北海道の佐藤宗一
「臭い・・・」
「コラ華々美!遺体の持ち主に失礼だぞ!」
「華々美さんの気持ちも分かる。殆ど手足ばかり、しかも損傷も酷いし悪臭も酷い。おまけにウジも沸いていて気持ち悪い」
「確かに、2年前にも町の遺体を火葬する際に遺体に触れたが、こっちの方がなんだかヤダ」
「ううう・・・・・」
何か言い返さないといけないと思ったが、ここまで酷い状態だと触るのも躊躇われる。朝香の言うように、損傷と悪臭がかなり酷いうえにウジまで沸いていたら無理もないわな。ちなみに、遺体を軽トラに積む係に選ばれたのは俺と華々美と朝香の3人になった。
(まぁ、確かに2年前に火葬した遺体はそこまで悪臭もしなかったし、ウジも沸いていなかったし、損傷もここまで酷くなかったもんな。その上五体満足だったから、触れるのはあまり抵抗がなかったんだよな。二次災害を防ぎたかったというのもあるけど)
なんてことを考えながらも、俺は黙々と遺体を軽トラの荷台に積みこんでいった。殆どが手足ばかりだが、中には生首までもあったので朝香はともかく流石の華々美も悲鳴を上げながら積んでいった。一応感染症対策で軍手と雨合羽を身に着け、マスクも着けているので大丈夫だと思うが、それでも悪臭がかなり酷い。
そして、積むだけでは終わらなかった。
全て積んだ後、たくさんの遺体とともに荷台に乗って移動することになった。当然のことながら、俺達の間に会話はなかった。
「言うほどたくさんではないが、何かやだ・・・・」
仏様に失礼だと思いつつも、感情面ではこの状況を受け入れられないでいた。量はそこまで多くなかったのだが、悪臭がかなり酷い。
(本当にごめんなさい。あとで丁重に葬ってあげるから)
結局会話もないまま、俺達は目的の研究所の駐車場に来ていた。現場では既に、体育祭で見られるテントが建てられていて、涼が結界を張って中に入った悪霊が出られないようにした。
「お疲れ様です。では、持ってきた遺体をテントの中に入れてください」
「「「え!?」」」
戻ってきて早々、美玲から更にエグイ指示を出されて俺達は顔を真っ青に染めながらトラックに積んだ遺体を下した。他のメンバーは、俺達が隠れられる場所を作っていた準備をしていた。
「酷い・・・・何でわたし達だけが・・・・」
「怒るな。気持ちは分かるが、怒ると悪霊どもの思うツボだ」
「後で気持ちを静める術をかけるから、それまで我慢して」
まぁ、華々美が怒る気持ちは分かるが、ここで怒ってもあの悪霊の悪影響を受けてしまいかねないので、今は我慢してほしい。怒るのなら、せめて憤怒の悪霊を退治してからにしてほしい。
「安心しろ。別にわたしは怒ってない。ただ、この遺体をまた触るとなるとげんなりするだけ」
「まぁ、損傷も悪臭も酷い上にウジも沸いているから無理もないわな」
「それでも2人とも、後で術をかけるね」
そんなに時間もかけずに俺達は、荷台に積んであった遺体を全て降ろした後、大急ぎで雨合羽を脱いでエアコンが効いているキャンピングカーへと入って涼んだ。水分補給も、朝香に心を静める術をかけてもらうのも忘れていない。術といってもいいのか疑問ではあったが。
30分ほど休んだ後、俺達も涼たちと合流してヒグマが保存食を取り戻しに来るのを待っていた。華々美も、銀の弾丸が装填された猟銃を構えて何時でも撃てるように構えていた。
「例のヒグマ以外に、他のヒグマは1頭も来ないわね」
「おそらく、昨日この町に残っていたヒグマは全て駆除したのでしょう。二次災害を防ぐためにも、後日火葬した方がいいでしょう」
「そうだな。クマ肉は惜しいが、こんな暑い季節に放置していれば早く腐るだろうから、焼却処分をした方がいいだろう」
そんなことを話していると、件のヒグマが保存食を取り戻しに駐車場に現れ、テントの中に入った。
