが甘かったことを痛感することになった。
「なんじゃこりゃあ。これじゃあ、車高上げらんねーじゃないか」
届いたパーツ箱には、希望通りのウレタンブッシュ。オイルシールに各種リビルドキットのみ。
肝心の車高を上げられるバネとダンパー。サブフレーム類が一つもない。
そして、箱の底には一枚の紙が。
“ミニの車高を上げるなど言語道断!”
その一行を読んだ瞬間。
ビカッッ ドドドーーン
「キャーー」
「うわっ、でかいぞ」
外は大騒ぎ。あの雷、どっかに落ちたようだ。
このタイミングでと言うことは神様の仕業に間違いないだろう。
「村のもので周りを見回りに向かいます。コージロー殿も行きますか?」
「行くよ。道がどうなってるか気になるしな」
いつも、一番で声をかけてくれる村長にはほんと助かる。
トラックを出したいところだが、村の人たちが一緒となるとそうもいかない。
徒歩で向かう先は、あの砂利道だ。
岩で塞がれていたりしたら、どうにもならない。
ところが。
「こいつぁ、すげぇ」
「よくもここまで綺麗になったもんだ」
通る時に一番のネックになっていた大岩は消し飛んでいた。
それどころか、ガタガタと揺れる原因になっていた砂利が見事に粒が揃った小石の道に。
「ここに落ちたようですな。しかし、これなら問題ないでしょう」
「あ、ああ、確かにそうだな」
そう、問題はない。
しかし……
「神様よ。ミニを走らせたいだけでここまでやるか?」
光治郎は首を振り、そうひとりごちた。




