嫉妬の悪霊
あの後皆と合流して、厳造さんから刀を渡されて真柴との戦いに備えた。その際に、真柴が周囲にいる悪霊を引き寄せたり、真柴が逃走したりするのを防ぐために厳一さんと琴羽さんが周囲に結界を張ってくれていた。
「涼と朝香のもすごいけど、雰囲気だけで2人よりも強力な結界であることは分かる」
「へぇ、念力も持たない一般人のくせに分かるんだ」
「琴羽姉様、その言い方はあまりにも失礼です」
「柚羽の言う通りだ。そんな言い方をする奴は、岩崎の人間として相応しくないぞ。分家に嫁入りしたとてそれは変わらない」
「・・・・申し訳ありませんでした」
柚羽ちゃんと厳造さんに注意されて、琴羽さんは物凄く嫌そうな顔をしながら俺に謝罪した。あの態度と口調だけで分かる、この女は俺を下の人間として見下しているし、注意したのが柚羽ちゃんだけだったら絶対に謝罪すらしなかっただろう。
「姉が申し訳ありませんでした。岩崎家の真価は、どんな悪霊や魔物でさえ跳ね除けるほどの強力な結界を張ることに特化していて、他のどの陰陽師よりも強固な結界を張ることが出来ます」
「それを一目見ただけで見抜くなんて、伊達に2年も瀧倉殿や日口殿と一緒にいるだけある」
岩崎家の真価を説明する柚羽ちゃんと、それを見抜く俺を称賛する厳一さん。しかしその表情は無であり、柚羽ちゃんに至っては喋り方も大根役者の棒読みセリフみたいで嘘くさかった。嘘ではないだろうけど、感情が籠っていない上に台本を棒読みしているみたいで聞き苦しかった。
「まぁ、あの2人と影山殿と一緒に行動しているだけあって、そういう目はある程度養っているようだな。その上、悪霊を目の前にしてもあまり怖がる様子がないな」
「そんなことはありません。丸腰では普通に怖いですし、現象初日に涼と出会っていなかったら他の皆と一緒に教会や神社などに引きこもっていただろうし、悪霊と戦おうとも思いませんでした。涼がいてくれたお陰で、一般人の俺でも死霊達と戦えるようになりました」
嘘偽りはない、全て涼が与えてくれたお陰だ。涼がいてくれたからこそ、俺は悪霊相手でも臆することなく立ち向かえる。俺一人だけでは絶対に無理だ。
「うむ、嘘ではないようだ。だが、これからも霊滅版探しをするというのなら真柴クラスの悪霊との遭遇は多いだろう。そなたが自分も解決したいというのなら、それ相応の覚悟を示さねばならない」
「だから、悪霊化した真柴と戦って倒せというのですか。涼や由乃さん、朝香の力も借りずに」
「そうだ」
確かに、この先も霊滅版探しを続けるのなら危険はあるだろうし、悪霊との遭遇も避けて通れない。俺が涼と由乃さんと朝香ばかりあてにするのではなく、自分で行動したいというのだから当然だ。
「これから、あの建物に施してある結界を解いて、真柴を外に出す」
「その前に、佐藤さんとお話をしてもよろしいでしょうか?」
「許可しよう」
厳造さんの許可をもらい、俺は佐藤さんの所へと歩み寄って話をした。
「真柴について聞いてもいいでしょうか?」
「構いません。真柴はとにかく、僕や他の同僚たちに対する劣等感が強い奴でした。決して能力がない訳ではありませんが、嫉妬心にかられるあまり自分磨きをするのを怠るような男でした。仕事はいい加減になり、そのくせブランド物を買って自分を着飾ることに余念がなく、妻の先輩の倉町麻衣を手に入れることで自分が男として優れているのだと自負したかったのだと思います」
「でも、佐藤さんには敦子さんはいますよね」
「そうですね。最初は、近所の小さな妹のような存在でしたが、成長して僕の勤めている研究所で助手として入った時には驚きましたし、6つも年が離れているうえに入ってきたばかりの新入社員にあまり馴れ馴れしくしてはいけないなと思いました。ですが、倉町がしつこく私に言い寄ることで敦子が焦って僕に告白したことで、僕もようやく覚悟が決まったのです」
「そうだったんですね」
その翌年に2人は婚約し、その半年後に結婚して夫婦になったという。当時、佐藤さんは29歳で、敦子さんは23歳だった。
しかし、その後も倉町麻衣の佐藤さんに対する付き纏いは収まらず、それどころかどんどんエスカレートしていったのだという。そしてそれは、倉町麻衣を狙っていた真柴の嫉妬心を更に爆発させるキッカケとなった。
「本当かどうかは知りませんけど、倉町は男性社員の間ではかなり人気が高かったみたいで、真柴みたいに彼女と付き合いたいと思っている男は多かったみたいです。僕にとっては、ただの自意識過剰の痛い女としか思えませんでしたけど」
「そうですか」
