7人の訪問者
投稿が少し遅れて申し訳ありません。
「ああ、例の聖域近くのパーキングエリアで待ってるから」
「オッケー。にしても幹夫、何か疲れてない?」
「ま、まぁ、昨夜は色々大変だったから。主にクマのせいで」
「そう」
一夜明けた後、俺はすぐに昨日の事を里美に連絡して、聖域近くのパーキングエリアで待っていることを伝えた。里美は何かを察した様子で頷きながら電話を切った。
「誰がクマだって?」
「私は猛獣か何かか?」
「あぁ・・・いや・・・・・」
妙に肌艶の良い華々美と涼を前に、俺は何だか居心地の悪さを感じてそっぽを向いた。
(まぁ、怒っているわけでもなかったし、実際に昨夜は2人とも飢えたクマの様になっていたしいいか)
ちなみに、車の中は綺麗に掃除し、更に換気と消臭も徹底した。
「そんな事より、体当たりされた所はどうだった?」
「後ろ側のドアがかなり凹んでいて、とてもじゃないが開きそうにない」
「これで窓ガラスが無事だったのが奇跡だったよ。ヒグマのパワー、恐ろしすぎるわ」
「どれどれ・・・・・うわぁ」
昨日ヒグマに体当たりされた所を見ると、ドアは大きく凹んでいて引っかかれた傷も残っていた。実際に開けてみようともしたが、華々美の言う通り開けなくなっていた。無理やり開こうとすると取れてしまうくらいに。
「思い切り体当たりされたもんな」
北海道では、死霊たちよりもヒグマの被害の方が深刻だった気がする。
人それぞれなのかもしれないけど、こんなのが可愛いだなんてどうかしている。やたら殺すのは良くないけど、実際に襲われるととてもじゃないが「クマを殺すな!」なんて言えなくなる。
「ま、元はといえば、人間がヒグマの領域にズカズカと足を運んだり、何も考えずに餌をあげたりしたのが悪いんだけどな。そうなるともう、ヒグマは人間を怖がらなくなってしまい、その結果殺されるクマが増えてしまうんだ」
華々美の言うように、ただ可愛いだけでやたら無闇に干渉していいものではない。
そもそも野生動物は、人間の助けを借りないといけないほど軟弱ではない。むしろ、人間の方が何百倍も軟弱で、野生動物は人間の助けなんてなくても普通に生きられる。そこに人間が手を加えることで、その動物の本来の生態を壊すことになる。それを、今回の一件で改めて学ぶことが出来た。
力強い野生動物を相手に、軟弱な人間の助けなんて必要ないということを。
(ただ、農作物の被害だけは何とかしてほしいな。農家の皆さん、毎日お疲れ様です)
帰ったら、いつも野菜を貰っているあの村の人たちをいつも以上に労ってあげようと思った俺であった。
それから小1時間ほどで、皆を乗せたキャンピングカーが到着し、俺達は改めて自分たちの町に帰るために再び車を走らせた。
「昨夜はかなりエキサイティングしたみたいだね。隠すのなら、もう少し上手に隠しなさい」
出発前に里美から言われ、俺はギクッとなりながらキャンピングカーに乗ったのだった。
途中でフェリーに乗って津軽海峡を渡り、青森で偶然見つけた聖域で一泊した翌日の夕方に俺達は自分たちの町に帰ってきた。
「パパ!ママ!」
帰ってきて早々、絵里奈ちゃんが俺と華々美に向かって走ってきて、勢いよく華々美に抱き着いてきた。
「ただいま、絵里奈」
「いい子にしてたか?」
抱っこしながら優しくあやす華々美の横で、俺も絵里奈ちゃんの頭を撫でてあげた。
「パパ、ママって、2人って子供がいたの!?」
絵里奈ちゃんを始めて見た朝香は、俺と華々美がパパとママと呼ばれていることに心底びっくりしていた。
「違う違う。身寄りが亡くなった絵里奈ちゃんの面倒を見てたら、幹夫と華々美の事をパパとママだと思うようになったのよ」
「それでもわたしは、絵里奈を娘だと思っているし、わたしはこの子の母親だ」
