怒りの原因とストレス社会の弊害
図らずも、俺達はあの協会で生き残っていた人達と顔を合わせることになってしまった。
「えっと・・・・こんにちは」
生き残っていたのは、同い年くらいの2人の若い男女と30代後半くらいの女性1人の3人であった。
「俺は、武谷幹夫といいます。19歳になりました」
なんだか3人とも、俺達を歓迎している雰囲気でもなく、突き刺すような鋭い視線を向けて今にも爆発しそうな怒りを抱えているようにも見えた。
「わたしは幹夫のお嫁さんの、華々美だ」
「私もお嫁さんの、涼です」
「ちょっと、お2人ともズルいです!」
なんか華々美と涼が、勝手に俺のお嫁さんを名乗っているけど、俺達はまだ結婚どころか籍も入れていないぞ。とはいえ、この2人相手に突っ込みを入れられないのは、絵里奈ちゃんの存在が大きいだろうな。今この場にいなくても、あの子に不安な思いをしてほしくないから否定も出来ない。
「えっと、城ヶ崎美玲です!」
美玲に至っては、てんぱった様子で自己紹介をしていた。
「長谷川里美です」
「影山由乃といいます。よろしく」
「ボクは日口朝香といいます」
対して、里美と由乃さんと朝香の3人は比較的落ち着いていた。いや、よく見ると朝香は少しそわそわしていた。こっちはおそらく、あまり歓迎されていない空気に圧倒されている様子であった。
実際に歓迎されていないし、3人はあからさまに敵意むき出しで俺達を睨みながらも、名前だけ名乗ってくれた。
「板木大斗です」
「財部加奈です」
同年代くらいの2人、板木と財部は明らかにこちらを警戒していて、さっさと何処か行けと目で訴えていた。
「佐藤美奈よ。名前を言ったんだからどっか行ってちょうだい」
最後の佐藤さんに至っては、どっか行けと口にしていた。そんな佐藤さんに同調するように、板木と財部も俺達を睨みながら首を縦に振っていた。3人とも、今にも爆発しそうな怒りとイライラを抱えていた。
だが、まだこのまま去るわけにはいかない。杞憂に終わるかもしれないが、佐藤さんか聞きたいことがあるからだ。
「何処か行く前に、佐藤さんからちょっと聞きたいことがあります」
「何よ。言っとくけど、私達は初対面だよね。それで私に聞きたいことってなに?」
滅茶苦茶イライラした様子だし、下手に地雷を踏みぬいて爆発されてはこちらが危なくなる可能性も高い。
だが、それでも聞かないといけない。その理由と根拠が、俺達にはあるのだから。
「佐藤宗一さんについて、何か知りませんか?」
その名前を聞いた瞬間、佐藤さんの眉がピクッと動いたのを俺は見逃さなかった。そしてそれは、俺の同行者である彼女たちも見逃さなかった。
「知っているのなら正直に話してほしい。それまでわたし達はここを動かない」
華々美の無常ともいえる言葉に、佐藤さん達は不快感を隠すことなく大きく舌打ちをした。
「何なのよ。あんな男の関係者?」
「やはり知っているのですか」
「知っているも何も、私の夫よ」
正直言ってこの佐藤さんが、俺達が探している佐藤宗一を知っていることは期待していなかった。佐藤という苗字は、日本で最も多い苗字だった為全く関係のない赤の他人の可能性も考えた。
けれど、その心配はなくてよかった。
ただ、この人が北海道の佐藤宗一の奥さんだったのは予想外だった。滅茶苦茶派手な服装と、高そうな装飾品を身に着けたいかにも遊でいますといった感じであった。勝手な偏見は良くないが、夫の金を使って豪遊していそうな人だ。
「で、何?主人ならこのクソみたいな現象が起こる2ヶ月前に亡くなっているけど、うちの人がアナタ達に何かしました?」
「え?亡くなっているって!?」
予想外過ぎる回答に、俺達は揃って驚愕した。既に亡くなっているだろうと思っていたが、まさかこの現象が起こる2ヶ月前に亡くなっていたとは思っていなかった。では、あのSNSの人物は誰だっていうんだ?
