遺体の火葬
死霊事件が起こってから3日が経ち、その日俺達は朝から遺体の回収と火葬を皆で行っていた。遺体は俺達の想像の何倍も重く、一か所に集めるだけでもかなり骨が折れた。その為、屋敷から半径500メートル圏内の遺体の火葬がやっとであった。
幸いだったのが、この辺りには遺体はそれほど無かったことだが、そこで俺は一つ気になったことがあった。
「どうした幹夫?」
「ああ、華々美。いや、あんなにたくさんの人が犠牲になったにもかかわらず、遺体の数がやけに少ないなと思ってな」
「確かに、わたしがあいつ等と逃げている間もたくさんの人が死霊に殺されていったな」
「あ、その・・・・・・」
「あいつ等の事は気にするな。わたしやお前たちを救う事が出来て、あいつ等も本望だっただろうしわたしも気にしていない」
「ん・・・・・・」
昨日帰った後、華々美に彼等が犠牲になった原因を伝えた。殴られる覚悟はあったのだが、華々美は彼等だって加担していたしやらなかったら全員が熱中症で倒れていた、と言って許してくれたのだ。
「申し訳ないと思っているのなら、あいつ等の分までしっかり生きろ。あいつ等だってそれを望んでいる」
「そうか」
「おおぉい!2人とも戻るわよ!」
里美に呼ばれ、俺と華々美は互いに笑顔を浮かべながら屋敷に戻った。華々美の言う通り、彼らの分までしっかり生き延びなければいけない。彼女は本当に強いな。
その後、昼食を食べ終えた俺は昨日に引き続き生存者の確認のために少し遠くへと行く為に、涼に頼んで見つけたワゴンに術を施して死霊たちが寄り付かないようにしてもらった。昨日知ったのだが、車に改めて術を施せば1年間だけ霊を寄せ付けさせなくする事が出来るらしく、昨日使ったバスにも帰った後で施してくれたのだという。
そんな訳で、手に入れたワゴンで少し遠くへ行って生存者の確認をしに行った。同行メンバーは、涼とドライバーとして里美であった。
「けど、遠出の度に私を使う訳にもいかないし、幹夫たちにも運転の仕方を教えるわ」
「いや、俺無免許だし。それ以前に免許取れる年齢になってないし」
「こんな状況では今更よ。覚えておいた方が良いわ」
「そうね。万が一病気や怪我で里美が動けない時のことも考えて、私達も運転できるようにはなった方が良いでしょう」
「涼まで・・・・・・」
まぁ、自販機の破壊や食料品と水の窃盗なども行っているのだから今更か。よくよく考えたら、この3日間俺達は犯罪行為ばかりやっているな。
だけど、だからと言って間違っているとは思っていない。物流がストップし、建物の中へ迂闊に入る事が出来なくなってしまった今、そんなことを言っている場合ではない。やらなければ全員餓死してしまうのだから。
「それなら、金なんて持っても意味なんてないな」
「そうでもないわ。この車やバスのガソリンを補充するのにお金は必要よ」
「うぅ・・・・・・」
「幹夫ったら、里美に一本取られたわね」
「うっせ」
俺と涼がそんな会話をしていると、運転席の里美がなんだか嬉しそうな顔をしていた。
「なんだ?」
「いや。ただ、華々美と涼の2人と随分と仲良くなっているなと思ってな。優希にはあんなに素っ気ないのに」
「なんだその言い方は?」
「別に」
何だか含みのある喋り方ではあったが、とりあえず気にしないでおこう。
そんな話をしている間に、俺達は目的の場所へと到着した。その場所というのは、俺や優希の母校である連優高校のグラウンドで合った。
「ここで調査をするの?」
「ああ。ここなら屋敷までそれなりに離れているし、俺達の隠れ家がバレるリスクを減らす事が出来る」
「そうね。それにここなら、2人が昨日最後に確認した5組目が避難している教会が近いからね」
里美がここで調査する理由に納得している間に、俺はせっせとドローンを飛ばす準備に入り、里美もすぐにドローンを飛ばす準備に入った。
「幹夫だけでなく里美もドローンを飛ばせるんだ」
「自慢じゃないけど、こう見えてもプロ顔負けの腕前を持っているわよ」
何て言いつつ、ドヤ顔で俺よりも早く準備を終えた里美は早速ドローンを飛ばした。しかもなんだか、動きがアクロバティックすぎるぞ。プロ顔負けというのも、あながち嘘でもなさそうだ。
そんな里美に呆れながらも、俺もドローンを飛ばす準備を終えた。
「じゃあ、俺は昨日確認した5組目がいるエリアを調べるから、里美は反対側エリアを調べてくれ」
「OK」
そうして俺達は、ほぼ同時に指定したエリアにドローンを飛ばした。
正直言って、5組目のグループについてはちょっと気になることがあった。あのグループが避難しているであろう教会は、俺達の学校からはわりかし近いが、昨日そのグループを確認した場所からは少し離れ過ぎていた。遺体の回収と火葬を行っている訳でもなく、何の目的であんな所まで来ていたというのだろうか?
