ワガママ女の末路
拘束されていたというのを差し引いても、呆気なく消滅された局長を見届けた俺達。塵となった局長を見て、佐藤宗一の顔から怒りの感情が抜けて呆けていた。
『何というか・・・・アッサリしてるな』
「まったくだ。あんたもあんただ。こんなクズが就任したんなら、とっととやめて転職でもすればよかったんだ。沈む船に乗り続けるのは、愚か以外に何でもない」
そういった後由乃さんは、桃木剣を腰のベルトにわざとらしく差した。なぜそんなことする?
そのすぐ後、佐藤宗一は突然腹を抱えて笑い始めた。
『アハハハハハハハ!確かにそうだな!何であの時の私は、とっととこんな泥船から離れて新しい仕事を見つけようなんて思わなかったんだろうな!ストレスのせいで、そんな発想が逆に抜け落ちてたかもしれないな!』
「なんかスッキリした顔してんな」
「ムカつく相手がざまぁされたからじゃない」
「華々美、言い方」
だけど、実際そうだと思う。
「でも、そのお陰で佐藤宗一から怨念が消えて、無害の幽霊に戻ったわ」
「そうね。怨念が消えて、まだ完全ではないけど町を覆っていた怒りの感情が薄れているのも感じる」
「これなら、成仏させてあげられます」
陰陽師3人からも、安心して北海道の佐藤宗一を成仏させられるとお墨付きをもらった。
その後、佐藤宗一は由乃さんによって無事に成仏していった。その際に由乃さんは、何かを感じ取ったのか少し険しい表情を浮かべていた。
「由乃さん?」
「なんてこった。私達はとんだ思い違いをしていました」
「思い違い?」
「説明している暇はありません。この町の怒りの感情を完全に取り除くためにも、先程の教会にもう一度行きましょう」
言っている意味が理解できず、俺達が首をかしげていると由乃さんから突然あの3人が避難している協会に行くように促された。
とりあえず言われるがまま、俺達はすぐに車に乗ってまたあの協会へと戻るために車を走らせた。着いて早々、佐藤美奈が鉄パイプを持って外に出てきた。板木と財部も、そんな佐藤に続いて出てきた。
「何しに来たんだよ!もう二度とこっち来るなって言ったでしょ!」
「アンタの旦那を成仏させた時に見えたんだよ。テメェの犯した悪行がな」
鉄パイプを持っている相手に、由乃さんは全く臆することなく車から降りてヤンキー時代の口調でまくし立ててきた。顔つきもまた、ぶちギレたときの咲以上に恐ろしかった。
そんな由乃さんに続いて、俺達も車から降りた。
「悪行って何なのさ!私はむしろあの男に苦しめられた被害者なのよ!それなのにそんな言い方って!」
「旦那の金で贅沢三昧しておいて、何を偉そうに言ってんの。その時点でテメェが悪いのは明白だ」
「なによ!夫の金を主婦の私が管理して何が悪いのよ!」
「豪遊贅沢三昧、不倫し放題、これだけでも罪が重いのにテメェは」
「なによ!それの何が悪いってのよ!それもこれも全部、私にお金を使ってくれなかったあの男が悪いのよ!私にやさしく甘やかしてくれなかったあの男が全部悪いのよ!」
夫の金で豪遊しまくった上に、他の男と不倫をしていた事実も認めていたにも関わらず、この女はそれでも自分は何も悪いことをしていない可哀そうな被害者の様な言動ばかりを取っていた。自分が行ってきた悪行を全て棚に上げて。
「あんなクソみたいな上司の下で働かされて、その上テメェのせいでやめていった部下の分の仕事もしなくちゃいけなくなったのに、まだそんなことを言うのか!」
「なに!?」
そこまで聞いて俺達はようやく、由乃さんがこの教会に戻って佐藤に会いに行った理由を理解した。
どうやら、やめていった部下の仕事を全て佐藤宗一に押し付けるように指示したのは、局長ではなくその妹で佐藤宗一の妻でもあるこの女だったのだ。
「だったら何よ!そのお陰であの男はたくさん仕事がもらえたし、そのお陰で出世することが出来たし、そのお陰で給料もたくさんもらえたのよ!感謝されてほしいくらいなのよ!怒るなんてお門違いも甚だしいのよ!」
「ふざけるな!」
あまりにも自分勝手な言動に、俺の怒りも爆発した。これでは、佐藤宗一が常に怒りを抱えているの当然だ。ストレスで頭がおかしくなるのも当然だ。
にも拘らず、この女は夫を支えるどころか毎日豪遊しまくっていて、しかもそれを全く悪いとも思わず棚に上げている始末。
「アンタは働いてすらいないんだから、せめて家の事をしてあげようとは思わねぇのか!」
「なによ!アンタも女なら分かるでしょ!結婚しているのに働くなんて、女としては完全な負け組なのよ!」
「主婦というのは、家の事を一手に引き受けて掃除や家事を全て行う人のことを言うのであって、旦那の金で遊びまくるのは主婦ではなくただのヒモ、もっと悪く言えば脛齧りニートだ!」
由乃さんの言う通り。
