華々美の想い
それから15分後に華々美は気持ちを切り替え、俺達は倒れて気絶しいる男の傷を手当てしてから、本田と一緒に教会の中へと入って皆の前に立った。当然のことながら、全員が怯えた表情を浮かべて震えていた。
(無理もないか。あの男が藤波組の名をかたる偽物と分かっても、今度は本物の藤波組、それもあの鬼の華々美が現れたんだから)
だけど、あれだけ怒り狂った華々美を止める権利があるだろうか。自分が所属している組の名をかたり、ここにいる人たちを苦しめるようなことをしたあの男を許せるわけがなかったし、俺だって許せない。
だけど、ここで高圧的な態度を取ってはあの男と同じになってしまう。先ずは気持ちを落ち着かせて、こちらの話を聞いてもらわないといけない。
生存者の確認を行う目的は、あの男みたいに圧政を行おうとするグループから距離を置いて関わらないようにするのもあるが、このグループの様に苦しんでいたら手を差し伸べてあげたいと思ったからでもあった。
「信じられないかもしれないが、華々美はあの男みたいに圧政を行うなんてことはしない。俺達は、皆を助けてあげたいと思ってここに来た。だから」
一緒に俺達がいる屋敷に行こう。そう言おうとした時、全身に痣がある男性の一人が声を上げえてきた。
「信用できるかよ!だって、そこにいる女はあの男と違って本物の藤波組なんだろ!冗談じゃねぇぞ!出ていけ!」
そんな男性の言葉に賛同するように、他の人までも声を上げて俺達に出て行けと叫んできた。
たった3日でここまでの恐怖を植え付けるなんて、あの男はいったいこの人たちにどんな仕打ちをしてきたというんだ。
だが、そんな彼等に異議を唱えたのは意外にも本田であった。
「ちょっと待ってくれ!武谷たちはあたし達を助けてくれたんだぜ!それなのにそんな言い草はねぇだろ!」
「うるさい!俺達はもう騙されない!」
そんな本田の訴えは、最初に拒絶発言をした男の声によって遮られた。
「俺達はあの男を信じてしまったせいで酷い目に遭ったし、顔を合わせる度に理不尽に暴力を振るわれたんだ!もう誰も信じられない!」
「そうよ!あの男のせいで私達だって、この3日間どんな目に遭ったと思ってんのよ!」
「ましてや、拳銃なんてものを持っているような連中と一緒に行動するくらいなら、ここにずっと留まった方がましだ!」
「そうよ!出て行ってちょうだい!そしてもう二度と私たちに関わらないで!」
明確な拒絶を前に、俺達はそれ以上何も言えずその場を立ち去る事しか出来なかった。
「あたしは一緒行くよ。もう逆らったりしないから、もう一度あたしも仲間に入れてくれ、いや、入れてください」
出会った当初の高圧的な態度はすっかりなくなり、まるで人が変わったみたいに丸くなった本田に困惑したが、反省したみたいだし連れて帰っても大丈夫だろう。
「連れて行くのは構わないが、もう二度と反抗的な態度を取るな」
「分かっている」
「それに、わたし達のリーダーは幹夫なんだから、幹夫の指示にはきちんと従ってもらうからな」
「うん」
華々美に諭され、すっかり大人しくなった本田はその後無言でワゴンに乗った。
・・・・・・・ん?ちょっと待て。
「おい華々美」
「なんだ?」
「いつから俺がリーダーになったんだ?」
「何を言ってるんだ。いつも皆の指揮を取っているのは幹夫だし、幹夫だからわたし達は皆付いてきているんだ」
「そうね。私も幹夫がリーダーで異論はないわ」
「私も。幹夫がリーダーになるべきだと思っている」
里美や涼まで賛同しちゃっているし、もはや逃げ道はなかった。
ここで否定するのは簡単だが、それだと俺を信じて付いてくれている彼女達に申し訳がない。
「ま、まぁ。そこまで言われたら、俺も腹をくくるさ。それよりも、早く帰るぞ。もうすぐ日が暮れる」
俺の指示を聞いた皆が一斉にワゴンに乗り、屋敷に向けて出発させた。
未だに気絶している入れ墨の男を尻目に。
「あの男、本当にあのままでよかったのか?」
「ええ。幹夫だってあんな男を引き入れたくないし、残したところで彼らがアイツを迎え入れるわけがない。華々美が撃ち殺さなくても、夜になれば死霊たちに襲われて死ぬ。法律もモラルも崩壊したからと言って、独裁政治を敷いた罰が当たったのよ」