そんな倉町麻衣の本性を知らない真柴は、死んで悪霊になった今でも倉町麻衣と、そんな女が執拗に狙っていた佐藤さんに異様なまでの執着を見せるようなったということか。
「話は分かりました。ありがとうございます」
「いえ、こんなことで何かお役に立てたのなら」
聞きたいことは聞けたし、それによって真柴という人間がどういう奴なのかも理解できたし、そのついでで倉町麻衣の人間性も知ることが出来た。
知りたいことを知ることが出来て、俺は改めて厳造さんの方に視線を向けた。
「聞きたいことは聞けたのか」
「はい。お願いします」
「うむ。厳一、琴羽」
俺の意思を聞き、厳造さんの合図で厳一さんと琴羽さんは建物にかけてあった結界を解いた。
その瞬間、閉じ込められていた真柴が勢いよく出てきて、俺の隣にいた佐藤さんに襲い掛かってきた。それを俺は、厳造さんから借りた刀を抜いてそれで真柴の攻撃を防いだ。
「いきなり攻撃するなんて、30過ぎのおじさんがみっともないな」
『うるせぇ!ガキは黙ってろ!』
「仕事で成果を出せないからと言って、狙っている女がどういう奴なのかもよく知りもしないで顔だけで判断して、しつこく倉町麻衣に言い寄って、醜いったらありゃしない」
『ぬうぅ!』
俺のあおりを受けて、激情した真柴は鬼のような形相になって俺に攻撃を加えてきた。日々華々美と涼に鍛えられ、自分自身の鍛錬を行ってきたおかげで真柴の攻撃を食らうことなく全てかわせていた。
(最初は重くて振ることも出来なかった刀も、今では片手でも振れるようになった。危険な筈の悪霊を目の前にしても、うまく立ち回れるようになったと思う)
本来なら逃げるべきなのだろうけど、生憎俺はいつまでも守られてばかりというのは大嫌いなので、どうすれば涼達の足を引っ張らずに戦えるのかも日々考え、自分自身の鍛錬も欠かさない。
嫉妬に狂って、本来成すべきことを成さずに暴走するこの男とは違う。
「お前は本当に醜いな。倉町麻衣の本性も知らずに言い寄るなんて」
『テメェが倉町さんの何を知っているっていうんだ!』
「佐藤さんから全部聞きました。倉町麻衣の容姿ばかりに目が行って、その女がどんな奴なのかもよく知りもしないで嫉妬して、みっともないな」
『小僧、テメェ!』
本当に何も見えていないみたいで、俺がいくら言ってもこの男は一切聞く耳を持たない。自分の思い込みで突っ走り、出世頭であり倉町さんが執拗に言い寄っていた佐藤さんに醜い嫉妬をぶつける。
(惚れた女が他の男と良い雰囲気になって嫉妬するのは、まだ分からないこともない。だが、既婚者にしつこく言い寄っている時点でその女のモラルを疑うし、そういう奴に碌な奴はいない)
それなのにこの男は、容姿の良さだけに目が行ってその人の人間性にまで目がいかなかった。見ようともしなかった。
そんな嫉妬心にかられて暴走するこの男は、本当に醜かった。
「いい加減にしろ真柴!」
そんな真柴に執拗に攻撃されている俺を見て、佐藤さんが大きな声を出して真柴の注意を引いた。というよりも、真柴に対するこれまでの不満をぶちまけているだけであった。
「前にも言ったが、僕は倉町に言い寄られて迷惑していたし、そのことを何度もお前にも言っていたけど、お前は一切耳を貸そうとしなかった!僕にはもう妻もいるし、今では子供だっている!それでも倉町はしつこく言い寄ってきた!何度も迷惑していたってお前にも言ったぞ!」
『モテ自慢なんて聞き飽きたんだよ!お前のそういう所がずっと憎らしかったんだよ!俺が持っていないものを全部持っていて、社内一の美人だった倉町さんにも好かれていて!』
「だからお前は醜いんだよ!」
逆上した真柴は、佐藤さんの首を絞めようと腕を伸ばしてきたのだが、そんな伸びた腕を俺は持っていた刀で切り落とした。
『ああああああああ!』
「嫉妬に狂うあまり、目も曇り、努力も怠り、惚れた女がどんな奴なのかも見極めようともしないし知ろうともしない。男の嫉妬なんて見苦しいなと改めて思う」
前に優希の嫉妬を目の当たりにして、それは本当に身震いがするほどの恐ろしさであり、華々美も「女の嫉妬というのは恐ろしいものだ」と言っていた。
対して、この男の嫉妬は聞けば聞くほど見苦しく感じ、非常に幼稚に思えて仕方がなかった。
「みっともない。自分を磨くわけでも、努力するわけでもない。ただ喚き散らすだけの子供。男の嫉妬なんてマジで見苦しいな」
『ガキが!』
肘から先をなくした腕で攻撃を仕掛けてくるが、そんな攻撃が通じる訳がなく、俺はそんな真柴の体を縦に両断した。
