教会からのSOS
長い家籠りを終え、俺達は全身の凝りを解すように太陽の光を全身に浴びながら伸びをしていた。
「あああぁ!久々のお日様だ!」
「今回の梅雨は長かったもんね」
「天気予報が見れないのは痛かったな」
いつもならあまり見ないし、見たとしてもあまり当てにしていなかったのだが、こういう時お天気情報が分からないのは困る。
里美とそんな話をしながら俺は、伸びの後で車がちゃんと動くかどうかの確認をしていた。なんせ二十日もずっと雨が続いていて、その間車を動かすことが全くなかったから動くかどうか心配であったが、どうやらその心配は杞憂だった。
「で、今日は何処に行く予定?」
「そうだな。朝戸中にでも行ってみるか」
「朝戸地区か。あの辺りはあまり行きたくないんだよね」
「気持ちは分かるけど、あの地区で避難できそうな所ってこの町で一番大きなあの協会だけだし、そこに避難している人達の事も気になるんだよな」
この後俺は、里美があまり行きたくないと言っていた曰く付きの地区に行き、そこで生き残っている人達の確認と調査に向かう予定であった。
朝戸地区は、この町でもあまり治安がいいとは言えない地区で、素行の悪い生徒が多く住んでいることで有名だ。咲も朝戸地区出身で、彼女がバイクで爆走していたのもその地区であった。
(それでよく青林高校に入学できたな。確かに特別レベルや偏差値の高い高校ではないけど、それでも素行の悪い生徒が入学できるような学校ではないぞ)
そりゃ、ちょっと頑張れば入れないこともないし、咲って意外に成績良かったのか?
そんな余計なことを考えながらも、俺と里美は車やバスの状態を確認した後で朝食を食べに屋敷へと戻った。
朝食を食べて1時間ほど休んだ後、俺は今回の同行メンバーと共にバスに乗った。というより、今回も全員同行することになった。
「それにしても、どうしてバスをチョイスしたんだ?」
俺の隣に座る華々美が、そんな疑問を投げかけてきた。今回何故か、華々美が優希よりも早く俺の隣の席へと座った為、優希は今日俺の後ろの席に座っていた。隣には咲が乗っていた。
「あの辺りには避難できそうな場所は1ヶ所しかないし、そこってかなりデカイからその分人数も多いんじゃないかと思ってな」
「わたし達に付いてきてくれる人がいるかもしれないと思ってか。確かに人数は多い方が良いが、そう簡単に来てくれるとは思えないぞ」
「その時はその時さ」
俺だって何も、全員を助けたいと思っている訳ではないし、無理矢理連れ出すつもりもない。ただ、何となくワゴンではなくバスで行った方が良い気がした為バスにした。特に深い理由がある訳ではない。
俺と華々美がそんな話をしていると、後ろの席に座っていた咲が話しかけてきた。
「それにしても、朝戸地区に行こうだなんてオメェも物好きだな。あそこの治安の悪さはオメェも知ってんだろ」
「治安が悪いと言ってるけど、その理由は朝戸刑務所があるからでしょ」
「ん・・・・まぁな」
華々美に指摘されて押し黙る咲。
華々美の言う通り、朝戸地区の治安が悪いと言われる理由は、あの地区には朝戸刑務所があるからである。それも、強盗や殺人等凶悪事件を起こして死刑判決を受けるのがほぼ確定した極悪人ばかりが収監されている刑務所だ。
そんな物騒な刑務所があるせいか、そこに住んでいる10代の男女は悪に対する憧れが非常に強く、彼等の犯した犯罪を模倣するかのように犯罪行為を行う問題児も多い。華々美から言わせれば、本物の悪を分かっていない幼稚な子供のバカな驕りとのこと。
そんな彼等のせいで、朝戸地区はこの町で最も治安の悪い地区という不名誉を与えられた。
「あの辺りにもまともな人はたくさん住んでいるのに、咲みたいな馬鹿がいるせいで悪い奴ばかりが住む地区なんて言われてるんだ」
「おい待て!何であたしを例に出す!」
「レディースの総長なんてやってんだから、間違いなくあの刑務所の囚人共の影響を受けてるだろ」
「幹夫までそんなこと言うのかよ!?」
俺と華々美に突っ込まれて、咲は噛み付きたくてもなかなか言い返す事が出来ないでいた。出会った当初の傍若無人が、今ではすっかり大人しくなっている。口調が荒いのは相変わらずだが。
「諸君。朝戸中に着いたよ。準備なさい」
バスを運転していた里美に言われ、俺達はすぐに下りてドローンの準備をした。
