乗り込み
その日の午後に、俺達は女悪霊が身を潜めている建物の近くまで来ていた。それでも、その建物から半径1キロ以上離れた場所に車を停めていた。
「このくらい離れていないと、あの魅惑の霊気に惑わされるなんて」
「涼ちゃんから聞きましたけど、あれは想像以上に強力でした。惑わされないように気を張るか、距離を取る以外に方法がありません」
予想以上に強力な魅惑の霊気に、美玲と由乃さんは頭を抱えながら大きく深呼吸をしていた。なんでも、一瞬でも気を抜いたらあっという間に飲まれてしまうくらいに強力だとのこと。
(美玲はともかく、ベテラン霊媒師の由乃さんでさえ抗えないなんて、どんだけ強力なんだよ)
「だけど、お陰で方針は決まりました」
「美玲?」
「涼さん。幹夫先輩と視覚を共有する術がありますよね?」
「え、ええ。使えるけど・・・・・」
そんな便利な術があり、しかも涼がそれを使えるなんて少しびっくりであった。
ただ、涼は何処か歯切れの悪い感じだった。そしてそれは、孝一さんと彩羽さんと朝香さんも同じであった。
「今はあの女悪霊を倒すのが先決です」
「そうだな。美玲の言う通り、あの女悪霊が相手では涼と由乃さんは戦えないだろうから、必然的に遠距離からの術になると思う」
その術というのは、由乃さんお得意の水晶を霊に向けて飛ばす術である。しかしあの術は、相手の位置が正確に分からないと味方に誤爆してしまう危険性がある。
なので、俺か華々美の視覚を由乃さんと共有すれば遠くからでも攻撃が可能になる。そんな作戦を、美玲は思いついたのだろう。
「かけてもいいけど、ダサいよ」
「パッと見は、小学生レベルの嫌がらせと同じだし」
「普通の人が見たら、絶対にバカにされるね」
「ボクなら、その人すごく痛い人って思っちゃう」
4人とも、すごく嫌そうな顔をして言っていた。
「そんなに、見た目が残念な術なんだ・・・・」
「わたしなんて、なんだか不安になってきたぞ・・・・」
確かに、あの女悪霊の根城に乗り込めるのは、たった一人の異性と関係を持っている俺と華々美と孝一さんと彩羽さん、あと今は亡き彼氏と関係を持った里美の計5人だけだもんな。
「だけど、俺と彩羽は武谷君たちと一緒に乗り込むから、術を施す必要なんてないわな」
「そうよね。あたし達には必要ないもの」
それに気付いた孝一さんと彩羽さんが、なんだか嬉しそうにしていた。
本当に一体どんな術なんだ!?
「とにかく、そんなことを言っている場合ではありません。幹夫先輩と華々美先輩のお2人にも施してください」
「ちょっと待て美玲!?わたしにも?」
「はい。大丈夫です、私にもかけてもらいますので」
「いやいや・・・・」
「そういう問題じゃないと思うが・・・・」
先程の孝一さんと彩羽さんの反応を見ると、益々不安になるんだけど今はそんなことを言っていられないわな。
「という訳で、涼さんお願いします」
「一応聞くけど、後悔しないわね?」
「お願いします」
「こうなったらもうなるようになれだ!」
「そうだな。わたしも腹は据えた!」
「そうか。じゃあ、由乃さんも・・・・」
「やっぱりやらないとダメ?」
「はい・・・・というか、由乃さんが見えないとダメですから」
由乃さんまでも嫌そうな顔をしているが、その訳を俺達はすぐに知ることになった。
最初は俺に、視覚共有の術を涼にかけてもらっているのだが、それが術をかけるというようなものではなかった。
何故ならば―――
「なぁ、涼」
「なに?」
「本当にこれだけでいいのか?」
「うん。これがおでこならまだ良かったんだけど、前髪で視覚を遮られてはたまんないし」
「だからって、鼻先だけはないだろ鼻先だけは!」
その術の内容というのが、術を唱えながら霊封じの墨で目玉模様を描くだけの簡単なものだった。ただ、その書く場所というのがおでこではなく何故か鼻先になっているのだ。
(こんなの、女子はもちろん男子だって嫌がるぞ!)
