23話 逃避 夢
夢の中で、鬼一は目を覚ました。
ぼんやりとしながら、鬼一は考える。
(ここ最近、夢を見てこなかったのになぜ今になってみるんだ?)
周囲を見渡す鬼一の目に入ってくるのは、現代日本の教室であった。
(夢にしてははっきりしているな。なんでだろうか、教室にはいらなければならない気分だ)
ぼんやりとしながら、そのまま気分に従い教室に入る。
誰かが、いる。
高校のセーラー服に身を包んだ、見知らぬ誰かがそこにいた。
学校の机に腰をかける女子生徒がいた。
しかしそれを着ているのは、普通の人間では無い、頭から角のようなモノが生えている。
スカートからは先のとがった尻尾がゆらりと見えている。
(なんだ、顔もよくわからないが、美人に見えるな)
「お、ようやくおいでなすったね」
顔のわからない人かも怪しい人物は、そう告げた。
気安そうに呼びかける様は、どこか猫のような印象を与えさせる。
「突然で悪いねー。おたくの友人のサカオカさん?がウチの館で夢ばっか見ててねー。引き取りに来てほしいんだよー」
「突然だな、そういうあんたは誰なんだ?」
ぼんやりとした相手の顔がはっきりしたものになる。
「あたし?あたしは女夢魔のリーズ。まぁ年頃の男なら知ってるかな」
女夢魔。
相手に夢を見させる事で精気を奪う、知能の高い魔物の一種。
帝国では、夢魔街と呼ばれる歓楽街に多くの夢魔がおり、様々な夢を人々に提供することで生業を立てている。
夢の内容はリクエストやランダムで、夢魔自身が望む物を見させる事が出来るという。
「なるほどな。こちらも探していたから助かった。俺は鬼一顕二だ」
「なるほどねー。君の記憶から好みの格好に仕上げてみたよ、どう?良いサービスでしょ」
「あぁ、確かにそうだな。それに感謝する」
「平凡な感想だねぇ、お気に召さなかったのかな?」
「いや、そうではないが。所で坂岡は何のために夢魔街に行ったんだ?」
「なにやら魂がなんとかと言ってたわね。確かに他のとは魂が異なっていて、おかしなことになっていたから気になっていたんだけど」
「それで?お前たちは夢だけではなく、魂にも干渉できるのか?」
「まぁ魂に干渉することで夢を見させるし、操作できるんだけどね。坂岡君の魂を元に戻してあげることは出来なかったんだけど」
「できなかったのか」
「うーん、あれはダメね、下手に弄るとおかしくなるし。·····って話が脱線してるわ!ともかく明日にでも引き取りに来てよ。魂がどうにかならないと知ったら、夢ばっかり見させるように言うんだもの、一応お金はもらってるんだけど、ね。この調子じゃすっからかんよ」
「なるほど、手を焼いているのか。わかった、明日にでも連れ帰りに行こう」
「話が分かる人でうれしいわー。んじゃ、ここから最寄りの夢魔街、イナンナ館によろしくねー」
教室の全てが霧散するのと同時に、鬼一の意識も深くなっていった。
そうして夢から覚めた鬼一。
「まさか、坂岡が夢魔街に行っていたとはな」
冒険者が頻繁に夢魔街に通い、精気も財布もすっからかんになることは不思議なことではない。
色がらみの事である故、あまり他の仲間にも話すことは少ない。
(どこで聞いたのか、女夢魔が魂に干渉できる事を知った坂岡は英雄鍛造の逆をやってもらおうとしたのか。しかし、結果は無残だった。その反動か自暴自棄になり、夢に逃避か)
「あいつも、迎えに行ってやらないとな」
伊野と共に朝食を簡単に済ませ、夢魔街のイナンナ館へ向かった。
「イナンナ館?あぁ、なるほどね。ここから少し行った所の右側にある。でも今は閉店してるぜ」
街をゆく男の冒険者の一人を捕まえ、そこまでの詳細を聞き込む鬼一。
「なるほど。ありがとうございました」
「閉店しているのに行くとはどういうこった?」
「親友を迎えに行かなきゃいけないんですよ」
なるほどと納得した顔をして、男の冒険者は去っていった。
冒険者の言う通りに進むと、怪しげな様相の館が見えてきた。
夢魔街の近くには娼婦館もあるため、それと見紛いそうになるが、入口の上部に書かれた「イナンナ」の名前を見つける。
「ここが例の館か」
扉には閉店と書かれており、鍵がかかっている。
どうしたものかと頭をかしげる鬼一。
「おーい、ここだよー」
そんな彼に呼びかける声が、その声の主に鬼一は聞き覚えがあった。
夢で聞いた声と一緒のものであった。
特徴的な短く伸びた角と尖った尻尾。
それを美少女のようなしなやかな体と踊り子のように薄い布をまとった体は、目のやり場に困る印象を見るものに与える。
「リーズさんか」
「堅苦しいなー、リーズって呼び捨てでも良いって」
入って、とばかりに館の裏口に開けるリンに、礼を言い鬼一は館へと入った。
館内は、お香がたかれておりどこかリラックスできる空間になっていた。
「鬼一ってば夢魔街に来るのは始めてなの?」
「あぁ、話に聞いていたくらいだからな」
「あら珍しい、リーズちゃんのお客様なのかしら?」
リーズとは別にどこからか声が聞こえる。
「あっ、リディーテ様。お疲れ様です」
リーズよりもやや小さめな、背格好の女夢魔がそこにいた。
角や尻尾が生えている分にはリーズとは変わりないが、その先端からがピンク色一筋のラインが入っていたりといった違いが見て取れる。
服装はゆったりとした寝間着のような物でリーズに比べれば、鬼一にとっては落ち着いていられる物だった。
彼女は誰だろうか。
「どうもこんにちは、私は鬼一顕二というものです」
お辞儀をする鬼一に、にこやかにその女夢魔は笑って答えた。
「あらあら、見た目に合わず、礼儀正しいのね」
「·····ハハハ」
(何か気に障るようなことでもしたか?)
