岩崎家末っ子
「それはそうと、佐藤さんにお聞きしたいことがあります」
「何でしょうか?」
だいぶ話がそれてしまったが、俺は改めて佐藤さんに本題を聞いた。
「この石板を見たことはありませんか」
「石板?」
俺はすぐに、スマホから渋井沢雅巧のホームページを開き、そこに映し出されていた霊滅版を見せた。
「円盤形の石板ですか?申し訳ありませんが、見たことがありません」
「私も見るのは初めてです。確かに、宗一さんもSNSはやりますけど、フォロアー数はとても少ないです」
「あははは・・・・確かに」
「そうですか」
2人の反応を見るに、本当に何も知らなかったみたいだ。鹿児島の佐藤宗一が知らないということは、8人の佐藤宗一全員が霊滅版を持っていないことになった。
「それは霊滅版か。なぜそれが、その男の手に?」
「厳造さんはご存じでしたか」
「うむ。以前瀧倉の党首、涼の祖父から話を聞いたことがある。もしもの時は、私にこれを探して解決してほしいと言っていた。最初は年寄りの妄言かと思ったが、この現象が起こったことでその意図をようやく理解した。恥ずかしい話だ、それを見るまで忘れておったからな」
どうやら、涼のお爺さんから霊滅版について話を聞いていたみたいで、探してこの現象を止めてほしいと頼まれていたという。
その後俺達は、何故ここまで来たのか、どうやって買った人の名前を知ったのかを話した。全員が真剣な面持ちで話を聞き、佐藤さんに関しては少し困った表情を浮かべていた。
ちなみに、佐藤さんは一応課長職についていたのだが、決して高収入という訳ではなく1000万なんて大金を払えるわけがないとのことだった。それ以前に、全財産はたいてもその半分くらいしかなかったという。
(まぁ、課長職と言っても当時まだ30歳だったこの人にそんなにたくさんの貯金があったとも思えないし、ましてやその当時は妻の敦子さんも妊娠していたみたいだから、仮に知っていたとしても霊滅版を買う余裕なんてなかっただろうな)
冷静に考えれば、当時まだ30歳と年若かった佐藤さんに1000万という大金をポンと出せる訳がなかった。確かに、中間管理職についているから給料は高かったかもしれないが、あまり贅沢が出来るほどのお金はない。
「そういうことでしたか。しかし、自分と同姓同名の人間が盗品を買い取るなんて違法行為に走るとは・・・・その上、他の佐藤宗一7人のうち5人も悪霊になっていただなんて・・・・」
「宗一さんが落ち込むことはないわ。だって、同姓同名ってだけで全くの赤の他人なんですから」
「分かっていても、いい気分ではないな」
まぁ、赤の他人と分かっていても、自分と同姓同名の人間が悪さをしているなんて話を聞いて無関心ではいられないわな。
「それで武谷君たちは、遠路はるばるここまで来たという訳ですか。呆れたものです」
「厳一、この者たちは命懸けでこの現象の解決を行おうとしているのだ、その立派な行いに対して呆れたなどと言うのは許されない。謝罪しろ」
「申し訳ありませんでした」
厳造さんに指摘され、反省した様子で俺達に謝罪をする厳一さん。
だけど、厳一さんの言うことも一理ある。見つかるかどうかも分からないものの為に、危険を冒してまでわざわざ日本中を旅してまわるようなものだから呆れるのも仕方がない。
「だがこれで、佐藤殿の疑いも晴れたし、そなた達がこれ以上ここにいる意味もない。明日の朝にはここを出て、早急に自分たちの町に帰るんだ。それに、武谷殿と華々美殿には子供がおられるそうだ。自分の子供をこれ以上待たせるな」
「しかし、その前にあの悪霊を」
「立ち去れ。そなた達には関係ないことだ」
「しかし」
「立ち去れ」
「父の言う通りです。あの悪霊、真柴の件は俺達で解決します。お引き取りを」
「ここにいる以上、主人と息子の言うことは絶対です。帰りなさい」
全くこちらの言い分に耳を傾けようとしない岩崎親子。確かに、人の話に耳を傾けようとしない頑固者だ。名前の通りとんだ石頭だ。
「今真柴は、私の術であの建物に閉じ込めてあるにすぎん。だが、年月が経つにつれてどんどん力を増していき、6日以内には再び外に出るだろう。そうなる前に、明日の朝即刻立ち去れ」
