24話 魂のカタチ
リディーテがはじめに感じたのは濁った水の中だった。
(他の人に比べると暗いわね。これが彼が表にあまり出さない。本音の部分なのかしら·······)
いくら女夢魔と言えど、魂の中の法則に準じる方がケアしやすい。
濁った水の中で、リディーテは自身の頭上から光が揺らめいている事に気づいた。
(呼吸は苦しくは無いけれど、一度水の中から出てみましょう)
泳いで水上へと出るリディーテ。
外は凄まじい雨と雷が渦巻いていた。
「あらら、これは失敗ね」
軽く笑うとしばしその空模様を観察する。
(吹き荒れる水と雨、雷。この魂の様相は自分認識から来るものだわ。この濁った水も、この子のそれね)
自身を苛むマイナスイメージと言ったところだ。
次にリディーテは魂の中心点を探ることにした。
夢は魂を中心に展開されているもので、夢魔にはそれが理解できるのだ。
そこで実際に魂の状態を見てケアをするのである。
リディーテは濁った水の中に戻り、少し潜った所で止まり、何もなさそうに見える部分に手を伸ばす。
(さてと、この子の魂は、この辺りね)
それに反応するかのように別次元が出てくる。
そこに手を突っ込み、引きずり出した手に握られていたのは不揃い形の白い輝きを持つモノ、鬼一の魂だ。
それは半ば不出来な真珠のようだ。
表面には金づちにでも打たれたのか、叩かれた跡が残っている。
(坂岡君と似たような形跡ね。他の魂とは格別に異なっている。魂に紐づいた何かの儀式をされたようね)
リディーテは鬼一の魂の様子を改めて観察する。
魂の形は不揃いな真珠のようでもあった。
痛々しげな金づちの跡は、どこか悲壮さを物語っている。
(さて、ケアと言ってもあんまり手を加えると人格に影響が出てしまうわ。ここまで傷ついた魂ならなおさらね)
魂は、人が生活する上で様々な経験をするが特に酷いものと遭遇すると魂に穢れが取り付いてしまう。
これの一部を減らしていく事でメンタルケアを測る試みだ。
しかし、あんまりにも目に見えて魂を綺麗にしてしまうと、人格にも影響が出てしまう為、特に酷い部分のみを磨く事で取り払い、魂にこびりついたストレスのケアを測る。
それが女夢魔らなりのメンタルケアであった。
本来は教会などで行われるものだが、それらからこぼれ落ちたりしてしまう者たちもいる。その受け皿として夢魔街は機能していた。
(この部分が特に酷いわね。ごく最近傷ついた痕跡があるわ)
鬼一の魂、その表層に焦げ付いたような傷がある。
他にも傷はあるが、それは全体の三分の二くらいまで広がっていた。
(ここ最近でついた傷ね)
リディーテがその傷に手を触れる。
──もう四年しか生きていられない。こんな事ならこんな世界に来るんじゃなかった。俺は、俺たちは、始まる前から終わっていたのか。
鬼一の絶望の独白が、リディーテの目に映る。
(なるほどね、坂岡君の後悔と同じもの。あと四年しか生きられないという絶望感、ね。確か坂岡君も能力を得てしまったが故にそうなってしまった、この子もまたその被害者ね。かわいそうに)
リディーテが焦げ付いた傷跡に手のひらを合わせ擦る。
幾度がそうしていくと、徐々に傷跡が薄くなってゆく。
(心の傷を完全に消しちゃうと、記憶からも辛い経験自体が消えてしまうわ。辛い経験も今後生きていくための糧となる)
鬼一の魂を元の場所に戻し、夢から自身の魂を元の身体に戻す。
彼女の瞳が再び赤く光る。
「さぁ、目を覚まして、施術は終わったわ」
鬼一の微睡みが終わる。
「····う、む」
「はぁーい。施術は完了よ」
鬼一はぼんやりとしていた夢の中で眠っていた最中に起こされ、びっくりしていた。
「もう、終わったんですか?」
「えぇ、終わったわ。あなたのなかで見たもの体験したものは口外することは無いから安心して」
そして、と付け加えてリディーテが言う。
「気分はどうかしら」
「うーん、なんとなくですが抱えてた悩みがすこし楽になっているような気がしなくも、ないような」
「歯切れが悪いわね。でもまあ皆そんな感じよ」
「メンタルケアをしたと仰っていましたが、なんというか思っていたものとは違いますね」
「具体的に言うと?」
「えぇ、なんか夢を操ってメンタルケアをしていただけるのかと思っていました。想像と違って少しびっくりしています」
「そうね、その方法もあるけれど。今回は魂を少し掃除すると言う方法を取ったわ」
「なるほど」
「あなたが今一番後悔してることについて一つ、助言をさせて」
一呼吸置いてリディーテが喋る。
「鬼一顕二、あなたはこの世界に来てしまったことを後悔しているわね。あと四年の命なのでしょう。」
「········っ」
鬼一が苦い顔をする。
「後悔をしない人生なんて無いわ、人間は生きていく上で何かしらの後悔を背負って、今を懸命に生きている。それでもみんないつか終わりが訪れるわ、それがわからないからこそ今、を懸命に生きているのよ」
「けれど、俺は、俺達は!」
「そう、終わりが見えてしまった。四年後という確実な最期が。けれどだからといって、今をダラダラと無駄に過ごしてい良いわけではないわ!」
「·······」
「四年後に死ぬと言うことはそれまでは生きていられるということ!だからこそ、少年。自分に恥じない生き方をしなさい、自分が成すべきだと思うことに全力で当たりなさい!」
鬼一の目から涙がこぼれる。
「うぅ、····あぁ·····」
リディーテからの叱咤を受けて泣く様子は一人の幼子のようだった。
「リディーテ様、これでよろしかったのですか?」
小声でリーズがリディーテに確認を取る。
「えぇ、良いのよ。時にはこんな事も必要よ。男の子だって泣きたい時はあるもの」
鬼一はしばらくの間泣きじゃくり、リディーテの言葉を反芻していた。
(そうか、もう戻れない。だからこそこの四年間で何をするかが大事なんだ。本来あった寿命と引き換えにして得た力で、成すべきことを)
多分、もうそれは決まっている。
それは課せられた勇者としての使命だろう。
では巨悪になぜ、何のために挑む。
無辜の民のためか、他者の為か。
いいや、否。
自分の為に、魔王に挑むのだ。
定められた事だとしても、自分の能力が自分をどんな結末に導くのかが知りたいと言う心が鬼一には芽生えていた。
(俺達は魔王を倒す為にこの世界に招かれた。だったんなら、お望み通りにしてやんよッ、魔王の討伐!やってやんよ!この裏ダンジョンを攻略した体で、あいつらも守る!)
