煙のように消える姿
「イエーイ!」
クロエがポールダンスの真似事をしているのを横目に、運ばれてきたコップを口にする。
それに続きハクアも一口。
飲みながらクロエに再度視線を戻す。
クロエは鉄の棒を片手で掴み、体を真横にしてまるで寝ているようなポーズをとっていた。
「どんな腕力してんだアイツ……」
片手だけで体を持ち上げるなんて俺には不可能だ。
そもそも人間にそんなことできるのか?
二人は天使だし、人間と体の作りが違うんだろうな……
そんなことを考えていた。
クロエからハクアに視線を戻すと――
ハクアの頬がほのかに紅潮していた。
白く透き通るような肌は徐々に赤みを帯び、目もとろんと垂れ下がる。
誰がどう見ても酔っていた。
そう、酔っていた。
――なぜ?
たしかハクアの飲み物はアルコールの入っていない果実水だったはずだ。
まさか酒場の空気で酔った? いや違う。
だとしたらクロエが部屋で飲み始めた時に、その空気で酔っていただろう。
俺はハクアのコップを手に取り匂いを嗅ぐ。
「あれ、これ酒じゃん」
なぜかハクアの飲み物が酒になっていた。
店の人が中身を入れ間違えたようだ。
バーカウンターにいる店主へ顔を向けると、店主は酒瓶を顔の高さまで持ち上げウィンクする。
「さっきの見世物のお礼みたいよ」
近くを通りかかった給仕がすれ違いざまにそう告げた。
なるほど、そういうことか。
店主はお礼と称して、果実水から酒にランクアップしてくれたのだろう。
ハクアは下戸だから果実水にしてたんだが……大丈夫だよな?
ハクアは顔全体を赤らめ、上半身がゆらゆら揺れていた。
クロエに確認したほうがいいか。
そう思い声を張り上げる。
「クロエ! ハクアが酔ってるけど大丈夫だよな?」
その瞬間――クロエは鉄の棒から一息でこちら側まで跳躍した。
「ハーちゃんに酒を飲ませたバカは誰だ!!!!」
「いやいや、俺じゃないからな? 店主がさっきのポールダンスのお礼に、注文したのとは違うのを出してくれたみたいなんだ」
「ハアアアアア!? 何してくれてんの! 主様もなんで止めなかったの!?」
「俺も中身が酒に変わってたなんて知らなかったんだから仕方ないだろ。それに普段からお前もハクアに酒を勧めたりしてるじゃないか」
「違う違う違う違う。勧めたところでハーちゃんは絶対飲まないから、おふざけでそうしてるだけなの! 本気で飲もうとしてたら止めるに決まってんじゃん! 主様のおバカ!!」
おバカって……
クロエは目に見えて動揺していた。
コイツのこんな姿は初めて見る。
顔も青ざめ、何かに怯えているようにすら見えた。
「あー、もしかして、ハクアって酔うと面倒くさくなるタイプなのか?」
そう言ったものの、ハクアは先程から大人しい。
体を揺らすだけで微笑んだままだ。
「違う違う。ハーちゃんは面倒くさくとかそういうんじゃなくて――とにかく触らないで! 絶対だからね! 罵声とかも浴びせないで! あと触らないでね!!」
取り乱すクロエの後ろでハクアは急に立ち上がり、フラついた拍子にクロエの背中とぶつかった。
ぶつかったといっても、本当に少し体が触れた程度だ。
どちらも体勢を崩していない。
痛みなんて生じるものでもない。
その程度のものだ。
だが――
「あっ、ごめん。僕死んグギャ――」
クロエはハクアの回し蹴りを受け、酒場の壁をぶち抜いて外へ吹き飛んでいった。
突然起きたあまりの出来事に、酒場の空気が凍った。
そんな中、ハクアがポツリと――
「痛い……」
クロエとぶつかった箇所を手で擦りながらそう言った。
「お、おいアンタなにし――」
止めに入ろうとしたのか、近くにいた男がハクアの肩に触れた瞬間、男がギャグ漫画みたいに天井に突き刺さった。
再び酒場の空気が凍った。
そしてハクアは肩を擦りながら一言。
「痛い……」
ああ、そうか。そういうことか。
俺は理解した。
何故あのクロエが怯えていたのか。
それはハクアが酔うと、どうなるか知っていたからだ。
ハクアは今、ちょっと触れるだけでもそれを攻撃されたとみなして反撃してくるモードになってしまった。
たしかに経験上、酔うと怒りっぽくなる人間や泣き上戸になる人間はいくらでも見てきた。
だがコレはそのどれとも違う。
本人に悪意があるのかわからないが、問答無用で暴力が振るわれる。
なんで、なんで……事前にこの事を教えてくれなかったんだ、あのバカは!!