「その様子だと知らなかったみたいね。あの人は一応、この町にある研究所で歴史について調べていた学者さんだったわ。それなりに高い地位にあったけど、いつもいつもピリピリイライラしてて、家でもいつも怒っているような人だったわ。会社でもいつも部下に怒鳴ってばかりだったみたいだし、亡くなる前日に部下からパワハラで訴えられてたからとてもまともとは言えないわね」
「その、ご主人ってこの人ですか?」
すぐに確認したかった俺は、スマホから北海道の佐藤宗一のSNSを開いて写真を見せた。その写真を見た瞬間、佐藤さんの顔が更に怒りで歪んだ。
「ええぇ、そうよ。ああもう!思い出しただけでもイライラする!口を開けばお小言ばかり、掃除しろだと、ちゃんと片付けくらいしろだの、本当に口五月蝿い人だったわ!しかも、言葉には必ず怒気が混ざっていて、聞いているこっちまで腹が立ったわ!」
ものすごい怒りを露わにしながら、佐藤さんは自分の夫に対する怒りと不満を爆発させていた。後ろにいた板木と財部は、「なにそれ、パワハラとモラハラじゃん!」と、「訴えられて当然。完全な犯罪者じゃん」と言って佐藤さんに同調した。
けれど、そんな常に怒っているのには必ず何かしらの理由があるはず。これ以上は危険だと思いつつも、俺は聞かずにはいられなかった。
「ご主人はいったい何に怒っていたのでしょうか?ご主人の職場の環境はどんな」
「知らないわよそんなの!知ったことじゃないし、あの人がどんな環境で働いていたかなんて私の知ったことじゃないわよ!」
最後まで言い切る前に佐藤さんは、たまっていた怒りを爆発させた。
だが、それと同時に北海道の佐藤宗一の取り巻く環境がどんなものだったのかが分かった。
「そうですか。すみません」
「わかったならとっととどっか行ってよ!私たちがこんなにも苦しい性格をしているのに、アンタ達はいかにも恵まれていますといった感じが癇に障るのよ!どうせ何不自由なくぬくぬく過ごしているんでしょ!肌艶もよくて清潔感もあって、ムカつくんだよ!」
「わかりました。失礼しました」
この女の本性が分かったことで、いくら怒鳴り散らされても小物臭しかしない為俺達は委縮されることなく、要望通りにこの場から去っていった。
そして車に乗って、佐藤宗一が働いていたであろう研究所の駐車場に停めた。
「幹夫ったら、お前は相手を苛つかせてどういうつもりだったんだって思ったぞ」
「怒るだろうなとは思ったが、おかげで大きな収穫を得ることができた」
「はい。北海道の佐藤宗一さんも、霊滅版の事は知りませんでしたね」
「というか、買える訳がないわね」
美玲と里美の言う通り、北海道の佐藤宗一は霊滅版を渋井沢から買い取っていなかった事が分かった。
そもそもの話、渋井沢が霊滅版を転売していた時、佐藤宗一は既に亡くなっていた為買い取りは不可能であった。
「この現象の前に亡くなっていたのは予想外でしたが、おかげでこの町を取り巻く怒りの発生源が何なのかわかりました」
「私も、あの大きなクマの背中に張り付いていた悪霊が誰なのかもわかったわ。アイツが佐藤宗一だったんだね」
涼と由乃さんは、この町の生存者に蔓延している怒りの元凶を知ることが出来た為、あのグループから話を聞けて良かったと思った。
涼が言っていた、あの巨大クマの背中にまとわりついていた悪霊の正体は、激しい怒りを抱えたままこの世を去った佐藤宗一で間違いなく、その佐藤宗一の憤怒がこの町全体を覆い、あの3人のようにこの町の生存者全員が怒りに駆られて常にピリピリしていたのだ。
「だけど、佐藤宗一が常にイライラしていた理由には説明がつくし、怒る理由にも納得がいく。アイツの職場環境と家庭環境がどんなものだったのかは、この異様に車の少ない駐車場と、あのクソ女の発言から容易に想像がつくし、佐藤宗一の死因にも見当がつく」
「華々美の予想通りだと俺も思う」
「私もそう思います。そもそも、こんなに駐車場が広いのに、停まっている車の量が少なすぎます。ここの研究所、慢性的な人材不足に悩まされているのだと思います」
美玲の予想通り、この研究所は従業員の数がとても少なく、そのしわ寄せが当時高い役職を持っていた佐藤宗一さんに流れ込み、毎日遅くまで仕事をしていたのだろう。
しかし、佐藤宗一はたくさんの仕事を抱えても問題なく回していたこともあり、上層部が問題ないだろうと判断して人を増やすことを怠ってしまったのだろう。
その結果、終わらない業務、増える仕事に反比例して人はどんどんやめていき、それでも何とか回そうとするから大丈夫だろうと上層部が勝手に判断して人を募集しない。
「そんな環境で働いているせいか、佐藤宗一は常日頃から怒りとイライラを抱えていて、疲れも取れないだろうからストレスも相当溜まっていたのだろう。その上、家に帰れば家事も料理も何もしないヒモな奥さんがいるから益々ストレスが溜まってしまう」
朝香の言う通り、そんな環境にいてイライラしない人間なんているわけがなく、その上役職についていれば上からのプレッシャーも相当だろうから、怒りに任せて部下に当たり散らしてしまい、それがパワハラに発展してしまったのだろう。酷い悪循環である。
「そうなると、佐藤宗一の死因は・・・・」
