↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
99/125

岩崎厳造の苦悩

 建物に向かう道中、俺達は一言も言葉を発することなく真っ暗になった外を眺めていた。外にはもちろん死霊達がいるのだが、岩崎家の力が及んでいるおかげなのか普通に出歩いても問題レベルで数が少なかったし、厳造さんが所有しているマンションには明かりがあってそこにはたくさんの生存者が普通に生活しているのが伺える。


(広い土地と、たくさんの不動産に厳造さんの力が及んでいるだろう。全く元通りではないけど、普通の生活が可能なレベルで町が機能している)


 これだけでも、岩崎家の力と権力の強さが伺える。所有している土地全てに加護が宿っていて、厳造さんが所有している不動産全てに彼の力が宿っているのか。そのお陰でこの町では、暗くなっているにも拘らず幽霊の姿が殆ど見られないのだ。


「着いたぞ」


 厳造さんの一声で、俺はすぐに気を引き締めてから外に出た。この町ではまだ発電所が機能しているのか、先ほどは真っ暗だと言ったが街灯が点いているお陰でそこまで暗くはないし、マンションやアパートの明かりもあってそんなに暗くはなかった。それでも、現象が起こる前に比べるとそんなに明るくない。


「厳一と琴羽は、幽霊どもが入ってこられないように結界を張れ。柚羽は佐藤殿の護衛、武谷殿は私について来い」


厳造さんの指示で、全員がそれぞれ作業に取り掛かった。俺は厳造さんに連れられ、人目の届かない建物の陰へと来ていた。


「こんな所まできて、一体何をされるのですか?」


 俺の問いかけに対し、厳造さんは周囲を確認した後で俺の方を向いた。その表情は、先ほどとは違ってとても穏やかであった。


「何時から気付いておられたのだ?」

「気付いていたってことは、やはりあなたは岩崎家の現状を憂いていたのですね」

「やはり気付かれていたのか」


 厳造さん本人が明かしてくれたが、初めて会って岩崎の屋敷に向かっている道中での会話で何となく気付いていた。本当は、涼や朝香が言うほどの超絶頑固者ではないのではないかと。


「本当に家の決まり事を絶対視しているのなら、決まりを破って勘当された彩羽さんのことを心配したりしません。愛羽さんみたいにいない者のようにするものです」

「そうだな。実際、彩羽のことを気にかけているのは私以外だと、厳一と紗弓さんと柚羽の3人だけで、あとの連中は妻も含めてまるで最初から彩羽のことはいない者のように扱う。だが、あの時はあぁするほか方法がなかったんだ。彩羽を岩崎家から開放する為に」


 さみしそうにそう告げると、厳造さんはゆっくりと彩羽さんがまだここにいた時のことを話してくれた。

 小さいころから彩羽さんは、とにかく自由奔放な性格をしていて、流行物にはとても敏感で中学に上がるころにそれがより顕著に出たのだという。ギャルの道に走ったのもその頃からで、友達とよく遊びに出かけていたのだという。

 その一方で、陰陽師としての努力も惜しまず、長男の厳一さんに匹敵するほどの力を身に着けるまでに至ったのだという。それに並行して勉学やスポーツにも力を注ぎ、学年1位とはいかなくても5位以内入るほどの成果も出していたのだという。


「すごい人だったんですね、彩羽さんって」

「普通なら、どんなに遊びまわっていてもそれだけの成果を出していて、尚且つ非行に走ることも法に触れることは何もしていないのだから咎められるいわれはなかった。だが、それでも先代当主、私の父はそれを良しとはしなかった」


 厳造さんの父親にして先代当主は、家の決まり事をことごとく破る彩羽のことを快く思っておらず、何度も折檻を受けさせたのだという。

 岩崎家では、遊ぶ事は殆ど許されておらず一生の殆どを勉学と労働に費やされる。身だしなみを整える目的で服や装飾品にお金をかけるのは良いが、過剰に購入することは一切許されていなかった。

 遊ぶ事も、贅沢をすることも、たくさんお金を使うことも許されない。超億万長者とは思えないくらいに、非常に窮屈で質素な生活を強要される。それでも、威厳を保つ為にあんなに大きな家に住む必要があったのだという。


「これだけでも時代に取り残されているというのに、その上女性に対する自由意志と権利が与えられず、18で結婚して20歳までに第一子を産まないといけない。女性の権利について煩いこのご時世で、未だにそんなことを行っているのだ。ハッキリ言って異常だ。しかも、その結婚相手には三親等以上の親族でないといけないなんて馬鹿げている」




