26話 ティナ=オーベルス
その女魔術師は瞳は薄紫色をしており、金髪のロングヘアー。
顔立ちに幼さこそあるもののどこか大人びている。
女性特有の細い指には、指輪が二つほどはまっている。
そして、その左胸には花の形をした金属の飾りがある。それが鬼一と出会った時とは異なる点だった。
「お久しぶりー」
「な、なんでここにいるんだ」
驚く鬼一にティナが言う。
「あの夜以降、全然会えないから、あちこち探したんだよ」
「そ、そうか。約束、守れなくて済まなかった」
「うんうん、気にしてないよ」
声とは裏腹にずもももと黒い影がその笑顔には現れていた。
(うーむ、想定していたよりもかなり根に持っているぞ、どうしたら良いのやら)
「そう言えば、聞きましたよ!鬼一くんって勇者なんでしょ」
鬼一に戦慄が走る。
「ティ、ティナ!どこでそれを!」
鬼一の恐怖とは裏腹に、陰りのあったそれからどんどん輝きをまして行くティナの笑顔。
端から見ていても恐怖を感じるそれを、鬼一は直に受けていた。
「勇者と言えば、この帝国のために命を捧げる覚悟のあるお方なのですよね。すごいすごいですよすごいですねすごいのよお兄様!その覚悟たるや、私も見習わねば!ああ、なんて幸運なのかしら、いつの間にか勇者様とお知り合いになれるなんて!私ィ!感激ィ!!こんな事ならもっと良い格好でお会いしたかったのですが、しかししかし私、すぐにでもお会いしないと今にも心の臓が高鳴って高鳴って仕方が」
「わ、わかった、もう良いもう良いって!」
高速で何やらまくし立て始めるティナの暴走に、鬼一が割り込む形で止めに入る。
「え、何?何なの、何なんですか!?」
「こ、怖いよ。鬼一君!この人だれ!?」
「········?!」
「お、お前らも落ち着け!」
混乱し始める仲間の三人に気遣いの言葉をかける鬼一。
「ほぉ、勇者様だったのか。道理でその若さで帝国の鎧をつけていた訳か」
ドワーフのオヤジがうんうんと頷く。
「勇者様って、そんな敬われるような程の事はしてないよ」
それに反応し、ティナが喋る。
「何をおっしゃいますか!勇者様と言う事は帝国に命を捧げる覚悟のあるお方と言うのに、ご謙遜を!」
その言い草に鬼一は心のどこかに何かが引っかかったような気がしていた。
「····謙遜じゃないさ。今では冒険者をやっているだけの人間さ」
気まずい沈黙の空気が辺りを漂う。
そんな中、口を開いたのはドワーフのオヤジだ。
「まぁ、今冒険者やってる事については特については深く追求はせんし、勇者と最初に名乗らなかった事も何か理由があるんじゃろうて」
「そうしてもらえると、助かる。ティナもそうしてくれないか」
それを受けて、ティナ=オーベルスは少ししゅんとした落ち込んだような面持ちになった。
「勇者様と出会えたのに、勇者様に否定された·····」
そんなティナに鬼一が向き直る。
「ティナの熱意は伝わった。勇者と言う存在に尊んでいる事も。だけれど俺たちは少しそれとは違うだけなんだ、がっかりさせちまったかもしれねーけどな」
「·····わかりました」
「まぁ、ワシもお前さんたちが勇者様だってことは黙っておく、なんか色々と込み入った事情があるらしいからの」
(勇者様か、あんまり呼ばれて嬉しいものじゃないんだよなぁ。どこが違うっていうか何とも理由がはっきりしないから何とも言えないが)
大将の言葉に続くように、さっきとは打って変わってティナが申し訳なさそうに言う。
「私も申し訳ありませんでした。訳があるにも関わらず一方的に話をしてしまいまして」
「うん。分かってくれれば良いんだ」
(勇者様と呼ばれて良い気がしないのは、俺が勇者たらんとする覚悟が無いからなのか?それともただ単に担ぎ上げられるのが嫌なだけか?)
