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クマ退治とイライラの訳

 その日の夜、俺達は自分たちの周囲に結界を張り、更に野生動物に警戒しながら夕食を軽く済ませてから、全員で今後の事を話し合った。ちなみに、今晩の夕食はカップラーメンであった。


「射殺したヒグマの数はおよそ14頭・・・・」

「いいえ、15頭です。未確認も含めると、少なく見積もっても残りは5頭未満と考えた方がいいと思います。薬莢や車や私達の匂い、更に射殺されたヒグマ、残ったヒグマが私達の存在を認識して追ってくる可能性もあります。交代で車内から見張りをした方がいいでしょうし、早朝からもう一度あの町に向かった方がいいです。でも、霊滅版の捜索は一旦待った方がいいです。まずは、町を占拠しているヒグマの駆逐を最優先しないといけません」


 美玲が顎に手を当てながら、自身の考えとこれからの事を述べた。


「残り5頭未満って、なんでそう思うんだ?町を出たときはもっといるだろうって」




「あの時はそう思いましたけど、冷静に考えるとそれはあり得ないと思うのです。そもそもヒグマは、行動範囲こそかなり広いですが、自分のテリトリーを持たないのです。越冬地や休息地を縄張りにすることはありますが、それでもあの町みたいに何頭ものヒグマが集まるなんて考えられないのです。ヒグマは単独で行動しますし、その場所に他のヒグマが入ろうとするのを嫌がります。なので、あの町みたいに何十頭ものヒグマが集まることは本来ならあり得ないのです」




 気持ちが落ち着いて、冷静になったからこそ気付くことができたのだろう。美玲の頭の回転の速さと知識量は、俺達のグループの中でも群を抜いている。もちろん、専門家というほど博識というわけではないが、それでも俺達の中では一番頭がいいのは確かだ。




「それで調べてみましたら、あの町の外れに小さいですけどクマ牧場があったことが分かったのです。クマ牧場といっても、親を亡くした子熊の保護と生態調査のために飼育されている施設で、クマ牧場として多くの人を入れることで研究費とエサ代を賄ったのだと思います。ですが、この現象が起こった瞬間に9割以上が死霊たちに襲われて命を落としたのでしょう。死霊たちも、最初の2ヶ月は人間以外の生き物と野生動物も襲っていましたので」




「でも、それ以降は全く見向きもされなくなったもんな」




「はい。その間に運よく生き残ったヒグマが、何らかの方法で脱走してあの町を占拠するようになったのだと思います。ここに来る前に訪れたあのパーキングエリアの人食い熊は、おそらくあの町のヒグマとは無関係だと思いますし、もうこの辺りにはいないと思います。あの町には、集団生活に慣れてしまった他のヒグマがいましたので、野生のヒグマは近づかなかったと思います」




「それで、残りは5頭未満とそんなに多くないという訳か」




「はい。偶然にも私たちは、あの町を占拠していたヒグマの約8割も撃っていたのです。最初の2ヶ月の間で、件のクマ牧場のヒグマ全てが生き残っていたとも考えられませんし、これも調べて分かりましたけど、その牧場には4メートル以上もの深い円形の堀の様な広場がありまして、その中には30頭ものヒグマが飼育されていたとホームページに書かれていました。いくら何でも、一月も飲まず食わずで生き残っているとも考えられませんし、その間に餓死したヒグマが出て、その死骸を食べて生き残ったヒグマが脱走して今に至ったと考えられます」



 なるほど、だから残りは5頭未満だと美玲は予想していたのか。そういう堀の様な展示場は、大体が外にあるため死霊たちに運よく襲われずに済んだのだな。俺たちの町にあったあの動物園の場合は、取り扱っているのが殆ど猛獣だったということもあったのか、堀の様な展示スペースは少なく、殆どが檻の中にいて、外で飼育されていた猛獣は餓死してしまったのかもしれない。だから、全滅したのだ。

