VSブルンガルド
ブルンガルドは拳を固め構えた。
ただ目の前にいるだけで全身がビリビリと痺れる。
今すぐこの場から逃げ出したい——そう思った瞬間。
「汝に勇気を与えたも~。《勇敢な心》」
クロエが何か呪文?を唱えると、俺の中の恐怖心が消えてなくなり、この場から逃げる理由がなくなってしまった。
余計なことしやがって……
とはいえこのまま戦うと確実に死ぬ。
一歩後ろに下がり、ブルンガルドから距離を取る。
「大男。少しだけ待ちなさい」
ハクアが俺の前に立ち、言い放った。
「キサマガアイテヲスルトデモイウノカ?」
(貴様が相手をするとでもいうのか?)
「まさか。貴方の相手は主様よ」
「おい」
「主様。コチラをどうぞ」
ハクアは懐から何かを取り出すと、俺の手に無理矢理握らせた。
それは俗にいうシガレットケースというやつだ。
中を開けてみると20本のタバコが並んでいる。
ぱっと見でわかるが、銘柄に統一感がない。
こういうの凄い気になる。
几帳面ではないが、統一感って大事だ。
ブルンガルドが大人しく待ってくれているのでハクアに問い掛ける。
「コレを……どうしたらいいんだ?」
「吸って下さい。一つ一つに私の魔力を込めているので、主様を守る鎧に変化いたします」
変化いたしますと言われても……
ケースに入っていた内の一本をハクアはもぎ取ると俺の口に押し付けた。
「一本で30分間効果があります。それだけあれば充分だとは思いますが、長引く際には早目に次のタバコをくわえてください」
「……え、俺に何させようとしてるんだお前ら」
「……ご武運を!」
ハクアはサムズアップすると後ろへ下がった。
「モウイイカ?」
(もういいか?)
「よくはないな。これに火をつけるからもう少し時間をくれ」
咥えたタバコに火を灯す。
すると、立ち込める煙が体にまとわりつくと——白銀の鎧へと姿を変えた。
全身を覆い隠すようなフルプレート。
重さは感じないが、たしかな重厚感を感じる。
しかし、兜から見える視界が少し狭いのが難点だ。
試しに手を握ってみるが、鎧特有のガチャガチャとした音を立てることなくスムーズに動く。
そして全身には、どこからともなく力が湧いてくる。
それは今まで経験した事がないほどの力。
今すぐこの力を振るいたい。
そう思えるほどに。
「ジュンビハデキタヨウダナ。フンッ——!」
(準備は出来たようだな。フンッ——!)
ブルンガルドは拳を繰り出した。
シンプルな右ストレート。
それだけだというのに、何という圧倒感だろうか。
俺は避ける事が出来ず、正面から拳を受けた。
ガキンッ——と響く鈍い音。
兜の隙間から見える視界は、ブルンガルドの拳で覆われていた。
だが俺の体には一切のダメージがない。
体勢すら微動だにしていない。
すぐにブルンガルドは手を引き、次の攻撃へと移ろうとする。
一撃を受けたことにより、俺は頭の中を切り替えることができた。
ケンカなんて久しぶりだ……
繰り出される拳を避けながら、昔を懐かしんだ。
若い頃は孤児院育ちということもあり、絡んでくる輩が多かった。
やれ目付きが悪いだの、睨むんじゃねえだの、なんだその目は、と言われ続けてきた。
……単純に俺の目付きが悪かっただけか?
まあいいか、全員返り討ちにしてたし。
余計なことを考えていると、ブルンガルドの拳が飛んでくる。
「——ふっ!」
ブルンガルドの拳を外側から打ち払い、体から逸らす。
空手の中段外払いという。
まだ孤児院にいた頃に、度々訪問してくれた指導員から空手を習っていた。
そのせいで俺のいた施設は武闘派などと呼ばれたりもしたが、役に立つことの方が多かったので問題ない。
拳を構えブルンガルドとの距離を詰める。
とてもじゃないが頭に手は届きそうにない。
ならばやることは一つだ。
上へフェイントをかけ、右足をブルンガルドの足へ向けて振り抜く。
全力の下段蹴りを受けたブルンガルドは体勢を崩し膝をついた。
そのままブルンガルドの膝を足場に跳躍し——顎を蹴り上げる。
頭で思い描いた動きがなんの抵抗もなく実現できる。
生前の俺ではこんな動きは出来なかった。
それもこの鎧のお陰なのだろう。
着地すると数歩後ろに下がり様子を見る。
ブルンガルドは青天——仰向けにひっくり返ったまま動こうとしない。
気絶したのか?
そう思うも、すぐに違うのだとわかった。
「……フ、フハハハハハハ! オモシロイ! オモシロイゾ!」
(……フ、フハハハハハハ! 面白い! 面白いぞ!)
ブルンガルドはゆっくりと上体を起こすと首を鳴らした。
「チニセナカヲツケタノハ、ジンマタイセンイライダ。モウイチドナヲキイテオコウ」
(地に背中を着けたのは、人魔大戦以来だ。もう一度名を聞いておこう)
「……ヤシロだ。えーっと、ヤシロ・ナガオカだ」
たしかこの世界では苗字が後だったな。
「ソウダナ。ヤシロダッタナ。ヒサカタブリノキョウシャヨ。イジークマトヲコロシタダケノコトハアル」
(そうだな。ヤシロだったな。久しぶりの強者よ。イジークマトを殺しただけのことはある)
「それはクロエのほうだ。俺は何もしてない」
濡れ衣を着せるのはやめてほしい。
ブルンガルドは立ち上がるとこう言った。
「ドウヤラホンキヲダスヒツヨウガアルヨウダ」
(どうやら本気を出す必要があるようだ)
「ハッタリだろ? 強がらなくてもいいぞ?」
「タメシテミレバワカル……ハァァァ」
(試してみればわかる……ハァァァ)
ブルンガルドの気配がどんどん増していくのがわかる。
大気が揺れ。
地面までもが震えている。
プレッシャーが鎧越しでも伝わってくる。
次第にブルンガルドの体が大きくなり始めた。
ブルンガルドの体は一回りも二回りも大きくなり、更には皮膚を突き破る様にして腕が四本へと増えた。
「フゥゥゥゥ……コノスガタニナルノハイツブリダロウナ。ヤシロ、ヨロコベ。オマエハオレニホンキヲダサセタハジメテノニンゲンダ」
(フゥゥゥゥ……この姿になるのは何時ぶりだろうな。ヤシロ、喜べ。お前は俺に本気を出させた初めての人間だ)
「あー……それはどうも? ご期待に沿えるよう努力するよ」
何も嬉しくないし、喜ぶ気にもならない。
あのまま負けを認めてもらった方が俺は喜んだぞ。
時間は体感でまだ五分程度しか経っていないか?
兜の一部となっているタバコの残量を見るも、まだまだ余裕はある。
一瞬——そう一瞬だけブルンガルドから目を離した。
その僅かな隙をブルンガルドは見逃さなかった。
硬く握り締めた拳が眼前に迫る。
咄嗟に手を交差し防御。
ミシリという音と共に体が宙を舞った。
ブルンガルドさんはフィジカルのみで上り詰めた人?です。