その疑問は、5組目のグループを見つけた時に分かった。
そのグループが遠くへ行った理由、それは他のグループから人を、特に若い女性を誘拐するためであった。その証拠に、顔にたくさんの痣が出来た男性がおぼつかない足取りで歩いているのが見えた。
(おそらく、グループのボスから暴力を受けているのだろう)
2組目のグループもそうだったが、力のある人間が下にいる人を虐げても誰も逆らう事が出来ないでいるのは、逃げる所がないからだろう。特に夜なんて危険だし、逆らって外に放り出されたら即アウトだ。
(一体どんな奴が牛耳っているだ?)
少し気になった俺は、ドローンを彼らが避難しているであろう教会へと飛ばしてみた。今回使っているドローンは羽音がしないタイプなので、相手に気付かれることなく中の様子を窺う事が出来た。
するとそこには、目を覆いたくなるような悲惨な光景が見えた。
腕に入れ墨をした強面の男が、若い女性に対して性欲を発散させていて更に協会の外には無数の男性の遺体がたくさん転がっていた。それも、死霊にやられたのではなく生きている人間による暴力が原因で。遺体の身体から複数の痣と、ナイフで刺されたような刺し傷まで確認できた。
(酷過ぎる!)
更に協会の中を確認すると、入れ墨の男に暴漢されている女性の中に見知った顔の女もいた。
「本田!」
「何!?本田がいるのか!」
俺の驚愕する声に反応した涼が、慌ててドローンのカメラ映像を確認しに来た。
そこには、他の女性と同様に入れ墨の男に怯える本田の姿が映し出されていた。その姿からは、あの時俺達に高圧的だった本田の面影はなくなっていた。
「追い出された後、アイツの仲間に捕まってここに来てたのか」
道理で昨日、日が落ちても戻って来なかった訳か。こういう連中もいるから俺は生存者の確認を行い、トラブルが起こらないよう彼らの縄張りに近づかなくする為に調査を行っているのだ。
特に本田は、弱い自分を見せないようにする為に悪ぶって虚勢を張ろうとすることがあるから、あの男からすれば生意気な小娘に見えたのだろう。虚勢が張れないくらいの恐怖を、本田に植え付けることで逆らえないようにしたのだろう。本田の本性は、ただの臆病な女の子だからな。
「これはマズイことになったな」
「ええ。コイツは早急になんとかしないと」
俺と涼がそんなことを考えていると、それまで肉の欲求に歓喜していた入れ墨の男がある言葉を発した。それも大きな声で。
「逆らおうなんて無駄なこと考えるんじゃねぇぞ!俺様はあの藤波組で幹部をやってんだよ!逆らう奴は容赦しねぇぞ!それに俺様は、幹部の中でも特にボスに気に入られてるからな!」
そういった後、「ヒャハハハハハ!」と気色の悪い笑い声をあげながら更に行為を続けていた。
(なるほど。そうやって自分の立場を悪用して、恐怖で支配していっているのだな。これでは死霊どもよりも厄介で危険だな)
信じている訳ではないが、相手があの藤波組の幹部なら誰も逆らうことは出来ないし、放っておいたら俺達の住んでいる屋敷にまで魔の手が忍び寄りそうだ。
「これは早急に手を打たねぇとな」
「ええ。帰ったら華々美にこの事を伝えて確認しないと」
