再びゴースト団地へ 2
車を走らせること15分、俺達はようやく鹿森と犬神がいるゴースト団地の中まで来た。
そこで目にしたのは、怒り狂った鹿森とその背中に張り付く犬神、そして縄で太い木の幹に縛られ、鹿森に暴力を振るわれて痣だらけになっている華々美の姿があった。
「あの野郎!よくも華々美に!」
「女に暴力を振るうなんて、何処まで堕ちていくんだ鹿森は!」
そんな鹿森を許せず、俺は真っ先に車を降りた。そんな俺に続いて、涼、由乃さん、朝香という順番で車から降りていき、戸倉さんと西園寺さんと柴川さんも朝香の後に続いた。
3人の姿を見た途端、鹿森はまるで勝ち誇ったとでも言いたげな顔で俺達を見下して近づいてきた。
「どうやら3人とも、俺様の所に戻ってくれるみたいだな」
案の定、鹿森は自分に都合がいいように解釈していて、鹿森を睨む3人の事は全くお構いなしといった感じであった。
「お前は本当に哀れな男だな」
「黙れ三下。世の中顔なんだよ。顔さえ良ければ、何をやっても許される。それだけで勝ち組確定なんだよ」
「本当にいい男なら、華々美に暴力を振るなんてことはしないだろ」
これ以上言っても、この男には何一つ届かないし、言ったところでこの男を激昂させてしまうだけだ。
だが、それでもこの男の行いを許すことはできないし、何よりもこの男には心底腹を立てているのだから。
「テメェが誇れるのは顔だけで、逆に言えばそれ以外にテメェが人に誇れるものが何もない薄っぺらい人間だということだ。というか、顔が良いだけでチヤホヤされる歳はとっくに終わってんのに、未だに顔が良いことを声高に誇っている時点でテメェにはそれ以外に何の価値もない、正真正銘の無能で最底辺の人間であることを証明している。大人になり切れない、哀れな大きな子供だな」
この現象が起こってからは秩序が崩壊し、電気がある便利な時代が失われ、自由に遊ぶことも出来なくなって、否応なしに自立しないといけなくなったこのご時世に、未だに学生区分のまま傍若無人に振舞っている。
そんな男の事を、一体誰が好きなるというのだ?
学生の遊びの付き合いが出来ず、早い段階から将来を見据えた付き合いをしなくてはいけない。今はそういう時代になっている。
なのにこの男は、それが分かっていない。実際、俺が言っていたことの意味を全く理解した様子もなく、獣のごとく激情する鹿森。そのあまりにも身勝手な話の内容は、聞くだけでも不快になる。内容なんていちいち覚えていられないし、聞く気もない。
「おいテメェ!人の話聞いてんのか!」
「聞いてる訳ねぇだろ、バァカ!」
「テメェ!」
また自分勝手な主張をしているみたいだが、そんなものは右から左に流してやる。ハッキリ言って、聞くに堪えない。
「よしな鹿森。私達はテメェの持論なんてどうでもいいんだよ。その子を返せ。さもないと、殺すぞ」
「由乃さん、口調」
「いいじゃない、涼ちゃん。ボクもいい加減、腹が立ってきたから」
ヤンキー口調に戻る由乃さんを宥める涼だが、同じくらい腹を立てている朝香に止められた。
「ああぁもう!ドイツもコイツも、この俺様を不快にさせて!もういい!こんな暴言女なんてもういらない!亜衣、仁美、咲良、帰るぞ!」
「嫌よ」
「お断りします」
「い、嫌です!」
「ああぁ!?」
まさか拒絶されると思ってもいなかったのか、心底驚いた様子の鹿森だが、3人は構わずに言い続けた。
「そもそも私たちは、アンタとこれ以上一緒に居たくなかったからここまで逃げてきたのに、こんな所まで追いかけてくるなんて気持ち悪すぎなんだよ!」
「その上、嫌がるわたくし達に無理やり関係を迫った上に、子供が出来ても邪魔者扱いして、アナタのその横暴な所が本当に嫌いなのです!」
「しゅ、瞬に酷いことをしようとしたこと、一生許さない!」
「今回私たちがここに来たのは、分からず屋のアンタにハッキリ言う為なんだよ!私たちは、アンタなんて大嫌いだから一緒の空間にいるだけでも不愉快なんだよ!」
「父親がアナタだというのはとても不快ですが、子供達には何の罪もありませんし、アナタの傍にいても悪影響しか与えません。それ以前に、子供たちの命さえ危ぶまれます!お断りです!」
「望んだ相手の子供ではありませんが、それでも命よりも大切な子供です!自分の子供よりも欲求を優先するアンタなんて大嫌いです!」
