最低男と犬神
戸村さん達が来てから10日が経ち、この日も俺達の町で変わった様子もなく平穏に過ごしていた。
ある一点を除けば―――
「なぁ涼。これってやっぱりマズイか?」
「そうね。一見すると喜ばしいことかもしれないけど、これって実はかなりヤバイんだよ。嵐の前の静けさ、っていうやつね」
「やっぱり逆に危険なんだな。夜中であるにも拘らず、死霊が一人もいないというのは」
実は一昨日の夜から、死霊たちの数がどんどん減っていき、今日は何と俺達の町の中に死霊が一人もいないという、はたから見れば嬉しいことが起こっているのだ。
気になった俺は、涼と一緒に真っ暗闇の夜の街を散策していた。結果から言うと、1時間歩いているが死霊は一人もいなかった。
「確認だが、死霊たちは全員成仏したわけじゃないんだな」
「そんなわけないでしょ。死霊どものこの世への未練と生に対する執着は尋常じゃないのよ。私たちという生存者、餌がいるというのにアッサリ諦めるとも思えない」
「ということは」
「ええ。何かとんでもなくヤバイ悪霊が、この町に近づいているからだ。その悪霊から逃げる為に、町にいた幽霊は全てこの町から逃げて行ったんだ」
「やっぱり」
何も知らない人からすれば喜ばしいことなのかもしれないが、涼の言うようにこれは物凄く力が強くてヤバイ悪霊がこの町に近づいて来ている前触れであり、死霊たちはその悪霊から逃げる為に町を離れただけだ。つまりは、死霊たちが逃げ出してしまうくらいに危険な悪霊が近づいているということだ。
「一体何が来ようとしているってんだ?」
「それは分からない。下水道に住み着いている悪霊たちでさえ大人しくしているくらいだから、相当危険な悪霊で間違いわ」
この町で最も危険と言われている、古い下水道に住み着いている悪霊たちでさえ大人しくするだなんて、一体どんな悪霊がこの町に近づいているというのだ。
「どうにかならないのか?」
「本当にここに来る保証もないのに結界は張れないし、そんなことをしたら地下の悪霊たちの暴走も招きかねない。結界は霊を追い払う効果があると同時に、中にいる霊を閉じ込める効果もある。中に閉じ込められたあの悪霊たちが、何をしでかすのか分からない以上迂闊な真似は出来ない」
「そうか。収穫もないし、帰るか」
地下の悪霊たちは自分たちのテリトリーから出ないが、いつ暴走して地上に出てこないとも限らない。そもそも、地下の悪霊たちは地縛霊である為殆ど出てこないに等しい為、近づきさえしなければ危険はない。涼達とて、わざわざ危険な悪霊に接触するような真似はしたくないらしいので、この2年間は成り行きを見守っている。
大した収穫もないまま、俺と涼はトボトボと屋敷へと帰っていった。
それから2日が経ち、俺達はいつも通り過ごしていたのだが、この日は朝から雲行きが悪く、どうしても不安がぬぐい切れないでいた。
「やっぱり違和感があるな。建物の中に死霊どもがいないなんて」
「それが普通なんだけど、今はこの状況を喜べないんだよな」
「まぁ、そのお陰で私たちは堂々と火事場泥棒が出来るんだけどね」
「火事場泥棒って言わないで涼ちゃん!なんだか悲しくなるから」
不安を抱えたまま俺は、華々美と涼と朝香と一緒に必要物資の調達を行った。主に衣類と洗剤と、圧縮袋に入れられた布団などを。
しかし、いつ見ても2年たったとは思えないくらいに建物の朽ち具合が酷い。殆どが、いつ倒壊してもおかしくないくらいに傷みが酷かった。幸いなことに、この町には高層ビルが少ない上に俺達の屋敷や空道神社からかなり離れている為、倒壊しても大した被害は出ない。
『ワオォーン』
「また犬の遠吠えか。昨日からずっと吠えているけど、一体何処から吠えてるんだ?」
「わからん。野良犬や野犬はいるかもしれないけど、大体が華々美の猟銃を警戒してこっちに近づいてこないんだけどな」
「一匹撃っただけで他が近づいてこなくなったもんな」
「自慢できることでもないんだけどな」
だからそんなに大きな胸を張らないで。
