彼女たちの想い
怒りの元凶となった魔物、佐藤美奈の討伐は出来たものの、佐藤がばらまいた怒りの念を消すことが出来なかった俺達は、町の至る所に涼が術を施して結界を張ることで、怒りの念が外に出ないようにすることに決めた。そして今、最後の術式を施し終えた所であった。
「よし、これで完了。あとは、霊滅版を見つければその力で完全に消すことが出来るはずよ」
「なら俺達は、一刻も早く霊滅版を探し出すだけだ」
「焦る気持ちは分かるが、先ずは一度帰ろう。これ以上この町に居続けるのは危険だし、今わたし達には絵里奈がいるんだ。あの子と過ごす時間も大切にしないとな」
「わかってる。結局、何にも出来なかったな。この町の怒りの感情も消せず、クマの死骸の後処理を板木や財部達に押し付けてしまうことになるが、これ以上この町に残り続けるのも危険だからな」
来月には2歳になる為、せめてそのお祝いをしてしばらくしてから西側に出発した方がいいだろう。血の繋がりはないとはいえ、絵里奈ちゃんはもう俺と華々美の娘なんだから大事にしないといけない。
もうそろそろトイレトレーニングを始めているだろうか、夜泣きはしていないだろうか、ちゃんとご飯は食べているのだろうか、などを考えていると涼が膨れっ面をして俺と華々美を睨んでいた。
「お、おい、涼?」
「どうしたんだ・・・・?」
そのあまりの迫力に、俺はもちろん華々美でさえたじろぐ程であった。
「どうもこうも、華々美は幹夫を独り占めし過ぎだし、幹夫も幹夫で華々美ばかり特別扱いして!ズルいわよ!」
「と、特別扱いって、別に俺は」
「してるじゃん!私達には一切手を出さないのに、華々美とはもう4回も手を出してるじゃない!」
そんなことを言われても、俺のグループには俺以外全員が女性だし、下手に手を出して彼女たちの信頼を壊す訳にもいかないんだよ。それに、華々美と4回もしたと言っても俺の方から手を出したことは一度もない。
「ま、まぁ、わたしだって最初の一回以降一度も手を出されていなかったんだし、ついこの間2年ぶりの逢瀬だったんだから」
「それでも手を出してもらえただけいいじゃない!私や美玲、他の子たちなんて未だにゼロなのよ!こんなの納得いかないわよ!」
「あ、あはははは・・・・」
「笑って誤魔化さないで!あと涼も少し落ち着こう!」
長時間この町にいるの良くないのだろうか、凄腕の陰陽師でもある涼でさえこの町に蔓延している怒りの感情に飲まれつつあった。
「幹夫、早いところこんな町から出た方がいいぞ!涼がそろそろヤバいぞ!」
「ああ!それに、それだけでもなさそうだ!」
チラッと十字路の先を見ると、真っ黒の大きな塊がジッとこちらを見ているのが見えた。言うまでもなく、ヒグマであった。
「背中は絶対に向けるな。あと、声は出し続けた方がいい。人間に対する警戒心はなくなっているが、今は獲物と認識していないだけまだましだろう。そうでなかったら、とっくに襲われている」
「そうだな。ゆっくり車の中に入ろう。それからここから離れるか」
「念のため、後で撃っておく。猟銃を持ってきてよかった」
「ちょっと!何また2人だけの世界に入ってんのよ!そうやっていつも私の事をほったらかしにして!」
「幹夫が涼をほったらかした事なんてないだろ。ゆっくり深呼吸をしろ、怒りに飲まれるな」
「あんたにだけは言われたくないわよ!幹夫をいつも独り占めしているあんたにだけは!」
「涼!」
非常にマズイ。今は夏だから明るい時間が長いけど、もう少ししたら日が暮れて死霊たちが外に出てくる。その上クマにまで襲われては、俺達ではなす術はない。
「華々美!」
「ああ」
「何2人だけで通じ合ってんのよ!ってコラ、何すんのよ!」
多少強引ではあるが、俺と華々美は涼の腕を引っ張って無理やりワゴンの中に入れて、俺と華々美もすぐに乗って大急ぎでエンジンをかけた。それと同時に、ヒグマが興奮して俺達の乗るワゴンに向かって体当たりをしてきた。窓は割れていないが、物凄いパワーでワゴンを大きく揺らした。
「きゃああっ!」
「2人とも大丈夫か!?」
「大丈夫だ!早くエンジンをかけてくれ!」
「わかってる!」
シートベルトをかけている間もなく、俺はすぐにアクセルを踏んでワゴンを発進させた。車が大きく揺れたことで、怒りに飲まれていた涼も何とか正気を取り戻したみたいで、以降は意識を保つためにジッと座って黙っていた。
「幹夫!」
「わかってる!合流地点とは逆方向に走っていることくらい!でも、今は!」