理由はいたって単純、ダサいから。
「何で鼻先なんだ!?せめてほっぺにしろ!」
「極力目線を合わせないといけないし、眼帯付けてそれに書いても何の意味もないから直接顔に書かないとダメなんだ」
「それ以前に、ほっぺですと視線が斜め横に向いてしまっていちいち顔を傾けないといけませんので、かなり不自然です」
そう言って美玲も、諦めた様子で鼻先に目玉模様を描いてもらった。そりゃそうか、作戦の立案者である美玲が術の内容を知らないわけがないか。
その次の由乃さんも、虚ろな表情で涼に目玉模様を描いてもらった。鼻先に。
最後に華々美も、観念した様子で目玉模様を描いてもらった。もちろん、鼻先に。
「何か・・・・鼻を真っ黒に塗られたみたいだ・・・・・」
「だ、ダサすぎる・・・・・」
「我慢してください」
「墨って、意外と落ち難いんですよね・・・・・」
互いの鼻先に書かれた目玉模様を見て、俺達は落ち込んでいるのやら、滑稽に思っているのやら、なんとも言えない複雑な気持ちを抱いていた。よく見ると目玉模様なのだが、パッと見は小さい丸の真ん中にチョンと点を描いただけのもので、遠目から見ると鼻先を真っ黒に塗られているようにも見える。
「それにしても涼ちゃん、その絵はないだろ・・・・・」
「もう少し上手に書けなのかね・・・・・」
「放っとけ!絵心が無くて悪かったわね!」
単に涼の絵が下手なだけであった。仮に上手に書けたとしても、鼻先に書かれるのだからダサい事には変わりない。
「まぁ、どのみちおでこには書けないだろうな。ここにいる皆、眉にかかるくらいに前髪が長かったから」
「わたし達の町にいるメンバーでおでこを出しているのは、アリアと佳苗さんだけだもんな・・・・・」
「そう言えばそうだったな」
アリアはカチューシャで前髪を上げているし、佳苗さんは真ん中で前髪を分けておでこを出していた。あとのメンバーは、俺も含めて皆おでこに前髪がかかっており、強いてあげるのなら笠島先輩の前髪はおでこが半分出るくらいに短いくらいであった。
(何で皆示し合わせたみたいに前髪がかかっているんだ)
同じ髪型ではないにしても、誰一人としておでこを出さないんだよな。
「そんな事よりも、さっさと行きましょう」
「そうだな。こんな目玉模様、早く落としたいし」
「そうだな」
美玲と華々美に促され、俺と華々美は武器を持って孝一さんと彩羽さんと一緒に女悪霊のいる建物に向かっていった。歩いて3分後に、煌びやかなホテル街に到達した。しかも、そのホテルはただのホテルではなかった。
「夜で電気が生きていたら、この辺りももっとキラキラしていただろうけど」
「こんな所に根城を構えるなんて、あの女悪霊はどんだけ欲求不満が溜まってんだ」
周りにあるホテルは、いわゆる夜のアレをする為の物ばかりで、この他にもキャバクラやアレをする為のお店ばかりであった。
「ううぅん。なるほどね」
「どうした、彩羽?」
「いや、あのお店から女悪霊の痕跡を感じたの。おそらく、生前はあのお店で働いていたんだなと思う」
「「ああぁ・・・・・・」」
彩羽さんの霊視により、彼女が指さしたお店にあの女悪霊が勤めていたことが分かった。
けれど、そのお店というのが・・・・・何と言うか、子供には教えられないようなお店であった。勝手な偏見ではあるが、この現象が起こらなくてもどの道あの女悪霊はそう遠くない未来に病気で亡くなっていただろう。その病気というのが、エイズや梅毒などなどの性病である。
「あの店を見ただけで、女悪霊が生前どんな人だったのか想像がつく」
「わたしも幹夫と同じことを考えていた。おそらく、お店で人気ナンバーワンだったんだろう。性欲がすごく強かったから、あのお店は女悪霊にとっては天職だったんだろうな。けど、こんな事で人気になって自慢されても微妙だ」
そんな所で働いていたものだから、あの場所を根城にしていても不思議ではなかった。そんなことを考えていると、このホテル街で最も大きくて豪奢なホテルの前に俺達は立った。このホテルが、あの女悪霊の根城である。
「周りに霊がいないのは、女悪霊の魅惑の霊気から逃げる為だろうな。あんなのの近くにいても、取り込まれるのがオチだし」
「そうね。まぁ、ホテルの中にはたくさんの悪霊がいるでしょうけどね」
「その悪霊たちも、目が虚ろになっているだろうから大した脅威でもない」
「悪霊相手に虚ろなんて言われても、最初から死んでるから元々虚ろだけどね」
軽口をたたく孝一さんと彩羽さんだが、何の力を持たない俺と華々美にとっては悪霊というだけでかなり脅威である。その上、あの中には女悪霊が攫って来た若い男女がたくさんいるだろうから、早く救出しないと危ない。
「そんな事よりも、早く中にいる人を助けないと」
「そうだな。武谷君と藤波さんは、俺と彩羽の後について」
「「はい」」
孝一さんと彩羽さん先頭に、俺達はホテルの中へと入っていった。昨夜孝一さんがたくさん倒したお陰なのか、襲ってくる悪霊の数はそんなに多くなかったし、死霊も出てこなかった。
