ゾンビトラ 1
「ふぅ~これでこの辺りの遺体は全部火葬したな」
本田が、咲が戻ってきてから2週間が経ち、俺達は屋敷の周囲800メートル圏内にある遺体を全て火葬し、遺灰を丁重に埋葬して葬ってあげた。そうすることで、遺体の持ち主の死霊の思いが浮かばれて成仏しやすくなるのだという。
「だけどあれだけたくさんの人が亡くなったのに、遺体がなんだか少なすぎる気がする」
「そうだな。私もそう思っていた」
一緒に遺体の回収を行った華々美も、俺と同じ疑問を抱いていた。外にあった遺体はもちろん、涼の協力で建物の中にあった遺体も思いのほか少なかった。襲われた人の大半は建物の中だというのに、どういう訳かその数がとても少なかったのだ。住居やアパートで遺体がないのはまだ分かるが、オフェスビルや会社や学校の中に遺体が少ないのはおかしかった。
「幹夫の学校でもそうだが、わたしの学校でも多くの生徒や教師が襲われて命を落とした。なのに、肝心の遺体の数が少なすぎる」
「ああ。なんだか嫌な予感がする」
クマが遺体を持ち去ったのならまだ納得がいくが、持ち去られた痕跡は一切なかったし、クマをはじめとした獣が入り込んだ形跡もなかった。
「飼われていたペットや野生動物も犠牲になっていたし、クマが町中に入って遺体を持ち去ったとも考えにくい」
「確かに、仮に入ってきたとしてもクマも犠牲になっているだろうからな」
華々美の言うように、物理攻撃が殆ど効かない幽霊を相手に敵うとはとても思えない。犬や猫はもちろん、中にはニシキヘビみたいな変わったペットを飼っている人もいた。知らなかった。そんなニシキヘビまでも犠牲になったのだから、クマが退けられるとは思えない。
「スマホで動画サイトを見てみると、幸いなことに襲われていない村や農場もあるみたいだけど、この町の住民の殆どがそこに逃げたとも考えられない」
「俺もその動画は見たけど、一部の牧場や農村には死霊たちは来ていないみたいだな。全てがそうという訳ではないみたいだけど」
こんな状況でも電気も水道もまだ生きている為、充電器さえあればスマホやノートパソコンも使うこともできるし、動画サイトに自身の撮った動画をアップすることもできた。
その動画の情報によると、町の規模が大きければ大きい程死霊たちの犠牲者も多く、特に都会は殆どゴーストタウンと言っても良いレベルで酷かった。夜になるとその言葉の通りの状況になる。
俺達の町の規模はそこそこではあるが、人口はそれなりに多い方だと思っている。まだ俺の住んでいる地区内ではあるが、生存者の数は総勢で30にも満たなかった。
にも拘らず、遺体の数が極端に少ないのはおかしすぎる。
「動画をアップした人たちは、もともとそこに住んでいた人が殆どだろう。この短期間で牧場や農家へと逃げていけたとは思えないし、事件が起こった当日はあんなにパニックになっていたから、そこまで頭が回っていたとは思えない」
「それ以前に、ここから一番近い農村でも車で1時間はかかるし、牧場だとそれ以上の距離がある山の中だ。死霊どもは車の中にも入ってくるから、車に乗って遠くへ逃げる、は出来なくはないかもしれないがそれでもかなりリスクが大きい」
「それに、動画サイトにアップされている牧場も農家も、それ程人がたくさんいなかった。しかも、それが分かったのもつい最近だ」
やはりほとんどの人は、近場の教会や神社へと逃げたと考えても良いだろう。先程俺が挙げた農村と牧場も、他の農村や農場と同様に死霊達が入ってこられない安全地帯ではあるが、どちらも俺たちの町からかなりの距離がある為、車でないととてもではないが辿り着けない。
「おぉい!オメェ等そろそろ昼飯にするぞ!」
「おお。戻るか」
「ええ。気にはなるが、今は自分達の生活と生存者グループとどうコミュニケーションを取るのかを考えないといけないな」
「そうだな」
咲に呼ばれて、俺と華々美は小走りで屋敷へと戻っていった。
自分が住んでいる地区内だけではあるが、合計で7組の生存者グループを見つける事が出来た。そのうち問題のあるグループが3組、どのグループとも関わろうとしないグループが2組で、あの入れ墨の男がかつていたグループも含まれている。
ちなみに、あの後入れ墨の男は教会の中に入れてもらえずにそのまま夜を迎え、襲い掛かってきた死霊たちに命を奪われてしまったみたいだ。