落ち着いて訂正する涼に、華々美は絵里奈ちゃんの背中をポンポンと軽くたたきながら、絵里奈ちゃんの母親になる覚悟を告げた。この日以来、涼は絵里奈ちゃんが華々美に懐く様子を見てもあまり嫉妬する様子はなくなった。
その後、皆と久しぶりの食事をし、留守の間特に何の問題もなかったことを聞いて安心し、翌日には梨乃は再び空道神社へと戻ることになった。
そうして時間は進み、あっという間に就寝時間になった。俺と華々美が帰ってきて嬉しいのか、絵里奈ちゃんは俺と華々美と一緒の布団で眠りについた。
「可愛い寝顔。見てるだけで癒される」
「確かに」
子供に甘い華々美の姿を見て、最初は驚いていた朝香だったが、たった2時間ちょっとで完全に慣れてしまったみたいで、現在隅っこの布団で爆睡中であった。
「2人がいない間マジで大変だったよ。毎晩のように夜泣きはするし、門の外の死霊たちを見るたびに取り乱して泣き出すし、ずっと寝不足だったぞ」
「すまんな」
咲からそんな愚痴を聞いているが、言っている本人からは特に嫌悪感はなく、むしろ心配そうにしていた。
「まぁ、悪霊に攫われた上に、実の母親までも喪ってしまったのがトラウマになってんだろうな。それで、幹夫や華々美が二度と帰ってこなくなると思って怖かったんだろうな」
「そうか」
前に香苗さんが言っていたが、絵里奈ちゃんはおそらくPTSDになっている可能性があるというのだ。当時まだ6ヶ月半の時でも、絵里奈ちゃんにとっては強いトラウマになっているのだろう。俺と華々美がいない間に、毎晩夜泣きをしてしまうほどに。
それを理解しているからこそ、咲もあまり強く言わないし、絵里奈ちゃんを責めるようなこともしない。
「ごめんな、絵里奈ちゃん。俺も華々美も、しばらくはここにいるから」
出発を10月に予定し、その間にここで十分な休息をとりつつも絵里奈ちゃんや仲間と過ごす時間を大切にしていこうと思い、俺達も眠りについた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
8月の半ばに入ったころ、いつも通り村と牧場に行って物々交換で野菜と乳廃牛の肉を貰った帰りの途中の道路で、抱っこ紐で赤ちゃんを抱っこしながら自転車を漕ぐ3人の女性の姿が見えた。
外の気温は36度と危険な暑さで自転車を漕いでいるうえに、抱っこしている赤ちゃんも凄く暑そうにしていた為放っておくことが出来なかった。
華々美や由乃さんの了解を得て、彼女たちの前で車を停めて声をかけようとしたのだが、その前に彼女たちの方からこっちに来た。
「お、お願いします!乗せてください!」
「せめて子供だけでもお願いします!」
「こんなに暑いので、子供が参ってしまいます!」
必死過ぎる彼女たちの懇願に押され、俺達は黙って頷きながら彼女たちとその子供たちを涼しい車の中に入れた。
「ジッとしてて、赤ちゃんの様態を見せて」
元保育士として、危険な暑さの中ずっと外にいた赤ちゃんの様態が気になったのか、由乃さんはすぐに一緒にいる赤ちゃんの様態を確認しながら、水の入ったペットボトルで冷やすなどして処置していた。
「とりあえず、応急処置は済ませました。すぐに屋敷に戻って、その子たちの処置を行います。佳苗さんは小児科専門の女医ですから、しっかり見てもらった方がいいです」
パッと見はすごく辛そうにしていた4人の赤ちゃんも、由乃さんが適切な対処をしてくれたお陰で回復し、水も飲ませたため7人とも元気を取り戻し、屋敷に戻った時には完全に回復した。赤ちゃんに関しては佳苗さんに見てもらったところ、由乃さんのお陰で異常なしとのことであった。
「念のため、智恵美さんにも見てもらおうと思います。まぁ、大丈夫だとは思いますけど、ここまでの道中大変でしたでしょうし、赤ちゃんにも大きな負担もかかっていたでしょうから」
佳苗さんからもそう言われ、俺達はひとまず安心した。由乃さんの処置が良かったというのも大きいとも言っていた。
