29話 決戦 土のマグヌスマルクト
「いやぁ、鬼一顕二殿。決心はついたのかな」
以前に出会った席で鬼一は一人、マグヌスマルクトと対峙していた。
「あぁ、魔王の幹部、その仲間になることにしたよ。仲間の二人は後から来る」
「そうですか」
「生まれ変わる前に、町の方を見て回っても良いか?」
「何か未練でもあるのか?」
「あんたら魔王の幹部に転生するんだ、だから人間じゃいられないと思って。今のうちに楽しんでおきたいなと思いましてね」
フッと嘲笑するマグヌスマルクト。
「今後破壊するかもしれない街を何故見回るのかが謎だが、まぁ良いだろう」
歩き出す鬼一、それについて行くマグヌスマルクト。
鬼一が歩いて行くと串焼きなどの屋台が見えてきた。
「ちょっと買ってますんで」
「あぁ」
走って行く鬼一の背中を見送り、マグヌスマルクトが独り言を呟く。
「·····なぜだろうな。もう人でないのに、心がこんなにも痛くなるのは」
「買ってきましたよ、猪の焼串」
「·······なぜ、二本持っている?」
「いやだなぁ、マグヌスマルクトさんのですぜ。一緒に食べましょう」
鬼一から串を受け取るマグヌスマルクト。
外套の袖から炭化したような人の手が持ち手を掴む。
恐らく口のあるであろう場所に運ぼうとしたマグヌスマルクトの手が止まる。
「········悪いが、私はもう人ではない。この串はお前が食え」
「えっ、あ。そうでしたね。すみません不躾な事して、じゃあ俺食べちゃいますね、これ」
「···フン、かまわん」
ハグハグと串にかぶりつく鬼一、を見守るマグヌスマルクト。
その視線に気づき、鬼一が言葉を発する。
「どうしたんですか?」
「········いや、何でも無い」
そしてそれから色々と店を巡った後、鬼一とマグヌスマルクトは街を出て林の、街が眺められる小高い丘の所まで来た。
「ここ、好きなんですよね。街の明かりが見えるんですよ」
「···········」
マグヌスマルクトの被っているフードが風に煽られ、なびいている。
丘を風が吹き抜ける。
「貴様、私を嵌めたな?」
「·····、あれ、バレたか─」
時が止まる、風の流れが止む。
マグヌスマルクトの力、時間停止だ。
「よくも嵌めてくれたな」
(魔王の幹部と戦うんだ、その位はしないと、相手にも失礼でしょう)
「笑わせてくれる、後の二人は伏兵としてどこかに隠れているんだろう?」
(········)
「何か言ったらどうだ?」
(·········これを食らっても余裕でいられるか?)
鬼一の右腕から光が消える。
止まっていた世界が、ガラスが割れるようにして、鬼一の右腕に生まれた闇に吸い込まれる。
「なんだ!それは!」
「時間停止も空間停止も関係ねぇ、ブラックホールだァ!」
ブラックホール、それは太陽よりも重い星の最期。
重力の檻は、光や時間さえも飲み込んでゆく。
故にマグヌスマルクトの虎の子、時間停止にも対抗できるのだ。
突風の如き大気の奔流が鬼一の右手に吸い込まれて。
まるで水の貯まっていた洗面台の底の排水口に吸い込まれるようにして、あらゆるものが飲み込まれてゆくようだ。
「貴様、いつからそれを作り出せるようになったのだ?!」
「アンタに裏ダンジョンに落とされて、潜っている最中にさ!」
皮肉混じりににやけながら鬼一は言い放つ。
「まさか、貴様。それ程の力とは」
ブラックホールに引きずり込まれまいと地面に足をめり込ませるマグヌスマルクト。
余裕の表情を見せる鬼一、だが右腕以外が徐々に吸い込まれかけている。
指や耳などがかけ、右腕に生まれた虚空に吸い込まれてゆく。そこから血液も流れ出て、吸い込まれていく。
「·····クク、ハハハッ。お前もボロボロではないか。その力、諸刃の剣なのだな!」
「まぁそうなんですけどねぇ。でも」
鬼一が右腕で虚空を握り潰す。
世界から吸い込まれていた流れが消える。
「こうやって消すことも出来る」
「フン、なるほど。私の時間停止に対抗したつもりか」
「そうさ!だが、アンタはもう一度時間停止を使うにはあるんだろ?間隔が」
「····むぅ」
図星とでも言う様にあからさまにマグヌスマルクトが口惜しそうにする。
「その間に、今だ!」
鬼一の合図を皮切りに坂岡がマグヌスマルクトの元へと突っ込んできた。
能力、ヴァナルガンドを既に発動させている半人半獣に近い体型の彼が飛び込んでくる。
「秘技!俊敏なる雷光!!」
双腕刃マニソルの備え付けられた坂岡の百裂拳がガラ空きのマグヌスマルクトの懐へと叩き込まれる。
「ぬ、ぐぅ!?」
(流石は魔王の幹部とでも言うべきか。坂岡の秘技を食らってもまだ耐えている。ならば、次は!)
