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岩手の佐藤宗一

 遡る事30分前。




「今回孝一さんと彩羽さんは、その女悪霊に攻撃してはいけません」

「「「「「ええっ!?」」」」」


 美玲の言葉に、5人の陰陽師は絶句した。


「幹夫さんと華々美さんから、昨夜の事は聞きました。あの女悪霊の回避能力は非常に高いです。正攻法で攻撃しても避けられてしまいますし、生存者がいる以上銃を乱発する事も出来ません。なので今回は、不意打ちを狙おうと思います」


 そこで、俺のズボンのポケットに由乃さんの水晶を一つ忍ばせ、女悪霊の前に立つと同時にポケットから出して床に落とすように指示された。


「由乃さんは、女悪霊の姿が見えてから5秒後に水晶を浮かせてください。ですが、すぐに攻撃を加えてもおそらく躱されるでしょう。なので幹夫さん達には、女悪霊を煽ってわざと怒らせてください。怒って冷静さを欠いた所で、先ずは顔を掠めてください」

「掠めるのですか?」

「はい。先程もおっしゃったように、その女悪霊の回避能力は非常に高いです。確実に倒す為に相手の油断を誘いたいのです。あの女悪霊は自分の容姿、すなわち顔の良さに絶対の自信を持っています。その顔を傷つけられれば、あの女悪霊は間違いなく動揺して取り乱します。その隙に由乃さんが、女悪霊の胸に水晶を貫通させて消滅させるのです」

「分かりました。しかし、美玲ちゃんもエグイことを考えますね。同じ女性であるあなたが、女性の顔を傷つけろだなんて」


 今回の美玲の作戦に、由乃さんだけでなく全員が顔を引きつらせた。だけど、同時にあの女悪霊を確実に倒すにはこれしか方法がないとも思う。アイツは、自分の容姿に絶対の自信がある為そこをついて油断したところを叩くというものだ。




 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




 女悪霊を倒してすぐ、俺達は攫われた人達を助ける為にホテルの個室へと入っていった。しかし、全員が女悪霊の消滅とほぼ同じタイミングで亡くなっていた。やはり、悪霊の近くにいるだけで命を奪われる為、あの女悪霊の意志とは無関係に生命エネルギーを吸い取られていたのだろう。末期状態の梅毒をそのままうつされて、既に風前の灯火だったというのもあったかもしれないが。

 おまけに、その全てが肉体から離れて死霊となってしまったが、孝一さんと彩羽さんによって瞬殺された。

 ホテルを出る前に俺達は、二次災害を防ぐ為に遺体を火葬した。彼等の死を惜しむ暇もなく、俺達はすぐに行動に移した。火を点けたのは、もちろん孝一さんだ。

 その後俺達は、涼たちと合流してすぐに日口神社へと帰って、孝介さんと夜香さんに報告した。2人ともとても悲しそうにしていたが、避難している人の中に小さい子供がいる事を考えると止む負えないと割り切っていた。




 そして翌早朝。

 俺達は、孝一さんと彩羽さんも連れて岩手の佐藤宗一が勤めていた研究所に向かっていた。


「あそこで何かを研究していたのは知っていたけど、まさか歴史について調べていたなんて知らなかったぞ」


 地元出身の孝一さんでさえ、あの研究所で調べていたことが何なのかを知らなかったみたいで驚いていた。

 そんな中、彩羽さんは顎に手を添えながら少し考え事をしていた。


「彩羽さん?」

「ごめん。ちょっと引っかかっていることがあってね。武谷君たちが調べたその佐藤宗一って人達って、8人全員が歴史学者で間違いなかったの?」

「はい」

「そのうちの誰かが研究所から、渋井沢雅巧って奴から引き取りに来たの?」

「いえ、自宅に郵送したと渋井沢がSNSで」

「やっぱりね」


 何か気付いた彩羽さんが、俺達に向かって宣言するように言った。


「気分を害するようで悪いけど、その佐藤宗一って男、本当は学者でも何でもないと思うの」

「「「「「ええっ!?」」」」」


 彩羽さんの言葉を聞いて、俺達は一斉に絶句した。


「だってそうでしょ。まともな学者さんが、歴史的価値のある物を自宅に届けてくれなんて言う訳がないの。ましてや郵送だなんて絶対にあり得ないね。そう言ったものは、厳重な保護をしたうえで研究者自ら、あるいはその助手さんが直接依頼主から引き取りに行くものなの。万が一、移動中に破損でもしたら大変だからね」