「涼さんの言う通り、背中に男性の悪霊が張り付いています」
「クマに憑依するなんて、変わった悪霊だね」
どうやら、由乃さんや朝香さんにも憑依した悪霊が相手の背中に張り付いているように見えるのだろう。2年前に優希に憑依した笠島弟みたいに、憑依した悪霊は姿を涼達でなければ見ることが出来ないし、日中でも消滅しないし、神社や教会の中にも入ることが出来る。
涼と由乃さんと朝香の3人には、憑依した悪霊の姿もハッキリとみることが出来るので本当に助かる。
「華々美、あのヒグマの手足を撃って動けなくさせられるか?」
「無理だ。手足を撃ったくらいで動きが止まるほど、ヒグマはやわではない。そもそも、当たらないと思う。それでも、何とかやってみる」
やはり、クマを仕留めるのは容易ではないようだ。地元でも、敷地内に入り込んできたツキノワグマを一発で仕留めきれず、何発か撃ってようやく仕留めることが出来るくらいだ。
そんなクマの動きを止めることがどれだけ難しいのか、俺たちは身をもって知っているはずなのだが、ここで急所を撃って憑依している悪霊諸共倒してしまっては元も子もない。この町に蔓延している怒りの感情、それを取り除くには元凶となっている佐藤宗一の怒りを鎮めてから消滅させる必要があるのだ。
「ボリボリと、骨を嚙み砕く嫌な音は聞くだけでも不快だというのに!」
神経を尖らせながら、華々美はゆっくりとヒグマに向けて引き金を引いた。
ズドン!
大きな銃声とともに、ヒグマは前のめりになって倒れた。その後すぐに華々美は、猟銃から銀の弾丸を発砲して今度は後ろ脚を打ち抜いた。そこで俺達に気付いたヒグマは、唸り声をあげながらこちらを睨みつけていたが、すぐに華々美がもう片方の前足に向けて3発目を撃って動きを止めた。何処を撃てば動けなるのかも把握し、それを正確に撃って命中させるその腕前はベテラン猟師も真っ青だろう。
だが、それでもヒグマは動こうと吠えながらもがいていた。
「クマと一緒に結界の外に出られては面倒だ!華々美!」
「ああ。もういいよな!」
俺の了承を得た華々美は、迷うことなく4発目をヒグマの眉間に向けて発砲し、見事命中させた。
その直後、背中に張り付いていた佐藤宗一がヒグマから離れてテントの日陰に留めることが出来た。
(ヒグマから離れようとしているのが、薄っすらと見えていたから、そろそろ仕留めてもいいだろうと思ったが正解だったみたいだ)
動きを封じられた佐藤宗一は、今にも爆発しそうな怒りを露わに俺達に怒鳴り散らしていた。けれど、結界を張られて身動きが取れない為俺達に何の危害も加えることが出来ないでいた。
それが分かっているから、俺達は武器も持たずに近づくことが出来たのであった。
『出せ!貴様ら俺をこんな所に閉じ込めて!ただで済むと思ってんのか!』
「閉じ込めたことは謝るが、その前に話がしたい」
『ガキは黙ってろ!貴様に俺の何が分かるってんだ!余計な口出しをするな!』
こちらの話を聞くこともなく、佐藤宗一はただ怒りに任せて怒鳴り散らすばかりであった。このまま平行線が続いては埒が明かない。
そんな時、綺麗な笛の音が鳴り響き、それを聞いていると自然と心が安らぐのを感じた。
それは俺達だけでなく、怒り狂っていた佐藤宗一までも落ち着き始めていた。
笛を吹いているのは、朝香であった。
「自然と気持ちが落ち着くな」
「日口家の真価は、術の派手さでも、武術の腕前でもない。楽器に念力を込めながら音楽を演奏し、霊が抱いていた怒りや未練、執着などを和らげることが出来て、それによってその霊を成仏させやすくすることが出来るの。その効果は絶大で、悪霊でさえその怨念を鎮めることが出来るくらい強力なんだよ」