そして、残った2組のグループは俺達と手を取り合ってくれている。残念なことにこちらの屋敷には来てくれなかったが、それでも情報の交換や食料や水の配給などを行ってとりあえず表面上では良好な関係を築けている。そう、表面上では。
「良好な関係にあるグループがこっちに合流しないのは、おそらくわたしのせいだろうな」
「だとしても、華々美がいるというだけで敬遠するような人とは上手くやっていけないだろうし、今は良くてもそう長続きはしないだろう。それに、理由はそれだけじゃないだろう。あいつ等は言ってみれば風見鶏みたい都合がいい方に流れる連中だから、今よりも状況が更に悪くなって、自分達にとって都合の良い事が舞い込むと俺達を何の躊躇いもなく見捨ててそっちに流れ込むだろう。協力はするが、決して信用してはいけない」
ましてや、あんな動画がつい最近流れたのだから、死霊や華々美から逃れる為にそこへ行こうと考える人だって出てくるだろう。生活は大変なのかもしれないけど、それでも死霊に怯えながら生きていくよりはずっとマシだろう。行きたければ行けばいい。
そんなことを言うと、華々美は不意に俺の手を握ってきた。
「お、おい!?」
「いいだろ、別に」
まぁ、拒む理由もないのでそのままにして俺達は屋敷へといったん戻っていった。その後、優希にしつこく追及されたのは言うまでもない。
屋敷に戻ってすぐ、俺達は畑で採れたナスで作られた麻婆茄子を食べた後、軽く食休みを取ってからワゴンに乗って少し遠くへ行って生存者の確認を行いにいった。
ちなみに今回は全員で向かうことになった。
「って、何で皆付いてくるんだ?」
「留守番は嫌だから」
と咲が言い。
「幹夫が私をほったらかしにするのがいけないの」
と優希が言った。
元々今回の確認には、俺を含めて華々美と涼と里美の4人で行く予定であった。にも拘らず、この2人がしつこく一緒に行くと言って聞かなかった為、仕方なく連れていく事になった。
「本当はこんな状況で屋敷を空けたくなかったんだがな」
「まぁ、偶然誰かが通りかかったとしてもあんな所に人が住んでいるなんて誰も思わないでしょ。畑の作物は取られるかもしれないけど」
それじゃ困るのだけどな。イノシシにやられたのならまだ諦めがつくが、人間に盗まれるのは勘弁だ。
だがまぁ、その時はイノシシを狩るしかないか。この2週間の間に、華々美と一緒に彼女の家へ行き、そこで保管された猟銃やショットガンとその弾丸、更には華々美が個人的に所有している拳銃を更に3丁と、日本刀を5振りと匕首を3振りほど調達して帰った。
(しかも華々美は、イノシシ狩りの経験があるらしいから3頭も狩ってきて、その肉を友好的なグループに分けたらかなり喜ばれたな)
華々美曰く、家は猟銃に関してはちゃんと許可は貰っているし、父親が猟友会に入っていたそうだ。拳銃に関して問い詰めると、何故か明後日の方向を向かれたが。
「ところで幹夫。これから何所に向かえばいいんだ?」
何てことを考えていると、運転席から里美が俺に目的地を聞いてきた。
「麗宮女学園のグラウンドに行ってくれ」
「麗宮女学園?・・・・ああ、なるほどね。あの辺りは瀧倉神社がある地域から電車で二駅行った先にあるからね」
「ああ」
徒歩圏内でわずか30分だけだと、調査できる範囲が限られてくる。その為、まずは屋敷のある地区を中心に調査を行い、どのくらい生存者がいるのかを確認出来たら隣の地区に行こうと前々から考えていた。華々美が通っていた麗宮女学園も、その地区にあった。
「行くのは構わないけど、あの辺りにめぼしい避難場所なんてないぞ。災害時の避難所ならあるが、死霊どもが相手では意味をなさないだろう」
「華々美の言う通り。あの地区に死霊の進行を止められる所は少ないから、あまり生存者がいないと思う。その先の地区に行けば、空道神社という大きな神社があるからそこに行ってみた方が良いと思う」
華々美からは、あの辺りの生存者はいないに等しいだろうと言われた。
涼からは、その向こうの地区にある空道神社を調べるべきだと言った。
確かに、これから向かう地区には神社や教会があまりなく、しかもあまり大きくない為そんなにたくさんの人が避難しているとは思えない。そんな所に行くくらいなら、涼の言うように更に向こう側の地区に行った方が良いだろう。