3人からの明確な拒絶に、鹿森の怒りのボルテージは更に上がっていった。
「許さない!」
その一言の後、とうとう鹿森の怒りが爆発した。
「もういい!もうお前らなんてどうでもいい!犬神様!」
『ワオォオオオ!』
犬神が遠吠えを上げた瞬間、鹿森の左右に2メートルを優に超える大きな赤いワンピースの女性が7人も降ってきた。その容貌は、まるであの都市伝説の怪物そっくりであった。
「涼」
「違うわ。あれはまだ近くにいた悪霊たちを寄せ集めて作った、言うなれば形だけの傀儡」
「それに、25の私やアイツにも見えている時点で偽物です」
「あんなの、ボク達の敵じゃない」
「そうだな。戸村さん達は車の中に入って、コイツ等は俺達で倒す」
「気を付けてください」
西園寺さんが一言声をかけた後、3人ともワゴンの中へと入っていった。
「お前らなんかに、エリートであるこの俺様に勝てると思ってんの?」
「犬神の力を自分の力と勘違いしているだけのバカが、偉そうにエリートを名乗るな」
「減らず口を!やれ!」
『ワオォオオオ』
鹿森と犬神の掛け声と同時に、女型の怪物は一斉に俺達に襲い掛かってきた。
俺はまず、真ん中にいる女型の怪物の眉間に矢を放ち、弱っている隙にもう一本放った。2本食らった怪物は、仰向けに倒れながら苦しんだ。その隙に俺は、腰から金の刀を抜いてそれを怪物の胸に突き刺し、完全に消滅させた。
その間に、本物の陰陽師3人は全く苦戦することなくそれぞれ2体ずつ相手にしていた。
まず涼は、1体目の怪物を宝刀で縦から真っ二つに両断して瞬殺し、もう1体を長い針を額に刺して動きが止まった所を燃やしたお札を張り付けて消し炭にした。
由乃さんは、1体目を複数の水晶でハチの巣にして倒し、もう1体は五鈷杵を前に突き出し、それから発せられた光で怪物を消滅させた。
最後に朝香は、1体目を刀で斬って瞬殺し、もう1体の足元にお札を飛ばしてそこから火柱を発生させて灰にさせた。
まとめると、3人ともそれぞれ2体の怪物を瞬殺した。
「バカな!?何でそんなことが出来んだよ!」
「アンタと違って、彼女たちは厳しい修行に耐えてあの力を身に着けたんだよ」
確かに、習得しようと思っても習得できるようなものではないと以前涼から聞いたことがあったが、その厳しすぎる修行に耐えたからこそ今の彼女たちがあるのだから。
「クソ!こうなったら、犬神様!」
『ワオォオオオ!』
雄叫びとともに、犬神は鹿森から離れて涼達3人の前に出た。
「さて、やってやるか!」
「このレベルの悪霊と対峙するのは流石に初めてです」
「これでまだ魔物じゃないのが信じられんな」
3人とも緊張した面持ちで、それぞれ戦闘態勢に入った。
「この化け物は私達で何とかする。幹夫はその間に華々美を助けに行って」
「分かった。気をつけろ」
その間に俺は、涼の指示で鹿森の動きに警戒しつつゆっくりと華々美が縛られている木に近づいて行った。
「先ずはこれでどうだ!」
最初に動いたのは涼で、お札と犬神に向けて飛ばした。
それに対して犬神は、飛んできたお札を爪でズタズタ引き裂いていった。
「そりゃそうか」
予想できた涼は、すぐに次の攻撃に入った。今度はお札の先端に火種を作り、その火種に向けて息を吹きかけた。その瞬間、火種から火炎放射器のごとく勢いよく炎が噴き出していき、犬神の全身を包み込んだ。
そんな涼の攻撃に便乗するかのように、朝香も印を結んですぐに口から炎を噴き出して攻撃した。
2人の火炎攻撃をもろに受けているにも拘らず、犬神には全く効いた様子も苦しんでいる様子もなかった。それどころか、両腕を勢い良くバッと広げると同時に、自身を包んでいた炎を消して見せた。
(いつもならあれで一撃なのに、犬神には効いていないのか!?)
効いていないと分かった瞬間、涼と朝香は険しい表情を浮かべながら一歩下がって同時に刀を抜いた。
それと同時に、由乃さんがカバンから掌いっぱいに水晶を取り出し、それを犬神に向かって投げて、術で飛ばしていった。
だが―――
『ウォオオオオ!』
犬神が大きく吠えた瞬間、水晶玉の動きが止まり、真っ黒に染まると同時にボロボロと崩れていった。
(どんな悪霊も一撃で葬ってきた由乃さんの水晶でもダメなのか!?)