鬼一が顔をパシッと叩き気合いを入れる。
もう迷わないと言う信念が、彼の中に生まれていた。
「どうやら、今後の指針が決まったようね」
「はい!取り敢えずは自分がここにやって来た使命に向かって頑張ろうと思います」
「それなら、もう今後は大丈夫そうね。リーズ、坂岡君を起こしてくれないかしら」
「了解ですっ」
リーズが坂岡に対し手のひらをかざし、夢を見させるの辞めさせた。
すぐに坂岡が目を覚ます。
「なんでやめたんだ。俺はもう何もしたくないんだ」
「いやーそうは言っても我々的にもそろそろ帰っていただきたいと思ってまして、それにお迎えも来てるんですよね」
ちらりと鬼一の方に目をやるリーズ。
「来てのか、鬼一」
「ああ、迎えにに来たぜ」
ベッドから起き上がり、鬼一に向き合う坂岡。
「なんでだよ、なんでそこまでするんだよ」
と不機嫌な様子の坂岡。
「俺はお前の友達だ、と言う理由じゃ嫌か?」
「違うそっちじゃねぇ。俺を迎えに来てくれたことはうれしい。けどさ!なんで俺を!俺達の寿命を縮めた奴らの意思に沿って、魔王に立ち向かうんだよ!この力を使えば冒険者でお宝も女もウハウハ!四年の短さだが何でもできるんだぜ?!どうしてわざわざ危険な旅になんか出るんだよ!」
「聞いていたのか?」
驚いた様子で鬼一がそう返す。
「いいや、お前の行動を読んでの事さ」
「そうか。所でゴーゴリ司教に話を聞いてきたんだが、結果を聞くか?」
「聞くまでもねぇ。マグヌスマルクトの話は本当だったんだろう」
「話が早くて助かる。俺は、俺達の寿命を縮めた帝国の人間とはもう相容れないと思っている」
「そうだろう!だったらなぜ、そこまでして、魔王退治にこだわるんだ!」
「········」
「·····すまん、言い過ぎた」
「いや、それが普通なんだろうさ」
「え?」
「俺は、不死身である事がわかった時から、俺はおかしくなっていたのかもしれない、だが」
そう前置いて、鬼一は語る。
「俺はここで終わりたくない。もっとこの先の景色を見てみたいんだ。この能力が俺を、この世界の、どこまでいけるのかが試したくなってきたんだ。その結果がどういう事になっても俺は受け止めたい。坂岡、お前はどうしたい?」
坂岡が涙をほろりと流しながら、答えた。
「俺も、俺も、もっと別の景色が見てみたい」
頷き、坂岡の肩を優しく叩く鬼一。
「そうか。なら一旦ここから出て伊野と会おうぜ。あいつ待ちくたびれてるぜ、きっと」
「あぁ!」
「私ら置いてけぼりで何かわかりあっていますね」
「しょうがないわよ。色々と取り込んでいたみたいだし」
「あぁ、すみません。話が盛り上がってしまって」
リディーテとリーズがベッドに腰掛け話し合っている。
鬼一と坂岡が作り出した空間に弾き出され、話が終わるまで待機していたのが彼らだった。
「坂岡ちゃんからもらう精気は無くなる寸前までだけれど、それじゃあ足りないわ。他の誰かが引き受けてくれるのも有りなのだけれど」
「じゃあ、自分から差し引いてくれませんか?」
「へぇ、気前が良いねぇ鬼一!」
「それなら決済は問題なさそうね。ちなみにお支払いはミュンダース銀貨6枚ね」
「伊野程ではないが、お前も使いすぎは厳禁だぜ」
「伊野がどうかしたのか?」
「それなりに酒を呑んでな。びっくりするくらい飲んでいたから驚きだぜ」
「へぇ、あの伊野がそんな一面を持っていたとはな」
そんなふうに言いあいながら夢魔館イナンナを後にする両名。
「今後ともイナンナをごひいきにー」
「色々とありがとうございました、それでは!」
夢魔館から去っていく二人に午後の太陽が照らしている。
リディーテは彼らを見送りながら、今後の旅を祈った。
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