だが、避難できる場所がある以上調べてどんな人が避難しているのかをしっかり把握しなくてはいけない。俺が生存者の確認を行う主な目的は、危険な人物がいないかどうかと、友好を深めるべきか距離を取るべきかをしっかり把握すべきだからだ。
「確かに、この地区に避難している人は少ないかもしれないが、それでもそこに避難している人がいるのなら、その人たちが近づいても大丈夫な人達なのか、それとも距離を置いた方が良い人達なのか、はたまた助けを求めている人はいないかをチェックするために必要な調査なんだから」
少ないからと言って敬遠するのは間違っている。確認を怠ってしまったが為に、その人たちが他のグループ、ひいては俺達にまで危害を加えて来てからでは手遅れになる場合もある。こういうのは、妥協するのは良くない。
「そうね。手を抜いて取り返しのつかないことになってからでは遅いから、調べるのなら徹底的に調べないとね」
最年長でもある里美にまで言われては、華々美も涼も押し黙るしかなかった。
屋敷を出発してから20分後に、目的地である麗宮女学園のグラウンドへと到着した。
「改めてみるとデカイな」
「敷地面積も私と幹夫の学校とは段違いだわ」
「あたしの学校よりデカイかも」
「私の学校よりも」
あまりの大きさに、俺と優希と咲と涼は茫然としてしまった。俺達が通っていた高校も、決してレベルが低い訳ではないが麗宮女学園はまるで別次元であった。
麗宮女学園。
俺達が住んでいる町ではトップクラスの成績と、有名大学への進学率の高さを誇る私立高校。そこに通っている生徒は全員、何処かのいいとこ育ちのお嬢様が殆ど、偏差値もかなり高い超難関校でもある。
(そんなお嬢様学校に通うなんて、華々美って実はかなりの優等生だったのか)
涼も受けたことがあるみたいだが、彼女は学校の勉強があまり得意ではなかった為あえなく落ちたという。それ以前に、勉強が苦手らしいから成績はあまり良くなかったとのこと。
里美の通う西宮高校も超難関校とのことだが、何で里美は麗宮女学園を受けなかったのだろうか?
「そういえば、里美の通う西宮高校もかなりの難関校と聞いたけど、何で麗宮女学園に行かなかったんだ?」
俺達の疑問を、華々美が聞いてきた。
「いや、そもそも受けていないから。だって学費が馬鹿みたいに高いから、私みたいな一般ピーポーには無理だから」
単純にお金の問題であった。
まぁ、それ一体置いておこう。
車から降りた俺達は、早速ドローンを飛ばす準備に入った。ドローンを操縦するのは、俺と里美と華々美だ。というか、華々美もドローンを操縦できるとは意外だった。
俺達がドローンを操縦している間、涼と優希と咲には周囲の警戒をしてもらった。
(ドローンで見る限りでは、生存者は見受けられないな)
やはりこの地区には生存者はいないのか?
そう思いながら飛ばし続けると、小さいながらも教会がカメラに映った。早速中の様子を見る為にドローンを近づけてみたが、中にはかなりショッキングな光景が広がっていた。
「何なんだ、これ!?」
「どうした幹夫?」
俺の反応が気になったのか、涼が近づいて俺のドローンのカメラ映像を見た。
「これは!?」
映像を見た涼もまた、あまりにショッキングすぎる光景に思わず息をのんだ。
そこに映し出されたのは、無残に食いちぎられた避難した人らしき遺体がたくさんあり、周囲にはその人たちの返り血が渇いて真っ黒に染まっていた。
「クマにでも襲われたのか?」
「いや。足跡が残っているけど、クマの物じゃない。獣仕業なのは間違いないが」
涼の指摘通りで、床には襲われた人の血だまりを踏んだ獣の足跡がくっきりと残っていた。その足跡を見る限りでは、大型のネコ科の猛獣の足跡に見えた。しかし、日本には大型のネコ科動物なんて生息していない。
(いや、いる。あそこなら)
大型ネコ科動物と聞いて、俺はある場所の事を思い出した。この地区の外れにある、ある施設の事を。
「その大型ネコ科動物がいる所って、ここの事かしら?」
そんな俺の思考を読んだのか、里美がその施設の上空にドローンを飛ばしていた。
「ちょっと待ってろ。すぐにドローンを戻すから」
「わたしも戻す。幹夫が見た教会と同じ状況を、こっちでも確認したから」
どうやら俺だけでなく、華々美が飛ばしたエリアでも似たような事が起こっていたみたいで、気になってすぐにドローンを戻した。
ドローンを戻した俺と華々美は、すぐに里美のドローンが写した映像を見た。里美のドローンは今、連宮動物園という動物園の上空を飛んでいた。