「プランBだ!坂岡!」
「了解だ!」
秘技を撃ち終わった坂岡と入れ替わるようにして鬼一がマグヌスマルクトと対峙する。
「·······随分とナメてくれたものだな。私がまだ切り札を隠していないとでも思ったのか?」
「そうだ!だからこうしてさっさとかたをつけようとしてるんだ!」
「その威勢の良さだけは認めよう、勇者よ。だが」
マグヌスマルクトが大げさに両手を振り上げる。
「我が名は土のマグヌスマルクト!我が神の証明の意味、とくと知るがいい」
「何が土だ!喰らいやがれ、秘技厄災の指!!」
と、鬼一が秘技をマグヌスマルクトに撃ち込む。
五指から金属すら融解させる神の呪いが揺らめく。
神の右腕から解き放たれた厄災の渦は確かに敵に当たった。
「やったか?!」
辺りに立ち込める土煙。
そんな中、鬼一は厄災の指が命中したマグヌスマルクトの方を、一点見ていた。
だが。
「····いいや、まだだ!まだ終わっておらんよ」
その一言と共にいくつかの土塊が辺りを吹き飛ばす。
土煙を引き裂き、鬼一に次々と命中する。
「ぐぎゃあ、ぁあ?!」
まだマグヌスマルクトは立っていた。
同時に瞬時に土塊の砲撃で辺りを薙ぎ払ったのだ。
「詠唱無しでのストーンブラスト、だと?」
ストーンブラスト。
それは第五階梯の魔術だ。
鬼一は座学で一応習っていたため、知っていた。
魔術には第一から第七までの階梯が存在する。
一般的な魔術師は第一から三階梯まで、熟練の魔術師でも四階梯までが限界だ。
その第五の壁を越える者はそう容易くは無い。
問題の本質は魔力の純度にある。
魔力の純度は生まれながらにして定められたものであり、個人の努力などでは覆しようがないモノである。
これまでの歴史上において魔力の純度が高い者ほど、習得できうる魔術の階梯が高い。
そのため、第五階梯まで魔術と呼ばれていたものは、第六から第七階梯までのものになると敬意と畏怖を込めて「魔法」と称される部類に入る。
「坂岡!大丈夫か?」
鬼一がとっさに側にいた自身の仲間に声をかける。
「ああ、なんとか大丈夫だぜ」
坂岡は伊野の近くにおり、伊野の能力、拒絶の聖壁に守られていた。
彼の背後には、ティナが控えており、呪文を詠唱し終えていた。
「神に代わりて我が命じる。彼の者に水の斬撃を与えた給え。アクアスラッシュ!!」
マグヌスマルクトに目がけて、水の斬撃が浴びせられる。
高速で打ち出された水は鋼鉄すら撃ち抜く。
並の冒険者では太刀打ちできない致死に近しい一撃だ。
だが、違和感。
マグヌスマルクトはその斬撃を受けて尚、平然としている。
「第三階梯の魔術か、そんなものでは我に傷一つつける事はできんぞ」
挑発するマグヌスマルクトそこへ、
「とりゃあああああああっ」
一人、対峙するものが現れた。
一筋の閃光、手には剣が握られていた。
「お、お前は!」
驚きの声を上げる鬼一。
彼にはその姿に見覚えがあった、忘れるはずもない。
いや、忘れられるはずが無いとでも言うべきか。
介入してきたのはあろうことか、天王司アルフだった。
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