続 VSブルンガルド
ヤシロの体が宙を舞った。
視界がグルグルと回転し、突然目の前に地面が現れた。
ヤシロは咄嗟に受け身をとり体勢を立て直すが、ブルンガルドの拳が再び眼前へと迫りくる。
腕の痺れは残るものの動かすことはできたようだ。
迫る拳に合わせて拳を突き出す。
ドゴンとおよそ拳同士が衝突した音とは思えない衝撃音が響くと、互いの体勢がその衝撃によりグラつく。
だが——体の大きさ、そして重量の勝るブルンガルドの方が早く復帰した。
四本の腕から繰り出される嵐のような猛攻がヤシロを襲う。
一発一発が地を裂き、岩を砕き、地形を変えていく。
土煙が舞い視界が遮られようともブルンガルドは手を止めない。
否、止める事が出来ない。
目の前の人間——ヤシロを殺すには十分な程の力を込めている。
事実、今まではどんな相手であろうとこの力の前に為す術などなかった。
ただ一人、友であるイジークマトを除いては——
そんな自身の絶対的な力を前に、矮小な人間ごときが未だにその両の足で立っている。
有り得ない。
それは驚きでもあり、称賛でもあり、そして——喜びでもあった。
全力を出してもまだその姿形が壊れていない。
楽しいとすら思えた。
繰り出す拳全てをヤシロは受けきっている。
二本の手で逸らし弾き力を受け流していく。
「チェストォォォォォ!!!!」
弾いた拳の反動を利用し、ヤシロはブルンガルドの懐へ一息で潜り込むと——
固く握りしめた拳をブルンガルドの腹部へと突き立てる。
「——ッグォオ」
ブルンガルドはよろめき後退する。
だがヤシロは追撃せずにその場に立ち尽くした。
痛ってぇぇぇえええええ!!
なんだコイツの皮膚は!?
鉄で出来てんのか????
受けや払いで捌くにも限界があるわ!
一か八かで突っ込んだのは正解だったな。
ブルンガルドが大人しくしている間に手を休ませよう。
幸いにもブルンガルドは片膝をつき、腹に手を添えている。
俺の正拳突きがモロに入ったんだ。
ある程度のダメージがなくては困——
ブルンガルドは片膝をついた体勢のままタックルを繰り出した。
完全に油断していた俺は人形のように吹き飛ばされる。
「——ぐぉわっ!」
何とか地面を掴み勢いを殺すも、地面に影が落ちる。
頭上にブルンガルドの巨体が迫る。
図体がデカイ癖になんでこんなに素早いんだよ!
心の中で愚痴をこぼすも、すぐに後ろへ飛び退いた。
間髪容れずにブルンガルドの拳が降り注ぐ。
「……あーもうやめだやめだ!」
俺の言葉にブルンガルドは動きを止めた。
「ナニヲヤメルノダ」
(何を止めるのだ?)
「周りを見てみろ、のどかな景色が台無しだ」
俺たちの戦いの余波で周囲は酷い有様になっていた。
街から離れているとはいえ、それでも看過できる域を超えている。
ここはもうシンプルに決めよう。
「ここからは交互に殴り合うってのはどうだ?」
「……ナゼダ?」
(……なぜだ?)
「そのほうがシンプルでいいだろ」
「ヨカロウ。タガイニイッパツヅツデイインダナ?」
(よかろう。互いに一発ずつでいいんだな?)
「ああそうだ。あともうひとつ。俺の方が体重は軽いからな、吹き飛ばされたとしても戻ってくるまで待っててくれ」
「ワカッタ」
(わかった)
よし。これでこの喧嘩もさっさとけりがつくだろう。
「まどろっこしいことしてるねー」
クロエがやって来た。
「やるんならさっ! デスマッチだよね! ってわけで《デスマッチチェーン》!」
バカが呪文を唱えると、俺とブルンガルドの腰の辺りに互いを繋ぐ鎖が現れた。
また余計なことをしやがって……
ブルンガルドもあからさまに困惑している。
「コイツハオマエノブカジャナイノカ??」
(コイツはお前の部下じゃないのか??)