クマに執拗に追いかけられている今、野宿をしたパーキングエリアに向かう訳にはいかない。どうやら、車を走らせたことでクマは完全にこちらを餌と認識し、執拗に追いかけるようになったみたいだ。ヒグマの餌に対する執着は、本当に恐ろしい。
しばらく走っていると、俺達は何とか高速道路に入ってこの町を出ることが出来たが、そこは合流地点とは完全に反対方向であった。それに、日が傾き始めたことで森や車の中にいた死霊たち活発になり始め、暗くなるのを今か今かと待ち望んでいた。
追いかけてきたクマとは、高速に入ってからかなりアクセルを吹かしたお陰で距離を取ることが出来たが、餌に対する執念は他の動物の比ではない為必ずこちらに来る。
「幹夫、一旦止まって」
「華々美?」
「幸いまだ暗くなりきっていない。今ならまだ死霊たちに襲われる心配はない。それに、あのクマは必ずこっちに来る。今も追いかけている。わたし達とこの車の匂いを覚えている以上必ずここに来る」
「仕留められるのか?」
「一発で仕留めて見せるさ」
そんな華々美の言葉を信じ、俺は高速道路の真ん中で一旦ワゴンを止めて、猟銃を持った華々美が降りてすぐに後方に向けて猟銃を構えた。それから僅か10秒後に、華々美の予想通りにヒグマがこっちに向かって走ってくるのが見えた。見えた瞬間に、華々美がすぐに猟銃の引き金を引いた。
ズドンという大きな音と共に、クマが倒れた。その距離は何と、ワゴンのすぐ後ろであった。信じられない速さであった。
「走れ!」
クマが完全に動かなくなったのを確認してすぐ、華々美はすぐにワゴンに乗り込んで走らせるように言った。
アクセルを踏んですぐ、オレンジ色だった空が黒くなり、辺りは光が全くない暗闇になった。それと同時に、たくさんの死霊たちがわんさか出てきて行く手を遮っていた。
だが、涼が術を施してくれたこのワゴンに死霊たちは触れることが出来ずにおり、轢いた死霊たちは皆消滅していった。
「適当なパーキングエリアで停まって野宿するか」
「それしかなさそうだな」
「ちょっと待って。もう少し先の、2つ先のパーキングエリアに行って」
「2つ先?まぁ、行ってみるか」
正気に戻った涼の指示に従って、俺は指定されたパーキングエリアに向けてワゴンを走らせた。
しばらくすると、なぜか死霊たちの数が徐々に減っていき、指定されたパーキングエリアにつくと死霊は1人もいなかった。
「死霊たちがいないってことは」
「ええ。ここは私達が北海道に入ってすぐに止まった、聖域近くのパーキングエリアよ」
「そうか」
考えてみればそうだ。由乃さん達は、中心側に向かっていったのだから、その逆なら津軽海峡側に向かっていてもおかしくない。
だが同時に、ここはヒグマの縄張りでもある為全く油断できないのには変わりない。
「さてと、死霊たちに襲われる心配はなくなったが、代わりにクマに襲われる可能性が増してきたわけだが」
「車から出ない方がいいだろう。街灯もなく、電気も死んでる今、真っ暗な中クマに襲われたらたまったもんじゃない」
幸い、この車には水と乾パンがあり、更に寝袋もある為エアコンをかけて椅子を倒せば寝れないこともない。危険を冒してまで外に出る必要がない。
「そうだな。わたしもわざわざ危険を冒すのはごめんだ。涼もそれでいいな」
「ええ」
頭が冷えて、冷静さを取り戻した今、涼はあの町でのことを反省したのかしゅんとした様子であった。
数分後、後ろの座席を倒して乾パンを食べていた。
「その、あの町では、ごめん。私ともあろうが」
「仕方ないよ。あんなに強烈な憤怒の念を浴び続けていては」
「だけど、幹夫と華々美は飲まれなかった。それなのに私は」
悔しそうにする涼に、俺はどうしたら良いのか考えていると、華々美は俺と涼の手を掴んでとんでも発言をした。
「なら、幹夫がここでわたしと涼とすればいいんだよ」
「へ?」
そのとんでも発言に、俺は思はず素っ頓狂な声を上げてしまった。対して涼は、顔を真っ赤にして言葉を詰まらせた。
「か、華々美!お前何言ってんだ!」
「わたしは本気だ。そもそも、涼があの時怒りの念に飲まれたのって、わたしが幹夫に特別扱いされて関係を持っていることに不満があったからだ。要は欲求不満だ」
「ううう・・・・・」
確かに、グループ内で関係を持った女性は華々美一人だけだが、そもそもの話俺は誰とも関係を持つつもりはなかった。