クソッ……クロエは放っておいてもいいとして、天井の男は生きているのだろうか……あっピクピクしてる。
とりあえず生きているようなので一安心。
俺はやるべきことをやろう。
「全員壁際まで離れてくれ! 決してこの女に触れるな! 見ただろ? 死ぬぞ!」
俺の言葉に店の人間たちは壁際へと移動する。
店主は「壁が……天井が……」と言っているが正直な話、アンタのせいでこうなってんだよ、とは言えない。
壁と天井の修理は領主から貰った金で何とかできる。
天井の男の傷は……クロエって回復魔法使えたっけ? アイツがそんなもの使えるわけないか。
「この中で回復魔法が使えるやつはいるか? 金は出すから天井の男を救出してから回復してやってほしい!」
「わ、わかりました!」
ちょうど回復魔法の使い手がいたようだ。
男のことは任せて、俺はハクアを引き離すとしよう。
カバンから未開封のタバコを取り出し、ハクアに見せつける。
「ハクア! ほーら、新しいタバコだぞ〜。欲しかったらこっちおいで」
ゆっくりと外へ向かって移動する。
「タバコ……」
ハクアもフラつきながらついてくる。
よしよし、良い子だ。そのまま、そのまま。
ガンッとハクアの足が椅子にぶつかると、真上から拳を叩きつけ粉砕した。
ドンッと丸テーブルに体がぶつかると蹴りを放ち、丸テーブルが壁へと突き刺さる。
すると周囲の人間たちは何かを察したようで、素早い動きでハクアの進路上にあるテーブルや椅子を退かし始めた。
ナイスだ――! これで被害額はグッと下がる!
「今どんな感じ?」
「うわあ!!」
いきなり背後にクロエが現れたので悲鳴が出た。
「失礼しちゃうねー、悲鳴なんてあげちゃってさー」
プンプン怒っている感じのクロエだが、その首は90度に曲がっていた。
普通の人間なら死んでいないにしても、重傷で動くこともできないような首の形だ。
「お前……大丈夫なのか、それ」
「ああ、うん。この位じゃ僕らは死なないから平気平気。で、今どんな感じ?」
「……とりあえずハクアを外に出そうかと」
「あーそんな感じね。おkおk。とりあえず一旦眠らせるね」
戻って来たとたん訳の分からん事を言い出すクロエ。
クロエは虹色に光る光の輪を放出した。
「ミミミミミミミ――」
虹色に光る輪っかが、みょんみょんと音を立てながらハクアに向かって飛んでいく。
決して遅くはない速度の光の輪がハクアに触れようとした瞬間。
ハクアの姿が消え――クロエの背後に現れた。
「――あっ。またこのパターンぐえええええええ!」
ハクアの蹴りを受けてクロエが再度壁をぶち破り外へ放り出された。
さっきも見たなこの光景。
なので俺は当初の予定通り、タバコの封を開け一本だけ飛び出させてからハクアに差し出す。
ハクアはタバコを手に取ると、口に咥え火をつけた。
煙を吐き出すと、一瞬で俺の側に近寄り、そのまま体をくっ付けてきた。
俺は正直死んだと思ったが、一向にハクアの暴力が振るわれることはなかった。
そんな状態のまま、しばらくの時間が経過した――
いわゆる一つのギャグ回。