「いや、まあ……正確には部下ではないが……なんというか押し付けられた厄介者?が近いな」
「ハァ~??? 僕のどこが厄介者なわけぇ~???」
顔を背ける俺を下からクロエが覗き込んでくる。
クロエはそのままの体勢で続ける。
「そろそろ二本目に火をつけた方がいいよ? ソレさ、使用時間短くしたらその分パワー増すから。いざって時はそうしなー」
「ハクアはそんなこと言ってなかったぞ」
「たぶん頭の中で言ったつもりになっていると思うんだ。ハーちゃんってそういう所あるから」
「——ハァ。全くお前らは……」
たしかにハクアがくれたタバコの長さは半分になっていた。
ちなみに兜の口元にはタバコがついており、いくら動いても落ちることはないし、火が消えることもない。
静かに煙を吐き出し続け、少しずつ短くなり残り時間を示している。
一本取り出すと手に持ったまま火が灯り、口元のタバコに吸収され長さが元に戻っていく。
まあいいさ。
こうなったら細かいことは考えず、ただ殴り合おう。
クロエへの怒りをぶつけるとしよう。
ブルンガルドへ近づき拳を向ける。
「アレコレ考えるのはもう面倒だ。とにかくやるぞ。俺とお前、どちらかが倒れるまで殴り合おうぜ!」
「……ワカッタ。ナラバコチラモコロスキデイカセテモラウ」
(……わかった。ならばこちらも殺す気でいかせてもらう)
「おう。行くぞ!!」
「コイ、ニンゲン!!」
(来い、人間!!)
互いの拳が交差する。
それはおよそ人体が出せる音を遥かに超えていた。
例えるのなら鉄と鉄がぶつかり合うような。
何も知らない人間がその音を聞けば、殴り合いなどしているとは到底思えないほどの音が鳴り響いた。
互いの拳がぶつかり合うごとに鳴り響く音。
ブルンガルドが四本の腕を振るいヤシロの体を殴打する度に、ヤシロは負けじと拳と蹴りを放つ。
右頬を殴られれば左頬を。
左の腹部を蹴られたのなら返す刀で右の側頭部を蹴り抜く。
一つ受ければ一つ返す。
二人は鎖で繋がれているため逃げる事も回避する事もしない。
ただひたすら力の限り殴り合った。
互いの力はほぼ互角。
だが、その拮抗は直ぐに崩れた——
「オオオオオ!!」
ブルンガルドが振り下ろす拳をヤシロは回し受けで防いだ。
今までそのような動きをしてこなかったヤシロにブルンガルドは目を見開く。
「悪い。技——使わせてもらうわ」
口元のタバコが燃焼を加速されていく。
ヤシロの鎧から煙が噴き出すと今までとは段違いな動きを見せる。
ブルンガルドの側頭部へと放たれた蹴りはその巨体を大きく仰け反らせ、続け様に繰り出された前蹴りにより、ブルンガルドの体はくの字に曲がった。
ブルンガルドの巨体が大きく後退すると、二人の間に繋がれていた鎖がヤシロの体をグンッと引き寄せる。
ヤシロは鎖の勢いを利用し跳躍。
片足を頭上より高く上げると——ブルンガルドの頭目掛けて振り下ろす。
振り下ろされた踵の一撃。
それはブルンガルドの頭を地面へ叩きつけ、大地に大きな亀裂を刻み込んだ。
ブルンガルドは四本の腕を地面に突き立て体を跳ね起こす。
しかし、ヤシロは手刀をブルンガルドの首へと叩きつけ、直ぐさま左の拳を顔面へと放つ。
ブルンガルドは自身の脳が揺れ、視界が歪むのを感じた。
だが百戦錬磨の強者。
〝不動の巨兵〟たる男はその強靭な肉体により踏み留まる。
踏み留まった先に待っていたのは、眼前に迫る死を予感させるひとつの拳だった。