俺と華々美がそんなやり取りをしていると、涼と朝香が険しい表情を浮かべて立ち止まった。
「どうした、2人とも?」
「なんか嫌な気配を感じる」
「ボクもだよ。その嫌な気配・・・・この町に入っている」
「マズイ!戻るぞ!」
陰陽師2人が険しい表情をするくらいだ、とんでもなく危険な何かだということで間違いないだろう。おそらく、この町に近づいている危険な悪霊の可能性が高い。
俺達は大急ぎで屋敷へと戻り、皆に警戒するように伝えた。
その嫌な気配を放つ何かは、俺達が屋敷に戻って調達した物資を置いてすぐに現れた。
「おいおいおい、嫌な気配って・・・・・」
「人間じゃないか・・・・・」
屋敷の門の前で警戒していた俺と華々美は、姿を現した生きた人間を前にガックリときていた。
現れたのは男性で、芸能人でもやっていそうなくらいに整った顔立ちをしていて、その上身長も高くてスタイルもよく、まるでモデルをやっている人みたいであった。
だが、涼と由乃さんと朝香の3人だけが険しい表情でその男を睨みつけていた。特に由乃さんの、あの男に対する怒り具合が半端ではなかった。
「こんな所まで何しに着やがった!」
口調がヤンキー時代のものに戻るくらいに。
そして男の方も、由乃さんを見つけるとものすごい形相で睨みつけていた。
「まさかアンタがここにいるなんて思わなかったぞ、影山」
「私はもうテメェのそのいけすかねぇツラは、もう二度と見たくなかったがな。鹿森」
「鹿森!?」
「アイツがそうか」
その名前を聞いて、俺達はすぐに警戒態勢に入っていつでも武器を取り出せる状態にした。
「久しぶりだな。会うのは高校卒業以来だから、7年ぶりだな」
「高校卒業してすぐ、破門されて広島まで飛ばされた分際で、よくもまぁデカい態度が取れんな」
「うるせぇ!バリバリの暴走族でありながら、2年の夏くらいに突然やめたと思ったら専門学校なんかに通うための勉強を始めて!荒れてた時の姿を知っている身からすれば、貴様みたいな暴力女が免許皆伝を貰って、俺様みたいな超エリートが破門の上に飛ばされるなんて納得がいかねぇんだよ!」
「何が超エリートだ!容姿以外に何の取り柄もない勘違いキモナルシストが、ギャーギャー騒ぐな!」
「黙れ!俺様はな、他の男子と違ってテメェ以外の学校中の女子たちからモテてたし、彼女もたくさんできて途切れたことが一度もない!その上、俺様が発言すると皆が喜び盛り上がったんだ!その時点でこの俺様が、他の誰よりも特別なのが明白なんだよ!」
由乃さんと口喧嘩を広げている鹿森だが、この男の言っていることはとても幼稚で、学生時代にモテていたから、皆の中心となって盛り上げてきたから自分は特別なんだと声高に主張していた。
だけど、それを聞いた俺と華々美と咲は呆れて言葉も出なかった。
「バカだろ。由乃さんの高校時代の同級生ってことは、今年26歳になるんだよな」
「新潟のアイツと同じくらいに幼稚でバカだ」
「てか、いい年していつまで学生時代の栄光に縋ってんだよ。てか、当時アイツと由乃さんの周りにいた女どもって、絶対に男を見る目がないだろ」
咲の言う通りだと思う。
まぁ、顔さえ良ければ何でもいいという女子なら俺の通っていた学校にもいたが、そんなのは全体のわずか2割程度で、それ以外の女子はその男子の性格の悪さと幼稚さに呆れて距離を取っていた。
おそらく鹿森も、女子全員からモテていたと勘違いしていて、実際には8割以上もの女子から敬遠されていたのだと思う。
「まぁ、今はいい。テメェと話をするために来たんじゃねぇんだ」
「やはり狙いは、亜衣ちゃんたちか」
それを聞いた俺達は、すぐに門の前まで下がり、屋敷の中に隠れている戸村さん達を守るようにした。
「ほおぉ。あの3人を知ってるってことは、影山たちの所にいるってことか」
「テメェから逃げる為に、危険を冒してここまで来たんだ」
「逃げる?何で彼女たちが俺様から逃げるんだ?そんなわけないだろ」
この期に及んで、訳の分からないことを言う鹿森。逃げたんじゃないのなら、一体何のためにここまで来たというのだ?