「過労死で間違いありません。この職場の上層部が腐っているせいで、完全にブラック企業化してしまったのだと思います」
由乃さんの言う通り、佐藤宗一は過度なストレスのせいで何かしらの病気にかかってしまったのか、あるいは注意力が散漫になって事故死してしまったかは定かではないが、過労が原因で亡くなったのは間違いない。その上、部下からパワハラで訴えられたことがトドメとなり、身体の悪いところが一気に出てしまったのだろう。
北海道の佐藤宗一は、職場と奥さんに恵まれなかったせいで38年という短い生涯を終えてしまったのだろう。パワハラは許されないが、本当に可哀そうな人だ。
「さて、ここには霊滅版がないことは分かったし、どうする?」
里美のシンプル過ぎる質問に、俺は少し考えてから答えを出した。
「佐藤宗一の怒りを鎮めたのちに、消滅させよう。このまま放置して帰ってもいいが、ここで起こっている問題はやがて世界規模に発展する。ここで食い止めておかないと、俺達にまで被害が及ぶ。それだけは、何としても防がないといけない」
「そうね。私も、このまま放置することはできないわ」
「そうですね。ですが・・・・」
「うん。あの悪霊の怒りを鎮めるのは、かなり骨が折れると思うよ。憑依前ならともかく、よりにもよってヒグマに憑依するんだからかなり厳しくなると思うよ」
3人の女陰陽師の言うように、やはりそこが一番の悩みどころになるみたいだ。
昨夜涼が言っていたが、悪霊を葬っても怒りの感情と思念はずっと残り続けてしまうため、消滅させるのならまずその怒りの根源を何とかしてからじゃないと意味がないと言っていた。
ならば、それを佐藤宗一から取り除いてから消滅させる以外に方法はない。
だが、問題はその佐藤宗一が巨大ヒグマに憑依してしまっているということだ。
当たり前のことだが、人間が肉弾戦でクマに挑んでも勝てるわけがない。まずは、佐藤宗一をクマから引き剝がすことから始めないといけない。
「さて、どうやってクマから佐藤宗一を引き剥がすかだが・・・・銀の弾丸で怯ませたところを剝がすのはどうだ?」
「確かに、急所を外せば悪霊を消滅させずに無力化できるけど」
「難しいぞ。昨日もいったが、クマを仕留めるのはかなり難しいんだ。ましてや、急所に当てずに無力化しろだなんて無理ゲーが過ぎるぞ。絶対にクマが怒って暴れまわり、周りに甚大な被害をもたらすぞ。よく麻酔で眠らせろというけど、撃ってすぐに効く麻酔なんてあるわけがない。どんなに早くても30分もかかってしまう。ギャーギャー騒いでいる連中は、それが分かっていないんだ」
涼は俺の提案に乗ってくれたが、華々美は渋い顔をしながらそれがいかに難しくて命懸けなのかを話した。
確かに、麻酔で眠らせて山に帰すべきだと訴える人もいるが、麻酔が効くのにかなりの時間がかかってしまうし、その間に興奮して暴れてたくさんの人が被害を受けてしまう。遠くからテレビを見て、可哀そうだと騒いでいる人はその辺が全く分かっていない。
そもそも、麻酔が撃ってすぐに効くなんてアニメや映画の中だけの設定であり、現実の麻酔にはあそこまでの即効性はないのだ。
「やはり難しいか・・・・」
どうすればいいか考えていると、ずっと黙っていた美玲が何かを思いついた様子であった。
「もしかしたら、あの死体が使えるかもしれません」
「「「「「「死体?」」」」」」
嫌なワードが飛び出し、またエグイ作戦を思いついたのかと思い身構えた俺達。
「あの巨大グマが保存食にしている死体をこちらまで持ってきて、取り戻しに来たところを華々美さんが銀の弾丸で手足を撃てば動きを封じることが出来ると思いますし、テントを張ればその日陰に離れた佐藤宗一が逃げることが出来ます」
やはり、あのレンタル倉庫からヒグマの非常食である死体を持ち出せというこれまたとんでもない内容であった。
「ま、まぁ、テントを調達するのはいいが・・・・・」
「いったい誰が、あのレンタル倉庫から死体を取りに行くんだ?」
誰もが、華々美と同じ疑問を抱いていて、俺も含めて全員が「嫌だ」と目で訴えながら美玲を見ていた。
「そこは公平にジャンケンで決めましょう。私も含めて」
恨みっこなしよ、と言わんばかりに準備をする美玲。これ、絶対にやらないといけないのかな?
「あ、軽トラの調達は由乃さんにお願いします。術も使えて、車の運転免許を持っている由乃さんが適任だと思います」
「任せてください」
死体を触らずに済むと、静かに喜ぶ由乃さん。しかし、同時にそれは必然的に死体を運ぶことが決定したことを意味している。それにまだ気付いていないのか、俺達に背中を向けてガッツポーズをする由乃さん。
さて、そんな悲しい思いを抱きながら、俺達は黙ってジャンケンをするのであった。
そして、テントを張る3人と、死体を軽トラに乗せる3人が決まったのであった。
北海道では「憤怒」がテーマですが、その原因が何とも言えません。
おまけに、クマを駆除するのがどれだけ危険で命懸けなのかもよく分かります。麻酔が撃たれてすぐに効くのは某探偵アニメの世界だけで、現実の麻酔にあそこまでの即効性は皆無な上に医者や獣医でもない人が麻酔を扱うのは法律で禁止されているのです。
駆除されるクマは可愛そうですが、人に被害が出ないようにするには駆除も仕方がないと作者的には思います。




