ゾンビトラ 2
こちらに向かってくるゾンビトラに対処すべく、俺と華々美と咲はそれぞれ木刀と日本刀と金属バットを持って涼の話を聞いていた。
「ゾンビなんて言っているが、映画に出てくるようなゾンビとは全くの別物だから頭をかち割ったくらいでは仕留めきれない。どうせなら首を切り落とせ。不死身の存在を殺す唯一の方法でもあるからな。もしくは、気の杭を胸に突き刺す。この2つしか、魂が戻った吸血鬼を倒す方法はない」
「ニンニクは効かないのか?」
涼の説明を聞いた後で、咲が手を上げてそんな質問をしてきた。確かに、ニンニクはその臭いを嫌うからという事でヨーロッパでは魔除けとして重宝されている。
「効かなくはないが、倒せるわけではない。ニンニクはあくまで魔除けだ。自分達が住んでいる所に近づけさせないようにする効果があるんだ」
確かに、近づけさせなくする効果はあっても倒す力はないよな。
他にも、真水をかけると肌が焼けてボロボロと崩れていき、魂ごと消滅する。ちなみに、雨水では全く効果はないとのこと。その理由は、日本の雨は酸性雨だから真水としての効力はゼロなのだという。
もう一つは、銀製の武器で攻撃しても良いのだが、純銀製なんてそうそう手に入るものでもないし、あったとしても他の金属と混ざっている為あまり効果がないそうだ。
「となると、今の装備だと首を切り落とす以外に倒す方法がないのか」
「そうなる。だが、相手がトラだとそう簡単にはいかないだろう」
それ以前に、あの危険な猛獣に近づかないといけないのだから危険度も跳ね上がる。
そんな中、今度は華々美が涼に質問をしてきた。
「鉛の弾丸では仕留めるのはやはり無理か?」
「無理だ」
銃を持つ華々美ならではの考えだが、それに対する涼の返答は実にシンプルであった。
「生きている人間が相手ならそれでもいいけど、亡者共が相手では何の意味がない」
「だが、怯ませることは出来るだろ」
「まぁ、動きを止めることは出来るかもしれないけど、それでもほんの数秒程度よ」
「数秒動きを止められれば十分さ」
なんか不敵な笑みを浮かべる華々美だが、その思惑に俺も気付いた。
「さて、そろそろ警戒し方がよさそうだよ。来るわ」
ドローンでゾンビトラの追跡を続行していた里美から、そんな恐ろしい事を聞いた。やはりゾンビトラは、人間の気配を感じ取ったから動き出し、俺達の方へと走ってきたのか。
「よし。里美と優希は、ドローンを回収した後すぐにワゴンの中に入って。ゾンビトラには俺達が対処するから」
「幹夫、大丈夫なの?」
「信じましょう。行こ」
里美に手を引かれて、優希はしぶしぶワゴンの中へと退避した。里美も、ドローンを回収してすぐにワゴンの中へと飛び乗った。
丁度そのタイミングで、塀を乗り越えて入ってきたゾンビトラが俺達の目の前に現れた。
俺達の姿を見たゾンビトラは、「うううう」と唸り声を上げながらじわじわと俺達との距離を縮めてきた。
「やべぇ。思ってたよりも滅茶苦茶デカイじゃん!」
「そりゃ、元はネコ科最大の大きさを誇る猛獣だからな」
実物を見て怯える咲だが、これは誰だって怖がる。知識として大きさは知っていたが、間近で実物を見ると滅茶苦茶大きく見える。ツキノワグマが可愛く見えてしまう。そんな猛獣を相手に俺達は、怪我を負うこともなく戦わないといけないのだ。
さっきまでは倒すなんて豪語したが、実物を見てしまうと委縮してしまう。
(だが、ここで引くわけにはいかない!他の生存者に襲い掛かっていく前に何とかしないと!)