いつも通り俺と華々美と里美でドローンを飛ばし、涼と咲の2人が俺達の護衛に付くという形になった。ちなみに優希は、屋敷にあったノートパソコンで俺達が写したドローンの映像の確認をしていた。
「しっかし、朝戸中とは懐かしいな」
「なに?咲って朝戸中だったのか?」
「まぁ、ここに住んでれば中学は朝戸中って奴は多いぜ」
「ふぅん」
まぁ、それはどうでもいいとして。
俺はドローンの操縦と撮影に集中した。俺が飛ばしている所は、皆が避難しているだろう教会とは反対方向だが、動物たちが入り込んだ痕跡がないのか、コンビニやスーパーなどの電気はまだ生きているのかのチェックも行った。
今のところコンビニの方は俺達がいる地区と同じで、電気だけは生きているが生モノは完全にダメになっていて、インスタントやお菓子、冷食や飲み物しか調達できそうになさそうだった。
ここにいる生存者も、最初だけは弁当やおにぎりを食べていたみたいだが、徐々にインスタントや缶詰などが多く減っていた。
(相変わらず死霊どもも見かけるが、この数なら強行突破すれば何とかなるだろう。強引に突破すれば捕まらずにすり抜けられるし)
ただ、残っている食料と水がかなり少なくなっていた。教会と真逆なのに、何処のコンビニも食料品を中心に消費が激しかった。
(あの協会はかなり大きいから、収容人数が他より多いから消費する水と食料も多いのかな?けれど、それにしては違和感があるな)
インスタントや冷凍食品が多く消費するのは分かるが、酒やおつまみやお菓子類の消費が激しいのも気になる。
これと似たような消費をするグループが、俺達のいる地区に2つもあるから何となく嫌な予感がする。
(あそこもリーダー格の男が、下にいる人を酷使しているような所だったからな。そのくせ、自分は全く働かずに毎日酒を飲んでは、酔っ払って他の生存者に暴力をふるっていたな)
偏見かもしれないが、ここの生存者グループもそんな感じになっていなのかと不安になる。
「何かお酒の消費が異様にすごいわね。嫌な予感しかしないわね」
優希も同じことを思ったのか、すごく嫌そうな顔をしてドローンから映された映像をチェックしていた。
「あ!?ちょっと里美、止まって!」
すると突然、優希が何か気付いたみたいで里美に声をかけてきた。
「どうしたの?」
「生存者がいたわ。それもかなり酷い状態の」
その言葉を聞いて、俺と華々美は大急ぎで自分のドローンを戻し、全員で優希が見ているノートパソコンに目をやった。里美もすぐに気づいたみたいで、自分のコントローラーについているカメラを見ながらその生存者を映した。
そこに映し出されたのは、中高生を中心としたグループで、全員がかなりやつれていて顔から生気が感じられなかった。しかも、体感温度が30度を超える炎天下で、陽炎が見えるくらいに熱々のアスファルトの上に転がって眠っていた。
「酷いな」
男子は体の至る所に殴られた痣があり、シャツを脱いだら肋骨が浮き出ていそうなくらいに瘦せ細っていた。
女子もかなりやつれていて、男子程酷くはなかったがそれでも見てハッキリ分かるくらいに痩せていた。
「一体何が起こったっていうんだ?」
俺がそんな疑問を口にする中、里美が何か見つけたみたいにそっちにドローンを近づけてみた。
そこには水道水でタオルを濡らし、それを熱いアスファルトで寝転がる他の人達の首筋にかけてあげ、水を撒いて少しでも温度を下げようとしてくれている女子高生がいた。眠っている人達が熱中症にならないように、気にかけてくれているのが分かる。
その女子高生はすらりとした長身で、黒髪のショートで中性的な顔立ちから女子人気の高そうな女子であった。
そして何より目についたのは、華々美と同じ麗宮女学園の制服を着ていたことであった。
「横原先輩!?」
「やっぱり知ってたのか」
「ええ。わたしの通っていた学校で生徒会長を務めていた先輩で、陸上部の部長も任されている程人望も厚かった」
生徒会長で陸上部の部長。お嬢様校である麗宮女学園で、そこまで厚い人望を集めていたって相当すごい家のお嬢様なんだろうな。
なんて思ったが、よく考えるとその先輩は俺でも知っている有名企業の社長令嬢であった。
「もしかして、横原小夏さんなのか?」