取り付く島もなく、俺達は明日の朝にはここを出て帰らなくてはならなくなってしまった。
「野宿しようなどと考えるな。このあたり一帯の建物の殆どは、私が所有している。マンションからオフィスビルまで幅広く、その全てに私の力が及んでいる。ゆえに生存者も、何処よりも多いと自負している。また、人除けにセンサーも設置してあるし、厳一の技術で町中の監視カメラからそなた等の動向を知ることが出来る。残ろうとしても無駄だ」
そういうことだったのかと、俺はすぐに理解した。なぜあの時、厳造さんは俺達の所に来られたのか疑問に思った。
その理由は、町中に仕掛けられたカメラを厳一さんが常にチェックしていたからだったのだ。どうやら厳一さん、セキュリティー関連の会社を立ち上げて、それで成功を収めていたのだろう。それによって、俺達の居所が厳造さんに知られたのだろう。
結局まともな話し合いも出来ず、明日の朝にはここを追い出されることになった。
「お父様」
「柚羽か、入りなさい」
「失礼します」
厳造さんの許しを貰った後、黒髪ロングの幼さの残る女の子が戸を開けて入ってきた。
和服を着た女の子で、童顔で背が低く幼さが残る感じであった。
反して、身に纏うオーラは厳造さんや厳一さんに匹敵していて、吊り上がった目尻と眉尻が更にそれを引き立たせていた。
「私と翼の末の娘で、柚羽だ。歳は14だ」
「岩崎柚羽と言います」
柚羽ちゃんは俺達に頭を下げて、恭しく自己紹介をしてくれた。14歳ということは、この現象がなかったら今頃中学3年生で高校受験を控えている身と言ったところか。
「お父様、お客様方の部屋の準備が出来ました」
「そうか。案内しろ」
「はい。では皆さん、こちらへ」
父親に言われるがまま、柚羽ちゃんは俺達を宿泊部屋まで案内してくれた。また迷路のような廊下を延々と歩き、とても広い畳の部屋へと通された。
「申し訳ありませんが、余っている部屋がここしか」
「気にしなくていいです」
「幹夫は私達を襲うようなことはしないから、心配しなくても大丈夫よ。それはそれで腹が立つけど」
「あははは・・・・」
何も言い返すことが出来ず、俺はただ苦笑いをするしかなかった。
「それよりも、大きくなったわね、柚羽ちゃん」
「厳一さんより一回り年下だから、今年で15歳になるんだったわね」
「そのお陰なのか、今はまだ婚約者はいません。ですが、私の誕生日と共にお父様から結婚相手を紹介されます」
「そういえば、彩羽義姉さんと誕生日が同じだったね」
「はい。12月24日です」
厳かな雰囲気を出していたから、てっきり気難しい子なのかと思っていたのだが、涼や朝香が普通に話しているのである程度親しみやすい子なのだろう。笑っていないけど。
「それよりも御2人とも、相変わらずお父様が苦手のようですね。無理もありませんけど」
「あの雰囲気だけはどうしても慣れないわ」
「こっちの話を聞かずに、一方的に命令するところも変わらない」
「あれでもちょっとだけ柔らかくなりました。岩崎の縁者ではない紗弓お義姉様を、お兄様と結婚させる事を許すくらいに」
楽しそうに会話をしているのに、柚羽ちゃんの表情はずっと無のままで微笑みはおろか口角が上がることもなかった。声も抑揚もなく、楽しそうにしているのかどうかも全く分からない。まるで大根役者の棒読みセリフみたいであった。
「それより、涼さんと朝香さんはどうしてこちらに?」
「あぁ、それはね」
柚羽ちゃんを交えて楽しそうな話をしていると、厳造さんが戸を開けて部屋に入ってきた。
「お父様?」
「武谷殿、少しいいか?柚羽も来い」
「っ!?はい」
突然厳造さんに呼ばれて、俺は緊張した面持ちで立ち上がって柚羽ちゃんと一緒に部屋を出た。
「幹夫?」
「大丈夫でしょうか?」
心配する彼女たちに見送られながら、俺と柚羽ちゃんは厳造さんの後をついて歩いた。
「あの、厳造さん?」
「そなたは、本気でこの現象の解決を自分の力で成したいのか?」
「はい」
厳造さんの疑問に、俺は秒で答えた。
「先程もおっしゃったように、俺は涼たちに全部任せて自分はただ守られるだけというのが嫌なのです。危険なのは承知ですし、覚悟の上です。今の俺には、守りたいものがたくさんありますので」
