広島の佐藤宗一
声をかけても反応しなくなった西光を涼と朝香に任せ、俺は彼等と共に来た白衣を着た男性の幽霊に目を向けた。男性の方も、特に驚くことなく笑顔のままであった。
『私に用があってここに来たんですよね』
「危険な霊になっていなくて幸いです、佐藤宗一さん」
見たことあるのも当然。だって俺達は彼に、佐藤宗一さんの職場や自宅を調べる為に来たのだから。霊滅版がないか調べる為に。
「あなたに失礼だということを承知で、自宅と職場を調べました」
『存じております。けれど、それでこの現象を止めることが出来る手掛かりになるのなら構いません』
事情を把握しているみたいで、佐藤宗一は特に気にした様子はなかった。
『そのうえで申し上げると、私はあなた方が探している石板は持っていません。そもそも私は、その石板が売られていることを知りませんでした。有力な情報も与えられなくて、申し訳ありません』
「いいえ。その情報が知れただけでもありがたいです」
『そうですか。でしたら、次へ行かれるのですか?』
「そうしたいところですが、あの怨念集合体を放っておくわけにもいきません」
「あの怨念集合体は皆、後ろで放心しているバカを差し出せば怨念は晴れ、存在を保てなくなり消滅する。が、それはあまりにも後味が悪すぎます。全滅させてから次へ行くつもりです」
「俺もそのつもりだ。どの道、西光はこの寺を追放されて野垂れ死にになるだろうけどな」
これまでずっと怠けてばかりいて、自分で考えて努力をするということが出来ない西光は1週間と持たずに命を落とす。あの男の運命は変わらない。
それでも、せめてあの怨念集合体を何とかしないといけない。
『ふっ。やはり君たちは人が良すぎます。このまま先に進んで、一刻も早くこの現象を止めるという選択を取れる中、ここの人達のために尽力してくれてありがとうございます』
「あなたのような人に会えて良かったです」
『人って、私はもう死んで幽霊になっています。でも、そう思ってくれるくらいにこれまで会った佐藤宗一が酷かったのですね』
「全員ではありませんが、かなり酷い奴がいました。後ろで放心しているバカ以上に」
その一番酷い佐藤宗一というのが、新潟のあの男のことだ。何も出来ない無能で、学生時代の栄光にばかり執着するプライドだけはエベレスト級に高い傲慢な奴だった。
その次に酷かったのは、ついこの間遭遇した大阪の佐藤宗一。欲しいと思ったものは何でも手に入れないと気が住まず、その為ならどんな手段もいとわない強欲な男で、欲望の化身と言っても過言ではなかった。
次に酷かったのが、俺たちの町にまで来て霊滅版の捜索を阻止しようとした奈良の佐藤宗一。西光と同じで非常に憶病な性格をしていて、力を得る為に他の死霊だけでなく生きた人間まで食った暴食魔物だった。アイツのせいで何か月も足止めされたのは、今も許せない。
東京の佐藤宗一は、たくさんの悪霊にとり憑かれたことで悪鬼へとなり、大勢の人と魂を食ってきた。由乃さんの師匠さえも食った。パワハラをするようなクズだったが、盗品の売り買いが犯罪だという認識して手を付けなかっただけマシだった。
酷いのはこの4人で、岩手の佐藤宗一は浮遊霊のまま彷徨っていて、俺達に情報を与えた後で成仏してもらえた。厄介だったのは、あの色欲の強い女の悪霊だった。
北海道の佐藤宗一は、初めは悪霊になって妻と共に怒りの感情を町中にばらまいた厄介者だった。だが、その元凶の一人である局長を消滅させたことで怨念は消え、成仏させることが出来た。ストレスと憤怒が原因で悪霊になったのであって、本来はとても温厚な性格をしていた。
そんな話を聞いた広島の佐藤宗一は、苦笑いを浮かべていた。
『赤の他人とは言え、自分と同姓同名の人間が6人もいて、そのうち4人も悪さしているなんて、あまりいい気分ではないですね。私はそんなのと一緒になりたくありませんね』
「大丈夫です。貴方はその4人とは違いますから」
『そう言ってくれるとありがたいですし、無事に成仏出来た岩手と北海道の佐藤宗一も浮かばれます』