連宮動物園は、この町で唯一の動物園であり、ライオンやトラ、ヒョウやジャガー等といった大型ネコ科動物はもちろん、ハイエナやグリズリーやワニ等といった危険な大型肉食動物がたくさん飼育されている動物園だ。
俺と華々美は、そこから猛獣が脱走して避難した人を襲ったのではないかと疑っているのだ。足跡の大きさから、ライオンやトラの可能性が高いと思っている。
だが、映し出された動物は皆死んでいて、今のところ脱走した痕跡は何もなかった。
「獣舎の中まで見れないか?」
「無理よ。獣舎の中の構造が分からないのに、入れるわけがないでしょ」
「確かに」
まぁ、どの動物たちもカラカラのミイラになっていたので、死霊たちに襲われて死んだのはほぼ間違いないだろう。
だが、一通り園内を見ると1ヶ所だけ破られた檻があり、その檻の中から真っ黒でやせ細り、それでいて全身を腐らせたトラが出てきて町の方へと走っていくのが見えた。
「クソ!冗談じゃないぞ!怨念が肉体に戻ってゾンビ化しているぞ!」
映像を見た涼からとんでもない爆弾発言が飛び出した。
「ゾンビ化って、一度出て行った魂が再び元の肉体に戻る事があるのか!?」
「滅多に起こらない事だが、この世への執着があまりにも強すぎる霊が、元の肉体に戻って人を襲う怪物になるんだ。ヨーロッパの吸血鬼が該当する」
「じゃあ、遺体の数が異様に少なかったのは!?」
「おそらく、死霊が元の肉体に戻って吸血鬼になって何処かに行ったのだろう」
何気に恐ろしいこと言ったぞ。
という事は、遺体の殆どは生ける屍となってこの町を徘徊して回っているというのか!?
「でも、さっきも言ったようにそんな現象は滅多に起こるものでもないし、それだと土葬された遺体全てが吸血鬼になる事になる。そもそもの話、一度離れた魂が再び肉体に戻ること自体が本来ならあり得ない事なんだよ。ましてや、動物の魂が元の肉体に戻るなんて聞いたことがない」
だから涼も、遺体が少なかったことをあまり気にしていなかったのか。肉体を離れた魂が元の肉体に戻るなんてことは、本来ならあり得ないことだから。先程例に挙げた吸血鬼も、涼曰く全体の99パーセントが狂犬病などの疫病が原因と言われている。
そう。本来ならあり得ないのだ。
「涼の言いたいことは分かるが、俺はそんな現象が起こってもおかしくないと思っている。だってそうだろ。そもそも、普通の人が見る事が出来ない幽霊が見えるようになって、襲う事も滅多にない筈なのに俺達はその死霊たちに襲われているんだ。それ自体だってあり得ない事なんだ。本来ならあり得ない魂が肉体に戻る現象も、世界規模で起こって不思議ではないと思う。涼が聞いたことがないと言う動物のゾンビ化も、今のこの状況では起こっても俺は何も不思議に思わない」
そもそも、死霊が見えるという現象そのものがあり得ないのだから、そんなあり得ないことが頻繁に起こるのも十分に考えられる。
俺の話を聞いて、流石の涼も納得した感じで頷いていた。
「諸君。納得しているところ悪いんだけど、このままいくとこっちにゾンビトラが来るわよ」
ゾンビトラを追跡していた里美から、そんな爆弾発言が飛び出した。今日は生憎の曇り空だから、太陽の光が届きにくくなっているのだろう。そのせいでゾンビトラは、日中であるにもかかわらず活動できるのだろう。
「どうする?逃げるのなら今だよ」
「いや、逃げても意味がないだろう」
「わたしも幹夫に同意見だ。粗方ではあるが、この辺りには生存者は確認出来なかった。そうなるとあのゾンビトラは、獲物を求めてさらに行動範囲を広げてくるだろう。そうなる前に排除した方が良いが、幹夫はどう思う?」
「俺も同意見だ。俺達だけじゃなく、他の生存者にも危険が及ぶ。そうなる前に駆除しない」
そうだ。これは俺達だけの問題ではない。あのゾンビトラを放置すると、後に他の生存者にも危害が及ぶ。華々美の言う通り、ここで排除しないといけない。この地区に生存者がいなくなったのなら尚更だ。
俺と華々美の決断を聞いた涼は、頭を抱えながら深く溜息を吐いた。
「分かった。私が何とかする。倒し方は教えるが、あんた達は逃げる事を優先しなさい」
そう言うが、涼一人に負担はかけられないから俺と華々美、咲の3人も加えれば何とかなるだろう。
方向性が決まった俺達は、こちらに向かってくるゾンビトラに備えてそれぞれ武器を手に持って待機した。




