クマの町
聖域近くでキャンプをした翌朝。
食べ物の処理を徹底したお陰なのか、幸いなことにヒグマがここに来ることはなかった。
朝食を軽く済ませるとすぐ、俺達は北海道の佐藤宗一がいる町に向けて出発した。キャンプした所からそんなに離れていない為、すぐに町に着くことができた。
「それにしても、焼け焦げたアスファルトの上の白骨死体に、窓やドアが壊されて中が荒らされた家屋、その中から俺達を睨みつけて今にも襲い掛かってきそうな死霊たち。死体に関しては、生き残った人たちが火葬したんだろうけど」
「荒らされた家に関しては、クマが食料を求めて強引に中に入ったんだろう。家の中にあった食料を狙ったんだろう。死霊がいるにもかかわらず、ものすごい執念だな」
華々美が言うように、家の中を荒らされたのはヒグマが食べ物を求めて入ったからなのだろう。死霊たちは、野生動物には全く関心を抱かない為、あんなにたくさんの死霊たちがいる建物の中に入っても襲われる心配がない。
だが、野生動物たちは本能で幽霊たちを怖がっているため、幽霊が多い所には絶対に近づこうとしなかった。なのに、ここのヒグマは幽霊が平気なのだろうか?
「人間だったら死亡フラグなのに」
「無視しなさい。日中なら死霊ではなくクマの心配をしなさい。家の中が荒らされているということは、この町はヒグマの縄張りになってしまったってことになるわ」
「里美の言う通りだ。わたし達は、ヒグマの縄張りに入り込んだことになるんだから」
「そうだな」
となると、いつヒグマと遭遇してもおかしくない。慎重に行動しないと、自分たちの身に危険が及ぶことにもなる。
「ヒグマは基本的には植物食の強い雑食だが、ツキノワグマと比べるとやや肉食の傾向がある。サケや昆虫を食べるんだし」
「それでも、主に食べるのは植物だって聞いたことがある」
「別に全く肉を食べないわけではない。さっきも言ったように、サケや昆虫だって肉だ。それでも、人間を襲うことは本来なら滅多にないんだが、遭遇したら間違いなく危険だし、肉の味を覚えてしまったヒグマは特に危険だからな」
ヒグマについて語る華々美だが、俺にとってはヒグマもツキノワグマもどちらも危険な猛獣であるという認識だ。いくら対処法を知っていても、実際に遭遇してそれが出来るかどうかはまた別の事だ。
それに、クマによる被害は年々増加傾向にあるって聞いたことがあるから、植物食の強い雑食と言われてもいまいちピンとこない。そりゃ、積極的に人を襲うことはないというのはわかっているが。
そんなことを考えて窓の外を見ると、一頭のヒグマが建物から出てくるのが見え、そのヒグマが俺達の車に向かって走ってきた。
「クソ!」
とっさに里美がハンドルを回して避けてくれたため、幸いなことにヒグマと接触することはなかった。それは後ろを走るワゴンも同じだったようだ。
里美と由乃さんは、アクセルを踏んでその場を離れようとするが、ヒグマは俺達を執拗に追いかけて諦めようとはしなかった。
「車に積まれている食べ物が狙いか!?」
「おそらく違う!あのヒグマは、里美やわたし達の姿を見て襲い掛かってきた!おそらくあのヒグマ、人間の味を覚えている!でなけれは、あんなふうに襲い掛かったりはしない!それにあのヒグマ、小さいけど協会から出てきたんだぞ!」
「最悪だ!」
つまりあのヒグマは、生存者を食うためにこの町に入り込んできたというのだ。華々美の言う、人肉の味を覚えたとても危険なヒグマということだ。
「このまま逃げてもジリ貧だ!里美、広い場所に車を止められないか!?」
「何とかやってみるわ!」
「できるのか?」
「わたしを信じてくれ!」
「ったく!」
「ちょっと待って!本当に大丈夫なのか!?」
パニックになる朝香をよそに、俺はスマホで涼に電話をかけて一緒に広い所で一旦止まるように指示を出した。
その場所は、案外すぐに見つかった。
小学校のグラウンドであった。
俺達はそこで車を止め、猟銃を持った華々美がキャンピングカーから出た。
「おい!」
「大丈夫だ!クマなら何頭も撃ってきたし、幹夫たちよりも経験は豊富だ!」
そういって華々美は、校門の前で猟銃を構えた。
その直後、先程の大きなヒグマがものすごい速さで入ってきた。
華々美はすぐに猟銃のトリガーを引き、ズドン!という大きな音とともにヒグマが倒れた。けれどヒグマはすぐに立ち上がろうとした。
その前に華々美が再び発砲し、今度こそ急所に当たったのかクマが再び動くことはなかった。
「ウソでしょ!?あんなふうにクマを撃っちゃうなんて、まるで彩羽さんみたい!」
「そういえば彩羽さん、猟銃やショットガンを持ってたな」
ここって日本だよね?
なのに何で、銃を所持している一般人が2人もいるのだろうか?
