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ゲバルト聖王教会

 白く、清潔感のある廊下。

 

 光が溢れるその廊下を、意匠のこった服を着た一人の男が歩いていた。

 

 道の中程まで来た時、その男に声をかける人物が現れた。


「おや? ギルバート様。何時お戻りになられたのですか?」


 少し小太り気味ではあるが、同じ意匠の服を着ている男よりも少し若めの男。

 

「ん? おお、お前か。戻ったのはつい先ほどだ……少し、いや。太ったか?」

「ハハハ、昇進してから前線に出る機会が減りましたからな。して、アレの監視をしていると聞きましたが、本部に居られて大丈夫なのですか?」

「ああ、構わん。ヤツは死んだ。その報告の為に戻って来た次第だ」


 ギルバートと呼ばれた男そう言うと、もう一人の男が目に見えて狼狽えた。


「な、なんと……『万生の汚泥』が死んだのですか⁉ やつには人魔大戦で数多くの人間が殺されたと聞きますが、一体誰に……」

「とある三人組だ。男が一人と女が二人。名は男がヤシロ。女がハクアとクロエだ」

「ふむ……聞いた事のない名ですな。して、その者たちはどこの所属で?」

「冒険者だそうだ。本人の口からそう聞いた。三人とも年は恐らく二十代前半だろう。全く……なぜ奴を殺せる人材を教会は把握していないのか理解に苦しむ」


 悪態をつく男――その姿はヤシロたちが泊まった宿屋の主人と同じ見た目をしていた。

 していたというよりも、服装が違うだけで同一人物である。


「それはそれは……すぐに調べさせます」

「止めておけ。バレた時、男の方は恐らく穏便に済ませてくれるだろうが……残りの二人が問題だ」

「問題、ですか。それは一体どのような意味で?」


 小太りの男が驚いた表情をする一方、男は思い出すように目を伏せた。


「まるで遥か格下を見る様な目をしていたな。いや、それ以下か?」

 

 男は自嘲気味に鼻で笑った。


「道端に転がる石ころか、あるいは踏み潰しても気に留めぬ虫を見るような……そんな目をしていたな」


 小太りの男は、冷汗が止まらなかった。

 今口を開いている男――ギルバートは、教会の中でも屈指の実力者だ。その彼がこれほどまでに自身の存在を卑下するような物言いをするなど、未だかつて見たことがない。


「……では、そのヤシロという男はそれ以上と?」

「いや、違う」


 男は断言した。


「強者が弱者を装うと必ず違和感が生まれるものだ。だがあの男からはそういったものが一切感じられなかった。立ち居振る舞い、動作、その全てが素人そのもの。だが――あの男の言葉にだけ女共は素直に従っていた。その意味がお前に解るか? 俺には皆目見当もつかない」

「貴方ほどの実力者にそこまで言わしめるとは……しかし、聞いてしまった以上は、危険を承知で調べる必要がありますな」

「わかっているさ。止めておけとは言ったが、止める気はない。どうせ探りを入れた段階で向こうに感づかれる」

「…………隠密に特化した者を差し向けましょう」

「無駄だ。アレは――そう。何をしても無駄だ。諦めて、素直に接触した方が速いかもしれんぞ?」


 その言葉を最後に、小太りの男は黙ってしまった。

 その様子を見た男はあからさまに話題を変えた。


「ところで今晩予定はあるか?」

「――え? 今晩ですか? 特にコレといった用事はありませんが……」

「上等な酒が手に入ったんでな、近況報告がてら飲もうじゃないか」

「ふむ。わかりました。では今晩お邪魔させていただきます」


 男はそのまま歩き出そうとしたが、小太りの男がそれを引き留めた。


「ギルバート様。二人の女が危険なのは理解しました。男の方は、どう判断いたしましたか?」


 小太りの男の言葉に、男は考える時間もなく答えた。


「美味い酒をタダでくれる男だ。問題があるわけないだろ?」

「………………貴方という人は――わかりました。では今晩部屋に寄らせていただきます」

「ああ、待っているよ」


 ――――――

 ――――

 ――


 あまり物が置かれていない簡素な造りの部屋で昼間の二人が杯を交わしていた。


「プハッ! 実に美味い! こんな上等な酒を口にしたのは初めてですよ!」

「フフフ。そうだろう? 俺も最初飲んだ時は驚いた。雑味のないこの口当たり。この世界のどこを探しても、これほどの酒は存在しないだろう。たまらんな」

「ええまったくです。本当にこの酒を無償で渡してきたのですか?」

「ああそうだ。だからこそ俺にはあの男が判断出来ん」

「ですな。私なら何か裏があると考えますね」


 琥珀色に輝く液体をグラスに注ぎながら男は言った。

 そんな男を前にして、小太りの男は神妙な面持ちで口を開いた。


「ギルバート様。昼間貴方と別れてから、ある情報が私の元へ届きました」

「ほう――どんな内容だ?」

「聖女様の天啓にございます」

「……内容は?」


 男はグラスをテーブルへ置くと、先ほどまでの浮ついた気配は消え去り真面目な雰囲気を醸し出した。


「『異世界より、一人の人間と二人の天使が参る』――と」

「……なるほど、三人か。例の三人組の可能性があると?」

「もしその三人のうちの二人が天使様であるのなら、貴方が気付かないのは可笑しい」

「ハッハッハッハッ。そうだな。確かにあの二人の目に天使様である証拠の紋様が刻まれていなかった」


 その言葉を聞いた小太りの男は数度頷いた。


「天啓はそれだけか?」

「はい。ただ今回の天啓は妙でして……」

「何か問題でもあったのか?」 

「聖女様が食事中に授かったそうです。本来ならば、創造神様への祈りで得られるのですが今回はなんの前触れもなく天啓を受けたとのことです」


 男はグラスを見つめながら思案する。

 聖女の天啓。それが何を意味するのか、男はその重要性を嫌という程理解していた。

 だが今回は通常とは違い、人間と天使が二人現れた、ただそれだけしか告げられてないというのが気にかかった。


「俺に何か隠している?」

「ええ!? まさか! 貴方を相手に隠し事なんてしたら、何されるかわかったものじゃないんですから! 聖女様の天啓は本当にそれだけです――少なくとも私の耳に入ってきてるものは、ですが」

「そうか、すまんな。しかし創造神様は何故異世界から来た三人の来訪を告げる天啓を授けてくださったのかわからんな」

「もしかすると……その三人はこの世界に何らかの影響があるから。ではないですかね?」


 グラスから一口飲み込んだ男が小太りの男をじっと見つめる。

 男の考えとしてはその可能性は十分ある。というよりも、その可能性したか思い当たらない。


「少なくとも、その三人に害があると明言されていないのなら様子を見るしかあるまい」

「ですな。例の三人は私の方で深追いせずに調べておきます。どこの街に向かわれたかわかりますか?」

「ハジマリノマチーだ。街道沿いを旅しているようだからな。もう一度釘を刺しておくが、絶対に敵対はするな。わかったな?」

「承知致しました。友好関係を築ければまたこの酒が飲める可能性がありますからな」

「――まったく、お前という奴は」


 小太りの男がグラスを男に差し出す。

 男はそれに応えるようにキンッと互いのグラスを打ち鳴らした。

生贄騒動の村にある宿屋は一夜にして建物ごと消えたようです。なんでやろね。

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