その日は早めに確認作業を終えて、俺と涼と里美はワゴンに乗って屋敷へと帰っていった。その時、丁度良いからと言って里美が俺に車の運転の仕方を押してくれた。教習所に行かずいきなり一般道での運転という事もあり、屋敷に着くまでの間ずっと極端なノロノロ運転に加え、ブレーキとアクセルの踏み間違いを何度もやって里美に大目玉と食らってしまった。ちなみにワゴンは、何処にもぶつけていなかった為幸い無傷でした。
帰ってすぐに俺は、華々美にドローンで撮った映像を見てもらった。映像に映った男がどんな奴で、組ではどんな立ち位置にいたのかを聞く為であった。
ところが、華々美の口から予想外の言葉が出てきた。
「なぁ幹夫。この豚みたいな男がわたしとどう関係しているってんだ?」
「え?」
どうやら華々美は、この男の事については、名前はおろか顔すらも分からない様子であった。
訳が分からないといった様子の華々美に、俺はあの男の声と言い分を聞かせた。
「声高に藤波組の幹部だなんて言っているが、幹部にこんな醜い顔のおっさんなんていないし、そもそもこんな下衆な真似をするような奴を父が気に入るなんて絶対にありえない」
「マジで!?」
「それ以前に、下っ端にもこんな男はいなかったぞ」
華々美のそんな言葉を聞いて、俺と涼はある最悪な結論に辿り着いた。
「という事は・・・・・・」
「間違いなく、藤波組の名を勝手に使って悪用しているただのチンピラだ。父の名を汚すだけでなく、悪用しようだなんて許せない」
やっぱり、と思った。
どうやらこの男は、自分が藤波組の幹部だという事にすれば誰も自分に逆らう事が出来ず、力と暴力で何でも思い通り支配できる自分だけの帝国が作れると思ったのだろう。
事実、こんな状況では誰もこの男が本当に藤波組の組員なのかどうかを確かめる手段もなく、しかも入れ墨まで掘られているのだから疑う人間なんているわけがない。
華々美が言うには、父親と幹部と他の組員は自分と護衛の男たちを逃がす為に死霊たちに立ちはだかり、全員が捕まって命を奪われてしまったのだという。
そんな経緯があったからなのか、華々美の入れ墨の男に対する激しい怒りが感じられた。
「父と幹部たちは、わたしなんかを逃がす為に命を懸けてくれたというのに、そんな父の名を汚し、幹部と偽って悪用するなんて、絶対に許せない!」
「華々美」
そりゃ怒るさ。父親の名を汚しただけでなく、その地位を悪用しようとするのだから。
「そう言うだろうと思って今日は早めに切り上げて、華々美が殴り込みに行きたいというのならすぐにでも行けるようにしたんだが」
「当然行く!」
「分かった。一緒に行こう」
こんな事をされて怒らないわけがない。そんな華々美を止める事はしないし、止めるつもりなんてない。自分の親の名を汚されて怒らない奴なんていないし、俺だって腹が立つ。
本当は華々美に確認を取って、その男を諫めてもらおうと思ったのだが、藤波組と縁もゆかりもないただのチンピラなら遠慮なんていらない。華々美の怒りは尤もだから。
すぐに俺と華々美は、涼と里美の2人も連れてあの男がいる協会までワゴンを走らせた。事情を知った里美は、一般道を時速100キロ以上のスピードで飛ばし、目的の教会に5分弱で着いた。
突然真ん前にワゴンが止まってきたもんだから、その協会に避難してきた人全員が出てきた。入れ墨の男を筆頭に。
「ケッ!なんだなんだ?俺様の王国に土足で踏み込む愚か者は」
そんな臭いセリフを聞き流し、俺、里美、涼という順番で車から降りた。
「武谷!?お前何でこんなところに!?」