「アンタみたいな奴は、ちょっと煽っただけですぐに激情して動きも単調になる。元々優秀だったって聞いた時はどうしたものかと思ったが、嫉妬で周りが見えなくなるくらいに自分を見失い、本来の自分の良ささえも潰してしまうような奴だと分かったから、あえて煽ってアンタがその力を暴走させないようにしたんだよ」
本来なら、悪霊相手に挑発するような態度はご法度。怒らせたことで、この悪霊の力をかえって上げて益々不利になってしまう危険性があるからだ。涼や朝香みたいに、わざと相手を挑発して自身が不利になることがない人はそんなにいるものではない。
だが、真柴の場合は周りや自分の本来の良ささえも分からなくなるくらいに盲目になる傾向があった。それはこの男が、理性よりも感情を優先するような男で、力は上がっても感情任せに攻撃してくるだけだと思ったため、あえて俺は真柴を煽ることを選んだ。
その結果、予想は見事に的中し、真柴はせっかく上がった力を活かすことなく感情任せに単調な攻撃をするだけで、感情的に殴り掛かってくる不良学生をいなすのと同じものであった。
(まぁ、そもそも既婚者に言い寄る時点で倉町麻衣の人間性は手に取るようにわかるし、誰が見ても異常だというのが分かっていたのに、自身の感情を優先して見ようともしなかったくらいだから)
佐藤さんの話を聞く限り、倉町麻衣は自分の容姿に絶対の自信があり、収入が多くて出世の期待できる男性に取り入ることで、その男性と結婚して寿退社して専業主婦になるつもりでいたのだろう。尤も、倉町麻衣の場合は専業主婦という名のヒモになるつもりだっただろうと思う。
「哀れな男だ。ちゃんと冷静に物事を見ることが出来ていれば、倉町麻衣の本性にも気づけただろうし、佐藤さんにここまで異常な嫉妬心を抱くこともなかっただろうし、普通に出世することだってできただろうに。本当にバカな奴だ」
最後は涙を流し、悔しそうに唸りながら消滅していく真柴。
『なら、俺はどうすればよかったんだ?こんなに誰かを愛したのは、生まれて初めてだったんだ。例え彼女の本性が分かっても、抑えることが出来なかったんだ。どうしようも出来なかったんだ。どうしても諦めきれなかったんだ・・・・だから、彼女が言い寄っていた佐藤が妬ましかった・・・・俺にないものをたくさん持っているだけでなく、人生で初めて愛した女性まで奪われるのではないかと思うと居ても立っても居られなかったんだ・・・・そのくらい俺は、倉町さんのことが欲しかった・・・・本気で愛していたんだ・・・・彼女の本性を知っても諦められないくらいに・・・・・』
最後にそう言いながら、真柴は完全にこの世から消滅した。
「バカな奴だ。そんなろくでもない女なんかと付き合って結婚しても、地獄のような日々を送る羽目になるのに」
実際にそれによって苦しんだ人を、俺は北海道で会ったことがある。北海道の佐藤宗一さんが、勤めている研究所の局長の妹と結婚させられて、稼いだ金の全てをその女の豪遊費に使われて、ストレスのあまり常に怒ってばかりいた。
そんな実例を見てきた為、この男と倉町がこのまま結婚しても絶対に幸せにはなれない。
そんな真柴の最後を見届けた後、俺は刀を鞘に納めてから佐藤さんと一緒に厳造さんの所へと歩み寄った。
「随分思い切った戦い方をするんだな。まぁ、実際にあぁいう男に対してはそういう戦い方が適していたと思うが。その為に佐藤殿から話を聞いたのか?」
「はい。まずは相手のことを知った方がいいだろうと思ったからです。真柴の人柄を知ったことで、あんな風に挑発した方が逆にやりやすいですから。俺は涼や朝香や由乃さんと違って、何の力もないただの人間ですから」
涼達なら、わざわざ真柴の人柄を知る必要なんてないのかもしれないけど、念力を持たない俺はそうはいかない。ましてや、相手が危険な悪霊なら尚更だ。
「・・・・ま、及第点といったところか。いいだろう、そなたの覚悟は分かった。屋敷で言ったように、明日の朝には早々にここから立ち去れ。これ以上、自分の娘を待たせるな」
「はい」
娘をこれ以上待たせるな、それを言われると俺はもう何も言い返すことが出来ない。
用事の済んだ俺達は、それぞれ車に乗って岩崎邸へと帰ることにした。その前に、厳造さんから借りた刀を返そうとした。
「持っていきなさい。私にはあと7振りもあるし、それは私からのせん別だ」
「いえ、しかし!」
「乗れ。帰るぞ」
「・・・・・」
俺の意見なんて聞かず、厳造さんの刀を持ったまま車に乗った。
無事に厳造さんの試験?を突破し、俺達は岩崎邸へと帰ったのであった。
最後、鹿児島では「嫉妬」がテーマになります。これにて七つの大罪が全て出ました。




