鹿児島の佐藤宗一
鹿児島の佐藤宗一さんが生きていることを聞き、厳造さんをワゴンに乗せて岩崎家へと案内してもらっていた。その際、俺がワゴンを運転していたのでその隣、助手席には厳造さんが座っていた。
「次の十字路を右だ」
「はい」
緊張しながらも、厳造さんの指示通りにワゴンを走らせた。車内はシンと静まり返っていて、いつも声をかけていた華々美でさえ一言も発していなかった。
「時に武谷殿」
「は、はい!」
突然名前を呼ばれて、俺は緊張しながらもなんとかすぐに返事をした。というか、声をかけられるなんて思わなかった。
「そなたは瀧倉神社に避難しているのか?」
「いえ、瀧倉神社はヘリが墜落して大爆発を起こしました。今は彼女の家が所有している別宅で、たくさんの人と暮らしています」
「一緒に来ている彼女たち以外にも、たくさんの人がいるのか?」
「彼女達の他にも、その別宅に8人の女性と5人の赤ちゃんが避難していて、そこで生活をしています」
「5人の赤ちゃん?」
「先に言いますが、俺は彼女たちに手を出していません!そりゃ、向こうから誘われることがありますので、その時は・・・・」
「それで、自分の子供を置いてここまで来たのか?」
「違います。俺は自分の娘を捨ててなんていないです。未来を生きる子供たちの為に、俺達が行動を起こしているのです」
「なるほど」
「5人の赤ちゃんのうち4人には父親が別にいました。かなりのクズで、数ヶ月前に犬神と手を組んで俺達の町に来たくらいです」
「犬神か。厄介な悪霊と手を組むなんて、ろくな奴ではなかったんだろうな。して、その4人の父親は?」
「犬神の消滅と共に、亡くなりました」
威圧感のある口調ではあるが、意外に話しやすい人で少しビックリした。
「もう一人の赤ちゃんは、そなたの子供で間違いないのか?」
「はい。血の繋がりはありませんが、俺の娘で間違いありません。その娘が元気に育つためにも、なんとしてもこの現象を止めて見せます。人任せにしてジッとしているのは嫌なのです」
「危険すぎる。そういうのは、涼や朝香や由乃殿に任せれば」
「先ほど言いましたが、人任せは嫌です。自分の手で、娘の未来を明るいものにしたいのです」
「そうか」
しばらく黙った後、大きくため息を吐いてから厳造さんは口を開いた。
「その心意気は立派だが、自分の娘と過ごす時間は大切にしろ。こんな状況だ、1分1秒大切にしなければならない」
「分かっています」
「・・・・・」
「・・・・・」
再び沈黙の時間が流れたが、不思議と俺の中から緊張感はなくなった。
「そういえば朝香」
「は、はい!」
「彩羽は元気にしてたか?」
「はい!彩羽義姉さんとは、時々連絡を取り合っています。元気にしています!3ヶ月前に兄と籍を入れました!ぼ、私達の家族ともとても仲良くしています!」
「そうか」
元気にしていると聞いて、ホッとしたような雰囲気を一瞬だけ出した厳造さん。
彩羽さんのことを異端児扱いしていたのに、なんで彩羽さんが元気にしているのかを聞いてくるのだろうか?
朝香は厳造さんの圧にビビっているけど、この人は心の底では彩羽さんのことを心配しているように思えた。
それから数分後に、俺達はものすごく大きくて伝統を感じる屋敷の門へと着いた。2台の車を駐車場に止めると、門の向こうにあった趣のある非常に大きな日本家屋があった。
「デカい・・・・」
「わたしの家も大きかったが、この家はその5倍くらいあるぞ」
「何時来ても大きな家ね」
「ボクの家が小さく感じる」
「ああぁ・・・・・」
俺と華々美と涼と朝香と美玲は、あまりの大きさと敷地面積の広さにビックリしていて、美玲なんて言葉を失っていた。里美と由乃さんは、特に動じた様子もなく厳造さんの案内で先に中に入った。
俺達も、そんな2人の後に続いて家の中に入れてもらった。中ももちろん広かった。
「玄関広いな」
「驚いているけど、この家の裏にはこれの倍以上大きな家があって、その家に分家の一族が全員住んでいるんだよ」
「大きいと言っても、あれは殆ど宿舎のようなものなんだけどね」
「ええぇ・・・・・」
超億万長者だと聞いていたけど、これは規模が違いすぎる。涼や朝香の家も大きく、地元でも有名な大地主でいわゆる大金持ちなのだけど、岩崎家はその規模が全然違う。
「おかえり、父さん」
「お義父さん、お帰りなさい」
しばらく廊下を歩いていると、和服を着た2人の男女が厳造さんを出迎えてきた。
「ただいま。客人だ、客間に案内しろ」
「「はい」」
「紗弓さんは、お客さんに飲み物を出してあげなさい」