「残るは鹿児島の佐藤宗一だけです。彼が霊滅版を持っている可能性にかけて」
『でもそれだと、鹿児島の佐藤宗一は盗品の売り買いが犯罪だと分かっておきながら石板を買い取るという、常識のない犯罪者の可能性がありますね』
「確かに」
そうなると、鹿児島の佐藤宗一が新潟や大阪と同等のクズであることが確定していしまう。
「出来れば、穏便に済ませたいです」
『私もそう願っているよ。さて、私が声を発してしまったことで、怨念集合体たちが今夜ここへと一斉に攻め込んでくるだろうな。アイツ等にとって、私達みたいな存在は目障りだし、それ以上に私達がいる所にはたくさんの生存者がいるということになります。そしてそれは、そこにいる阿呆がいることも意味しています』
そう言って佐藤宗一は、未だに放心している西光へと視線を向けた。怨念集合体は、全員が西光英二に対する憎しみから生まれた存在。そのため、西光を狙うのは当然のこと。あの時怨念集合体が、俺達の所に来たのはこのお寺以外で生存者の気配を感じることがなかったから、ここにきている可能性を考えて来ただけなのだろう。
彼等は、生きた人間を守るのが役目のようなもの。そんな彼らの存在を察知したということは、そこに生存者、すなわち西光がいることを示している。
そこで一気に怨念集合体を一掃できればいいのだが。
「では、私が奴等を一掃しましょう。松北さんの錫杖と、師匠から受け継がれた術と技術があれば、アイツ等を全滅させられます」
自信満々に宣言する由乃さん。
確かな自信があるから、由乃さんはそんなことを言うのだろう。
一体どんな方法で、あの怨念集合体を退治しようと考えているのか、その詳細を誰にも言うこのないまま由乃さんは本殿近くの大きな宿舎へと入っていった。
『まぁ、放心しているとはいえそこにあのバカに情報を入れる訳にもいきませんし』
「夜まで待つことになります。まぁ、その方がいいのでしょう」
なので、俺達はこれ以上由乃さんに追求しないことにした。どこからこの男の耳に入るのか分からないし、それを西光が使って余計に悪い方向へと転がるのを防ぐために知らないほうがいいだろう。
由乃さんが何をするのか分からないまま、俺達は夜になるのを待つことにした。その際に、彼等はお寺の周りに配置して見張ってくれていた。
そして、よく見るととても小さい赤ちゃんの霊もいて、彼等と共にお寺の周りに配置していた。
「涼、あの赤ちゃんの幽霊って」
「水子だよ。子供の霊のことを、水子って呼ぶんだ」
「鹿森の虐待に遭って、命を落とした赤ちゃんたちかな?」
「おそらく。5人いるわね」
「こんなにたくさんの子供を、許せないな」
幸いなことに、あの水子達は悪霊化せずに守護霊としてこのお寺に避難している人たちを守っている。全員ではなく、自分を生んでくれた母親を守りたいだけなのかもしれない。
それから時間が経ち、正しい野菜の栽培方法や狩りの方法をレクチャーしていると、あっという間に日が暮れて夜になった。
錫杖をもった由乃さんが、お寺の敷地内の駐車場に立っていた。俺達は、そんな由乃さんの5メートル後方に立っていた。
そして、その間には縛られた西光もいた。
「なんか嫌なやり方だな」
「怨念集合体は皆あの人だけを狙っているのです。おびき寄せるための材料として、これ以上ないと思います」
「相変わらずエグイことを考えるな」
作戦の立案者である美玲は、しれっとした感じで答えた。念のために涼と朝香が護衛の為横についているけど、よほどのことがない限りは手を出してはダメだと指示を出していた。
「美玲もエグイけど、それを承諾する由乃さんも大概だ」
「由乃さんの場合は、自信があるからそんなことが言えるんだけど、生贄にされたアイツにとっては災難だろうな」
「全て自業自得でしょ。そのくらいはしてもらわないとね」
美玲の作戦にドン引きしている華々美に対し、里美はあっけらかんとした態度で西光を見捨てた。よく見ると、当たり前だが西光の奴めちゃくちゃ喚いていた。