私はティナ=オーベルス。
帝国に魔術で名高きオーベルス家の次女。
私は魔術学院イメスに通う一生徒であり。
オーベルス家は代々勇者を目指すべしと言う家訓を代々受け継ぐ名家。
趣味は箒のカササギ号にもっと速さと軽量さを追求すること。
私の兄もまた勇者を目指して、修練を積み、騎士として魔王との戦いで殉じた。
悲しくはあった、兄が身内が亡くなったその事実は。
だが、それよりも。
──お見事です、兄様。
その言葉が口から漏れていた。
亡き兄には、敬意を、ただそれだけが手向けだった。
それからは、ただ魔術の研鑽に自身の身に置いた。
相手をより早く魔術で仕留められるように。
自分でも気が付かないくらいには、兄を殺されたことを心底怒っていたらしい。
カササギ号に新しく改造を施して試乗したある日。
とある宿場の窓へ突っ込んでしまった。
その部屋の住人は丁度水浴びをしていた場面に出くわしてしまった。
しかもその人物は男性だった。
兄とは幼い頃にあっただけで、異性との交流がほとんど無かった私には、下半身は見えなかったとは言え、その人物の裸を見てしまった。
正直に告白します、あんなにガッシリした身体は衝撃だった。
不思議と心の内で何か見てはいけないものを見てしまったと言う背徳感が私を襲った。
一瞬の逡巡の後、気がついた時にはその場から脱走していた。
私は生涯、あの胸筋を拝めたことを後悔しないだろう。
その後に、噂を聞きつければ。
この帝国を救うという勇者だと言うことが分かった瞬間、私は衝撃を受けた。
まさかあの胸筋の持ち主が勇者様とは驚愕した。
これは勇者を目指すべしという家訓に従い。
その日の午後、私は決断した。
必ずや勇者様のお供をせねばと言う気持ちが湧き上がって来たからだ。
決してやましい気持ちがあるわけではない、ハズだ。
次の日の午後にその人物、勇者様にお会いして先日の無礼をお詫びした。
意外と気に留めていないらしく簡単に許してもらえた。
気まずい雰囲気になるかと思いきや、名前まで教えてくれた。
話も弾んで夜遅くまで時間を消費してしまった。
次の日にまた会うことを約束して、魔術学院の寮に帰った。こっそり寮から抜け出したことが寮母のメメさんにバレてしまった。
メメさんからお叱りを受けていた最中も、私の心中はオニイチと言う名前の勇者様にまた会う妄想に頭が埋め尽くされていた。
しかし、そのせいでメメさんの説教が長引いたのは、私のせいだ。
午後同時刻にまた訪ねてみれば、何ということだろうか。部屋から返事は無く、誰もいなくなっていた。
それから勇者様がいた寮は突如として、警備が厳重になり、私でも近寄る事はできなくなってしまった。
その後の私が取れる行動は、人に聴き込む事だった。
先ずは冒険者が集うギルドに聞き込みをした。
ギルドには人探しの依頼なども舞い込むので、情報が集っている可能性があるからだ。
受付嬢のお姉さんに早速聞き込みをしたが、目立った情報はなかった。
一応人探しの依頼を出したが、それから数日音沙汰はなかった。
その後、鬼一顕二の名前で冒険者の登録をしたという情報が入って来た。
私はカササギ号を引っ掴んで早速、冒険者ギルドに直行し、早速情報を受け取った。
「お姉さん!彼は!どこで見つかったんですか!」
「お、落ち着いてください。今日、彼らは黒斧店に行くと言っていましたのでそこを当たるとよいかと思います」
「了解!ありがとうございました!」
依頼料をカウンターに置き、早速私は黒斧店にひとっ飛びし、扉を叩いた。
「こんにちわー、鬼一くん、いらっしゃいますか?」