「助けてくださってありがとうございます!私は戸村亜衣といいます。17歳です。この子は生後7ヶ月娘の、亜美といいます」
「柴川仁美です。歳は18で、この子は息子の瞬です。えっと、8ヶ月です。この度は、助けてくださりありがとうございます」
「西園寺咲良といいます。本日は、娘たち共々助けていただきありがとうございます。この子たちは、赤い服を着ているこの子が茜で、青い服を着たこの子は葵といいます。2人とも、生後半年になります」
3人はそれぞれ自己紹介をし、更に自分の子供の紹介もした。
戸村さんは、明るく快活な印象があり、娘の亜衣ちゃんも凄く元気で人懐っこい感じがした。
柴川さんは逆に、少し引き込み事案な所があり、おとなしそうな性格が見て分かった。それは息子の瞬君にも言えて、少し人見知りっぽい感じがして、さっきから泣きそうな顔をしていた。
最年少16歳の西園寺さんは、元はとても大きな会社の令嬢だったみたいで上品さが感じられた。娘は双子で、茜ちゃんがお姉ちゃんで、葵ちゃんが妹だそうだ。
「それにしても、一体何処から自転車できたんだ?それも、こんな危険な暑さの中で」
華々美の問いかけに、3人は少し表情に陰りを落とし、数秒黙った後ゆっくりと話してくれた。
「実は、逃げてきたのです。西光英二という男から」
「西光英二!?あの男がいるってことは、3人とも広島からわざわざここまで自転車で逃げて来たっていうのですか!?」
名前を聞いた瞬間、由乃さんが険しい表情で驚愕し、思わず大きな声が出てしまった。その大きな声にビックリして、人見知りの瞬君が泣き出した。
「西光という苗字ってことは、由乃さんの師匠の親族なの?」
「師匠の弟の孫で、私の元弟弟子です」
「由乃さんの弟弟子ってことは、彼も霊媒師なのですか?」
「いいえ。あの男は、念力どころか法力すら身に付かなかった落ちこぼれで、しかも当時の私以上に性格に問題があったため、広島に住んでいる師匠の知り合いの住職に預けられて性根を叩き直されているのです。ハッキリ言ってクズです」
性格にかなり問題があるから、遠いお寺まで飛ばされて修行をさせられていたって、聞いた瞬間からげんなりするな。
「ということは、3人とも広島から来たんですか?」
俺の問いかけに、3人はコクンと頷いた。
「そんな遠くからわざわざこんな所まで、すごく大変だったんじゃないですか?」
「地獄でした。無人の教会やお寺、神社を探すだけでもかなり骨が折れましたし、運よく幽霊が一人もいない所を見つけてもそこは大自然のど真ん中だし、水と食料の確保だけでも骨なのに、この子たちのおむつの確保もありましたので本当に大変だった。しかも死ぬくらいに暑いし、休む時以外はずっと自転車を漕いでいましたので足はパンパンになるし、もう何度も嫌になったよ」
戸村さんがものすごい勢いでしゃべるもんだから、俺を含めて全員がドン引いていた。
何度も無人の教会や神社やお寺を見つけたにも拘らず、なんでわざわざここまで来たのかというと、3人とも2年前に動画にアップされた死霊たちが近寄ってこない安全な村があること思い出し、そこに行こうと思ったのだという。しかし、その村が何処にあるのかも分からず、諦めかけていたところで俺達と会ったのだという。
「今思えば無計画だったですが、これ以上あの2人の傍にいたくありませんでしたので、とにかく逃げ出したかったのです」
「それは大変でしたね・・・・・」
悲しそうな表情を浮かべながら、西園寺さんが茜ちゃんを優しく抱きしめていた。ちなみに葵ちゃんは、現在佳苗さんに抱っこされていた。
「けど2人って・・・・」
「何となくもう一人は想像がつきます」
心当たりがあるのか、由乃さんが頭を抱えながらげんなりした様子で首を横に振った。
「そのもう一人の名前って、鹿森冬夜ではありませんか?鹿の森に、冬の夜と書いて」
