新たな脅威
「今日もよく降るな」
「梅雨だから仕方ないわよ」
時刻は正午。にも拘らず外は薄暗く、日の光が全く差し込まないものだから、門の向こうでは死霊たちが夜と同じくらい活発に外を彷徨っていた。
梅雨入りしたせいか、先週からずっと雨が続いていて排水溝から水があふれ出ている程激しく、雨量も多かった。
そんな光景を、俺と優希は横並びになって窓から眺めていた。
「1週間も家籠り。暇だなぁ」
「ゲーム機なら調達してきたし、この屋敷にもオセロや将棋、囲碁や麻雀だってあるじゃん」
「流石に飽きたし、囲碁と麻雀に関してはルールも分かんないから眺めるしかできないし、格ゲーに関しては幹夫弱すぎてつまんないし」
「それに関しては悪かったな」
恥ずかしながら、格ゲー対決において俺は連戦連敗が続き、今やコントローラーする握らせてもらえなくなる始末。
逆に咲と里美のゲームテクは凄まじく、この2人がいつもトップ争いを行っていた。
涼と優希はそこそこ強いが、咲と里美には手も足も出せずに惨敗を喫している。
最後に華々美はというと、俺以上にセンスがなく、そもそもどう操作すればよいのか分かっていなかった。本人曰く、音ゲーやシューティングゲームなら誰にも負けないとのこと。専門外ですか。
逆に、オセロや将棋、囲碁や麻雀だと俺や華々美の方が強く、優希と咲の2人はルールが分かっていないのを差し引いてもかなり弱かった。
そんな感じでこの1週間屋敷の中で過ごしていたが、確かに少し飽きてきたかもしれない。
「かと言って外に出るのも危険だし」
「外って言っても、畑を見に行くくらいは出来るし、夜になったら華々美が畑に近づくイノシシを狩ってくれるでしょ。幹夫だってイノシシ狩り手伝ってるし」
「ありがたいと思ってんなら、優希も少しは解体を手伝ってくれてもいいだろ。俺や華々美や里美の3人だけでは厳しんだよ」
「勘弁してよ。魚をさばくのとは訳が違うのよ。私はお肉屋さんじゃないんだから」
「まったく」
優希は決して料理が出来ないわけではないが、自分から率先して調理しようという意欲がある訳ではない。言われれば作るのだが、イノシシの解体だけは絶対に手伝おうとはしないのだ。
「小さい奴ならまだいいが、100キロ越えの大物の解体くらいは手伝ってほしいぞ。デカイし重いし、マジで大変なんだよ」
「無理無理無理!生皮剥いだり、内臓を取り出して処分したり、頭を切り落としたりするなんて気持ち悪くて無理!」
「魚だと、皮剥ぎも内臓処理も頭を切り落とすのも普通にできるくせに」
「魚とイノシシを一緒にしないで!」
「はいはい」
そんな感じで、優希はイノシシの解体を絶対にやろうとしない。調理はもちろん燻製にしたり、干し肉にしたり、もみ洗い等はしてくれるのに。
「でも、イノシシの肉って筋っぽくて硬いからあまり好きじゃないのよね。美味しいだけに硬いのが勿体ない。もう少し柔らかくする方法とかないのかしら」
「硬いのは認めるけど、食べ物にありつけられるだけ有難いと思え。それに、たまにウサギやシカだって仕留めるだろ。いちいち文句を言わない」
「食べるものに困らないのはありがたいし、文句だってないんだけど、唐揚げ、すき焼き、牛丼、ラーメンが恋しいよぉ。時々食べたくならない?」
気持ちは分かるが、あまり贅沢は言わないでほしいぞ。牛肉も鶏肉も、どちらももう二度と手に入らないかもしれないんだから。今はまだ冷凍庫に保存してあるけど、だからと言って気軽に使う事も出来ない。もう一度言うが、もう二度と手に入らないのかもしれないのだから。
「それに、牛肉や鶏肉が食べたいなんて言ったら、猪肉すら食べられない他の生存者に半殺しにされるぞ」
「分かってる。だからちゃんと残さず食べてるし、解体後の下処理はちゃんとやってるじゃん」
「それが普通だ。うちと違って他のグループは、肉はおろか魚や野菜さえも満足に食べられていないんだから」
