22話 逃避 酒
鬼一は先ずは伊野から探すことにした。
坂岡に比べて、精神、肉体的にも遥かに劣る伊野が何よりも鬼一は心配しているからだ。
「アイツは以前から酒に興味があった。もしかすると、ギルドの酒場で飲んでいるのかもしれん」
こちらの世界では成人するのが16歳となっている為、酒も手軽に手に入ってしまうのである。
「酒は、古くから人が依存しやすい物の一つですね」
ロニパに部屋へいるように言い、街灯の灯る中、鬼一はギルドに足を運んでいた。
夜も遅くなってきた。
お開きになったから後なのか人はそれ程いなかった。
ギルドの酒場のカウンターで一人、ぶつぶつと何かを言いながら、何か酒の類を呑む者が。
そこへ一人の冒険者が声をかける。
「ねーねー、そこのお嬢ちゃん!俺とお茶しない?」
「僕は男だ!」
「······男でもその顔ならいい酒が呑めそうな」
「しつこいよッ!」
酔っぱらいをあしらう、女性と見間違う程の顔を持つ人物、伊野である。
酔いが回り、火照ったその顔は、酔っ払った女性と見分けがつかなくなっていた。
後方支援故に軽装備を来ていた時とは異なり、簡素なシャツとズボンを履いている。
夏に近い現在は、気温が夜でも暖かいからだ。
そんなひどく酔っ払った伊野に声をかける人物が一人、現れた。
「·····よぉ、伊野」
「·····鬼一、君?」
気まずそうに話しかける鬼一に、ぼんやりとした顔で伊野が言葉を返す。
「··何しにきたの?」
「伊野、おめーを連れ戻しにだ」
ぐいと酒杯を煽り伊野。
隣の席へ座る鬼一。
「·····連れ戻すって、魔王討伐の為に?」
「···あぁ。そうなるな。俺だけ力じゃ魔王に勝てない確信があるんだ」
その話になった途端にムッとした顔になる伊野。
「鬼一君は不死身なのに?」
「不死身でも痛いものは痛いんだよ、そこでそんな俺を守ってくれるお前の力が必要なんだよ」
「········。話は変わるけど、ゴーゴリ司教はなんて言ってたの?」
「問い詰めたら、そのまま答えが返ってきたぜ。マグヌスマルクトの話はマジだったってことさ」
それを聞いた伊野の瞳から大粒の涙がこぼれ落ちる。
「·····どうして、どうしてこの期に及んでも、この国の人たちを助けようと思うの?」
「·········なんでなんだろうな。自分でもよく分かってないのが本音なんだ」
「ハァ······鬼一君って人が良すぎるって言われない?まぁ良いけどさ」
酒のせいか普段とは異なり言い方がやや乱暴になってしまう伊野。
「僕はもう、ついていけないよ。後四年しか生きていけないなんて!あっち(現代日本)にも帰れないし!」
「·····」
「どうして!どうして!どうしてこんな事になっちゃったんだろう······」
どうやら泣上戸が出たのか、伊野はポロポロと涙を流す。
コップを持つ手が震えている。
「············」
「······大丈夫か?」
「大丈夫じゃないよ!坂岡君もいなくなっちゃうしで、もうこんなの嫌だよ!誰か、助けてよ!どうして僕らは見捨てられるの?!」
「落ち着け、伊野」
「鬼一君はどうしてそんなに正気でいられるの?!」
鬼一はその言葉を受けて、一度黙り込むとこう続けた。
「そうだな、今の俺が正常なのかは自分でも判断がつかないが、俺が伊野や坂岡が心配なだけなんだ」
「····」
「伊野の状況は俺も一緒だ。確かに俺たちは、行き詰まっているんだよ」
「うぅ·······」
「社会は俺たちの親じゃない。期待にも応える義理はねぇ。だけど、な。魔王からは逃げられない、立ち向かうしかないんだ。何より俺達には能力という立ち向かう力がある。だから俺は俺たちは立ち向かわなければならないんだと思うんだ」
「······」
「何より俺はせっかく異世界に来たんだから色々な世界を見てみたいんだよ、まぁこれも本音の一つだな」
「本音、かぁ」
「酒に逃げるのは負けじゃねぇ。戦わない事が俺達にとっての負けなんだ、と思っている。·····伊野はどうしたい?」
「···僕は、やっぱり、鬼一君についていきたいよ」
ポツリと伊野がこぼす。
「それが、伊野の答えで良いんだな?」
後悔はしないか?と鬼一が聞く。
「····今はまだわからないけど、このまま酒場に居続けるよりは心が晴れる気がするんだ」
「そうか、それなら良かった。じゃあそれなら帰ろうぜ」
「それはそうしたいんだけど」
「だけど?」
「····酔っぱらって動けないんだ」
「しょうがねぇな」
鬼一は伊野に肩を貸し席から立ち上がらせる。
「マスター、お代はいくら?」
「ああ、ミュンダース銀貨12枚だ」
カウンターに代金を支払い、その場を立ち去る。
「お前随分と飲んだな。酒クセェよ」
「へへ、意外といいよぉ、お酒·····」
(すっかりできてやがるぜ)
鬼一は呆れながらも、内心無事だったことに安堵する。
そうして宿に戻る頃には、伊野は寝てしまっていた。
「あー、帰ったぞ、ロニパ」
「おかえりなさいませ」
部屋のドアを開ければ、ロニパが鬼一を出迎えてくれる。
寝てしまった伊野をベッドに寝かせ、鬼一は一息つく。
「坂岡は戻ってきているか?」
「いいえ、こちらへは帰ってきていません」
「·······坂岡、お前は今、どこにいる」
日もすっかり消えてしまっている。
夜遅くまで空いている店も店じまいを始めている。
鬼一は坂岡の捜索は明日に決め、寝床に入る。
そうして、彼は夢に落ちていった。




