35話 叙勲式と天王司
「これより叙勲式を開始する」
玉座の間にダイン=ミュンダース二世の言葉が響く、それと同時に音楽隊が軽快にラッパを吹く。
それは鬼一たちにさらに前へ来るように促す合図だ。
「代表の者は更に前へ」
小間使いが鬼一達に命令する。
帝国式のお辞儀した後、事前に話を合わせていた鬼一が皇帝の前へ出て、その場に跪く。
鬼一の視界は赤いカーペットので埋め尽くされている。
そして、視界の上側に歩いてくる人物の靴を認識した。豪華な作りの純白の靴、皇帝の靴である。
彼は鬼一の眼前まで歩いてくると、跪いている鬼一の右肩へと儀礼剣の刃を置いた。勿論、切れる刃の面ではなく、フラーと呼ばれる刀身を置いたのである。
「汝は見事、土のマグヌスマルクトを撃破せしめた。
よって皇帝の名において、ここに黒鉄鷹勲章を叙勲す」
刀身が鬼一の右肩から話された。
「勇者鬼一らよ、なおるがよい」
その命令に鬼一たちが従うと、ダイン=ミュンダース二世が鬼一たちの左胸に、黒く鷹の紋章があしらわれた勲章がつけられた。
黒鉄鷹勲章。
帝国に大きく貢献した者に与えられる勲章、その一つだ。
勲章には序列があり、先ずはこの勲章が授与される。
改めて叙勲され、鬼一は緊張に飲まれていたが、次に言うべき言動を発していた。
「勲章を頂き、感謝の念に絶えません。これからも帝国に貢献できるように一所懸命に努力したいと思います。改めまして、ありがとうございました」
そう言う告げた後、再度帝国式のお辞儀をする。
(勲章、勲章ねぇ。功績を褒めたたえるための物とは言え、帝国に寿命を削られた身としては思う所があるのよな)
タイミングを見計らったように再びラッパが鳴る。
これは退出の合図だ。
「これにて叙勲式を終了とする」
玉座の間から速やかに退いていく鬼一一行。
それを貴族に混じって見ている者たちがいた。
天王司一派の中心、天王司、青木、安藤であった。
鬼一たちは貴族に気を取られ、気づかなかったのだ。
「ぐぬぬぬ。鬼一のくせにぃ」
安藤千夏のいかにも気に入らなさそうな声が小さく聞こえる。
「しょーがないって、彼奴等が魔王の幹部を討ち取ったのは事実だし」
その声に応えたは青木だった。
しかし声とは裏腹に、悔しそうに拳を握りしめている。
「それはそうだけどね、生意気なのよアイツら!魔王軍の幹部の相手を一応私たちもしていたのよ、それなのに何なのよこの扱いの差は!」
「シッ、それ以上は駄目だよ千夏ちゃん」
憤懣やる方なしといった状態の安藤を諌めたのは天王司だった。
「て、天王司君!そうよね、今は祝ってあげましょう、今はね」
安藤は即座に悪女顔から乙女顔に変化する。
次に皆に認められるのは私たち正道の勇者なんだから、そう呟く安藤。
そんな彼女の肩を叩き、天王司もまた言葉を発する。
「そうだね。僕らも負けてられないや」
いつもクラスにおいて太陽王子ともてはやされいている天王司も今回ばかりは悔しそうに顔をしかめていた。
そういえば鬼一君と関係が悪化したのは何がきっかけだったんだっけ、と天王司が振り返る。
クラスにおいて、天王司一派は天王司を中心とする事で成り立っている。彼のカリスマや優しさが一派を築き上げたことの要因の一つともなっていた。
しかしそれに反発した鬼一は天王司一派から離れていったのだ。
天王司は鬼一が安藤との逢瀬を見られていたことを知らない。
彼は知らず知らずに鬼一のコンプレックスを刺激していた事を知らないのだ。
それ以前からも度々意見の衝突などがあり、あまり反りが合わないことを天王司が知っていた。
そらでもなんとか天王司は互いに分かりあえる事を信じて、鬼一と話を重ねた。
だが、逆にその行為が鬼一の逆鱗に触れることになったのだ。