主婦、もしくは主夫というのは漫画動画でたまに見かける働かなくてもいいヒモのような存在ではない。家の掃除や毎日の食事、更には買い物や洗濯、小さい子供がいればそのお世話もしなくてはいけない、ハッキリ言って職場に行って働くよりもずっと辛い仕事なのだ。特に、配偶者が仕事に行って家にいないときは共同作業が出来ない為、その大変さは計り知れない。休みなんて、あってないようなものだ。
この女はただ、主婦になれば働かずに毎日豪遊できると勘違いしているヒモニートだ。働かないのではなく、働きたくないのだ。
「ふざけんじゃないわよ!せっかく高収入の男を捕まえたのに、なんで働かなくちゃいけないのよ!何で家の事を私一人でしなくちゃいけないのよ!私は家政婦じゃないのよ!そんなの雇っている金があるなら、妻である私の為に使うのが正しい常識なのよ!」
「アンタはただ働きたくないだけだ!そのくせ、旦那の会社に新しい社員を入れるのを拒み、その仕事の全て自分の旦那に振らせて仕事を増やすなんて、これでは佐藤宗一が常に怒っているのも当然だ!」
「夫は妻の為に全財産を貢ぐもの!妻が働かずに済むように人生を捧げるもの!男が死に物狂いで働いて、女が家のことすることの何が悪いのよ!差別だわ!女性蔑視だよ、小僧!」
言っていることが支離滅裂だ。そもそもアンタ、家の事は何にもせずに毎日遊び回っているのだから偉そうに言うな。
「バカバカしい。幹夫や由乃さんの言うように、アンタはただのヒモニートだ。男の稼ぎを当てにしているだけの、ごくつぶしだ」
「女の風上にも置けないわね。同じ女だけど、私もアンタを軽蔑するわ」
「働きもせず、家の事も何もしないで遊び回っているだけの人が、差別だの女性蔑視だの偉そうに言わないでほしいです」
「そもそも、犯罪行為をしているのはそっちなのになに偉そうに権利を主張してんのよ」
「最低だな」
華々美、涼、美玲、里美、朝香の順番でそれぞれ自分の意見を述べ、それぞれが佐藤を軽蔑していた。
「そういえば、佐藤さんっていつも上から目線で指示を出しているくせに、自分は何もしないでゴロゴロ過ごしているよな」
「私達に危険な食料と水の調達をお願いして、自分はここから一歩も外には出ないし、少なかったらものすごく文句を言うし、私たちの分も平気で取り上げるわよね」
怒りの感情が薄まったお陰か、冷静さを取り戻した板木と財部も佐藤から距離を置いて軽蔑し始めた。
完全に孤立してしまった佐藤は、わなわなと震えながら今にも怒りが爆発しそうになっていた。
「何なのよ!皆して寄ってたかって!兄も親もあの男も、働かないのならせめて家の事をしろだのうるさく言うし、私のやること全てに文句ばかり言う!何なのよ!働くことがそんなに偉いの!?女が結婚もせずに働き続ける方が間違っているわ!私は何も間違っていないわよ!」
『私の言うことが全て正しいのよ!』
怒りを爆発させた佐藤の顔から生気が無くなり、肌の色も青白くなり、さりとて手足は黒く染まり、禍々しいオーラを全身から放った。
この感じには覚えがあった。
「由乃さん、これって!?」
「ええ。佐藤宗一が成仏する際に、私の頭の中に情報をくださったのです。この女も、現象が起こったその日に死霊に襲われて命を落とし、短期間で悪霊になり、更に激しい怒りの感情をこの町全体に広げる元凶となったのです。しかも、怒りの感情は更にあの女の怨念を強めてしまい、その結果悪霊よりも更に危険な魔物へと変貌を遂げたのです」
「そういうことだったのか」
つまり、佐藤美奈という人物はこの現象が起こったその日に死んでいて、その強すぎる怒りの念によって悪霊に、更にその上の魔物になってしまったようだ。
そして、この町に怒りの感情を蔓延させた本当の元凶でもあったのだ。
「ば、化け物!?」
「何で!?協会に入れば、化け物どもは入ってこられないんじゃないの!?」
佐藤のまさかの正体に驚愕する2人だが、力の強い悪霊には何の効果もないため普通に入れるし、魔物となれば尚更楽に入ることが出来るだろう。守りの力も、力の強い悪霊や魔物には何の意味もなさないのだ。
『わああああああああああ!』
ただ獣のように吠える佐藤だが、その圧倒的な圧迫感を前に俺達は前に進むことが出来ないでいた。
「あの女め!正体を隠していたのか!?」
「いや、おそらくアイツは自分が死んだことを自覚していないんだろう。一番厄介なパターンだ」
「涼さんの言う通り。死んだことを自覚していない悪霊ほど面倒なものはありません」
「まったく!面倒な奴に遭遇したな!」
3人の陰陽師も、心底困った様子であった。
言われてみれば、自分の死を自覚していなければあの2人や、これまで一緒にいた人たちに働くことを強要しないだろうし、効かないとはいえ協会に居座るなんて真似もしない筈だ。