「・・・・そうか。なら付いて来い。もうすぐ日が暮れる。ちょうど良い」
「お父様?」
父の意図が読めずに困惑する柚羽ちゃんだが、厳造さんは構わず俺と柚羽ちゃんを連れて大きな車の前まで連れられた。
「何処に?」
「そなたは、この現象を解決するために、子供や家族の為に自分から動くことを選ぶんだな」
「はい。危険は承知の上です」
「そうか」
そんなやり取りの後、厳一さんと佐藤さん、更に俺と同年代くらいの女性が2人こちらに近づいてきた。
「2人とも、自己紹介をしろ」
「ああ、その前に俺が。武谷幹夫と言います」
「初めまして、私は黒岩琴羽と言います。歳は22で、岩崎家の長女です」
「次女の石島愛羽。19歳です」
「次女って、岩崎家の次女は彩羽さんで、あんたは三女だろ」
「あんな女はもう姉ではありません。家の決まりを破り、岩崎と縁もゆかりもない家に嫁いでいったあんな女なんて」
「それが実の姉に取る態度なのか?」
「あの女は、家の決まりを破ってばかり。いなくなってくれて清々する」
「ああぁ!?」
三女の愛羽の言葉に、俺は怒りを隠すことなく睨みつけていた。家の決まりを守るのが当たり前のこの女にとって、彩羽さんは異端児に見えたのかもしれない。
だけど、彩羽さんは誰よりも努力家で、夫である孝一さんをしっかりと立てられる素敵な女性で、とても好感の持てる人だった。
そんな彩羽さんを、まるでいない者のように扱う愛羽の言動には心底腹が立った。
「落ち着いてください、武谷さん。愛羽姉様も、彩羽姉様のことを悪く言わないでください」
「何よ、わたくしは何も間違ったことは言っていない」
怒りが爆発した俺の腕を、柚羽ちゃんが掴んで制止させ、実の姉の暴言を咎めた。それでも愛羽は聞く耳を持たず、自分は何も間違っていないと言い張る始末。しかも、厳一さんと琴羽さんは愛羽を咎めることをせずに知らんふりを決め込んでいた。
見かねた厳造さんが、間に割って入った。
「愛羽、お前は人に偉そうに言えるほど自分が偉い存在なのか?」
「お父様、しかし」
「相手がどんな立場であろうと、そんな態度を取ることこそが岩崎家の恥だ」
「・・・・申し訳ありません」
悔しそうに奥歯を強く噛み締めていたが、父親には逆らえないみたいで渋々頭を下げて謝罪をした。
「それになぜ、愛羽までもがここに来ているんだ?お前はお腹の子供の為にも、大人しく安静にすべきではないのか」
「しかしお父様!」
「戻れ。妊娠しているお前を連れて行くわけにはいかない」
厳造さんに戻るように言われ、愛羽は奥歯を噛み締めながらしぶしぶ分家が暮らす屋敷の方へと帰っていった。
(言われてみれば確かに、愛羽のお腹は大きく膨らんでいたな。妊娠6ヶ月ってところか?)
岩崎家の女が、18歳で結婚して20歳までに第一子を産まないといけないのは知っていたし、彼女が俺と同い年でありながら妊娠していたのも分かる。
その上、俺たちの町でももっと若いうちに子供を産んだ人だっている。15歳で双子を産んだ西園寺さんだっているし、茅音さんだって道明君との子供を産んで現在1歳だ。
そんな彼女たちを見てきたため、愛羽が妊娠していてもさほど驚きはしなかった。
「さて、早いところ行くぞ。武谷殿も車に乗るように」
「はい」
厳造さんに促されて、俺も厳一さんや琴羽さんや柚羽ちゃん、佐藤さんに続いて車に乗り込んだ。
「先ほどは聞きそびれましたけど、どちらに行かれるのですか?」
「そなた達がドローンで撮影したあの悪霊、真柴が閉じ込められている建物にだ。そなたの手で真柴を葬ってもらう」
厳造さんの口からとんでもない内容が飛び出し、俺の全身に緊張が走った。
「無論、我々も援助はするし危険が及ぶようであればすぐに助ける。だが、そうでない限りはそなた一人で対処しろ」
「俺一人で、ですか?」
「そのくらいの覚悟を示せ。自分の力でこの現象を解決したいのであれば尚更だ」
覚悟を示せ、それが厳造さんの、いや岩崎家の意思なのだろう。そんな危険な要求を言った後、厳造さんは車を出して真柴が閉じ込められている建物に向けて走り出したのであった。