その理由は、彼女たちとの関係を悪くさせたくなかったことと、せっかく築き上げてきた信頼を壊したくなかったというのがあった。笠島先輩が、今でも誰とも関係を持たずに子供たちや皆の為に身を粉にして働いて、その甲斐あってグループ内での信頼もかなり高かった。
俺もまた、周りに女性しかいない環境で彼女たちを不快にさせないようにするために気を使い、欲望に負けないように自分自身を律しているのだ。
だが、向こうから求められたとはいえ2年前に華々美と関係を持ってしまい、更に美玲にキスまでされてしまった。これではマズイと思い、この2年間誰とも関係を持たないようにし、必要な時以外は触れないようにしてきた。
それなのに、この間また華々美と関係を持ってしまった。それも、3回も。これだけでもマズイと思うのに、その上涼とも関係を持ってしまっては彼女たちを不安にさせてしまう可能性だってある。ここまで築き上げた信頼関係も、失ってしまうかもしれない。
そんな俺を見て、華々美は何を思ったのか急に俺に顔を近づけて、自然な流れで唇を重ねてきた。
「っ!?」
「ちょっ、華々美!?」
僅か数秒が何分にも感じ、唇を離した華々美がニヤリと笑った。
「お、おま!?」
「どうせわたし達に気を使い過ぎて、ずっと手を出さないように律してきたんだろ。笠島先輩が、誰とも関係を持たないようにしているみたいに」
「っ!?それは・・・・・」
「幹夫はただ、わたし達に怖い思いや不安な思いをしてほしくなかったから、周りに女しかいない環境であるにも拘らずわたし以外の誰とも極力触れないようにした。わたしは自分から迫ったから、実質幹夫から迫ったことはないんだけど」
「・・・・・・」
華々美の言う通りだ。
俺は、彼女たちを不安にさせたくなかったし、いつ襲われるかわからない恐怖を抱いてほしくなかったし、俺も欲望に負けて襲うような真似だけは絶対にしたくなかった。
大事な仲間であるからこそ、彼女たちが安心して過ごせるようにするために俺はたくさん我慢してきたのだ。
そんな俺の気持ちを察した華々美が、今度は真面目な顔で再び顔を近づけてきた。
「わたし達も随分と嘗められたもんだな。そんなことでわたし達が、取り乱すとでも思ったのか?義務で身体を求められるかもと、恐怖を抱くと思っていたのか?むしろ逆、今回の涼みたいに手を出してもらえないことに不満を抱いている子はいる。美玲もそうだ。誰も義務だの、強要されたなんて思わない。みんな幹夫の事が好きで、幹夫と身も心も全て繋がりたいと思っているから望んでいるんだ。幹夫がわたし達の事を本気で思っているのなら、口ではなく態度と行動で示すべきだ。信頼はとっくに得ている。幹夫がいつも、わたし達の為に行動してくれているというのは皆分かっているんだ。そんなことで、今更幹夫への信頼が揺らぐ程わたし達は軟ではない」
「華々美・・・・」
そこまで言われた後、俺はチラッと涼の方へと視線を向けた。彼女もまた、華々美と同じ気持ちなのか恥ずかしそうにしながらも首を縦に振ってくれた。
その後華々美はまた俺と唇を重ね、優しく包み込むようにしながら抱きしめてからゆっくり押し倒してきた。
「今は、法律もモラルもあったもんじゃない。幹夫がわたし達全員と関係をもって、子供が出来たとしても構わない。全員で幹夫のお嫁さんになればいいし、幹夫ならきちんと責任を取ってくれるって皆もう分かっているから」
「華々美」
確かに、今は法律も機能していないしモラルも通用するとも思っていない。人として絶対に踏み越えてはいけない一線は越えないが、それでも俺はまだ現象前の常識にとらわれ続けていたのかもしれない。以前里美にも言われたように、今更そんな事を気にする人なんてもういないと。もちろん、相手は慎重に選ばないといけないが。
微かに気持ちが揺れかかっているのを察したのか、華々美に続いて涼までも俺の上に覆い被さってきた。
「り、涼!?」
「そういうことだし、私も迷わないわ。町でのことも、華々美の言うように欲求不満もあったし」
「で、でも、2人同時にとなると流石に体力が」
「大丈夫。幹夫はジッとしてるだけでもいいから。私は筋肉陰陽師一家だから、体力には自信あるわよ」
「わたしはどうやったら幹夫をその気にさせられるかを知ってるから、おそらく疲れなんて感じないさ」
「あ、あの・・・・・」
ここまで求められて、流石に言い逃れするほど俺も薄情ではない。
「お手柔らかに」
その日の夜、とても濃密な一夜を過ごしたのは言うまでもない。