そう冷たく告げる里美。
実を言うと、あの男をあのまま見捨てるように進言したのは里美であった。
手を差し伸べた所であの男が感謝するどころか、温情を感じて協力をしてくれるわけがない。人間というのは、俺達の想像の何百倍も怖い存在だから、あぁいう人間を切り捨てるのも今のこの世界を生き延びる上では必要なことだと言って。
「残酷なことを言っているけど、そうしないと私達が危険にさらされる。幹夫だって無事じゃ済まさない」
「分かってる」
後ろめたさはあるし、助けてあげたいという気持ちはある。
だけど、それで彼女達に危険が及んでは何の意味がない。死霊をこれ以上増やしたくないから生かしておいたけど、どのみちあの男は死ぬことになるだろう。
他の生存者グループとのトラブルを避ける為にも、危険なグループと関わらないようにする為に生存者の確認を行っているのだ。成り行きで任命されたリーダーだが、今の俺には彼女達の安全を守る責任があるのだから。
その後、屋敷に戻った俺達は改めて本田からの謝罪を受けて、彼女に予備の着替えを与えた後でお風呂に入った。
それからは普通に夕食を食べ、何事もないかのように就寝した。
けれど、俺はどうしても寝付く事が出来ずに何となく台所に行って水を飲もうとした。ちょうど台所の椅子に、水を飲みに来た華々美の姿があった。
「華々美?」
「あ、幹夫か。なんだ、お前も寝られなかったのか」
「まぁな」
コップに水を入れた後、俺も華々美の席に座って水を飲んだ。
「考えてみれば、わたし達は涼のお爺様のお陰で何不自由なく生活できているのだな」
「そうだな。涼のお爺さんには本当に感謝だな」
雨水を浄化して飲料水に変える浄水装置、庭の畑にはたくさんの野菜が植えられており、レストランの厨房にありそうな大きな冷蔵庫と冷凍庫まで常備してあり、ソーラーパネルによる自家発電、災害時の為にたくさん備蓄された水と非常食。他にも上げたらキリがないが、そのお陰で今俺達は何不自由生活が出来ている訳だ。
けれど、他の人達は違う。
「あの男のいたグループに限らず、他のグルーでも今日の水と食料がなくて苦しんでいるのだ。極度の空腹と渇きは、人から正常な判断能力を奪いあの男のような暴走を引き起こしてしまうのだろう」
「結局、腹がすけば倫理も道徳心も全て失くしてしまうという訳か」
「そういう事。だからあんま気にすんな」
「っ!?」
突然押し黙る華々美を見て、俺は核心を突いた。
あの時は何ともない風に振る舞っていたが、本心ではとても傷ついていたという事だ。
「そりゃ、拳銃を持っている奴を怖がるのは仕方がないことかもしれないけど、だからと言ってこちらの言い分を最後まで聞かずに追い返すのは良くない」
「わたしは地元では鬼と呼ばれて恐れられているんだ。そんなわたしと一緒にいても、あの連中の様に突っぱねられるかもしれないんだ」
「その時はどうでもいい。里美も切り捨てるのも必要だというし、俺だってあんなことされてまで助けてあげようと思う程聖人君子ではない。それ以前に、華々美にあんな事を言うような奴とは良好な関係なんて築けないさ」
確かに俺も、華々美と最初に会ったときは噂もあってすごく怖かった。
けれど、こうして話してみると実は何所にでもいる普通の女の子で、喧嘩っ早くて怒ると怖い所は確かにあるが、それも自分の事ではなく父親や仲間の組員、そして俺達の為に怒ってくれている事だというのが分かった。
だからこそ俺は、そんな華々美と今後も良好な関係を築いていきたいと本気で思ったのだ。そんな彼女を貶すようなことを言うアイツ等の事なんて、俺の中ではもうどうでも良い存在になったのだ。
「幹夫・・・・」
「だから気にすんな」
そう言いながら俺は彼女の頭を撫でていたことに気付いたが、華々美は嫌がる様子もなかったのでそのまま続けた。
俺に頭を撫でられ続ける華々美は、顔を真っ赤にしながら下を向き、けれど視線は何度か俺の方をチラチラと向けていた。
(こうしてしおらしくしていると、なんだか調子狂うな)