 そうして、運良く生き残った20頭前後のヒグマたちは、何らかの手段を使って脱走し、あの町を占領したという訳か。そのクマ牧場で飼育されていたヒグマたちにとって、集団で生活していくのは当たり前であるため、近くに他のヒグマがいても何とも思わないという訳か。飢えていたヒグマたちは、餌が豊富なうえに楽に手に入れるあの町に居着いてしまったという訳か。


「とはいえ、あそこのヒグマたちが人の味を覚えていることは間違いないし、早めに何とかしないとな」

「華々美さんの言う通りです。あそこのヒグマたちを何とかしないと、霊滅版探しも思うように進みません。なので、ヒグマの駆除を先に行った方がいいです」

「そうだな。華々美、弾丸はあと何発残ってる?」

「多めに持ってきてはいるし、銀の弾丸も含めるとそれ以上ある。だが、野生のクマを仕留めるのは皆が想像しているよりもずっと難しく、ましてやヒグマはわたしでも未経験だったから一発で仕留めるのは難しい。それまで弾が持つ保証は、正直に言ってない」

「だよな・・・・」

「私も、野生のヒグマを見たのは初めてでしたので、あんなに大きいとは思いませんでしたのですごく怖かったです」


 だから美玲も、最初はそのことに気付くことが出来なかったのだ。知識として分かっていても、実物を見たことがなければ所詮は浅知恵でしかない。俺達の町で見たことがある野生動物なんて、せいぜいイノシシかツキノワグマか鹿くらいだ。イノシシとツキノワグマも危険だが、ヒグマのあの巨体を見るとイノシシやツキノワグマがなんだか可愛く見えてしまう。そんなヒグマに恐怖して、いつもの冷静な判断が出来なくなるのも無理はない。


「具体的にどうするの?」


 里美からの質問に、美玲はとんでもないことを言い出した。


「5人グループの生存者と接触しようと思います」

「美玲!?」

「幹夫さんが撮影した食われた人は、方角的にそのグループに所属していた人だと思うのです。ヒグマは獲物を捕ると、また同じ場所から捕りに行きますので、あのグループからまた更に人が狙われる可能性があります。少なくとも、そのヒグマを仕留めることが出来れば、町に入るヒグマをゼロには出来なくてもある程度行動しやすくなると思います。そこを狙って撃つのです」

「つまり、そのグループをおとりに使うのか?」

「言い方が悪くなりますけど、そうなります」


 美玲も少し気が引けている様子だが、あのヒグマたちのせいで今後の行動に支障が出ては何の意味がない。各グループには、最低でも1人は猟師はいるから少なくとも1頭は仕留めていると思う。美玲が残りは5頭未満だと言ったのは、その猟師たちがクマを何頭か撃っているからというのもあるだろう。


「詳しいことは明日話しますので、そろそろ入りましょう。その、いい加減ジロジロ見られるのは・・・・・」

「そうだな。俺もあまりいい気分はしないな」


 結界のお陰で、狭いが暗くても安全に過ごせている。だが、結界の外では多くの死霊たちが俺達を狙って群がってきていて、その様子はさながらゾンビみたいであった。いや、普通の攻撃が通用するだけゾンビの方がまだマシなのかもしれない。涼や由乃さん、朝香のような力を持った人は殆どいないと言っても過言ではないし、俺達が3人と出会えたのはただ運が良かっただけだ。

 あまりいい気分はしないので、俺達はすぐにそれぞれの車の中へと入っていった。キャンピングカーには、俺と華々美と涼と美玲が入り、ワゴンには里美と由乃さんと朝香の3人が入った。事前に決めていたこととはいえ、ワゴンで寝袋に入って寝る3人に申し訳ないと思ってしまう。


「考えても仕方ないわよ。里美も由乃さんも、ワゴンの方で寝るって引かないでしょ」

「そうだったな」


 一緒のベッドを勝ち取った涼が、俺にピタリと身体を密着させながらそんなことを言った。いわく、自分たちは大人だからこのくらい大丈夫よ、とのことだった。朝香については、一度寝袋で車中泊っていうのをしてみたかったと言って楽しそうな様子で希望した。