「ええ。確か父親が、前に食料などを調達したショッピングモールを経営している会社の社長で、先輩自身も積極的にこの町の為に幾つものボランティアに参加していたからかなり有名だ」
「やっぱり」
家柄を鼻にかけず、常に誰かの為に積極的に行動することでこの町ではちょっとした有名人となっている人だ。
そんな横原さんがドローンに気付き、周囲に人がいないことを確認してから胸ポケットから生徒手帳を取り出し、殴り書きで何かを書き始めていた。その書いたページを破り、折りたたんだ後落ちないようにハンカチでくるみ、それをドローンの足に括り付けた。
「メッセージは受け取った。少し待ってて」
届いている筈がないのに、そんなことを呟きながら里美はドローンを引き上げさせた。
戻した直後に、俺達はハンカチにくるまれた紙を取り出し、それを読んだ。
助けてください
私たちはこのあたりで大きなきょう会にひなんしているが、そこではオニヅカというフジナミグミのかんぶがしはいしています
殴り書きで、慌てて書いた為カタカナや平仮名が多い読み辛い文面ではあったが、とても緊迫しているのが伝わった。
「ったく!またこれか!」
横原さんの手紙を読んだ華々美は、怒気を含んだ声色で小さく叫んだ。その反応から察するに、藤波組の幹部に鬼塚という男は存在しないらしい。となると、以前会った入れ墨の男の様にただのチンピラが藤波組の幹部を名乗り、好き勝手に過ごしているのだろう。
「またヤクザの幹部を偽るなんて、相当な死にたがりだね。そんなことをしても、自分の命が危なくなるのが分かんないのかしら?」
呆れながら呟く里美に、俺も同意して首を横に振ってしまった。
おそらく、その場限りの快楽の事しか考えていない為、ヤクザを偽るという行為がどれだけ危険なことなのかも分かっていないのだろう。その行為が、自分の命を危険に晒していることに気付かずに。
「父の名を汚すことは絶対に許さない!今すぐにでも乗り込みたい!」
「落ち着け華々美。十分な装備もなしに乗り込むは危険だ」
「拳銃だってあるし、刀だってある!そもそも、あんなチンピラごときにわたしが負けるものか!」
「人間相手ならそうかもしれないけど、あの人たちが苦しんでいるのはソイツだけが原因じゃない気がするんだ」
「どういうことだ!?」
まだ理解していない華々美に、俺は優希に視線を送ってすぐにノートパソコンを起動させた。
起動してすぐに、先程俺と華々美が撮影したドローンの映像を見せた。
「何か気付かなか?」
「何かって、わたし達がいる地区でも似たような光景だろ」
怒りで視野が狭くなっている華々美に、俺はこの映像でおかしい所を指摘した。
「あのグループが遺体の火葬が出来たとはとても思えないし、やったとしても火を起こした跡がない。にも拘らず、遺体の数が異様に少ない。というより、遺体が全くないんだ」
「あ!?」
そこまで言われてようやく気付いたのか、改めて自分がさっき撮影したドローン映像を見た。
建物の中を映してやっと見つけても、カラカラに乾いている訳でもハエがたかっている訳でもない。青白い肌をしている以外は、まるで生きている人間そのものであった。しかも、その遺体が眠っている建物に限って死霊が1人も見当たらなかった。
「おそらく、毎晩吸血鬼になった遺体の襲撃にあっているせいで寝不足になっているんだ」
「だから皆、炎天下の中アスファルトの上で眠っていたのか」
そのことに気付いた華々美は、ようやく今のまま乗り込むことの危険性を理解した。
彼等を全員避難させたとしても、その地区に大量の吸血鬼がいる以上根本的な解決にはならない。そんなことをしても、犬並みに優れた嗅覚を使って俺達が避難している屋敷まで追いかけてくるだろう。
「幸いまだ午前だから、すぐに戻って早めの昼食を取って武器を揃えて向かっても十分に間に合う。夏が近くなっているおかげで、明るい時間が長くなっているから焦る必要はない」
早く懲らしめたい気持ちは分かるが、彼等を苦しめている吸血鬼どもを駆逐しない事には解決にはならない。それを理解した華々美は、拳を強く握りつつも頷いてくれた。
「よし。そうと分かったらすぐに戻って準備をするぞ。武器だけじゃなく、水と食料も持って行ってあげる必要がある」
「ええ。それもたくさんね。乗って」
里美を先頭に、俺達はドローンとノートパソコンを持ってバスに乗って一度屋敷へと戻った。




