36話 ヴァンガード卿
「鬼一様には今後専属の騎士が一人つくこととなります。ヴァンガード卿どうぞこちらへ」
メイドの一言から続き、一人の鉄兜を被った騎士が現れた。
先ず目に付くのはその赤いマントだ。散りばめられた白い小さな星紋章と赤色生地で仕立てられたそれは、どこか古風なモノを思わせるものがある。
頭から爪先まで白銀色の甲冑に覆われ、顔も兜の覆いで表情が見えないためか、かなりの圧を放っているようにも見える。
そして、腰に帯刀された剣の柄には、月の装飾が施されている。
無言のそれから放たれる圧は到底並の人間とは思えない。甲冑の中の人間は相当な筋肉質の男性だと思われる。
「ヴァンガード卿ですって?!」
ティナが驚いたように口を手で覆う。
うっかり大声が出てしまった事を恥じたのだろうか。
「ヴァンガード卿ってティナ、知っているのか?」
小声でそう聞き返すと少々焦りながらティナが返した。
「知ってるも何も帝国じゃ結構有名なんですよ。ヴァンガード家一伝の剣技なんかが特に有名ですね。幼い頃からの修練の結果身につくとか言われてますよ」
なるほどな、と鬼一は納得する。
それと同時にある一つの疑問が浮かぶ。
(なんで、叙勲式なのに騎士が俺たちにつくことになるんだ?ティナから教えてもらった内容にはなかったはずだが)
鬼一が訝しむ。
騎士は勇者と同等の身分であるからして、忠誠を誓う事は。
そこで鬼一の思考が戻る。
いいや、忠誠など一言もいっていない。勲章を叙勲された事で気分が高揚していたのだ俺は。
ふと、叙勲式に来てしまったことの迂闊な自身の判断を呪った。
(そうか。帝国は勲章を餌にして、一度離れた俺たちを呼び戻すことが目的か。それにまんまと食い付いてしまったのが俺たちだったのということか。ならば、騎士の真の目的は俺たちの監視といった所か。帝国の決定を反故にすれば俺たち自身が帝国の敵に認定されかねない。ここは素直につく事を受けるしか無いか)
鬼一の首筋を冷や汗が伝う。
甲冑の人物は鬼一に歩み寄ると喋った。
「私はこれより貴方と共に剣を振るい、魔王軍を打ち砕きましょう」
野太いくぐもった声が発せられた。
鉄兜の覆いのせいなのか、そう鬼一には聞こえた。
それと共に籠手に覆われた相手の右腕がさしだされた。
「ええ、こちらからも頼みます」
間髪入れずに鬼一もまた右手を差し出し、わかりやすく周囲に受け入れのポーズをとる。
「黒鉄鷹勲章の叙勲に至る功績、お見事でしたよ」
「いえいえ、帝国の敵を倒したまでですよ」
ここで、鬼一は嘘をついた。
表向きは帝国の精鋭としての勇者で通っており、その重責は重い物となっている。
鬼一の腹の中ではまだ帝国に寿命を減らされた事や異世界に無理やり召喚された事を根に持っている。
だが、ここは公の場だ。
勇者が帝国に対し反感を持っているという印象を与えさせてしまえば何をされるか分からないと言った懸念から、鬼一は嘘をついたのである。
いわば面従腹背であるが、そのくらいは勇者として面子を保たなければと言う鬼一の考えから来るものである。
この鬼一の姿勢が受けたのか、周囲にいたメイドを次々に感嘆の声を発する。
「流石は魔王の幹部を討ち取った兵ね」
「帝国の勇者ですもの。それにしたって勇ましいお方ですわ」
それを聞いた鬼一たちの心中はあまりよろしくなかった。
ここでまたしても鬼一に勇者としての重荷がのしかかる。
(また勇者か、どこへ行っても勇者勇者。冒険者の方がまだ気が楽な気がするぜ)
まぁ気にしない気にしないと鬼一が思っていると。
ヴァンガード卿が顔をぐいと近づけてこう言った。