「にしても、いったいどんな悪霊があの町にいるんだ?その悪霊の怒りの感情が蔓延しているっていうが・・・・・」

「私も由乃さんも朝香も、詳しく霊視したわけではないし、ただの直感でしかないけど、おそらくその悪霊はこの現象が起こる前に亡くなっていて、既に悪霊になっていたと思う」

「じゃあ、その悪霊はこの現象が起こる前から亡くなっていたというのか」

「うん」


 ということは、その悪霊はこの現象と関係なく悪霊化していたことになる。


「その悪霊は、生前にものすごい怒りを抱えていた可能性があるわ。その原因を知らない限り、たとえその悪霊が消滅してもあの町に蔓延している怒りの感情はなくならないわ」

「そのくらい、その悪霊の怒りが根深いってことか・・・・・」


 それだけ強い思念を放って、あの町全体を覆っているということなのか。


(その怒りの元とは、いったい・・・・)


 涼の言っていたことを考えながら、俺は眠りについた。




 翌朝。

 

 俺達は美玲の立てたプラン通りに、俺達は再びあの町に入って5人の生存者が避難している協会まで車を走らせた。昨日はあれだけたくさんのヒグマと遭遇したのに、美玲の予想通り今日はそのヒグマとは1頭も遭遇しなかった。

 協会に向かっている途中で、たくさんの人の死骸が詰め込まれた壊されたレンタル倉庫を見つけ、車を停めて中の様子を見た。


「酷いな・・・・」

「おそらく、食料の貯蔵をしてるんだろう。ヒグマには、残した獲物の残骸を土に隠して保存食にする習性がある。同じ場所に固まっているということは、同じ個体の仕業だろうな。ここには埋める土がないから、あの倉庫に入れて保存しているんだろう。これは物凄くデカいぞ」

「そんなにデカいか・・・・」


 しかもこの辺りは、昨日1頭のヒグマが人間を捕食していた場所でもある。その証拠に、途中で大きな血痕と人の肉片らしきものがあった。モンスター映画などでは、モンスターが人間を捕食するシーンを見たことがあるけど、ドローン越しとはいえ実際に見るのはかなりキツかった。

 中を確認してすぐ、俺達はまた車を走らせた。

 それから間もなく、俺達は5人が避難している協会の近くに来ていた。


「接触するとは言いましたけど、対面するわけではありません。そんなことをしていきなり撃たれては、たまったものではありません。なので、ここからクマが出てくるのを待ちます。近くに公園がありましたので、そこで待ち伏せです」

「相変わらずエグイこと考えるな・・・・・」


 美玲の作戦というのは、ヒグマがあそこに避難している人達を狙って近づいている所を撃つというのだ。うまくいけば、ヒグマの気をこちらに向けることができるというのだ。無論、その間にこちらに近づいてくるヒグマの警戒は行う。


「それにしても、昨日とは一転してヒグマと全然遭遇しなくなったな」

「華々美さんが昨日たくさん撃ちましたので、そんなに残っていないと思います。もしくは、そのヒグマが最後の一頭なのかもしれません」

「どうしてそう言い切れるんだ?」

「大きさです。昨日ドローンでたくさんのクマの映像を見ましたけど」

「しっ!来たぞ」


 美玲とそんな話をしていると、猟銃を構えていた華々美がヒグマの姿を捉えたみたいで一気に緊張が走った。他のメンバーには、キャンピングカーの中に入って周囲の警戒をしてもらっていた。あのキャンピングカーは、天井が開く仕様になっている為そこから顔を出して周囲を警戒している。

