休息と出発準備
苦戦はしたけど、何とか犬神を倒すことが出来た俺達は無事に救出した華々美と一緒に屋敷へと帰った。
車の電子時計を見て知ったけど、実はかなり時間が経っていたみたいで、時刻はもう早朝の5時を回っていた。涼の予想では、ゴースト団地は再び悪霊たちの溜まり場となっていて、既に魔界になっていたのではないかと言っていた。事実、南波地区を出た瞬間に世界が変わったみたいに急に空が明るくなった。
「なんか変な感じがするな」
「現実と魔界とでは時間の流れが違うから、外から縄で引っ張らない限りね」
「消えないということは、作り出した悪霊が犬神から逃げて消滅を免れたのだと思います。私達が魔界から普通に出られたのは、作った悪霊があの場にいなかったから維持する力が弱まっていたからなのでしょう。その悪霊たちが帰ってくる前に、出ることが出来て良かったです」
その後由乃さんが言うには、犬神が消滅したことで逃げ出した死霊や悪霊たちが近いうちに全て戻ってくるだろうとの事だ。それでも、3日は掛かる為その間だけ束の間の平和を享受することにした。と言っても、その間に結界を張って死霊が入れない建物を増やし、電気や水道を安定的に供給できるようにできるようにしようと思う。
(まぁ、たった3日じゃたかが知れているけど、せめて電気と水道だけはどうにかしないとな)
子供も増えて、電気設備が今以上に必要になり、綺麗な水の安定供給も必要になる。
(電気設備は、ソーラーパネルを調達しようと思う。家電も、冷蔵庫が特に必要だし、水も浄水装置の設置が急務になる。確か、簡単に飲み水にするサバイバル道具があったはずだからそれも調達したいし、ドラム缶と砂と砂利と石と炭と手拭いもあれば)
「幹夫、いろいろ考え過ぎだ」
「ああぁ、ワリィ」
華々美からそう言われたが、絵里奈や他の子供たちの事を考えるとどうしても必要になるし、布の生地を作る方法も学ばないといけない。確か、作り方を知っている人が農村にいたから、その人から学ばないと。
それから俺達は、屋敷に戻って佳苗さんから手当てを受けることになった。1時間後に絵里奈も起きて、帰ってきた華々美を見て泣きながら飛びついてきた。亜美ちゃんと瞬君、茜ちゃんと葵ちゃんも、それぞれママが帰ってきて嬉しそうにしていた。
とはいえ、たった3日しか時間はない為、俺は涼と朝香の2人と一緒に結界を張る建物に向かった。結界を張って確保する建物は、ある程度決めていた。
最初に向かったのは、浄水場であった。飲み水の確保は重要で、結界を張ると同時に掃除も行った。そのまま使っても故障するだろうし、大切な飲み水なので手抜きは出来ない。30分後に、華々美たちや笠島先輩たち、更に村の人たちも駆けつけてくれたお陰でその日のうちに何とか綺麗になり、翌日にはソーラーパネルを設置することで使えるようになった。昔そいう仕事をしていた人が居たみたいで、思いのほかスムーズに進んだ。
3日目には、マニュアルを読んで使い方や清掃方法などについて学ぶために丸1日かかった。
浄水場のほかに、汚水処理場や比較的に綺麗な建物にも結界を張った。汚水処理場については、笠島先輩のグループが中心に使えるようにしてくれた。
他の建物に関しては、いざという時の為の避難所として確保した。
そして、3日目の夜には逃げていた死霊たちが帰ってきて、4日目にはまた元通りの死霊だらけの町に戻った。
「呆気ないな」
「束の間の3日間だったな」
「由乃さんの予想通りになった」
「はい。その間にたくさんの物資を調達できて良かったですが、結局霊滅版を見つけないことには何も解決しないってことですね」
俺は華々美と涼と美玲の3人と一緒に、窓から再び死霊だらけとなった夜の街を眺めてぼんやりと呟いていた。
「次の出発は10月ですよね」
「ああ。絵里奈の2歳の誕生日をきちんと祝い、娘との時間もきちんと大切にしていきたいんだ」
美玲に尋ねられ、俺はすぐ近くで寝息を立てている絵里奈に視線を向けながら答えた。
「またケーキを作ってやらないとな」
「それからまたしばらく、私達は霊滅版を探しに行くから、しっかりと一緒の時間を大切にしないとね」
「分かってる。それに、今は更に3人の仲間と、4人の赤ちゃんも加わったんだから、より大変になるぞ」
亜美ちゃんも、瞬君も、茜ちゃんも、葵ちゃんも、いずれもまだ離乳食も始められていないが、首や腰が据わってずりハイなどが出来てくると更に大変になる。離乳食の献立も考えないといけないし、紙おむつが無くなると布で何とかしないといけなくなる。
