32話 マグヌスマルクトの最期
首だけになったマグヌスマルクトは走馬灯の様に様々な事を思い浮かべていた。
自分に妻子があったこと、国の王であったこと、そして最後に帝国に復讐をするために魔王の幹部として魔王に転生させられた事。
その後の北方おける攻撃、そして現在。
(ああ、そうか。我は、私は、帝国への復讐心に飲まれて転生時にそれまでの記憶を全て忘れて。北方諸国に攻撃を仕掛けたのか)
現在、帝国の領土となっている北方には、一部に自身の故郷だった場所があった。
(·····私は何という事を。復讐心に駆られ攻撃をした人間の一部が自分の国民ひいては家族だったとは)
鬼一との以前の問答で偶然、過去を思い出せた。忘れ去られていたとは言え、マグヌスマルクトはそういった者に対しての愛情はまだ消えていなかった。
(転生と同時に復讐心のみが残り、それまでの過去をすべて忘れていた。魔王様は転生におけるこれを。記憶の改竄、忘却。それをなぜ魔王様からはお教えいただけ無かったのだ?)
生まれた疑惑は、忠誠に陰りを生じさせる。
その陰りを見逃さぬ者がいた。
(貴様、俺への忠誠心を欠いたな?)
マグヌスマルクトの脳裏に、魔王サガの声が響く。
(──?!魔王様ッ!?)
(幹部の誘致も失敗し、挙句の果てには敗北とは。俺はほとほとあきれたぞ、お前がここまで使えないとは。もう貴様は用済みだ、そのまま消え去れ)
一方的に言葉を投げかけ魔王の声はそのまま消えていった。
後にマグヌスマルクトには自身を見限った魔王への反抗心は無かった。
それは彼にとってもうどうでもいいことだったからだ。
人だった頃の記憶が完全に戻った今、帝国へ間接的に協力している者たちへ、自身が最後まで分からなかった最大の謎について助言を残すことを決めた。
全国民が一度帝国に移送され、そのまま帰ってきた。
始めこそ洗脳の魔術かと疑ったがそうでは無かった。
その証左に魔術でいちいち洗脳をかけるやり方は手間がかかり、魔術の効果も途中で切れてしまうからだ。
洗脳以外の何か別の謎、あるいは驚異が帝国は孕んでいる事を伝える。
能力の正体もつかめたが、なぜかそれだけは分からなかった。
それを挑んできた勇者に伝えることが、帝国へのささやかな抵抗になると信じて。
そして、
(何よりも、これで自分が終われる事に安心している。我の向かう先は地獄だろう。だがもうこれ以上我が身の身勝手な復讐により民草に手をかける心配も無くなったか·····)
最後に思うのは、自分を忘れてしまった妻子の安否だ。
(こんな姿になっても最期の最期に想うのは妻子の無事か。もう名前も思い出せないが、····こんなパパを許しておくれよ)
「鬼一!」
「鬼一君!」
「勇者様!」
戦いを見守っていた坂岡、伊野、ティナの三人が鬼一に駆け寄る。
「ああ、オメーらか。大丈夫、とは言えないか」
直ぐに傷が治るとは言え、痛みはある。
気力と体力を削られていた鬼一はフラフラだった。
「大丈夫かよ····」
あきれ顔で坂岡がふらつく鬼一に肩を貸す。
「····まだ、終わってない」
鬼一の視線の先にはマグヌスマルクトの首が転がっていた。
彼の者の首はまだ形を保っていたが、所々から煙が出始めていた。
「不用意に貴様の間合いに入ったのが間違いだった、最後の最後に見誤ったか」
自嘲気味に嗤うマグヌスマルクト。
最早魔王の幹部としての威厳はない。ただ、冷えてひび割れたマグマのような塊が、地面に落ちているだけだ。
「地面から雑兵や身体を生やしたりはしないのか?」