 そんなことを考えていないと、あの協会を襲撃に来たヒグマの恐怖を紛らわせられないからだ。


「何なんだ、アイツ・・・・」

「大きすぎます・・・・」

「まるで小山じゃねぇか・・・・」


 協会を襲いに来たそのヒグマは、昨日対峙したヒグマが小さく見えてしまうくらいの巨体を誇り、立ち上がった時の大きさが桁違いであった。


「デカすぎる・・・・」

「画像を見て、大きいことは分かっていましたし、あのヒグマと昨日遭遇しませんでしたのでいるとは思いましたけど、実際に見るとかなり大きいです・・・・」


 なるほど、他のヒグマと比べるとかなり大きかったからその存在を把握できたのだ。だけど、あれは大きすぎる。


「体長は・・・・2,6メートル。立ち上がると、3メートルは軽く超える。100年以上前に北海道で起こった、有名な熊害事件のクマを彷彿とさせるような大きさだ」


 目測で大きさを測っていた華々美からも、動揺の声が上がっていた。無理もないことだ。

 あのヒグマは、通常の個体よりもかなりの大きさを誇っていて、立ち上がった時は一階の屋根に到達しそうなくらいの巨体であった。


(冗談じゃねぇぞ!家なんて簡単に壊せそうだ!)


 無論、実際にそれが可能だとは思っていないが、それが出来てしまいそうなくらいの巨体と迫力だったのだ。

 更に信じられないのは、そのヒグマは猟師の人がいくら銃で撃っても全く怯んだ様子もなく、撃たれても倒れることがなかったのだ。


「信じられない!あんなに撃たれているのに、ピンピンしているなんて!?」

「化け物か!?」


 だけど、やることは変わらない。

 華々美はすぐに撃ったが、クマは撃たれたことに気付いていないのか、気にする様子もなく協会の壁やドアを壊して中にいる人を捕まえようとしていた。


「クソ!何なんだアイツは!」


 全く効いていないのが納得いかないのか、今度はクマの目を狙って猟銃を撃った華々美だが、それでもクマは暴れるのをやめず、気付いたら女性が一人クマに咥えられていた。猟師は何とか女性を助けようとするが、激高したクマに殴られそのまま動かなくなった。


「きゃああああああああああああああ!」

「クソ!」

「待て幹夫!」

「幹夫さん!」


 このままでは攫われる。そう思った俺は、とっさに前に出てクマの気を引こうとした。しかしクマは、俺がすぐ近くまで来たにも拘らず眼中にない様子でその場から去っていった。

 協会の生存者たちは、俺の突然の登場にビックリした様子だったがそんなことを今は気にしている場合ではない。

 それならばと俺は、猟師が持っていた猟銃を拾い、それをヒグマに向けて撃とうとした。だが、初めて銃を触ったのでどうすればいいのか分からず、その間にクマの姿は見えなくなっていた。


「クソ!」

「「「幹夫!」」」


 声のする方を向くと、慌てた様子の華々美と涼と美玲が駆けつけていた。そのあとで後ろを振り向くと、3人の生存者が俺達を見て固まっていた。


「えっと・・・・すみません。助けられませんでした」


 一応謝罪の言葉を述べた後、俺は改めて駆けつけてきた3人の方へと向いた。


「まったくお前は!無茶ばかりするな!」

「やめてください!生きた心地がしませんでした!」

「ああ・・・・ごめん」


 華々美と美玲からは、いきなり飛び出していったことに対するお叱りを受け、その横で涼は俺たちの足元のアスファルトを見て怪訝な表情を浮かべていた。


「涼?」

「おかしいわ。あれだけ撃たれたのにピンピンしているのもそうだけど、そもそも血が一滴も流れていないなんて不自然だわ。華々美だって、目を撃ったはずなのに負傷すらしていない・・・・・やっぱり、そういうことか!あのヒグマの背中に纏わり付いていたアイツが!」

「「「えっ!?」」」


 涼の口から発せられた衝撃の言葉に、俺達は一斉に言葉を失った。


「涼!」

「ああ。あのヒグマはとっくに死んでいて、この町に憤怒をまき散らしている悪霊が憑依したことで誕生した、生ける屍だ。だから撃っても死ななかったんだ!」


 衝撃の内容に、俺達は茫然としてしまったが、すぐにそれが非常にマズイことだということに気付いた。

 まさか、この町で生き残っている人達に怒りとイライラの感情をばら撒いている悪霊が、クマに憑依して日中でも活動していたなんて誰が想像しただろうか。

 そして、それがどれだけ危険なのかもすぐに理解したのであった。





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