華々美の入手経路は・・・・何となく想像つくが、それ以上は考えないようにしよう。
彩羽さんに関しては、実家が代々猟友会に所属していたということもあり、その関係で猟銃を所持しているのだと聞いた。
だとしても、やはり危なすぎるし、彩羽さんが銃を所持しているのも冷静に考えるとおかしい。いくら実家の影響で所持しているとはいえ、遠く離れた岩手まで持って来れるわけがないはず。
「ちなみに、彩羽さんが使っている猟銃とショットガンは名目上父の所有物になっているんだ。お父さんも猟友会に入っているから猟銃もショットガンも持っているんだ」
「あっさり疑問が解決した・・・・・」
まぁ、そうでないと当時未成年だった彩羽さんが猟銃を所持することなんて出来ないからな。
だが、今はそんなことよりも仕留めたヒグマをどうするかを考えないといけない。
「華々美。このヒグマどうするんだ?」
「こんな所では解体なんてできないし、惜しいけどそのまま火葬するか」
「それしかないか・・・・」
結局俺達は、せっかく仕留めたヒグマを諦めて燃やすことを決め、由乃さんに頼んでガソリンを調達してもらい、それを仕留めたヒグマにかけて燃やした。
燃えているヒグマの遺体の横で、俺と里美はさっそくドローンを飛ばして周囲の調査を始めた。華々美と涼と美玲で画像をチェックし、由乃さんと朝香で周囲の警戒をしてもらった。
「幹夫さんと里美さんがドローンを飛ばせるなんて、うちのお兄ちゃんや彩羽さんでも出来ないことね」
「感心しないで周囲の警戒を。危険な幽霊は陽光を嫌いますが、日陰の部分から近づいて襲い掛かってくることだってあります。それに、私たちは今ヒグマの巣の中にいるのだということを忘れないでください」
「すみません」
由乃さんに叱られ、朝香は気を引き締めて周囲の警戒を行った。
その間に俺と里美は、ドローンで町の様子を映していた。相変わらず、生きた人の気配は全く感じられない。生き物がいたとしても、ネズミや野良猫や野良犬くらいしか見かけなかった。
そう思っていたのだが、俺たちが今いる所から500メートルほど離れた建物の陰から大きなヒグマが映し出された。
「ウソだろ・・・・またヒグマかよ」
しかも、1頭ではない。ここから少し離れた所で、何頭ものヒグマの姿が映し出されていた。
「うぅわ!ヒグマだらけじゃない」
それは、反対側を調査していた里美も同じだったみたいで、声の感じから顔を引きつらせているのが容易に想像つく。
しかも、最悪なことに俺のドローンがちょうど人を捕食しているヒグマを映していた。
「食ってる・・・・」
「そりゃ、わざわざ危険を冒してまで食べ物を取るよりも、楽に取れる所を選ぶに決まってるさ。町に出れば、住民の残した食べ物にもありつけるし、それが無くなったら今度は人間を襲えばいい。人の味を覚えたクマに取って人間なんて、弱い、鈍い、捕まえやすいと三拍子揃ったご馳走だから」
「その三拍子、何かやだ」
30分調べてみた結果、この町に生存者はいた。それも、それぞれ5人、3人、7人のグループが。
だが、その3つのグループが猟銃を持っていて、しかも非常にピリピリした雰囲気だったので近づくことが出来ないでいた。飛んでいるドローンを打ち落とそうとするくらいだから、かなり危険であることが窺える。
「接触は控えた方がよさそうだな」
「そうね。里美側でもドローンを打ち落とそうとしてきたし、接触してきてもいきなり撃たれては堪ったものでもないし、彼らがピリピリするのも仕方ないわ」
涼の言うように、3つのグループともに女性と子供がいて、大人の男性は猟友会にでも所属しているのか、それらしい格好をしていたというのもあるが、猟銃を持っているのは比較的高齢の人が多かった。おそらくその人たちが、死霊とヒグマの両方に対処しているのは想像に難くない。俺が撮影したヒグマに捕食されていたあの人は、あの3グループのどれかに所属していた人で、あのヒグマに捕まって連れ去られてしまったのだろう。
「美玲、この町にはいったいどれだけのヒグマがいそうだ?」
「そうですね・・・・・映像から推測するに、15頭から20頭いると思いますが、それ以上と考えた方がいいです」
「多いな・・・・」
それだけの数のヒグマが、人間を餌と認識してこの町に居座っているということになる。猟師たちが常にピリピリしているのも納得である。
その為、今回は接触を控えることにした。
「私が飛ばした方には、北海道の佐藤宗一が勤めていた会社があったけど、完全に死霊の巣窟になっていたわ」
「家の方にも飛ばしてもらいましたけど、はやり誰もいませんでした」
「そうか」
となると、北海道の佐藤宗一は既に亡くなっていると考えた方がいいだろう。あとは調べればいいのだが、ヒグマが多いとそうもいかない。