「なるほど。だから、朝香の荷物に笛やオカリナやバイオリンなどの楽器もあったんだな」
音楽を使って感情を鎮め、その霊を成仏させる手助けをさせることに長けた一族。それが日口家であった。キャンピングカーで休憩しているときも、朝香が笛を吹いて俺と華々美の気持ちを和らげてくれたのだ。ちなみに、兄の孝一さんはバイオリンを、父の孝介さんは尺八を特に得意としていて、孝一さんと婚約したことで彩羽さんもその術を習得して、フルートが得意となったという。朝香はチェロを得意としているが、車に積めないということで手頃な笛とオカリナとバイオリンなどの楽器を選んだのだ。
3~4分後に、完全に落ち着いた佐藤宗一は眉間に皺を寄せてはいるが、先程のように感情任せに怒鳴り散らすようなことはなくなった。
「気持ちは落ち着いたか?」
『ああ』
悪霊が相手であってもその効果は絶大で、佐藤宗一の怒りも収まっていた。
『まずは名前を名乗らせてほしい。私は佐藤宗一。ここの研究所で一応係長をやっていた』
「俺は武谷幹夫。あなたに会って聞きたいことがあってここに来たんだけど」
それから俺は、佐藤宗一にここに来た目的と、今回ここにおびき寄せた経緯を話した。怒りが完全に収まっていたお陰か、黙って俺の話を聞いていた。
『そうか。それで私の所に。ですが』
「わかっています。この現象が起こる2ヶ月前、あなたは既に亡くなられています。故人であるあなたに、霊滅版を買い取ることはできませんので」
『ああ。それに、あの女は古い物よりも最新のブランド物や宝石などを欲しがるヒモ女だから、あの女が買い取るとは思えない』
「確かに、そんな感じでした」
『はい。そもそも私は、あんな女とは結婚なんてしたくありませんでした。局長の妹ということで、私の意志とは無関係にほぼ無理やり結婚させられたのです。前任の局長は、とても素晴らしいお人だったのに』
その後、佐藤宗一は自分の事と職場の環境について話してくれた。
東京の大学を卒業した後、地元に戻ってこの小さな会社に入社し、地元出身の偉人や歴史について研究してきた。小さいながらも着実に成果を出し、最速で主任になり、32歳という若さで課長に就任するほど期待された。
ところが、それから3年後に前任の局長が病で倒れて退職し、後任に専務だった男が新しい局長に選ばれたことで全てが一変した。
新しい局長は、やたらと大きな成果と実績ばかりに固執するようになり、部下に無理難題ばかりを押し付けてはその成果を横取りするというとんでもない男で、その被害は佐藤宗一にも及んだという。
しかも、それだけに留まらず新しい局長は、自分の妹を係長に就任したばかりの佐藤宗一と結婚させたのだ。理由は、彼が当時この研究所で最も多くの成果を残していたからで、自分の妹と結婚させることで自分自身もお零れで賞賛されようと目論んでいたのだ。出世頭で優秀な佐藤宗一と関係を持つことで、必然的に自分自身の株も上げられるという卑怯な算段であった。
嫁もまたろくでもない人間で、家事をしないのはこの際目を瞑るとしても、残業続きで疲れている彼を労わないどころか、彼の稼いだお金で豪遊や贅沢三昧な生活をしていて、嫁の部屋には大量のブランド品や宝石などが置かれていた。そのことを注意すると、嫁はヒステリックを起こして怒鳴り散らし、酷いときは局長である兄にDVされたと噓の報告をすることもあったという。尤も、それに関してはいかに最低な局長であっても信じることはなかったという。
そんな生活をしては、佐藤宗一に限らず誰だってストレスがたまるもので、溜まりに溜まった苛立ちとストレスはやがて彼の私生活や仕事にも悪影響を及ぼし、彼は常に抑えようのない怒りに駆られるようになり、職場でも常に部下を相手に怒鳴り散らすようになってしまった。