「佐藤宗一がヒグマに憑依して、この教会を襲撃していたのだって、元々は魔物になったあの女からこの教会にいた人たちを助ける為だったのです。ですが、自身も悪霊となっていた上に、怒りに駆られていた為に本来の目的を見失ってしまったのです。その結果、あの魔物と一緒に怒りの感情を蔓延させることになってしまったのです」
「そういうことだったのか!」
思い通りにいかない怒り、自分の行動にいちいちケチ付けられた怒り、働かないのを叱られたことに対する怒り、旦那の金で豪遊したことを怒られたことに対する怒り、いろんな怒りが混ざってこの町に憤怒を蔓延させたのだ。
「まるで学校に行きたくない、勉強したくないと駄々をこねる子供だな」
「実際にそうだと思うぞ、華々美。あの女は、精神年齢が小学生あたりでストップしたまま成長したんだろうな。あの局長ですら、ちゃんと働けと叱っていたくらいだからな」
これが精神疾患を患っていたり、何かしらの障害を持っていたりなど、訳あって働くことが出来ないのなら誰も怒ったりはしなかったと思う。
ところが、この女はただ働きたくないだけであった。精神疾患も障害もない健康体であり、欠損も何もない五体満足であるにもかかわらず。
「かなり強引で投げ槍なやり方だけど、この魔物は早急に消滅させないといけない!残った怒りの感情は、結界を張ってこの町の外には出させないようにさせる!もうそれしか方法はないし、こんなワガママ女から怒りを解消させるなんて不可能だ!」
「涼ちゃんの意見にボクも同意見だね!元凶があんなんじゃ、もうどうすることもできないね!」
「この町にいる生存者には悪いけど、相手があんなんでは怒りの感情を取り除くことが出来ません!」
「仕方ないか!」
手の施しようがなくなったことで、俺達は迷うことなくあの魔物を消滅させることを決めた。
俺はまず、銀の矢を放ってあの女の胸に向けて命中させた。
『あ、あああ・・・・・』
自身の胸に刺さった矢を見て、佐藤は愕然とした様子で狼狽えていた。当然だが、血なんて一滴も出ない。
『な、なによ、これ!?・・・・っ!?』
狼狽えている間に、今度は華々美が銀の弾丸を佐藤に眉間に向けて撃った。
『どうして!?撃たれたはずなのに!?矢が胸に刺さっているのに!?何で血が出ないのよ!?何でよ!』
「それはアンタがもう死んでいるからだよ」
トドメに涼が、宝刀で佐藤の首を刎ねた。
『そんな!?私が、死んでたなんて・・・・・』
首を切られても尚自我がハッキリしている事から、佐藤はようやく自分が既に亡くなっていたことを自覚した。その後、悲鳴を上げることなく、最後の最後で自身の死を自覚した佐藤美奈はこの世から消滅した。
「消滅したか」
「おそらく、魔物になったのはつい最近でしょう。弱すぎだわ」
「でしょうね。弱すぎです」
「自覚してなかったから、どう力を使ったらいいのかもわかっていなかったんだろう。弱すぎた」
「「「はははは・・・・・」」」」
ものすごく危険なはずなのに、弱すぎると言った3人の陰陽師に俺と華々美と美玲は乾いた笑みを浮かべていた。死んで幽霊になっていたことと、自身の中にある怨念の力の使い方も知らなかったからというのもあるだろう。
「さて、モタモタしていないでさっさと結界を張りましょう。そんで、結界を張ったらさっさとこの町を出て一旦帰りましょう」
唯一動揺していない里美は、パンパンと手を叩いた後すぐに結界を張るように促してきた。
「オッケー!じゃあ私が結界を張って、怒りの感情が町の外に出ないようにするわ。護衛に幹夫と華々美がついて、残りはキャンピングカーで昨夜野宿したパーキングエリアで待ってて。ワゴン一台あれば大丈夫だから」
「わかりました。けれど、くれぐれも無理はしないように」
由乃さんにそう言われた後、俺と華々美と涼はすぐに結界を張るためにワゴンに乗って涼が指定した場所に向けて出発した。その間に、由乃さん達はキャンピングカーに乗ってこの町を出た。
板木と財部は、自分たちのすぐ近くに魔物がいたという事実に絶望して動けなくなり、悪いとは思いつつも2人を放置することにした。一応この町から出るようには言ったが、それにちゃんと従うのかどうかは本人次第だ。
「結局、怒りの念を消すことが出来なかったな」
「仕方ないわ。あそこまでワガママだと、私達が何をしたところで分かってくれないわ」
「とはいえ、他の町への移動は命懸けになるだろうな。死霊どもは車の中にも入ってくるから、移動は必然的に自転車になるだろう。だけど、それだと今度はヒグマに遭遇した時に身を守る手段がない」
「北海道ならではの危険だな」
この町に住んでいる人を助けてあげることもできず、怒りの念を取り払うことが出来なかった悔しさを抱きながらも、どうすることも出来ないことなんだと割り切りながら俺はワゴンを走らせたのだった。




