料理中にタバコを吸うな
クロエがアホなことをしたそのあとに、宿に戻りハクアと共にお菓子作りを開始した。
60を超えたオッサンが作るクッキーなんぞ貰って誰が喜ぶんだ、とハクアに言っても。
「あの領主の娘を試す為です。命の恩人が作った物ですので、それで喜びもしない女なら今後の付き合いは考えた方がいいかと」
そう言われては俺も黙るしかない。
ハクアの言い分も十分理解できるが、年下の女の子を試すような真似をするのは少し抵抗があるんだよな。
死ぬ前に結婚していたのなら、娘……だと俺が年を取り過ぎか。
孫くらいか? そうだとしたら俺も子供も随分と若い頃に子供を作らないといけないか……
もっとも、俺は未婚の男なんだけどな。
別にモテなかったわけではない。
死ぬまでに数人の女性と付き合ったし、結婚直前までいった女性もいる。
いるのだが……結婚しても孤児院への援助を続ける、と告げた時のあの顔を今でも忘れる事はない。
会社を運営している以上、いろんな人間を見てきた。
良い人間も、悪い人間もだ。
あの女共は俺が告げた言葉を聞いた瞬間、後者の目をしていた。
幼少期から人の目を気にして生きてきたんだ。
見逃しはしない。
俺の中にある愛情という感情が、たったそれだけで簡単に冷めるという事に気付いた。
だからこそ一方的に別れを告げることができた。
多少恨まれもしたが、黙らせる方法はいくらでもある。
この時ばかりは社長という横の繋がりと、自身の蓄えに感謝したもんだ。
次こそはという期待も、3人目の時に捨て去ることになったんだったか……
思えばあれからタバコと酒の量が増えた気もする……うーん、その出来事がきっかけの気がしてきた。
そうだそうだ、俺の不摂生はそのせいだったな。うんうん。俺は悪くないな。
過去の女たちとの思い出をクッキーの生地に練り込み、忘れることにした。
◇
「よく来た。歓迎するよ」
そう言って領主であるマルコス・フォン・ファーステッド・ハジマリノマチーは両手を広げ笑顔を向けた。
「いえいえ、こちらこそお呼びいただきありがとうございます」
相手はハグしたそうだが、俺はその場から動かずに営業スマイルを浮かべながらそう告げた。
出迎えは領主様とメイドが数人。
お嬢様は部屋で待っている感じかな? さすがに病み上がりだからな、それは仕方ない。
「呼びつけた本人がいないとか何考えてるわけえええええええ???」
「…………ハクア。そのバカを黙らせろ」
「わかりました。――ハァ。貴女も少しは頭で考えてから喋りなさい」
「ムグググググー!」
「このバカの言う事は気にしないでください」
「そ、そうか」
ハクアに指示してクロエを簀巻きにして黙らせた。
事前に簀を用意しておいてよかった。
簀巻きにされたクロエをハクアが「黙りなさい」と言いながら蹴りを加えているのを無視して話を進める。
「その後、お嬢様の具合はどうですか?」
「え? あ、ああもちろん良好だとも。あんなに元気な娘の姿を見るのは実に久しぶりだ。君には感謝してもしきれないよ」
「そうですか。それを聞いて安心しました」
領主が俺の後ろにチラチラと視線を送る。
背後から何かがぶつかる音と共にうめき声が聞こえてくるので、さっさとお嬢様の部屋に向かうことにした。
「それじゃ、行きましょうか」
「…………そうだな。ついてきなさい」
◇
領主様の案内のもと、お嬢様がいるという部屋の前に辿り着いた。
扉の前に領主様が立つと――
「その扉の先に娘がいるわけだが……先に謝っておく。娘が失礼な態度をとったとしてもどうか許してほしい。一年間苦しんだ末にようやくその苦しみから解放されたのだ。申し訳ないが、どうか、どうか……理解してほしい」
領主様は歯を食いしばるようにそう告げた。
その言葉に不安が頭を過った。
もしかしたら、呪いによる苦痛で心を病んでしまっている可能性がある。
そのせいで本来の性格が変わってしまっているのであれば、一体俺に何ができようか。
そんな思いを胸に抱き、扉を開いた。
「ヤシロ様ああああああああああ!! お待ちしておりましたわああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」
そっと扉を閉じる。
………………なんか、思っていたのと違うな。
領主様を見ると、顔を反らされた。
なので再度、扉を少し開く。
「ヤシロさm――」
扉を閉める。
ダメだ。
思ってたのと違い過ぎる――!!
あの口ぶりなら何かしら不快に思う要素があると思うじゃん!
何あのハイテンション⁉ 凄い声量だったぞ⁉
俺はハクアとクロエに意見を求めるべく振り返った。
「主様~諦めてね~」カシュッ
「――私も同意見です」スパー
「お、お前ら……事前に知ってたな⁉」
「いえいえ、そんなまさか存じ上げておりませんよ」
「僕らが知るわけないよね~」
「「ね~?」」
今の反応で確信した。
コイツら何らかの方法で、こんな状況になっていると知っていたな。
隠してた理由もどうせ面白そうだから、とかそんな理由だろう。
とりあえず心を落ち着かせ、扉を開く。
「ああ! ヤシロ様ぁ! ようやく私に会いに来てくださいましたね! この日をどれほど心待ちにしていたか……ですが申し訳ありません。貴方様に会うというのに、あのような姿では不快になられるだろうと思いこの日まで必死に自分の見た目を整えさせていただきました。ああ――目を瞑れば今でもあの時の光景が鮮明に浮かび上がります。暗く苦しい闇の中から私を助け出してくださったヤシロ様の姿が!! 今日も相も変わらず素敵です!」
「あ、うん。そうね。元気そうでなにより。うん」
後ろで声を出さずに笑っているクロエの気配が手に取るようにわかる。
ハクアは煙を吐くタイミングで軽く噴き出している。
覚えてろよカス共……
「えーっと、お嬢さ「シャーロットとお呼びください!」……シャーロットさん。どうやらもう大丈夫みたいですね」
「ええもちろん!! ヤシロ様のおかげでこの通り……と言いたいところですが一年も寝たきりでしたので、体が思うように動かないのが現状です」
「なるほど。弱りきった体を癒すには時間がかかりますからね。そうそう、手土産を用意いたしましたので、もしよろしければどうぞ」
手に持っていた60歳のおっさんが作ったクッキーが入ったバスケットを差し出す。
個人的には初めてにしてはなかなかいい出来だと思っている。
何気にハクアの説明がわかりやすく、その都度手直しをして貰ったおかげでもある。
作っている最中――バターと砂糖を「え、本当にこの量入れるの?」と何度もハクアに確認したな……
生前にお土産やら差し入れなんかで、何気なく食っていたクッキーの闇を知った気分になって少しドン引きした。
そんな話は今はどうでもいい。
差し出したバスケットを受け取ったお嬢様――もといシャーロット嬢は膝の上に置いたバスケットの中を見ながらフリーズしたと思った、次の瞬間。
「か、家宝にいたしますねえええええええええええええ!!!!」
…………やっぱり、思っていたのと違う。
このお嬢様はもしかしたらダメなのかもしれない。
どうダメなのかと問われると言葉に詰まるが……シンプルに言って。
知り合いになるのはやめておこう――そう思った。
これにはハクアとクロエも苦笑い(爆笑)