強力な悪霊だとは聞いていたが、まさかこれほどとは思ってもいなかった。
「クソ!」
水晶による攻撃も聞かないと分かり、由乃さんも一歩下がって木刀を、もとい桃木剣を手に持った。
「はっはっはっ!どうだ!俺様の真の力を前に、お前ら底辺の無能は手も足も出ないだろ!」
(何が無能の底辺だ!犬神の力を自分の力だと本気で思いこんでいるのか!?)
見当違いの思い込みをし、自分よりも遥かに格上の3人を見下して悦に浸る鹿森を見て、この男の人間性の薄さを更に思い知った。
(あの男は、相手を徹底的に下げて貶めて、自分を上げることでしか自尊心を満たすことが出来ないんだ。他人を見下すことで、いかに自分が優れているのかを証明しようとしているんだ)
そんなことでしか自分の価値を見出せないから、生まれつき優れていた顔で他人にマウントを取って自分の存在価値を示すとともに、複数の女にモテていることで己の自尊心を満たしていっているのだ。そんな人間性だから、由乃さんの師匠である西光さんはあの男を破門にして知り合いの住職の寺に飛ばしたのだ。
「「「はあぁっ!」」」
術が効かないと分かった3人は、それぞれが武器による物理攻撃へと切り替えて攻撃していった。
だが、犬神は涼と朝香の刀による斬撃を素手で受け止めると、俺のいる方へと投げ飛ばしていった。
「クソ!」
飛ばされてくる涼と朝香を、俺は両手を広げて受け止めると同時に倒れないように必死で踏ん張った。そのお陰で2人は、アスファルトに叩き付けられずに済んだし、俺も幸いなことに2人の刀が刺さらなかった。
「幹夫!?」
「幹夫さん!?」
「大丈夫か?」
「私は大丈夫だ。それよりも幹夫は、早く華々美を」
「犬神はボクたちが何としても倒して見せるから」
俺に早く行くように言った後、涼と朝香は再び犬神に向かっていった。
だが、涼と朝香がこっちに飛ばされたことで俺が華々美に近づこうとしているのが鹿森にバレた。
「小僧!嘗めた真似をしやがって!」
そんな俺に激怒した鹿森が、ドンドンと足音を鳴らしながらこっちに近づいてきた。
そんな鹿森に向けて、俺は矢を構えた。鹿森は構わずこっちに来るが、近づかれる前に俺は矢を放って鹿森の太ももに命中させた。
「ああああっ!」
痛がる鹿森に、俺は更に続けて肩に向けて矢を放った。
「あああっ!痛い!イタイ!」
「お前はとことん哀れな男だ。周りに認められたいのなら、他人を落とすんではなく、自分自身を磨けばいいだけなのにそれをしないでいきり散らしてばかり。いい歳の大人がみっともないぞ」
「うるせぇ!底辺がエリートの俺様に、偉そうに説教するな!」
「何の努力もしないで、由乃さんや西光さんに認められるわけもない。それに、リスクを考えずに獣のように手当たり次第にたくさんの女と関係を持ち、それによって生まれた子供たちを邪魔者扱いしただけじゃなく酷い事をするなんて最低だぞ」
「それこそ知ったことじゃねぇし!ガキが一人死のうが、百人死のうが俺様にとってはどうでもいいことだし、ガキがいるせいで女どもは俺様を蔑ろにしやがる!そんなの我慢できる訳ねぇし、捨てて何が悪いってんだ!」
「悪いに決まってんだろ、バァカ」
もうコイツの言葉は、聞くに堪えなかった。それを車から聞いた戸村さん達が、怒っているのがここからでも見て分かった。
これ以上騒がれても面倒なので、俺はその場で蹲っている鹿森に近づいて、矢を手に取って直接鹿森の背中に突き刺した。
「あああああああああっ!」
「ギャーギャーうるせぇから、とっとと黙ってろ!」
そう吐き捨てた後、俺はすぐに華々美の所へと駆け寄った。急所は外してあるし、内臓にも到達していないので消毒して手当をすれば1週間から10日で治る。
「華々美!」
「幹夫!」
すぐに俺は、華々美を縛っている縄を金の刀で切って解いた。よく見ると、顔だけでなく腕や足などいろんな所に痣が出来ていた。
「大丈夫なのか?」
「このくらい平気だ。2~3日で治る」
「お、おう」
口先ではなく、本当に平気そうにしている華々美を見て少し戸惑った。怖がっている様子が全く見られなかった。
「それに、幹夫があの男を矢で痛めつけてくれたお陰でスッキリしたさ」
「さいで」
何はともあれ、俺は華々美の手を引いてすぐに戸村さん達が乗っている車まで走っていった。
女傑である華々美は、生きた人間相手に恐れを抱く頃はありません。そこが逆に怖い所でもあるのですが。