「となると、霊滅版の有無を確認したらすぐに離れた方がいいだろう」
「わたしも幹夫の意見に賛成だ。クマが多いというのもあるが、この町自体もなんだか嫌な感じがする」
華々美の感じているその嫌な感じは、俺だけでなくこの場にいる全員が感じていた。特に、涼と由乃さんと朝香の3人は何かを感じていた。
「調べるなら早い方がいい。この町には悪霊の感情が広がっていて、それが生存者たちの精神に悪い影響を与えているみたい」
「この感情は・・・・憤怒ですね。ものすごい怒りの感情が、町全体に蔓延しているみたいです」
「ボク達は気持ちにゆとりがあるから大丈夫ですけど、ここの人達はそうはいかない。電気も使えなくなって極限状態が2年も続いていたのに、そこに人の味を覚えたヒグマまでも住み着いてしまったから、悪霊の出す怒りの感情に影響されやすくなってしまったんだろう」
だからここの生存者たちは、皆こんなにもピリピリしているのだと思った。
(まぁ、それがなくても毎晩襲ってくる死霊たち、なかなか手に入らない食糧、捕食目的で襲い掛かってくるヒグマ、悪霊が関与していなくてもピリピリしていただろうな)
「とにかく、急いでここの佐藤宗一所に行って、霊滅版があるかどうかだけでも確認しよう。死霊とヒグマ、両方一遍に襲われてはたまったもんじゃない」
「そうだな。明るいうちならヒグマだけを警戒すればいいし、あれば回収し、なければさっさと出ていけばいい」
「そうだね、移動しま」
移動しようとしたとき、校門から別のヒグマが3頭も入ってきて、俺達に狙いを定めていた。
「背中を向けるな!車の方までゆっくり下がって!」
華々美の指示に従い、俺達はゆっくりと後退った。その間に華々美は、猟銃で真ん中のヒグマの脳天を打ち抜いて一発で仕留めて、朝香は投擲紐を回して石を飛ばして右側のヒグマの目に当てた。そのヒグマは、顔に血を流しながら逃げていった。
それを見た左側のヒグマが逃げようとしたが、華々美がそのヒグマの後ろ脚を打ち抜いて動けなくさせて、こっちに目を向けると同時に俺が矢を放って右目に当てた。
「あんな小さな的に当てるなんて、かなり上達したな幹夫」
そしてトドメを、華々美が猟銃で心臓を撃ち抜いて仕留めた。
「まだ3頭しか仕留めていないし、1頭逃げられたか。これは急いだ方がよさそうだ」
クマの執念深さは知っているため、俺達はすぐに車に乗って佐藤宗一がいた職場と自宅へと行くことにした。ところが、その道中で6回もヒグマに遭遇し、その度に広い所まで誘導して華々美と協力して仕留めていた。いくら華々美の射撃の腕が良くても、一発で仕留めるのは難しいため2~3発目で仕留めるというのが多かった。その中には、朝香に片目を潰されたヒグマもいた。本当に執念深い。
そのせいでなかなか進むことが出来ず、結局一度町を出て高速に乗ってパーキングエリアにまで引き上げることにした。その間にも、何度かヒグマに遭遇した。
「20頭なんてレベルじゃない・・・・多すぎるぞ!」
「私もこれは予想外でした。この2年の間にたくさん子供を産んで、その子供が成長したんでしょう。ものすごい数でした」
着いて早々、俺達は車から出てげんなりとしていた。時刻はまだ昼の1時、にも拘らず俺達はほとんど前に進めず、頻繁に遭遇するヒグマに辟易して逃げる道を選んだ。
「完全にクマに占拠された街だな」
「それは違う。ヒグマの住処だったところに人が後から住み着き、街を作ったんだ」
「ヒグマからしたら、自分たちの住処を取り戻したという感覚なんでしょうね」
華々美と美玲からそんな言葉を聞き、俺は山に囲まれたこのパーキングエリアに目をやった。そこは、トイレと自販機があるだけの簡素な所だけど、クマがいた痕跡はあった。おそらく、自販機の飲み物を狙ったんだろう、爪の跡があった。
更に、駐車場の端には人間の髪の毛や骨が混ざったクマの糞も幾つか見つかった。
「ここにもあの町のヒグマが来たんだろうな」
「そうだな。殆ど土に帰しているけど、髪の毛や人骨が混ざっているところを見ると、あの町のヒグマがここまで来たんだろう・・・・いや、もともとはこの辺りにいたヒグマたちが更なる餌を求めてあの町に来たんだろう」
「死体を食べたことで、人間の味を覚えてしまったんでしょうね」
華々美と涼の予想通りだと思う。もともとは、この辺りの山に住んでいたヒグマが死体を食べたことで人の味を覚え、人間を餌と認識して町まで来たのだ。
「だとしたら、ここもあのヒグマたちの縄張りで間違いないだろう。離れよう」
「ええ」
「それがいいだろう。まさか、ここまでクマに翻弄されるなんて、想像もしてなかった」
皆の意見もまとまり、俺達はまたすぐに移動して別のパーキングエリアまで撤退することになり、途中でいろいろ準備を整えてからキャンプしたのであった。