鬼一の問いにあきれたように、
「万が一そうできるとして、貴様に話すものかよ」
不敵に笑うマグヌスマルクト。
その頬がヒビ割れ、大気に溶けてゆく。
それは鬼一にマグヌスマルクトがもうすぐ消えゆく事を暗示していた。
(マグヌスマルクトの体も同じ様に何にも無くなってしまった、トドメを指すまでもなく、コイツは消滅するのか。だが)
鬼一は最後の力を振り絞り、自分の足でマグヌスマルクトの頭へと近づき、神の右腕でその頭を持ち上げた。
大ぶりの腕の手のひらに収まったマグヌスマルクトの首はまるでりんごのようだ。
すぐにでも潰すのは容易だろう。
自然消滅と言う形ではなく、自らの手を汚して決着をつける。そう鬼一は決意した。
「あくまでも自らの手で倒す気かそれも良かろう」
「今すぐにでもお前を握りつぶしたい。だが、何か言い残したい事はあるか?」
「·········慈悲でもかけたつもりか?」
拍子抜けた様な声色でマグヌスマルクトが訪ね返す。
「いいや、聞いてみただけだ」
鬼一が手のひらを徐々に閉じていく。
完全に包まれ握りつぶされる寸前、マグヌスマルクトが一言、
「·····帝国はまだ何かを隠している。気をつけろ」
そう告げて、グシャリと音を立てて潰れた。
自分が魔王の幹部の一人を倒したと言う事実を鬼一は実感した。
「帝国が何を隠しているっていうんだ?能力に関することが最大の機密じゃないのか?」
鬼一はその言葉を受けて、少し考えた。
だが、考える暇も無く、彼らはやって来た。
「いやぁ、魔王の幹部。倒されちゃったねぇ」
「倒されちまったが、結果としてはいいんじゃねぇかな。どっちにしても倒すのが俺らの使命だし」
慌てて走ってきたのか、息をつかせて天王司と青木がやって来た。
「お前らか」
「私もいるわ、鬼一顕二」
鬼一の耳に嘲るような声が、安藤である。
「なんのつもりだ。お前ら」
苛立ちを隠しもせずに安藤に悪態をつく。
「何のつもりも無いわ。ただあんたらを見に来ただけよ」
「その割には機嫌が悪そうだな」
「そうね、あんたといると気分が悪いもの」
売り言葉に買い言葉、お互いに向き直り睨み合う鬼一と安藤。
「さっきの続き、ここでやる?」
「へぇ、いいじゃねぇか」
一触即発の最中、駆け込んでくる者が一人。
「止めようよ、安藤さん。僕らは同じクラスの仲間じゃないか」
天王司である。
「·······そうよね。仲間同士仲良くしないとね」
安藤がため息と共に天王司に寄り添う。天王司に見せないように振り返った顔には、バカにしたように舌を出していた。
「···········」
(仲間?クラス全体で俺達を切り捨てやがったお前らがそれを言うのか?)
鬼一の中で、何かが弾けた。
「····帰ろう」
坂岡たちに呼びかけ立ち去ろうとする鬼一に、呼びかける者がいた。
「鬼一君待って!」
鬼一が振り返ると天王司が。
「······なんの真似だよ、天王司···」
「一緒に帰ろうよ、クラスの皆も待っているよ」
「─ッ。何を言ってやがる!お前らが俺達を生贄にしやがったくせに!よくもそんな能天気な正義面ができるな!」
怒りの一言を鬼一が発する。
その大音声にビクっと竦む天王司。
そんな事を自分で言っておいてすぐに、鬼一は後悔した。
それは怒りをそのまま天王司にぶつけてしまった自分の未熟さからくるものだ。
シンと静まり返った辺り、立ち尽くす天王司。
青木は居心地が悪そうにしている。
安藤は鬼一たちを見もしない。
「帰るぞ、皆」
そう声をかけ鬼一、一行はその場から立ち去って行った。