「言われてみれば・・・・・」


 彩羽さんの言う事には納得がいくが、中には新潟のアイツみたいに常識が欠如した自称歴史学者がいてもおかしくない。アイツのSNSでも、自分は歴史学者なんだぞとハッキリと書かれていた。実際は、ただの窓際社員で仕事の出来ない無能。

 そういう奴もいるのだと知ったから、俺達はこうしてしらみ潰しに探しに行くことを決めたのだ。


「まぁ、新潟の佐藤宗一がかなり酷かったから疑う気持ちも分かるけど、それで他の佐藤宗一を疑うのもどうかと思うね」

「それでも、それ以外に手掛かりがないんですから」


 彩羽さんの話を聴いて、8件全てが空振りに終わってしまう可能性がかなり高いと俺は思ってしまった。いや、本当は捜索を始めた2年前から思っていた。

 でも、せっかく見つけた手掛かりなのだから、何もせずに後悔するよりも実際に行ってから後悔した方が良いと思った。


「まぁ、武谷君たちがここに来てくれたお陰であの女悪霊を倒す事が出来たし、探しに行くその行為を無駄とは言わないの。ごめんね。でも、頭の片隅に入れて欲しいの。買い取った佐藤宗一が、学者でも何でもない最悪なペテン師の可能性をね」

「はい」


 もし、彩羽さんの言う事が本当だとしたら、霊滅版の発見と回収はかなり絶望的になる。苗字から人物を特定できれば一番良いのだけど、「佐藤」という日本で一番多い苗字というのも痛い。1件1件当たっては、何十年とかかる事だってあり得るし、下手したら一生見つからない可能性だってある。


「いかんいかん!ネガティブなことを考えてはダメだ。残り5人のうち誰かが持っていることを持っていることを信じて、俺達はここまで来たんだ」

「そうだ。絵里奈ちゃんや、空道神社に避難した子供たちがのびのびと安心して過ごせる世界を取り戻すために」

「彩羽さんの言う通りの可能性は高いけど、それでも何もしないでいるよりはずっといいわ」

「はい。私もそう思います」

「私も協力します。皆が安全に探せるように、私と涼ちゃんで幽霊たちの相手をします」

「あるかどうかなんて最初から分かんないんだし、あると信じて付き進むのも良いわ」


 華々美、涼、美玲、由乃さん、里美の順番で俺の言葉に同調してくれた。

 皆だって分かっている筈だ、探しに行ったところで見つからない可能性の方が圧倒的に大きいことも。それでも皆が、この現象を何とかする為に協力してくれる。

 そのことに感謝していると、ワゴンは岩手の佐藤宗一の勤めている研究所の前に到着した。


「よし。涼、いつもの術を頼む。由乃さんは、佐藤宗一の死霊が居たらソイツだけを引き留めて欲しいです」

「ええ」

「分かりました」

「へぇ、涼ちゃんって幽霊たちを追い出す術が使えたんだね」

「コラ彩羽。涼ちゃんに失礼だぞ」


 そんなやり取りをしながら、涼が研究所内の死霊たちを追い出す準備をしていると、突然上空から1人の浮遊霊が降り立ってきた。


『私に何か御用ですか?』


「って、あなたは!?」


『はい。佐藤宗一です』


 ちょっと待て!こんなにアッサリ出てきていいのか?いや、出て来てくれるとありがたいのだけど拍子抜けしてしまったぞ!