「このお方はリディーテ様、女夢魔の中でも始祖にのようなお方なのよ。つまり私たちよりも偉いお方なのよ」
「そんな方などうしてここに?」
「一つは坂岡君を引き取りに来た子がどんな子なのか確認のため。もう一つはあなたに興味を持ったからかしら」
「えっ」
(やはり何か気に障るような事をしてしまったのだろうかる?)
気を病む鬼一に、優しくリディーテが語りかける。
「あなたも坂岡君と同じ魂の様相が見れるのよ」
鬼一にゴーゴリ司教との会話の記憶が引き起こされる。
──英雄鍛造は異世界人の魂にのみ適用される。
この女夢魔の始祖はそれさえ見抜いていたのだろうか。
「そんなにも、俺の魂がヤバいってことですか?」
「そうなのよ。まぁ、坂岡君の例からあまり私たちが手出しできない事は分かっているんだけれどね。そこで一つ提案があるのよ」
「なんですか?」
「あなたのメンタルの調整をさせてほしいのよ」
「····なぜそこまでしてくれるのですか」
少し強張った面持ちで鬼一が言う。
不審に思ってのことだろう。
「一つは私の興味、もう一つは私情ね」
「私情、ですか」
「あなたたちは、もうあまり長く生きられないのでしょう?」
鬼一の胸がどきりとなる。
「坂岡君が言っていたのよね。もう俺たちは長く生きられないって」
「·······」
「何があったかは聞かないわ。人間色々、冒険者ならなおさらね。だからこそ、私たちのような逃避先を提供できる者の出番なのよ」
「逃避先?」
「えぇ、そう。人間追い詰められたら、良い方向に逃げた方が良いこともあるわ」
だからこそ、と付け加えるリディーテ。
「私たちの施術を受けてみてほしいの。いっときだけれども、安らぎを提供できると思うから」
(なるほどな、さっきのあれは、憐憫の··)
鬼一がリディーテの瞳を見る。
そこにあったのは、純粋な憐れみの表情だ。
「先ずは坂岡君と会ってから、施術を受けると言う事にしましょう。ここに来た本来の目的も」
「わかりました、じゃあ、それでお願いいたします」
フフと微笑み、リディーテが口元をほころばせる。
「じゃあ、坂岡君の元に案内しましょう」
そうして案内された部屋に、坂岡は寝ていた。
用意された数あるシングルベッドの一つに、坂岡は横になっていた。
その顔は穏やかな物で、それを見た鬼一は呆れながらも。
「心配させやがって、それにしてもよく寝ているな」
「もう丸一日はこんなだよ、トイレ休憩を除けばね。ちなみに見てる夢は口外できません、ウチはプライバシーについても厳重なの」
「なるほど」
「さぁて、お次は私たちの施術を受けていただきますよ!」
「施術と言ってもメンタルケアの一種だけれどね。お金はいらないわ、私の趣味だもの」
「は、はぁ、左様ですか」
リーズに促され、坂岡の隣のベッドに横たわる鬼一。
「そのまま、ゆっくり安静にして。そして、私の瞳を見て」
「··········」
リディーテの瞳を鬼一が見る。
彼女の瞳孔が赤く一瞬瞬く、それを見た鬼一は急速に眠りへと落ちていった。
「おやすみなさい。夢に落ちて、あなたの魂を、ありのままのあなたを私に見せて」
女夢魔の瞳は、人間に催眠効果をもたらす効果がある。
「さぁてとここからが本番ね」
リディーテが眠った鬼一の額に手を置く。
「これからこの子の心に入り込むわ。リーズ、後のことはよろしくね」
「はい、わかりました。リディーテ様!」
夢魔は人の夢に入り込むことができる。その方法は自身の魂を介して、他人の夢に直接入り込むことである。
瞳を閉じると共に、リディーテが鬼一の夢の中へ入っていった。