「わかり合えないものはわかり合えない、それだけが真実だ」そう言いな放ち、鬼一は天王司との対話を拒否していた。
頭が固いよなぁ鬼一君は、と天王司は語る。
しかし天王司が太陽王子と呼ばれる所以は、その明るさからくるものだ。
そんな事もあったなぁ、まぁ気にしないでおこうと天王司は考えた。
だがそこから別の問題が浮上してきた。
安藤千夏は鬼一と天王司以上に関係が最悪だった。
反りが合わないどころではないくらいに口論が横行していたのだ。
天王司と話すときこそ、自身の好意を隠さない安藤だが。
鬼一と話すときは天王司の前で多少は猫をかぶるが嫌悪を隠さなかったのだ。
特に鬼一が自身の周囲にいるだけでも安藤の態度は一変する。
喧嘩にまで発展しないものの、その口論は確実に周りの雰囲気を害する物となっていた。
それを知ってか鬼一側もまた滅多なことがない限り、安藤との接触を控えていた。
それから天王司一派とは比較にならない数ながらも、鬼一側も一派が発生してきた。
天王司一派から除け者にされていた坂岡と、女子から虐められていた伊野がどういう経緯か、鬼一の元に集まり仲間となっていたのである。
こうして天王司一派対鬼一一派のクラス内での対立が明確になった。
先生がいない所では互いに無視しあったり、バチバチにガンを飛ばしあったりすることが当たり前となってしまった。
その最中に勇者として異世界に転移した。
天王司本人は本気で自身が世界を救うことを疑わなかった。
何をしても成功してきた人生を過ごしてきたからだ。
勉強は授業を受けて少し努力するだけで学校トップに入り、運動神経は言わずもがな、コミュニケーションも万全の存在だ。それに安藤千夏と言う彼女もいるのだ。
今までの人生で後悔することは他者よりも少なく、自尊心が高くならないはずも無かった。
どうにかなっていくだろうという楽観視が天王司に芽生えていた事を、天王司自身は気づけていなかった。
そしてそれが最悪の形となって表面化したのが、生贄事件だ。
これは天王司にとっても想定外のものだった。
──鬼一たちを生贄とする。
クラスの総意を汲み取ったマグヌスマルクトが出したその結果が出てきてしまった時も、内心天王司は衝撃を隠せなかった。
だからこそ、土のマグヌスマルクトと戦った際に鬼一たちと出会えた時は心底ホッとしたのは確かであった。
天王司は贖罪意識と言う者が欠片ものこっていないほどの楽観主義者でも無かったわけではなかった。
今すぐにも謝りたい。
そう思い先ずはクラスに入る様に呼びかけた天王司に帰ってきたのは。
「─ッ。何を言ってやがる!お前らが俺達を生贄にしやがったくせに!」
と言う痛烈な一言だった。
その時はフリーズしてしまった天王司だったが。
確かにそう捉えられても仕方ない、と天王司は考える。
彼らにどんな受難があったかは知らないが、自分に非がある。
そう考えた。
そして、叙勲式で玉座の間のままでの道のりで鬼一たちを見送っていた。
(なんだか、大きく差を引き離されてしまったような感じだな)
そう心のなかで自白し、天王司は寂しそうに笑った。
その日は太陽王子と呼ばれていたとは思えないほどの陰りが現れていた。
玉座の間から退出した鬼一達は再びメイドさんに囲まれ、礼服の着替えを終えていた。
「あー緊張したぜ。途中で言葉を噛まないか心配で」
「その割には結構堂々としてたじゃないか」
そう呆れ顔で返すのは鬼一に言葉を返すのは坂岡だった。
「なんだかんだ口では言いながらもちゃんとできるじゃん」
伊野もそう言葉を紡ぐ。
「しゃーないだろ、一応代表としてやるしかなかったんだから。それに次がうまくいくとは限らないし」
そう話し合う鬼一たちに待っていたメイドの一人が進み出て言う。
「鬼一様には今後専属の騎士が一人つくこととなります。ヴァンガード卿どうぞこちらへ」