「はい!実はこの子たちの父親はその男で、無理やり関係を持たされた上にこの子たちに何の関心も興味も抱かない最低野郎なの!」
「冬夜ならやりそうです・・・・・」
「その、鹿森冬夜って奴も由乃さんの弟弟子なの?」
「はい。更に言うと、私とは高校時代の同級生なのです。こんな若い子に手を出すなんて、馬鹿な女たらしではありましたがここまで落ちぶれるとは・・・・・」
「ああぁ・・・・・」
何となく状況が読めた。その鹿森冬夜という男も、性格に大きな問題があったから西光英二と共に広島まで飛ばされたのだろう。
由乃さんから更に詳しくその2人の事を聞くと、話を聞いていた俺までげんなりした。
西光英二は、一言でいうとかなりの怠け者。勉強もスポーツも大嫌いで、学校もサボりがちの超問題児。そんな人間が、いくら頑張ったところで術が身に付くわけがなく、修行もサボってばかりの為広島に飛ばされたのだという。
鹿森冬夜は、とにかく女癖が悪く、自意識過剰のナルシストでもあった。自分の容姿と顔に絶対の自信があり、事実その容姿に惹かれて学校中の女子が彼に色めきだしていたという。でも実際は、女は常にとっかえひっかえで、自身の性欲を満たすための道具のようにしか見ていないクズなのだという。
そんな性格をしていたのだから、2人揃って西光さんの知り合いが住職を務めている広島のお寺に飛ばされてしまったのだという。
「修行なんて言っていますけど、実際はその性根を叩き直すために過酷な毎日を送っているのだと聞きました」
「え!?だって2人とも、とても優秀な陰陽師だってすごく自慢してたよ!」
「その割にはかなり無知で、襲い来る幽霊たちに何の対処も致しませんでしたが」
「あ、ガセだよ、ガセ。あの2人にそんな力なんてないし、飛ばしたなんて言いましたけど破門されたも同然です。2人とも、何の知識も力もない普通の人間です」
「「「ええぇ・・・・」」」
がっくりと項垂れる3人。
死霊たちに唯一対抗できると信じて残り、その上好きでも何でもない男と無理やり関係を持たされた上に、生まれてきた赤ちゃんに何の興味も抱かず放置するクズ。
もう一人はかなりの怠け者で、死霊たちにまともに対処しようともしない。
そんな2人に嫌気がさして逃げるのも頷けるし、しかも2人とも落ちこぼれな上に何の力も持たない普通の人間だと聞いて、3人の落胆もかなり大きかっただろうな。
とんでもない2人の所に付いていたものだ。
「その、大変厚かましいとは思いますけど」
西園寺さんが改まった態度で俺達に、粛々と頭を下げてきた。
「わたくしたちを、この屋敷においてください。もう、あの2人の所には帰りたくありませんし、これ以上無計画に進み続けるのに疲れました。何でも致しますので、どうかここに住まわせてもらえないでしょうか!」
「私からもお願い!私たちはどんなことでもするから、この子たちだけでも安全に!」
「お、お願いします!」
必死に懇願する3人。というか、柴川さんの声を聴いたのは自己紹介以来だ。
「まぁ、人手が増えるのはこっちとしてもありがたいし、いてくれると俺達もありがたいから」
「じゃあ!」
「皆も、異論はないか?」
俺の問いかけに、皆がうんうんと頷いて了承してくれた。
「ありがとうございます!一生懸命働きますので!」
「私も、精一杯頑張るから!」
「よよ、よろしくお願いします!」
こうして新たに3人と、4人の赤ちゃんを加えた計7人が俺達のグループに加わったのだった。
「ちなみに、うちのリーダーの幹夫はかなりの奥手だから、女性に無理やり関係を迫るなんてことはしないから安心して。というか、そんな度胸もないんだけどね」
「ほっとけ」
涼さん、余計なことは言わなくていいです。
新たな事件の匂いがします。
旅に出てもトラブル、帰ってもトラブル、災難続きですね。