「でも、厳一さんは岩崎家とは縁もゆかりもない紗弓さんと結婚しています」




「かなり骨が折れた。私がごり押ししたお陰で、紗弓さんは無事に厳一と結ばれることが出来た。それでも、岩崎のしきたりを厳守しないといけなく、紗弓さんには大学進学も就職も諦めてもらうことになってしまった。だがその際に紗弓さんは、私や厳一にこう言ってくれたんだ。『私以降にお嫁に来る女性が、ちゃんと自由に進路を選べて、自由に生きられる時代が来ることを信じています』と。そういう未来が、岩崎家にも来ることを信じて進学と就職を蹴って嫁いでくれた。息子と共に、古いしきたりと闘ってくれる者がいるのだと思うと心が軽くなった」




 つまり紗弓さんは、岩崎家が新しい時代を築けるようになるための第一歩として自らその先の進路を捨てて、相当な覚悟をもって岩崎家に嫁いで厳しい花嫁修業に励んだのだ。

 その際に生じた誤算があり、よほど相性が良かったのか厳一さんとたった一回行為を行っただけで妊娠し、歴代最速の19歳で第一子を出産したという。


「本当に紗弓さんには苦労を掛けて悪いと思っているし、厳一の支えがなかったら今頃心を病んでいただろう。その甲斐あって、今では妻も紗弓さんのことを認めている」

「そうだったんですね」

「だから、彩羽が孝一さんと結婚したいと言った時もきっとうまくいくだろうと思った。何より、岩崎家の女性にも自由意志が与えられるというアピールにも繋がる。父の反対を押し切ることも出来るだろうと」


 そう思って厳造さんは、思い切って彩羽さんと孝一さんとの婚姻を認めてはどうかとあえて伺うように進言してみたのだという。

 だが、それは思わぬ人たちからの反対意見によって頓挫した。その思わぬ人たちというのは、紗弓さんを除く岩崎一族の女性全員であった。


「そんな!?」

「無理もない。悪い言い方になるが、うちの女性たちは全員岩崎家が施した洗脳によってそれが当たり前だと思っている連中ばかりで、彩羽のように自由に生きることを悪い事だと捉えているのだ。このままでは彩羽を傷つけるだけだと思い、私は苦肉の策として最悪な提案を出してしまった」

「彩羽さんを岩崎家から追放する事、だったんですね」

「ああ。いい加減あの子を自由にしてあげたかった。本当に最悪な手段だったと今も思っている」


 つまり厳造さんは、彩羽さんを岩崎家から解放して自由に生きられるようにする為に、勘当という形で彩羽さんを日口家にお嫁に行かせたというのだ。そして、厳造さんはそんな選択をしてしまったことを今も後悔していた。

 岩崎家の改革の為に、寝る間も惜しんで働き、「平成の不動産王」と呼ばれるくらいに不動産業で大成功を収めるという実績を残し、30歳で実の父親から党首の座を奪い取ることに成功した厳造さん。そして、次期党首である厳一さんの嫁に外部の人間を選ぶことで着実に変わろうと、否、変わりつつあると思っていた。

 だが実際は、党首の座から降ろされた父親の力は今も健在で、その人がダメと言えば全員がそれに従うくらいに絶大であった。

 その上、女性の自由意志と権利について提言しても肝心の岩崎家の女性たちはそれが間違いだと刷り込まれていて、彩羽さんの自由意志と選択を壊そうとした。


「そんな一族が、令和になった今でもよく生き残っていますね」

「私もつくづくそう思う。だが、私もそれを言えるような立場ではない。父の目を欺くためとはいえ、私もそんな彼等と同じことをしてきたのだ。私も彼等と同様に地獄に落ちることになるだろう」

「地獄なんて存在しません。ましてや死後の世界なんて」

「分かっている。もしも存在するのなら、そうなってもおかしくないようなことを私も行ってきたということだ。何百年も続く旧家のしきたりを壊すのは、君が思っているよりもずっと難しいし、令和になってそれらがより厳しい状況になっていてもやめようとしない。新しい時代を築こうとしても、昔からそのやり方を通してきた人たちによって阻まれて潰される。その結果、阻止した側も潰される未来しかなかったとしても、連中は決して変わろうとしない。新しい時代を受け入れられないんだ」