(浮遊霊ならともかく、死霊に言う事でもないかもしれないけど、まともな感性を持っていたらあの女と一緒にいるなんて勘弁だよな)
「幹夫!生存者がいたぞ!」
「本当か!?」
「ああ。でも・・・・・」
「ん?」
口篭っている華々美を見て、俺達は生存者がいるというホテルの個室の中をのぞいた。
中では、複数の男女が裸で絡み合っていた。そこは予想通りなので特に驚いていないのだが、驚いているのはその姿であった。
「何だ、これ!?」
「体中に発疹があり、炎症も酷いの!」
「華々美、これって!?」
「末期状態の梅毒だ。だけど、この状態になるのに通常だと3年くらいかかるのに、たった1週間でこうなるなんて!」
華々美からその事を聞いてすぐ、俺達は大急ぎで女悪霊のいる最上階へと走っていった。その途中で、何度か魅惑の霊気に惹かれて寄ってきた悪霊が襲ってきたが、あの女悪霊の影響で弱体化しているのかアッサリと倒す事が出来た。対抗できるようになったとはいえ、俺や華々美ですら簡単に倒せるくらいに。
何度か生存者を見かけたけど、全員が末期状態の梅毒にかかっており、中には既に亡くなっている人もいた。
最上階に到達すると、裸の女悪霊が若い男子たちと行為を行っていた。だけど、その若い男子たちは全員が末期の梅毒にかかっていた。それを見た瞬間、梅毒を移した犯人が誰なのか分かった。
「お前、生前にこれと同レベルの梅毒に!」
『あら、居たの?人の行為を除くなんて、そんなに興味があるのかしら?』
「質問に答えろ!」
怒りを爆発させながら、俺は女悪霊に向けて銀の矢を放った。女悪霊はその矢を躱して、天井に張り付くように浮かび上がって俺達を見下ろしていた。
『酷いねぇ。こんな絶世の美女に向けて矢を放つなんてぇ♪』
「質問に答えろ!」
「事と次第によっては、ただでは済まさない!」
怒りを爆発させる俺と華々美の横で、孝一さんと彩羽さんも怒った顔でそれぞれ弓とショットガンを構えていた。
「答えろ!」
『うるさいわね。あんな姿にはもう戻りたくないのよ。最初は化粧でうまく誤魔化したけど、客が私のせいで病気になったなんてほざくせいで借金地獄になってしまったのよ。病気がバレてから仕事もなくなり、私を求めて崇拝してくれる男もいなくなり、病状が進むたびに自慢の美貌も失い、おまけにお店もクビにされるし、仕事も出来ないし、イイコトも出来ないし、借金のせいで親には毎日怒られるわで本当に最悪だった。でも、この力を手にしてからは生前の美しい姿を取り戻す事も出来、たくさんの若い子たちとイイコトをするのはとても楽しくて、とても気持ち良くて、あの頃に戻ったみたいに最高の日々を取り戻す事が出来たのよ。その邪魔をするのなら、許せないわ』
「コイツ!」
「やはりあの悪霊から梅毒を移されたんだ!」
そういう仕事をしている人のことは否定しないが、この女みたいに相手の事を考えないで自分の欲求だけを優先するような奴は許せない。
病気にかかったのなら、きちんと病院に行って適切な治療を受けてもらわないといけない。
だが、この女はそれを受け入れられずに仕事を続けて、その結果お客さんに病気を移したんだから、仕事をクビにされるのは当然であった。
その上、病気を移された人たちから訴訟の嵐を売らう羽目になるんだから自業自得だ。
「最悪だな。そんなに男に飢えているのか?醜いババアだな」
「それでモテていると思い込んでいる勘違いおばさん、マジでクズなんだけどね」
孝一さんと彩羽さんの煽りを聞いた女悪霊は、鬼のような形相になって俺達の目の前まで接近した。
『小僧と小娘が!私はまだ26で、ババアやおばさんなんて言われる筋合いはないわ!』
「26?どう見ても30過ぎ出るでしょ」
「藤波さん、それはいくら何でも気を使い過ぎね!どう見ても40以上でしょうね」
女性2人は、あざ笑うような態度で更に女悪霊の神経を逆なでさせた。当然のことながら、女悪霊の怒りのボルテージは更に上がった。
『このぉ!殺してやる!』
怒りが爆発した女悪霊が、華々美と彩羽さんに手を出そうとした瞬間、俺の背後からビー玉サイズの水晶が飛んできて、女悪霊の頬をかすめた。
水晶がかすめた瞬間、女悪霊の顔が瞬く間に爛れ、発疹と痣だらけの顔になった。
『なっ、なあぁ!?いやあああああああああああ!』
状況を理解した女悪霊は、自分の顔を両手で覆いながら悲鳴を上げ、そんな女悪霊に向かって水晶は再び飛んでいった。今度は、胸の真ん中を貫通した。
『そんな!いや!いやあああああああああああ!』
悲鳴を上げながら女悪霊は、貫通した胸から火が噴き出し、完全に消滅した。
「呆気ないな」
「ああ。だが、それでいい。これはお祓いではなく、討伐なんだから。あまり時間をかけてはいけない」
孝一さんにそう言われた後、俺達はゆっくりと最上階の一室を後にしたのであった。