そのせいか、部下からパワハラをされたと訴えられたことで立場が悪くなり、憔悴しきっていた彼に更なる追い打ちをかけるかの如く訴えを受けたその翌日に突然の頭痛と吐き気によって倒れ、そのまま帰らぬ人となってしまった。
後で知ったが、死因はクモ膜下出血だったそうだ。
「酷いな」
『ま、パワハラをした私も悪いし、自業自得というものだ。あの時は、とにかく自分の感情の制御がうまくいかなかったからな。言い訳をしたところで、私の行ったことは消えない』
最悪なトップと最悪な妻。
腐ったトップが就任したことで、組織全体の崩壊に繋がり、優秀な人材を失う結果となってしまった。佐藤宗一も、その被害者の一人だったということだ。
『だが、その局長の最低な行いはこれに留まらなかった!』
思い出して怒りに震えだした佐藤宗一は、何とか爆発を抑えながらその後の事を話してくれた。
『あろうことか局長は、私の死を隠ぺいしてあたかも私がまだ生きているかのように偽装し、私の許可もなく勝手に私のSNSを作り出したのだ!』
「SNSって、じゃああのSNSはその局長が作ったもので、あなたは一切関与していないというのですか?」
『そうだ!何を血迷ったのか、私の古い写真を使って勝手にSNSを作って大々的にこの研究所のアピールを行ったのだ!しかも、部下が出した成果を横取りして私の成果として発表し、SNSにアップするという最低なことまでして!しかも、それによって得た収益を妻と共に着服するというおまけ付きで!』
「それは犯罪じゃないか!」
あのクソババアは、その事実を俺達に黙っていた上に世間にバレないように隠蔽までしていたのか!
死を隠蔽された上に、そんな事までされれば佐藤宗一が悪霊になるのも頷ける。局長とあの女は、人として踏み外してはいけない一線を踏み越えてしまったのだ。
『こんな風に怒ってくれるのは君が初めてです。周りの社員は、皆が見て見ぬふりをするばかりで誰も止めようとしなかった』
「そうですね。その局長って、コイツですか!」
事情を把握した由乃さんが、首に下げてあった数珠を手に取って、それを佐藤宗一の会社の窓に向けて飛ばした。それから僅か5秒後に、1人の死霊を捕らえた数珠が戻ってきた。
『ああああああああ!』
「安心しろ、すぐには消滅しないようにした。テメェはただ、こちらの質問にだけ答えてりゃいいんだよ」
元ヤン時代の口調に戻り、ドスの利いた声で捕らえた局長に問い詰める由乃さん。その変貌っぷりを初めて見た朝香は、里美の背中に隠れた。そこから先は、俺達は黙って由乃さんと局長のやり取りを見ていた。
「答えろ。何で佐藤宗一の死を隠蔽したんだ?何でこんなことをしたんだ?」
『だって、佐藤はうちで一番の出世頭だし、実績もとても良かった。なのに、この研究所があまり注目されていないのがどうしても納得いかなくて、この私が局長を務めるこの研究所が見向きもされんのが我慢ならなかったんだ!』
「それで社の方針をがらりと変えたんか?」
『そうだ!それに、佐藤が我が社で一番稼ぎが良かったし、がめつい妹の懇願もあって殆ど無理やり結婚させてやったんだ!そのお陰で妹は贅沢三昧、私もその恩恵を受けられたからもう後戻りが出来なくなってしまったんだ!』
要は、欲望と承認欲求に駆られてこんな暴挙を起こしたという訳か。死を隠蔽したのも、亡くなったことで稼ぎが無くなるのを恐れたからだったのか。
「とんだ屑だな。救済の余地なし。消えろ」
『やめて!許してくれ!』
「聞く耳もたん!」
『ああああああああああ!』
命乞いも虚しく、局長は由乃さんの桃木剣の一突きにより呆気なく消滅したのであった。といっても、局長は既に死んで幽霊になっているので命乞いというのもなんだか変だ。