何て言っているが、この辺りにいた生存者グループ7組のうち5組も梅雨入り前にこの町を離れ、動画サイトで紹介された農村や牧場へと逃げて行った。理由は言うまでもなく、水と食料に困ったからと、死霊たちに怯えながら過ごすのに疲れたからである。
更に言うと、俺達と友好関係を結べそうなグループは2組とも農村へと逃げて行った。後日、動画サイトにその様子がアップされたことで分かった。
(5組とも移住が出来たみたいだけど、全員無事にとはいかなかったみたいだ)
分かっていたが、移動の最中に死霊たちに襲われてたくさんの人が犠牲になっていた。特に、山道になると昼夜問わず死霊たちが活発に動くことが多いらしい。
ただ、不思議なことに指定された農村や牧場が近くなると死霊たちの襲撃がピタリと止み、姿も見られなくなった。
(涼が言うには、その理由は2つあるらしい)
一つは、その辺りには農作物や家畜の健康状態を良くし、肉質も良くしてくれる特別な力が宿っているという。いうなれば、その町に根付いている守護霊や土地神様の恩恵を受けているのだという。そういう強力な守護霊や土地神様がいるお陰で、その土地には悪い霊が寄り付かないのだという。
二つ目は、単純にその土地には太陽光を遮るものが少なく開けた場所にあるからではないかという。太陽光を嫌う死霊たちにとっては、まさに近づきたくない土地という訳か。
(それにしても、守護霊までもいたなんて)
強力な力を秘めた守護霊がついてくれると、その人や土地をあらゆる病気や災害から守ってくれる力があり、死霊に狙われにくくなるという。
ただし、そういう守護霊程生きている人間と全く見分けがつかない為、涼でさえ判別するのが困難だという。けれど、悪さをする霊ではない為例え分からなくてもそんなに気にする必要がないのだという。
(それはまぁ良い。だけど、問題のあるグループが残ってしまって参るな)
残ったグループは、上の人間が下の人間を暴力で支配するような2組で、うちとは関わりを持ちたくない連中であった。
(ソイツ等が食うに困ってうちに突撃してこないか心配になるな)
今のところ、拳銃を複数所持している華々美がいるお陰でそんなことは起こっていないが、空腹が限界域に達した時に捨て身の暴動が起こる可能性だってある。
そして何よりも、うちは人数が少なすぎる。力と数でごり押しされると、いかに華々美でも抑えきる事が出来ない。
(他のグループはどんなに少なくても10人くらいいるのに、うちはたったの6人しかいない。全員で行動しているときに、屋敷を乗っ取られないかどうかいつも不安にもなる。最低でもあと3人は人員を補充したい。肝心の候補はこの町を出て行ってしまったし、どうすればいいんんだ)
幸いなことに、残った2組はこの屋敷が安全だという事を知らないし、そもそも俺達がここに避難しているなんて知らない。
そして、俺達に干渉してこないのは華々美が抑止力になってくれているお陰でもあった。
が、同時に華々美の存在がここに人が集まらない最大の理由にもなっている。無理もない。この町で最も恐れられている反社組織、藤波組の組長の愛娘でもあり、華々美自身も鬼と呼ばれるくらいに怖がられている。
そんな華々美と一緒のグループになりたいという人は、いないに等しいしそんな奴を迎え入れるつもりなんて毛頭ない。そんな奴なんて、こっちから願い下げだ。
(何所かにいないのかな?華々美と一緒でも構わない、俺達のグループに入ってくれる心強い仲間は)
「ちょっと幹夫。何考えてんのよ」
「ああっ!?ワリィ」
いけない。どうやら長い時間考え事をしてしまったみたいだ。
「もう!さっきから里美が私達を呼んでるわよ。昼食の準備が出来たって」
「ああ。行こうか」
そう都合よくいかないと分かっていても、そういう人を求めてしまうなんて俺も1週間の家籠りにストレスを感じているのかもしれない。早く梅雨明けしてほしいぞ。