俺に気付いた本田がすぐに声を上げたが、入れ墨の男は俺なんて見向きもせずに里美と涼を嘗め回すように見ていた。
「へへぇ♪なかなかの美人揃いじゃねぇか。この俺様に従う気はねぇか?俺様はあの藤波組の幹部なんだぜ。逆らわねぇ方が身のためだぜ」
気色の悪い笑顔を浮かべながら、入れ墨の男は涼に触れようと近づいてきたが、その前に俺が前に立って彼女をガードした。
俺が前に出た瞬間、入れ墨の男は一瞬で憎悪に狂った顔に変わり、俺の胸倉を掴んで怒鳴りつけてきた。何か言っていたが、こんな男の言う事なんて聞くに堪えないし聞くつもりもない。
いくら怒鳴りつけても怯える様子を見せない俺を見て、入れ墨の男の怒りのボルテージは更に上がり、ポケットからナイフを取り出してきた。
「小僧が!この俺様を怒らせたことをあの世で後悔しやがれ!」
感情に任せてナイフを振り下ろそうとした瞬間、男の腕を掴む黒髪の美少女の姿が視界に入った。
「ほほぉ、こっちの嬢ちゃんもなかなかの別嬪じゃねぇか。この俺様に従うか?だがその前にこの小僧を殺してか・・・」
「黙れ腐れ外道」
怒りに満ちた低い声を聴いた瞬間、ズドンという大きな音と共に男の肩から血しぶきが舞った。
黒髪の美少女というのは華々美の事で、ズドンという大きな音は、華々美が持っていた拳銃で男の肩を撃ち抜いた音であった。
「うわあああああああああああ!」
突然肩を撃たれた男は、激痛のあまり悲鳴を上げながら倒れて転げ回った。入れ墨の男だけでなく、本田以外の皆も悲鳴を上げて怯えていた。
「ななな、何がどうなって!?」
「貴様!よくもわたしの父の名を汚してくれたな!」
「父って、まさか!?」
わたしの父、という言葉を聞いた男が、額から大量の脂汗を流しながら恐る恐る顔を上げてようやく華々美の顔を認識し、自分が何故撃たれたのかをようやく理解した感じであった。
「ああああ・・・・・・」
「貴様!よくもうちの組の幹部だなんて噓つきやがって!」
「ひいいいいい!ほ、本物の藤波組!?しかも、鬼の華々美!?」
流石にこの町に住んで華々美を知らない奴なんておらず、例にもれずこの男も華々美こと「鬼の華々美」の事は知っているみたいだ。
本物の藤波組の一人に会うなんて思っていなかったのか、先程までいきっていた男の顔が一気に恐怖に歪んだ。
「あばばばばば」
「ここにいる連中を支配する為に藤波組を語るなんて、死ぬ覚悟は出来てんのか!」
「ごごご、ごめんなさい!許してください!」
「許さん!」
ぶちギレた華々美は、その男に向かって全弾発砲し、無くなったらすぐに新しい弾を入れて全弾発砲した。幸か不幸か、男は気絶しただけで死んではいなかった。
「はぁ、はぁ、はぁ」
合計16発も男に向けて撃った華々美は、肩を大きく揺らしながら呼吸し、新しい弾を入れてから銃をしまった。16発も打たれたと言ったが、弾は全て男の腕や足を集中的に撃っていて、身体は肩以外には何処も当たっていなかった。だが、どの道これではまともに生きてはいけないだろう。後ろに立っていた他のメンバーは、本田以外全員が教会の中へと逃げて行った。誰も助ける気はないみたいだ。
「はぁ・・・・・・」
少し気持ちが落ち着いた華々美は、俺の肩にもたれかかるようにして抱き着いてきた。
「華々美?」
「すまない。もう少しこのままでいさせてくれ」
そんな彼女を、俺は何も言わずに背中をさすってあげた。




