第十五話:視たいのを我慢する話
このところ、ヴァンスの様子が、どこかおかしい。
「な、なんでもないぞ」
「いえ、絶対何かあります。さっきから、そわそわしてますし」
占い小屋のカウンター越しに、リリーはじっと、ヴァンスの様子を観察していた。ここ数日、彼はやけに落ち着きがなく、時折、懐に手をやっては、慌てて引っ込める仕草を繰り返している。
(絶対、何か隠してる……!)
占い師としての勘なのか、それとも、ただの恋人としての勘なのか。理由は判然としないが、リリーの中の"視たい"という欲求が、むずむずと疼いていた。
「ちょっと、視てみてもいいですか」
「だ、駄目だ!」
食い気味の否定に、リリーは思わずのけぞった。
「な、なんでそんな必死に」
「その、占いに頼らず、ちゃんと自分の言葉で伝えたいことが、あるからだ」
意味深な物言いに、リリーの好奇心は、いよいよ最高潮に達した。だが同時に、ふと我に返る。
(――そういえば、私、"視ない"って決めたんだったわね)
かつて、収穫祭の夜に交わした約束を、リリーは思い出した。視えない未来だからこそ、しっかり自分の足で進んでいく。あの時、確かにそう誓ったはずだ。
「……分かりました。視ません」
「え、いいのか」
「せっかく、視ないって決めたんですから。それに」
リリーは、悪戯っぽく微笑んだ。
「視なくても、なんとなく、いい話な気がしてますし」
「……それも、占いか?」
「いいえ、これはただの、恋人の勘です」
その返答に、ヴァンスは、少し驚いたように目を見開いた後、ふっと相好を崩した。
「そうか」
「はい」
だが、数日経っても、ヴァンスのそわそわした様子は、一向に収まらなかった。むしろ、日を追うごとに、その挙動不審さは増していくばかりだ。
「ねえ、リリー。さすがに気にならないの?」
店に遊びに来たミアが、呆れたように尋ねてきた。
「そりゃ、気になるわよ! でも、視ないって決めたんだから」
「我慢強いこと。私だったら、絶対視ちゃうけどな」
「視たら、意味ないのよ。せっかく、ヴァンスさんが、自分の言葉で伝えようとしてくれてるんだから」
そう言い切りながらも、リリーの胸の内では、好奇心と、我慢する決意とが、激しくせめぎ合っていた。
そんなある晩、閉店後の占い小屋に、いつになく緊張した面持ちのヴァンスが訪れた。
「リリー、話があるんだが」
「な、なんでしょう」
「その、今日は、非番なんだが」
「はい」
「少し、外を歩かないか」
いつになく硬い声音に、リリーの心臓が、大きく跳ねた。ついに、あのそわそわの正体が明かされる時が来たのかもしれない。
「……はい、行きます」
水晶玉には、決して手を伸ばさず、リリーは、まだ視ぬ未来へと、自分の足で歩き出した。
夜風が、二人の間を、静かに吹き抜けていく。次に何が待っているのか、今のリリーには、あえて視ないでおくことこそが、正解のように思えた。