「・・・・・・」


 聞けば聞くほど、日本人の悪しき風習と価値観がこれでもかというくらいに詰まった一族だなと思った。

 そんな一族を変えようと奮闘しても、他の人間がそれを良しとせずに全力を持って潰そうとしては、厳造さんの改革が実現するには膨大な時間がかかってしまうだろう。特に、先代である彼の父親が生きている限り難しいだろう。


「ちなみに、その先代当主は?」

「生きている。屋敷ではなく、この町から少し離れた別荘で母と共に隠居している。前までは祖父母も暮らしていたのだが、2人とも去年心臓病にかかって亡くなった」

「やっぱりそうですか」


 まぁ、岩崎家の決まりを考えると先代の年齢は67歳だろう。

 とはいえ、父親と祖父が両方亡くなったとしてもすぐに改革が行えるとも思えない。おそらく、早くても厳一さんに孫が生まれて成人するくらいまでかかるだろう。分家だけでもかなりの人数がいるだろうし、全員が先代と同じ考えと価値観を持っている。

 厳造さんを見ていると、古い価値観を壊して改革を起こす事がどれだけ難しいのかを知らされた。特に、岩崎家のような格式の高い家程それが難しい。


「私の父は、これまでのしきたりや価値観を変えることを悪だと決めつけて、それを行おうとする人間を徹底的に排除することに心血を注いでいるようなお人だ。子供や女性に全く自由を与えず、死ぬまで勉学と労働を強いられ遊ぶ事も贅沢することも許されない」

「・・・・・」


 なんて窮屈で、束縛の強い家なんだ。

 そんな家に生まれて、よく彩羽さんはあんなに明るく自由に生きることが出来たな。


「すまないな。長い話になってしまった上に、こんな愚痴みたいなことを言ってしまって」

「いいんです。吐き出したかったんですよね」


 涼や朝香からは、人の話もろくに聞かずに自分の意志だけを押し通そうとする頑固者として嫌われている厳造さん。

 けれど実際は、破滅の道を進みつつある一族を変えようと奮闘し、実の娘を追放したことをずっと後悔している。おそらく、長男の厳一さんと、末っ子の柚羽ちゃんが柔軟な考えが出来るのは、父親である厳造さんの影響なのだろう。

 俺をここに呼んだのは、特に何か意味があるわけでも何でもなく、ただ愚痴りたかっただけだったのだろう。あの中で、俺以外の誰もが厳造さんの心のうちの悩みに気付いておらず、誰に対しても尊大な態度を取る華々美でさえ委縮してしまって気付かないくらいに。


「話は済んだ。戻って準備をするぞ。武器は、私の刀を使え」


 そう言った後厳造さんは、再び眉間に深い皴を寄せて威厳のある顔に戻って歩き出した。俺もそんな厳造さんの後に続き、歩きながら俺にしか弱音を吐くことが出来ない雁字搦(がんじがら)めの環境に心身ともに疲弊していたのだと思った。


(よそ者の俺なんかに、こんな愚痴と弱音を吐かないといけないくらいなんだから、家でも神社でもなかなか吐き出せなかったんだろう。厳一さんや紗弓さんとも、改革の話を進めつつもそれを表沙汰にしないように細心の注意を払っていた。父親である先代が、改革を進めようとする実の息子を見せしめとして失脚させることで、改めて自分の正しさを主張しようと企んでいるのだろう)


 実際に聞いたわけではないけど、話の節々から先代の異常さが容易に想像つく。いや、先代だけでなくこれまでの先祖たちがずっと異常だったのだ。

 それに気付きつつも、昔ながらの価値観に囚われている先代が目を光らせている以上何も出来ないでいる自分の無力さを悔やみ、更に実の娘を追い出してしまったことに対する罪悪感が今も消えないでいる。


(不動産で大成功を収めて、父親から党首の座を奪い取ったまでは良かったものの、それだけで改革が推し進められるほど現実は生易しくなかった。本当に何も知らない人間なら、無視してさっさと改革を進めればいいだろなんて言うかもしれないが、引退した今でも絶大な権力を持つ先代の意見がまかり通ってしまうくらいだ。何より、幼い頃から施された教育という名の洗脳もかなり厄介だ。時代に合った改革を進めても、それを悪だと決めつけて通さず、むしろ潰そうとするくらいだからかなり根深い。先代が死ぬまで待っていざ改革、なんていうのも難しいだろうな。洗脳を受けた人たちにとって、今のやり方こそが正しい事であり、正義なのだと思い込んでいるのだから)


 名家の腐敗しきった思考を取り除き、新しく生まれ変わらせることの難しさを感じながら、俺と厳造さんは皆と合流した。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。