「はい」
厳造さんに指示され、2人の男女は俺達を客間まで案内してくれた。数十秒程度なのだろうけど、体感的には数分に感じるくらいこの家はとても広く、厳かな雰囲気が漂っていた。
(これ、絶対に一人で勝手に出歩いてはダメだろ)
理由はシンプルで、絶対に迷子になるから。
案内された客間も、学校の体育館くらい広かった。しかも、壁にはなんか高そうな掛け軸が掛けられているし、高そうな焼き物や刀や火縄銃まで飾られているぞ。
「刀ならわたしの家の客間にもあったが、それよりも高そうだ」
「ボクや涼ちゃんの刀なんて、あれに比べたらなまくらだよ。お兄ちゃんやお父さんなら、あれより高い刀を持っているけど」
「コラ2人とも、刀の品評会をしない」
里美に注意されて、華々美と朝香は押し黙った。2分後に、案内してくれた男女が飲み物の入った湯呑をお盆にのせて入ってきた。湯呑が全員に行き届いたところで、2人はテーブルを挟んで俺達の向かいに座った。
「改めて、自己紹介をします。岩崎厳造の息子の、岩崎厳一と言います」
「妻の、岩崎紗弓です。宜しく」
「ど、どうも」
少し委縮してしまったが、その後俺達も自己紹介を行った。男の方は、厳造の息子さんの厳一さんであった。確かに、顔立ちはどことなく厳造さんに似ているし、眉間の深い皴と押し潰されそうな緊張感は父親譲りであった。
奥さんの紗弓さんは、何処か奥ゆかしい雰囲気があって美しいがしっくりくる美人さんであった。それでいて、とても気さくで明るい雰囲気を出していた。ずっと黙っている厳一さんと違って、紗弓さんはとても気さくな人のようだった。
「紗弓さんもお久しぶりです。厳太君と紗江ちゃんは?」
「2人とも元気です。厳太なんてもう8歳ですよ」
「誕生日が5月でしたから、もうそんなに大きくなったのですね」
「ええ♪それと去年、3人目が生まれました」
「そうですか。おめでとうございます」
まだ27歳と若いから、3人の子供の母親とは思えなかった。ちなみに、一番上の厳太君が8歳なら紗弓さんが19歳の時に産んだことになる。
「紗弓」
「あら、久しぶりに会ったのですから、話くらいしてもいいでしょう。厳一さんも、そんな怖い顔をしていてはお客さんを委縮させてしまいます」
「んん・・・・」
涼と朝香と楽しそうに話す妻に声をかける厳一さんだが、紗弓さんは明るく返して話を続けた。それ以上は何も言えないのか、厳一さんの方が押し黙った。
しばらく紗弓さんと談笑していると、客間に厳造さんと奥さんらしき着物を着た女性と30代くらいの男性と20代前半くらいの女性と2歳の子供が入ってきた。
「楽しそうに話しているようだな」
「はい。涼ちゃんも朝香ちゃんも綺麗になっていましたし、華々美ちゃんなんて私よりもスタイルが良くて綺麗ですし」
「そうか。それより武谷殿」
「はい」
「佐藤殿を連れてきた。あとは本人の口から聞いてくれ」
厳造さんに紹介されて、男性と女性は俺達の向かいに座って頭を下げた。
「厳造さんから聞きました。僕が、あなた方が探していた佐藤宗一です。こちらは妻の敦子です」
「初めまして」
本人の登場に、俺達はより一層気を引き締めた。
その間に、厳造さんと奥さんも俺達の向かいに座った。
先程と同じように、俺達は佐藤さんと敦子さんにもそれぞれ自己紹介をした。ちなみに、厳一さんの奥さんの名前は翼さんと言って、やはり元は分家の人間だったのだという。
パッと見の佐藤さんの印象は、非常に落ち着いた雰囲気のした温厚そうなメガネの似合う男性であった。SNSでは掛けていなかったから、普段はコンタクトレンズを付けていたのだろう。この現象のせいで付けられなくなったから、メガネに切り替えたのだろう。
奥さんの敦子さんは、アイドルでもやっていそうなくらいの美人で、目鼻立ちも整っていて、特に大きく開かれたパッチリ目が印象的であった。
だが、同時に違和感もあった。
「あの、失礼ですが敦子さんが奥さんで間違いありませんか?」
「はい」
「では、倉町麻衣さんという人とはどういう」
「「ああぁ・・・・・」」
倉町麻衣という名前を聞いた瞬間、2人はあからさまに嫌そうな顔をしていた。厳造さんと翼さんと厳一さんは困った顔をして、紗弓さんは額に手を置いて首を横に振っていた。
「あの・・・・」
「失礼、ボクは倉町とは何でもありません」
「倉町さんは、私の一つ上の事務員で、その・・・・なんといいますか・・・・」
佐藤さんも敦子さんも、なんだか言いだし辛そうにしていた。そんなに性格に問題のある女性なのだろうか?