「彼女たちは、俺の恋人として相応しいくらいに美しんだ。
茶髪ショートですらりと背が高く、その上大きな栗色の瞳をした亜美。
青みがかかった長い黒髪で、少し垂れた目と庇護欲をそそられる雰囲気を出す仁美。
艶のある長い黒髪に、顔のパーツ全てが整っていて胸もかなりデカく、上品な雰囲気のある咲良。
3人ともこの俺様の様なイケメンに相応しい美女なんだよ。そんな彼女たちが、俺様から逃げるなんて天地がひっくり返ってもあり得ねぇんだよ」
(その理屈だと、とっくに天と地がひっくり返っていることになるぞ・・・・・)
聞いてもいないのに、3人の容姿をスラスラと語る鹿森。こんな人格破綻者だと、西光さんが見切りをつけて破門にするのも納得する。
「その上、そこの黒髪ロングの女もかなりの美人だな。まさに絶世の美女と言っても過言ではない美しさだ。あの女もまた、この俺様に相応しいな」
あろうことか、鹿森は華々美にまで目をつけて不躾にも近づこうとしてきた。
そんな鹿森から華々美を守る為に、俺は彼女を自分の背中に隠した。
「おい小僧!邪魔すんじゃねぇぞ!それは俺の物だ!」
「勝手なことを言うな。というか、華々美はテメェの手に負えるような女じゃねぇんだよ」
「生意気言うな!貴様に彼女の何が分かるっていうんだ!?」
「何でも知っている。家柄や性格、趣味や好きな食べ物からスリーサイズまでなんでもな」
ちなみにスリーサイズは、華々美自らが俺に教えてくれたものだが、この男には効果は抜群みたいでものすごい形相でこちらを睨んできた。
それと同時に、鹿森の背中に張り付いていた真っ黒い悪霊が俺達にもその姿を現した。その悪霊は、人間の男性の様な体つきをしているが、顔は真っ黒い犬の顔をしていた。
その悪霊の姿を見た瞬間、涼と由乃さんと朝香の表情が更に険しくなった。
「最悪だ」
「鹿森テメェ!どこまで堕ちてく気だ!」
「こんな悪霊が実在してたなんて!?」
涼と朝香は、若干怯えていた。
由乃さんは、同門が悪霊にとり憑かれたことに怒りを露わにしていた。
「どうだ!俺様に力を貸してくださった、偉大なる神様を前に言葉も出ないか?」
「テメェこそ、それがどんな奴か分ってねぇのか!」
怒りを爆発させる由乃さんの横で、涼と朝香がそれぞれ刀の切っ先を鹿森に向けて言った。
「早く退治しないと危険だ!ソイツはアンタが思っているような奴じゃない!」
「アンタは分かっていないみたいだから言うけど、ソイツは神様ではなく悪霊だ!それもものすごく危険な悪霊、犬神だ!」
(最悪だ!)
霊についてそんなに詳しくない俺でも、その名前の悪霊の大まかな情報くらいは聞いたことがある。
犬神。
人にとり憑いて災いを招くと言われる、物凄く危険な悪霊だ。良い神様であった蛇神様と違って、こっちは正真正銘の最悪の悪霊だ。
「血迷ったのか!無知な貴様でも、犬神がどんな悪霊なのかも知らねぇわけじゃねぇだろ!」
「俺様の欲しいものをなんでも与えてくれる、素晴らしい神様を悪霊呼ばわりなんて酷い女だな」
「ッタク!馬鹿で勉強嫌いな奴だとは思ってたが、本当に何も知らねぇのか!」
驚愕する由乃さんをよそに、鹿森はなぜか得意げな態度で俺達を見下していた。
おそらく、戸村さん達を探しているうちにとり憑かれてしまって、ここに居る事を嗅ぎつけてきてしまったのだ。
「呆れた男だ!尚更、彼女たちをお前に渡すわけには・・・!?」
「なっ!?」
由乃さんが鹿森に桃木剣を向けようとしたとき、そこにはもう鹿森の姿はなく、いつの間にか門の前の道路にいた。華々美の両手を掴み、口を塞いで捕まえて。
「んんん!?」
「華々美!」
「彼女に近づくな。この子はこの俺様が貰う。いや、俺様に物になることが決まってんだ」
「ふざけんな!」
身勝手極まりない発言に、俺は完全に頭に血が上って腰に差してあった金の刀を抜いて斬ろうとしたが、咲に止められてしまった。
「よせ、幹夫!お前がこんなくだらない男なんかの為に手を汚すことはねぇんだよ!」
「だが!」
「咲の言う通りだ。このどうしようもないクズは、私たちに任せて」
「涼」
咲と涼のお陰で少しだけ落ち着きを取り戻したが、鹿森は変わらず気持ちの悪い笑みを浮かべながら俺達を見ていた。
「お前。そんなにこの女が大切なのか?」
「当然だ」
「ほおぉ」
何を思ったのか、鹿森は背後にいる犬神とひそひそと話をし始めて、直後に犬神は華々美と鹿森を抱えて宙を浮かびだした。
「だったら、亜美と仁美と咲良を返せ。そうすれば返してやる。この町の難波地区、ゴースト団地まで来るんだな」
「待てコラ!」
「「幹夫!」」
そう言い残して鹿森は犬神の力を借りて、華々美を攫って難波地区の方へと飛んでいった。追いかけようとした俺を、涼と咲の2人が止めた。
「そんな装備で難波地区に行くのは危険だ!」
「今は死霊どもがいなくても、あそこが危険な地区なのは変わりないし、ましてやゴースト団地に行くならきちんと準備してからじゃないと危険だ」
「くうぅ!」
何もできず、みすみす華々美を連れ去られてしまったことに自分の不甲斐なさと無力感に苛まれ、俺は堪らなく悔しかった。
その後、涼に引っ張られながら俺達は一旦屋敷に入り、再びこの町最強の心霊スポットのゴースト団地に行くための準備を進めるのであった。
再びゴースト団地に行くことになった主人公たちであった。