だが、いざ本物と対峙するとどう対処すれば良いのかも全く分からなくなってしまう。
そんな時、華々美だけはジャケットから拳銃を取り出してゾンビトラに狙いを定めていた。
「仕留めることは出来なくても、動きを数秒止められれば十分だ」
そう言って華々美は引き金を引き、ズドンと放たれた弾丸は真っ直ぐゾンビトラの左目に命中した。
左目を撃たれたゾンビトラは、大きな声を上げながらその場に転げ回った。その隙を見逃さず俺と咲は、木刀と金属バットを持って駆け出した。その際、涼も一緒に出ようとしたが俺が制止させた。
「涼!お前はもう少し待て!」
「なぜ!?」
「お前に何かあった方が大変だ!とどめだけ刺してくれ!それまで待ってくれ!」
渋々ではあったが、涼は俺の指示に従って待機してくれた。その間に起き上がろうとしたゾンビトラに、華々美はゾンビトラ鼻先を撃ち抜いて再び怯ませてくれた。今度は起き上がる前に、ゾンビトラを木刀や金属バットで殴った。
だが、あまり手応えを感じられなかった。
「何なんだこれ!」
「皮を被った岩を殴っているみたいだ!」
咲も俺と同じ感想を抱いたみたいだ。それぞれ木刀と金属バットで殴っているのだが、相手の筋肉は俺達が思っていた以上に固かった。肝心のゾンビトラは、殴られている事自体に気付いていないのかすぐに起き上がり、咲の方を睨んできた。
「ひいぃ!?」
睨まれた咲は、そんな短い悲鳴を上げながら動けなくなってしまった。そして、そんな咲に飛び掛かろうとゾンビトラが前足を上げた。
「どけ幹夫、咲!」
瞬間、華々美が俺と咲に向けて大きな声で叫んだ。俺も咲も反射的に後ろに下がった次の瞬間、華々美は拳銃でゾンビトラの後ろ脚を撃った。
撃たれたゾンビトラは、大きな声で吠えながら両前足を上げて立ち上がった。だがこれは、またとないチャンスでもあった。
「腹を殴れ咲!」
「腹って!?ああぁもう!」
前足が着地する前に、咲は半ばヤケクソ気味に金属バットでゾンビトラの腹を思いきり殴った。その攻撃を受けたゾンビトラは仰向けに倒れ、むき出しになった腹に向けて華々美は更に銃弾を撃ち込んだ。
(ゾンビ化しても腹が脆いのは生前と同じか!)
腹は全ての生き物の急所でもあり、最も脆い所でもある。そこを攻撃されれば、どんな生き物でも簡単にやられる。そしてそれはゾンビ化しても変わらず、腹が一番脆い場所でもあった。そこに何度も攻撃を加えれば、人間もそうだが大抵の生き物は動けなくなる。
今がチャンスだ!
「今だ!涼!」
俺の掛け声を合図に、日本刀を抜いて待機していた涼がついに動き出した。その間に俺と咲は、華々美のいる所まで後退した。
仰向けになって痙攣しているゾンビトラに、涼はお札を3枚取り出してそれをゾンビトラに向けて飛ばした。紙切れを飛ばすと言ったらおかしいかもしれないが、実際にお札は3枚とも吸い寄せられるかの如く飛んで行ったのだ。
お札を貼られたゾンビトラは、大きな声を上げて苦しみだした。その間に涼は、日本刀でゾンビトラの首を斬り落とした。
涼の持っている日本刀は、先祖代々受け継がれてきた宝刀で、魔物や悪霊を一撃で葬る事が出来るほどの力を持っている。切れ味も頑丈さも、普通の刀とは比べ物にならないくらいに強力みたいだ。
そんな力を秘めた刀を、涼はあと4振り持っていて、4振りとも屋敷で厳重に保管されている。
首を斬られたゾンビトラは、塵となって消滅した。
「なんか呆気なかったな」
「華々美が何処を撃ったら相手の動きを封じれるのかを把握し、そこを正確に撃ち抜く技術があったから無傷で対処できたんだ。調子に乗るなよ、咲」
「ううぅ・・・・分かった」
入れ墨の男の一件で、口調は荒いままだがすっかり大人しくなった咲は、それ以上は何も言わなくなった。
ゾンビトラは倒されたが、俺は一ミリも安心出来なかった。
「幹夫」
「ああ。華々美も同じ懸念を抱いてたか?」
「そうね。本来なら起こりえない動物の魂が肉体に戻る現象が起こったのだ、たくさんの人間の魂が元の身体に戻って吸血鬼になっていても不思議ではない。わたし達のいる地区だけでなく、この地区に遺体が少なかったのも気になる」
「十中八九、殆どの遺体は吸血鬼になって何処かに潜んでいるだろうな」
俺達の住んでいる地区には、それらしい遺体は見つからなかったから、吸血鬼になった遺体は別の地区に移動したか、力の強い死霊たちに吸収されたか。どっちに転んでも最悪だ。
「こっちに実害がないからと言って安心してはダメだ」
「ええ。他の生存者に危害が及ぶ前に対処して、その対処方法も広めないと」
「ああ。一番いいのは、動画サイトに乗せる事なんだけど」
「一応乗せるが、電気がいつまでも使えると思わない方が良いだろう。スマホの電池だって無限ではないから」
そうならない為にも、友好関係の築けているグループと積極的にコミュニケーションを取らないといけない。その人たち経由で情報が広まっていけば、犠牲になる人たちを大幅に減らす事が出来るかもしれないのだ。
だが同時に、それは危険と隣り合わせの危険な綱渡りでもある為、関係を築くグループは慎重に選ばないといけない。残酷かもしれないが、彼女達を守る責任がある以上時には非情な決断をしなくてはいけない。