「この後の晩餐会で親睦を深めませんか?」
これまた社交辞令だな、と思いつつも鬼一は、
「はい、喜んで」
そう答えた。
「というわけですまねぇ。ちょっとヴァンガード卿と二人で話さなきゃんだわ」
仲間にそう話す鬼一。
坂岡は、
「お硬い騎士様と晩餐会で二人きりか。まぁ俺は適任じゃないわな。ほな頼むぜ」
伊野は、
「騎士様かあ、うちも結構大所帯になってきたね。鬼一くん以外に前衛が増えるのは嬉しいね」
ティナは、
「ヴァンガード卿とお話ができるなんて光栄なことですわ、気張ってらっしゃいませ」
ロニパは、
「マスターの素晴らしさをようやく世間が認めたということですね、私も嬉しいです」
と答えた。
「というわけで言ってくるわ」
晩餐会はテーブルほどの大きさはありそうなシャンデリアが三つも天井に並べられた豪華な部屋で行われていた。
子豚の丸焼きや鳥の丸焼きなどが金縁の大皿に飾り付けられている。
どれもそうそうはお目にかかれないものだ。
マグヌスマルクトを倒した祝いの席でも見たことはない。
そんな豪華絢爛な場所から少し離れた中庭へ続くテラスの近くのテーブルにヴァンガード卿はいた。
「おまたせしました。鬼一です」
「おお、着てくださいましたか。少し先に始めていましたよ」
テーブルの上には小皿に料理が盛り付けられ、フォークを手にしていた。
ヴァンガード卿の獣のような、特徴的なその兜を被ったまま食事をしているようだった。
(兜を被ったまま飲食を?!どうなっているんだ!)
「つかぬ事をお聞きします。ちなみにですが、兜を被ったままどうやって食事をしているのですか」
「それはまぁおいおい貴公に話そう。話を変えるようで悪いですが、こちらも聞きたいことがあるのです」
「は、はぁ、なんですか?」
「貴方に、守りたいものはあるか?」
(守りたいもの?)
鬼一は言葉を脳内で反芻した。
彼はここまでただ生き延びる為に力を振るってきた。
能力たる神の右腕という規格外な力に何度救われたかは分からない。本来ならば鬼一の命は裏ダンジョンで終わっていた。
神の右腕で復活したは良いもののその後は、ただ二人の友を失うとことが怖くて、その腕を振るっていた。
守りたいものなど二の次だった。ただ結果として多くの命を救うことになったとしても、それは鬼一にとって偶然の結果に過ぎなかった。
「守りたいもの、確かにありますよ」
「ほほう。少しそれを聞かせてもらっても?」
「俺は友達を作るのが上手くなくて、それでも友達になってくれる人らがいるんですよ。今のところはそいつらを守ることが優先ですかね」
「··············」
暫くの間、その言葉を受けてヴァンガード卿は静かに何かを考える様に黙っていた。
(不味い、ヴァンガード卿の機嫌を損ねてしまったか?!一応勇者としての面子もある分バカ正直にこう言ってしまったのは不味かったか)
鬼一がやきもきしていると、
「そうですか。それもまた良いですね」
感慨深そうに返された。
(良い?帝国の騎士のことだからもっとこう帝国を最優先で守れとか言われるのかと思ったぞ。それにしても守りたいものの事について聞かれたらつい本音が出てしまった気をつけなくては)
暫くしてまたヴァンガード卿は話始めた。
「私は帝国に剣を捧げた身、必然的に帝国の為に働く事が多くなります。実は私も道を同じくする友人がいまして。戦いの中で友のために剣を振るう、友もまた自分を守るために剣を振るう、そんな関係なのですよ」
「は、はぁ」
「ある意味私たちは似たもの同士なのかもしれませんね。今後ともよろしく頼みます」
こうして、ヴァンガード卿が仲間に加わった。