「まさか、向こうから来てくれるなんてね」

「しかも、悪霊化せずに浮遊霊になってたんだな」


 神社を出る前に、孝一さんと彩羽さんにも岩手の佐藤宗一の顔をSNSで見てもらった為間違いないが、こんなに早く出てくるとはだれも思ってもいなかった。

 だが、一応確認しないといけない為、俺はスマホで岩手の佐藤宗一の生前の姿を見せて聞いた。


「あなたが、佐藤宗一さんで間違いありませんか。この写真の人物本人で」


『はい。私がその写真の人物で間違いありません』


「そうですか」


 死霊ではなく、浮遊霊になっていたのはまだ良かったのかもしれない。


『まぁ、私はあなた方がここに向かう道中で私の事を話しているのに気付きましたので、こうしてあなた方の前に立ったのです』


「気付いていたのですか」


『はい。なので、あなた方が何の目的で私を訪ねてきたのかも知っています』


「だったら」


『その前に、私のお願いを一つ聞いてください』


 ここに来て一体何のお願いをされるのか、俺達が身構えて聞いていると、佐藤宗一は穏やかな笑みを浮かべて言った。


『私を成仏させて欲しいのです』


「あなたを?」


『はい。皆さんもご存じだと思いますが、今のこの現象のせいで、幽霊の姿が見えるようになっただけでなく殆どが死霊化して凶暴になっています』


「はい」


『私の周りにいた他の浮遊霊たちも、時間と共にどんどん人を襲う危険な幽霊になっていますので、このままでは私までもが悪霊化してしまうのではないかと不安になるのです。幸い、私はまだ危険な幽霊にはなっていませんし、その証拠に日の光を浴びても平気です。でも、それも時間の問題だと思うのです。なので、陰陽師の方々が来てくださったのはまさに天の助け。お願いします』


 どうやら、岩手の佐藤宗一は自分が悪霊化する前に成仏させてもらう事を望んでいるみたいだ。

 そんな佐藤宗一の意志を聞いて、彩羽さんが武器を孝一さんと華々美に預けて前に出た。


「では、あたしがあなたを成仏させるね。あたしの方が、孝一よりもお祓いが上手だからね」

「そうだな。彩羽は俺や親父以上にお祓いが上手だもんな」

「じゃあ、お祓いは彩羽さんに任せます」


 涼と孝一さんから太鼓判を貰い、彩羽さんが佐藤宗一を成仏させるためのお祓いを行う事になった。


『ありがとうございます』


 その事に佐藤宗一は、深々と頭を下げてお礼を言った。

 なにはともあれ、岩手の佐藤宗一は危険な死霊になっていなくて良かったと思う。


「それで、あなたに聞きたいことが」


『霊滅版なる石板の事ですね。残念ながら、私はそんな石板を見たこともありませんし、そもそも盗品の売買は違法ですので、見かけたとしても購入する事はありません。なんせ、生前の私には妻と2人の子供がいますのでそういうのはいつも気を付けています。私は無理でしたが、3人は無事に日口神社に逃がすことが出来ました』


「そうですか」

「親父に確認を取ります」


 また残念な結果になったが、それでもここまで来た事を後悔することはない。それは、次の目的地でもある北海道に行った後でも、西日本側に行ったとしても後悔することはない。

 聴きたいことを聞いた事で、彩羽さんが俺の前に出て胸の前で印を結んだ。


「それでは、始めますね」


『お願いします』


 それから彩羽さんは、呪文のようなものを唱え始めた。その呪文を唱え終わった直後、佐藤宗一の魂が光り輝きだした。

 ちなみに、岩手の佐藤宗一さんの奥さんと2人の子供は今も日口神社で元気に過ごしているそうだ。


『ありがとうございます!それは、妻と子供たちの事はお願いします』


 最後にそう言い残し、岩手の佐藤宗一の魂は無事に天に昇っていったのであった。


「今までの3人も、これくらい良い幽霊だったらよかったんだけどな」

「そうもいかないわよ。この現象を何とかしない限り、最悪の事態は必ず訪れるわ」

「そうだな」


 成仏する前に岩手の佐藤宗一が言っていた、時間と共に周りの浮遊霊たちがどんどん死霊化していき、更に月日が経つと悪霊になってしまっていると。このまま放置していると、上空にいる浮遊霊たちが全て悪霊になってしまう。

 そうなる前に、なんとしても霊滅版を見つけ出さないといけないなと俺達は改めて思うのであった。


「さて、目的は達成したし、ここにいる意味はもうない。帰ろう。武谷君たちは、明日には北海道に向けて出発するんだし、必要な食料と物資を分けてあげるよ」

「ありがとうございます」


 食料と物資を分けてくれるという孝一さんに感謝しつつ、俺達は再びワゴンに乗って日口神社へと帰っていった。





色欲の悪霊と岩手の佐藤宗一は関係なく、無事に成仏することが出来ました。

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