そんなことを思いながら俺は、優希と一緒に台所へと向かった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
~その日の夜、別の地区のとある教会~
「皆頑張って!何が何でも中に入れてはダメだ!」
黒髪ショートの女子高生を筆頭に、大勢の人が教会の扉を抑えて必死に何かの侵入を防いでいた。
その何かに毎晩襲われるようになったのは今から10日前、それは突然教会の中へと入ってきた。肌の色が青白い以外は生きている人に似ているが、その実態は他の生存者に襲い掛かっては長い犬歯で首筋に噛み付いてくるという恐ろしい怪物であった。
そんな怪物たちは、ここに生きた人間がいると分かった途端に狙いを定め、毎夜ここに来て中に入ってこようとするようになった。
そのせいで彼女達はここ10日間、日中に1~2時間仮眠を取って、夜になると1秒も就寝することもなく怪物の進行を食い止めるというのを繰り返していた。
そのせいで彼女達は、ろくに睡眠をとる事も出来ずに心身ともに疲弊していた。
一部の人間を除いては――――
「おいお前ら!今夜もしっかりガードしてんだぞ!」
「そうだぜ!お前らは、俺らの優しさのお陰でここに住まわせてもらっているんだ。俺らの為に奉仕するのは常識だ、義務なんだよ」
「そのことを忘れるんじゃねぇぞ!」
彼女達が必死になって怪物たちを食い止めている中、いかにもチンピラという感じの白いスーツを着た柄の悪い男3人と、そんな男3人に媚を売って接待している女が5人いた。
男3人と女5人は、彼女たちの苦労なんてどこ吹く風と言わんばかりに酒を飲み、肴にたくさんの缶詰をバクバクと食べていた。彼女たちの中には未成年もいたが、自ら進んで酒を飲んでいた。
そんな8人は、彼女達を手伝う様子は一切感じられなかった。
にも拘らず、怪物たちの進行を食い止めている人達は誰一人としてあの8人に歯向かおうとはしなかった。
歯向かえなかった。
「お前らは大人しく、俺達の命令だけを聞いてれば良いんだよ。この俺、藤波組幹部の鬼塚昭二様のな!」
「ああ。鬼塚の兄貴に反抗しようなんて考えんじゃねぇぞ」
「兄貴は俺らみたいな下っ端とは違うんだよ」
そういって鬼塚と名乗る男は、スーツからナイフを取り出して見せて進行を食い止めている彼女達にちらつかせた。
これが、彼女達が男3人に逆らえない一番の理由。
この町で最も恐れられている藤波組の組員が3人、そのうち1人が幹部の人間でしかもナイフまで所持している。その為、誰一人としてあの3人、特に鬼塚には誰も逆らえないでいた。
そんな3人の傍にいる女5人は、鬼塚のお眼鏡にかなった容姿とスタイルに優れた美人揃いで、鬼塚達に媚を売ることでその甘い汁をすすっているのだ。
怪物を食い止めているメンバーの中にも鬼塚好みの女はいるが、彼女達は鬼塚を拒んでしまった為にこのような扱いを受けることになった。
無論、男は無条件で酷い扱いを受け、最悪の場合は怪物を遠ざける為の餌として教会から追い出される者もいた。追い出された男は、当然のことながら怪物に捕まって殺されてしまう。運良く捕まらなくても死霊に捕まってしまう為、結局は死ぬことになる。
「ところで兄貴。次はどの男を外に放り出しますか?」
下っ端のその言葉を聞いて、進行を食い止めている男たちはビクッと肩を震わせた。
「まぁ待て。あまり追い出し過ぎると、扉を抑え込める人員が少なくなって俺達の命が危なくなる。最低限残しとかねぇと」
「けど、いずれ全員を追い出すつもりでしょ」
「まぁな!」
あはははと、大きな声で笑う鬼塚。
そのすぐあと、8人は教会の奥の部屋へと入っていき、もはやおなじみとなった営みを行っていた。
そして数時間後には、8人とも眠りに就くのであった。
そんな8人に怒りを感じながらも、全員が最後の砦であるこの教会を守る為に朝まで怪物たちの進行を食い止め続けたのであった。