その後、ゾンビトラが消滅したのを確認した涼が合流し、俺達も里美や優希が待っているワゴンに乗り、俺の運転で屋敷へと帰ることにした。
「っていうか、めっちゃノロノロじゃん」
「も、文句あるなら降りてもら」
「何でもない」
降ろされたくないのか、咲はあっさりと引き下がった。まぁ、もうすぐ日が暮れるから死霊たちが一斉に建物の中から出てきて、車の中に入り込もうとしてきているが、涼が施した術のお陰で無事に通る事が出来た。
「というか、だんだん熱くなってんだから明るい時間が長くなってんじゃねぇのか?」
「こんな天気では日中でも太陽光は遮られているし、梅雨に入れば益々太陽光は届かないでしょうね」
里美の言う通り、今日は分厚い雲の空を覆っている為太陽光は届かないだろうし、明日から6月に入って梅雨入りするだろう。雨が多くなれば日の光は届かないだろうし、日中でも薄暗くなるだろうから死霊たちが一日中外を出歩くだろう。
(となると、梅雨入りした後の事も考えないとな)
友好関係にあるグループへの食糧の充実、吸血鬼の侵入を防ぐ方法なども考えないとな。後者に関してはニンニクを出入り口や窓、建物の周囲に吊るすだけで大丈夫だろう。
問題は食料の配給だ。水に関しては、普通に水道水を飲めば大丈夫だ。日本の水道水は普通に飲む事が出来るし、調べた教会や神社にはそれぞれ住居もあるから水を飲むことは出来る。
「華々美」
「なんだ?」
「確か家から猟銃を調達してきたんだったな」
「ああ。猟友会に入っている父の影響で、わたしもイノシシ狩りの経験がある。尤も、お忍びだったからその度に父にこっぴどく叱られてたがな」
華々美のお父さん、意外にまともな所もあったのだな。なんでも、父親は娘のイノシシ狩りは許可しておらず、何度お願いされても反対したそうなのでいつも黙って行っていたのだという。その度に怒られているらしいけど。
まぁ、そのお陰で彼女の射撃技術は上達したのだろう。
「イノシシ肉をもっと増やして、友好関係なるグループになるべく多く配給したい」
「猪肉の燻製ならたくさん備蓄してあるけど、これからの事を考えるともっとたくさん必要だろうね」
「ただ、猪肉の燻製ってすごく硬いけど、食料が少ないから硬い肉でも喜ばれるもんね」
皮肉っぽく言う優希だが、実際は猪肉も美味しそうに食べる。
「出来れば、本格的に梅雨入りする前にたくさん配給したいな」
「ああ。梅雨入りすると、俺達もなかなか屋敷の敷地から出られないと思うからな」
いくら電気がまだ生きていると言っても、生モノはもう駄目だろうから、缶詰や乾物が主な食事になるだろうから猪肉は他の生存者からかなり喜ばれる。出来るだけ早く配給してあげたい。
「他の生存者の心配をするのはいいけど、まずは自分達の生活と身の安全を万全にすることを最優先にすべきよ。それで自分達の安全をおろそかにしては何の意味もないし、動けなくなるかもしれないのなら自分達の分の確保も大事にしなくてはいけない。忘れないでほしいけど、物流と配給が完全にストップしてしまっているのよ。電気と水道も今は辛うじて生きているし、ガスだってまだ使えるけどそれだっていつまで続くか分からないのよ。それらが完全に使えなくなってしまった時の為に、準備する方を優先すべきだと私は思うわ。便利だし、当たり前のように使っていたから忘れているみたいだけど、それらは全て人の手が加わり、管理運営する会社があって初めて継続的に使えるのだから。それが断たれると、私たちが当たり前のように使っていた機械類は全て使えなくなる」
里美の言うことは尤もであると同時に、今は他の生存者の心配をするなという残酷な発言でもあった。
だけど、里美の言う通り電気もガスも水道も、そこで働いてくれる人がいないとまともに供給する事が出来なくなる。永遠に続くものなんてこの世には存在しないのだから。
「その辺は、まぁ考えてみるよ。だけど、まだ生き残っているほかの人達も放っておけないからな。そりゃ、全員とは言えないけど」
「放っておいても問題ないわ。人間というのは案外図太い生き物なんだから、絶対にこうでなくては生きられないなんてことは無いんだから。特に大人や、私達くらいの年齢の学生なら」
それ以上はもう何も言い返せなくなる。
だけど、その人たちと友好関係が続く限りは食料の配給は続けるつもりだし、俺達にしてあげられるのはそこまでだ。それ以上の事は何もしてあげられないし、ここを離れてもっと安全な所へ逃げるのも一つの手だ。それを止める権利は、俺達にはないのだから。
特に、遺体に魂が戻って吸血鬼になった死体がたくさんいるかもしれないのなら、少しでも多くの犠牲を減らしておきたい。
生き残った人達と今後どう接していくのか、食料や水の配給はもうやめるべきなのか、いろいろ考えなくてはいけないことはあるが、とりあえず今は生存者がこれ以上犠牲になるのは避けたいと思っている。その人たちが、他所に逃げるその時まで。
翌週に梅雨入りをし、死霊たちが日中であっても活発に外を徘徊するようになった。