「おむつとお尻拭きの大量確保はもとより、粉ミルクの大量確保もしなくちゃいけなくなる」
これも幸いなことに、牧場からもらった牛乳から粉ミルクを作れる人が農村に避難していたみたいで、更に村にいたヤギのミルクからも使って早速粉ミルクの創造に取り掛かってもらっている。
本当にいい人材に恵まれていると思う。
「絵里奈には、2歳になったら一応トイレトレーニングをさせるけど、そんなすぐにおむつを卒業出来るわけではない。もうしばらくはおむつが必要になる」
「また道中で、おむつや粉ミルクの調達をしないとな。北海道ではヒグマのせいで出来なかったし、岩手ではこっちよりもたくさんの人がいたからあまり取るわけにもいかなかったからな」
「幹夫があまり気負うことはない。いずれ枯渇するんだし、代用品も馬場さん達から知恵を貰っている。何とかなるさ」
「そうだな」
俺と華々美がそんな会話をした後、俺達はそれぞれ自分の布団の中に入って就寝した。
だが、皆が寝ている中俺はなかなか寝付くことが出来ず、水を飲む為に台所へと向かった。
「たった3日でかなり濃厚だったからな。大変だったけど、浄水場や汚水処理場が使えるようになったのは良かった」
濃厚な3日間を振り返りながら、俺はリビングの電気をつけようとすると、誰かが後ろからポンと肩を叩いてきた。
「眠れないのか?」
「華々美か」
同じく眠れなかった華々美は、俺が部屋から出る気配を感じてすぐに自分も起きてわざわざ俺を追いかけてきたのだという。
「痣はもう大丈夫なのか?」
「幹夫は心配し過ぎだ。あのくらいどうということもないし、智恵美さんにも見てもらったんだから大丈夫だって」
「本当にそれ以外になにもされなかったのか?」
「嘗め回すように体を見られたけど、服だって着てたしその辺は気にしていないし、それ以上の事はされていない」
「・・・・・・」
それでも俺は、あんなクズに華々美がどんな目に遭ったのかがどうしても気になってしまうし、嫌な気分になってしまう。
そんな俺の気持ちを察した華々美が、優しい笑みを浮かべながら俺の頬に触れるとゆっくり顔を近づけてキスをしてきた。一瞬だけ唇に触れるだけのソフトなキスだった。
「華々美!?」
「相変わらず奥手だな。この程度で動揺するなんて」
「・・・・ほっとけ」
「そんなに不安なら、お前がわたしをしっかり奪っておけばいいだろ」
「っ!」
そのあと俺は、自分でも信じられないくらいに華々美を激しく求め、ソファーで何時間も行為を行った。華々美は終始嬉しそうにしており、「初めて幹夫の方から求めてくれた」と言って喜んでいた。
「後で言うことではないけど、きちんと避妊すべきだった」
「必要ないだろ。絵里奈だって、弟か妹が欲しいだろうから。それに、わたし一人抜けたところでどうということもない。妊娠したら大人しく留守番してる」
「ううぅ・・・・」
照れくさく思うと同時に、華々美は重要な戦力の一人なので抜けられると困るという考えもあった。
「幹夫は色々気にし過ぎだって。わたしはすごく幸せだ」
珍しく甘えるようにくっ付いてくる華々美の頭を撫でながら、彼女と絵里奈、そしてこの屋敷と空道神社にいる人全員を守っていく為にも、この現象を1日でも早く解決しようと改めて決めるのであった。
その翌日の夜、華々美ばかりズルいと言って涼と美玲からも求められて、その日は涼と、更にその翌日の夜は初めて美玲とすることになった。2人ともしっかり避妊しました。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
それからは、目まぐるしく日々が過ぎていった。
どうせいずれ崩れるということで、笠島先輩の指示で5件ずつから20件に増やして、たくさんの建物を浄化作用のある塵に変えて旧下水道に埋めるということを行い、更地を何ヶ所か作った。笠島先輩いわく、ここでも畑作を始めようというのだ。村からビニールハウスでの栽培方法や、野菜の作り方なども教わっていたし、将来の為に実践していきたいとのことであった。
いずれ必要なことになると思い、俺も笠島先輩と一緒に畑作や酪農の勉強を始めた。
更に村の養豚場から豚を3頭と、鶏を飼育している農家さんから5羽の鶏をもらい、それぞれ更地に柵と小屋を立ててそこで飼育を始めた。将来的には、鶏肉と卵と豚肉の安定供給が出来るようにしたい。