「俺が説明しよう」
言い淀む2人に代わって、厳一さんが話してくれた。
「倉町はいわゆる玉の輿を夢見るバカ女で、金持ちの男と結婚したがるような女でした」
「更に付け加えると、私や厳一さんとは同じ高校に通っていた同級生でもあるのです」
その話を聞いただけでも、倉町麻衣という人物がどんな人だったのかが容易に想像できた。その後聞いた、倉町麻衣という人物の話を聞いてそれが確信に変わった。
「あの女は、男をATMとしか見ていないような奴で、金を持っていそうな男に媚を売っては、たくさん貢がせるということを繰り返すような女でした」
「厳一さんにも散々言い寄っていました。岩崎家本家に嫁ぐ女は、18で結婚してその後は専業主婦となることが義務付けられています。それで一生遊んで暮らせると勘違いしたみたいで」
まぁ、大学にも行かず就職もしなくていいというのだから、傍から見れば岩崎家の女は夫の金で贅沢できるなんて考えるだろう。
だが、現実は甘くはなかった。
「まぁ、俺も婚約者が既にいるので丁重にお断りをしたが、自分の容姿に絶対の自信がある倉町はしつこく言い寄っていました」
「私も、厳一さんと婚約して結婚するのはとても苦労しました。私も岩崎家の縁者でも分家の人間でもありませんので、本当にたくさん苦労もしましたし、辛い思いもたくさんしてきました。当時中学生だったので、何度も挫折しかけました」
それでも紗弓さんは、厳一さんのことを諦めきれずに根気強く頭を下げ、最終的には厳造さんが許してくれたおかげで婚約、結婚を果たすことが出来たという。
そして、本当に大変なのはその後であった。
「バカな女ですよ、倉町は。岩崎家に嫁ぐというのが、どんなに大変なのかを知らなかったのです」
「結婚式当日は、倉町さんから玉の輿だの、セレブな生活が出来ていいな、なんて嫌味も言われました。でも実際は、岩崎家では倉町さんが思い描いていたセレブな生活なんてできないのです」
それは以前涼から聞いたが、岩崎家では遊ぶ事が一切許されておらず、死ぬまで仕事と勉学、更に家のことや陰陽師としての修業や仕事など、とにかく働き詰めの一生を送らなくてはならないという。
そしてそれは妻も同じで、贅沢豪遊散財は一切禁止されており、この無駄に広い敷地の掃除や家事炊事、更には二十歳までには第一子を必ず生まないといけない。
その為、倉町が夢見ていたセレブ生活とは程遠く、一生遊んで暮らせるほどの財産はあっても家族ともども質素な生活をしなくてはいけないのだという。スーツや腕時計などでお金をかけるのは、仕事をする上で身だしなみを整えるという意味で許可されているが、必要以上に物を買い漁るのは禁止されていると聞いた。
それを聞いた倉町は、顔を真っ青にしながら2人から離れていったのだという。
2人からそんな話を聞いた後、佐藤さんと敦子さんは心底うんざりした様子で話してくれた。
「そんな女ですから、僕は毎日倉町に迷惑していました」
「その上私は、入社前から宗一さんを好きになっていたものですから、倉町さんからの嫌がらせがとにかく酷かったです」
「そんな女だと分かったから、僕は倉町を拒絶したのですが、それでもなかなか離れてくれませんでした。そしてそれは、敦子と結婚した後でも変わりませんでした」
「そのせいで宗一さんは、会社の飲み会に参加しなくなり真っすぐ帰るようになりました。ちょっとでも隙を見せれば、倉町さんはすぐに宗一さんに言い寄ってきましたので」
「うわぁ・・・・」
思っていたよりもかなり酷かった。というか、既婚者に言い寄って交際を迫るなんてどうかしている。
「それでも、外面だけは良かったですし、一応は容姿も良かったから男性人気はとても高かったです。特に真柴という男は、倉町にかなりご執心だったから・・・・」
「宗一さんがいくら警告しても聞かず、そのせいで宗一さんは真柴さんからいらぬ嫉妬心を抱かれていたのです」
「そういうことですか。あの悪霊の嫉妬心自体が、そもそもお門違いだったのですね。私もまだまだです」
自身の至らなさを反省しているが、あの悪霊の怒りの原因が佐藤さんに対する嫉妬であることを見抜くのだから、由乃さんの霊視能力は本当にすごいと思った。