改めてみると、この町の三大美少女の一人なんて呼ばれている優希が霞んで見えるほどの超絶美人であった。
目鼻筋のラインも良く、顔立ちも整っていて、切れ長で吊り上がった目からは妖艶さも感じる。細く華奢な身体とは逆に大きく盛り上がった胸、引き締まった腹筋、細くて長いだけでなく肉付きの良い脚。そして、長く艶やかな黒髪。
天は二物を与えたんじゃないかというくらいに、華々美はとても美しかった。可愛いよりも、綺麗や美しいがしっくりくる程だ。
「あ・・・・・・」
そんな風に見ながら頭を撫でていると、彼女の口からとても艶っぽい声が短くこぼれ、俺はすぐにハッとして素早く彼女の頭から手を離した。
「ごめん!セクハラだったな!」
「え?あ、いや、そんなことはない。嬉しかったし、もう少し撫でて欲しかった」
「お、おう」
手を離した時一瞬悲しそうな顔をし、少し恥ずかしそうにしながらも撫でて欲しいと言い催促もしてきた。
少し気恥しい気持ちにはなったが、俺が再び頭を撫でると華々美は嬉しそうに身を寄せてきた。
それからしばらく、俺は華々美の頭を撫でてあげてから一緒に寝室に戻って布団に入った。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
~華々美side~
「ふふ、眠ったみたいだね」
隣の布団で可愛い寝顔をさらす幹夫を眺めながら、わたしは先程の事を思い出して頬を熱くさせた。
あんな風に男性に触れられるのも、頭を撫でられて心地よいと感じたのも全て初めてであった。
「こんなわたしを受け入れてくれるなんて」
思えば、幹夫と初めて会った時から何となく直感で感じていた。
この男には素質がある。本人が自覚していない、皆を引っ張るリーダーとしての素質を。
父の言いつけにより、昔から人を見る目だけは養ってきた。どんなにいい人ぶっても性格の悪い人間、大人しそうに見えて実はリーダーシップのある人間など、そういう僅かな挙動から相手の本質を見抜けるように日々磨いていった。
そんな私の直感通り、いや、それ以上のリーダーシップを幹夫は発揮し、わたし達のグループに欠かせない存在となった。しかしだからと言って驕る事はなく、わたし達の意見にも耳を傾けてくれる。決して自分の意見だけをゴリ押すような真似はしない。
「そして、こんなわたしでも分け隔てなく接してくれたただ一人の男」
正直言って、今まで声をかけてきた男はたくさんいたが、全員がわたしの家柄を知った瞬間に血相を変えて逃げ出していった。確かに、喧嘩もたくさんしてきたし、問題児と呼ばれる自覚もあった。
けれど、その喧嘩も相手を虐め貶めようとする奴を懲らしめる為に行ったことで、相手を痛めつける為に行ったのではない。確かに、やり過ぎて大怪我を負わせてしまうし、それによって停学処分を食らったこともある。
けれど、そんなことを繰り返していくうちに町中の人間から恐れられるようになり、いつしか「鬼の華々美」なんて呼ばれるようになった。それによってわたしは、益々孤立するようになった。
そんなわたしを避けず、普通の女の子の様に接してくれた初めての同い年の男子。
「幹夫」
自分を初めて、女としてみてくれたただ一人の男性の名を呟きながら、彼の髪をそっと撫でた。
「特定の男に対して、こんな気持ちを抱いたのは初めてだ」
頭を撫でてもらって心地よいと感じ、わたしの身体をまじまじと見ても嫌な感じがしなかった唯一の異性。
そんな幹夫の顔に近づけ、それ以上の関係を望みたいという衝動を抑えられず、寝ている相手にするのは良くないと思いつつもわたしは、自分の唇を幹夫の唇に重ねた。
幹夫としたファーストキスは、頭がふわふわするくらいに心地よく、それでいて気持ち良くて、体の芯から熱くなって、胸の鼓動が早くなっていくのを感じた。
名残惜しさは感じつつ、唇を離したわたしは決断した。
「幹夫。お前をわたしのモノにしてみせる」
この状況で独り占めは良くないと思いつつも、わたしは幹夫が欲しい。初めて愛した男を、絶対に逃したくない。
本気でそう思った。
「明日からお前を誘惑してやるから、覚悟しておけよ」