自分たちが教わったことを、今度は空道神社に避難している男性たちや子供たち、うちからは朝香を筆頭に小夏さんと戸村さんと西園寺さん、そして姫香と咲も酪農を習いに来ていた。
そうしているうちに、あっという間に絵里奈の2歳の誕生日を迎えて、その日は全員で盛大に祝った。
そうして酪農や畑作の勉強、豚と鶏の飼育を行うことで40日以上が経ち、あっという間に10月となった。
「明日からまた霊滅版を探しに行くけど、本当に朝香も付いていくのか?」
「もちろんだ。これも何かの縁だと思うし、この町は涼ちゃんや青美のお陰でそこまでたちの悪い悪霊は寄ってこないし、来ても南波地区か古い下水道に集まるし、近づきさえしなければそこまで実害はないから。無論、だからと言って油断はしてはいけないけど」
まぁ、こっちとしては強い陰陽師が更にもう一人ついてくれるのはありがたいけど、同時に町を空道と梨乃の2人だけに任せてしまう申し訳なさもあった。
「あと、これは直感だけど、次に向かう大阪と広島、鹿児島にはもっと厄介な悪霊がいる気がするから、ボクも一緒に行くべきだと思うんだ」
「陰陽師の朝香が言うと、シャレになんないんだよな」
由乃さんもそうだけど、そういう人の直感って何気に結構当たる確率が高いんだよな。
そうなると、大阪と広島と鹿児島では更に危険な悪霊がいる可能性があるということになる。
「あと、元気な姿をあのおっさん、岩崎厳造さんにも見せないと、後々ネチネチ言われるだろうから・・・・」
「ん?岩崎ってことは、彩羽さんのお父さんか?」
「ええ。一応、お兄ちゃんにとっては義理の父なるんだけど、とにかく厳格で口うるさい人だからものすごく面倒なんだよね」
「ああぁ・・・・・」
そういえば言ってたな。
彩羽さんの家は、岩崎家はとにかく昔気質の厳格な家で、とにかく厳しい家だと聞いた。しかも、古臭い血統主義を未だに掲げていて、身内の中からでしか結婚相手を選べないという時代錯誤も甚だしく、涼や孝介さんもそのことに関して何度も改めるように言ったそうだ。
けれど、それでも考えを改めようとしない為、相当石頭の頑固者だということは想像に難くない。
「そんな家から、よく彩羽さんみたいな人が生まれたな」
「向こうでは異端児なんて言われているけど、彩羽さんはギャルだけどとてもいい人し、何よりもすごい努力家だからボクは好きだし、お兄ちゃんもそんな彩羽さんの事を愛してくれている。だから、あんな家から彩羽さんを引き離すことが出来てよかったとボクは思っている」
(相当嫌われているな)
まぁ、涼もあまり会いたがっていなかったので本当に面倒くさい家なんだろうな。
「にしても、空道といい、彩羽さんの実家といい、面倒な家多くないか?」
「由緒ある家柄ってそういうもんだし、子供なんて殆ど家の威厳を守るための道具の様なもの。岩崎家はそれが顕著に出ているし、空道家は昔から驕りと理想主義もかなり酷いから岩崎家以上に嫌われていたから」
「想像がつく」
まぁ、そんな面倒なおじさんは2年前に追放された後に亡くなっているから特に面倒とは思わな・・・・いや、娘の青美がかなり酷い理想主義を掲げていた。今は笠島先輩が上から抑え込んでいるが、それがなかったら絶対に関わろうとも思わなかった。
「話が逸れてしまったね。ごめん」
「いいって。相当溜まっていたみたいだし・・・・・」
一流陰陽師一族同士の繋がりも、楽ではないなと他人事のように思ったが、鹿児島に着くと嫌でも関わらないといけないと思うとげんなりしてしまう。
それに、広島には由乃さんの弟弟子のひとりで、師匠の弟の孫の西光英二という怠け者の問題児もいる。いずれにせよ、面倒ごとは避けられない。
「それはそうと、本当にもう奈良には行かないのか?」
「物資の調達とかで立ち寄ることはあると思うけど、それだけだ。奈良の佐藤宗一なら、向こうからこっちに来ていたし、持っていないことも分かったからいいかなと思ってな」
「そうね。ああぁ、鹿児島の佐藤宗一もこっちに来てくれないかな。鹿児島まで行きたくない・・・・・」
「不謹慎だぞ。それに、面倒な悪霊がこっちに来られても困るんだよ」
そんな長い雑談をした後、俺と朝香は明日の出発に備えて早めに眠りについた。
残るは3ヶ所。
いずれかの佐藤宗一が、霊滅版を持っている可能性がある。
それに賭けて。