「来た」
「ひいぃ!?」
そんな西光を狙って、都市伝説の怪物のような姿をした怨念集合体が道路の向こう側から現れた。
怪物の数自体は大したことはないのだが、1体の怪物にたくさんの人の怨念が集まって形成されていることを考えると、西光は一体どれだけの人から恨みを買ったのだろうか?あまりにも酷すぎる。
「何で!?何で俺がこんな目に遭わないといけないんだ!?」
「自分の行動も顧みないだけでなく、反省もしないなんて最悪すぎるぞ」
「だって、俺は本当に何も悪いことをしていないんだから!」
「ここで生き残っていた人があんなに苦しんでいて、その上こんなにたくさんの人から恨まれているのにまだそんなことを言うのか」
「俺は何も間違っていない!俺はただ」
「もういい、黙れ!」
「ひいぃ!?」
この期に及んで全然反省していない西光を怒鳴りつつ、呆れている姉弟子の由乃さん。というか、あれは由乃さんでなくたって呆れるし、怒るのも当然だ。
「あくまでも、自分がのんびりダラダラ過ごすためなら手段も選ばない、そういう感じなんだろうな」
「本当に、救いようのない王様気質の怠け者だな」
「完全にニートの思考です」
「3人とも。これ以上あんな奴のことなんて考えてはダメだよ。地道に働いている人を見下し、ベッドでゴロゴロして、遊びたい放題遊ぶことを至高の幸せと考えているような怠け者の考えなんて理解する必要なんてないわ」
改めて西光のニート思考に呆れる俺達に、そんな男の考えと気持ちなんて理解する必要がないと窘める里美。
(確かに、理解できない)
世の中には、病気や怪我などで働きたくても働くことが出来ない人や、何かしらのストレスや悩みで学校に登校できない人だってたくさんいる中、あの男は勉強も努力も何もしないで自らニートになる道を選んだ。
(ご両親が亡くなった後のことなんて全く考えず、目先の楽しさばかりに目がいって先のことなんて一切考えない。働かずに金を稼ぐ方法なんてないのに)
仮に投資をやるにしても知識がいるし、そもそも投資をやったからと言ってすぐに大金が手に入るわけでもない。それ以前にあの男は、そういう知識なんて皆無だし親からもらうお小遣い程度で出来るほど投資は甘くない。
結局は、ろくな勉強もせずに、働かずに金を稼ぐ方法なんて存在しないのだ。
「全く、お前を差し出すのは簡単だけど、死んで悪霊化されても迷惑だからな」
愚痴りながらも、由乃さんは松北さんの錫杖を前に出して念仏を唱え始めた。
由乃さんの念仏に呼応し、錫杖がじゃりじゃりと音を立て、怪物達が由乃さんに触れる前に由乃さんが錫杖でトンと地面を突いた。
その瞬間、錫杖から眩いばかりの光が発せられ、怪物だけじゃなく周囲にいた他の死霊達まで悲鳴を上げて次々と消滅していった。
「すごい光だ!」
「おそらく、由乃さんの念仏と共に自身の念力を錫杖に注ぎ込み、強めに地面を突くことで一気に開放し、死霊達を葬る光を放ったのだろう」
なるほど、あの光で怪物だけでなく周囲にいた死霊達も一網打尽にしようと今朝考えていたのか。
(あの男に話したところで、念力を持たない西光には絶対に真似できないのだけど、それが分かるような思考回路をしていないからな。余計な手間を省くために黙っておく必要があったのだろう)
光は10分ほど放たれ、広範囲にいた怪物や死霊達は跡形もなく消えていった。
「流石は松北さんの錫杖だ。使ってみて分かったが、ものすごい力が込められている。しかもこの感じ、師匠が丹精を込めて作って松北さんに送ったのだろう。本当にすごい」
錫杖に込められた力と思いに感心し、一仕事を終えた由乃さんは西光を連れてお寺の中へと戻っていった。
「本当にすごい人だ、由乃さんは」
「そんな由乃さんの素質に気付き、正規の修業を積ませた良成さんの見る目の良さにも感心だ」
改めて、由乃さんの凄さを目の当たりにした涼と朝香からはそんな言葉が漏れたのであった。
そんな呆然と立ち尽くす2人を連れて、俺達もお寺へと戻ったのであった。




