色欲悪霊
霊滅版に関する話と、俺達の町の状況についての話を終えた後、今度は日口さん達がこっちの状況を話してくれた。
「まず、武谷君が抱いていた疑問について話そうと思う。10代後半と20代の若者が少ない事を」
「そうですね。小学生くらいと、30代以上の人が大半を占めている気がするのですが」
予想したくもない予想をしていたが、幸いなことにその予想は孝一さんの話を聴いた事で外れていたことを知って安心した。ちなみに俺が予想していた事とは、力の強い人が若者を酷使して食いつぶすという物で、俺達が避難している地域のとある教会で実際に起っていた事でもあった。その集団は、2年前の冬に屋内で焚火を焚くという愚行を行った結果、一酸化炭素中毒によって全滅した。
「実は、とある悪霊によって特定の条件を満たした若者が狙われ、連れ去られるという事件が先週から起こっていて、その悪霊によって若者の大半が攫われてしまったのです」
「とある条件を満たした若者って?」
「はい・・・・」
何やら口ごもる孝一さんに、俺はなんだか嫌な予感がしたのだが、そんな孝一さんを見かねた彩羽さんが代わりに話してくれた。
「童貞や処女、もしくは2人以上の異性と肉体関係を結んだ若者があの悪霊に狙われているのです」
「「「「「「へ!?」」」」」」
彩羽さんから聞いた内容は、俺達の予想の斜め上の条件、もとい予想もしていなかった条件であった。だから孝一さんは口ごもってしまったのだ。女性の前で話していい内容ではないし、事実うちの女性陣も里美以外の4人が顔を真っ赤にしているぞ。それなのに彩羽さんは、全く気にした様子もなく話をつづけた。
「どうやらあの悪霊、色欲がものすごく強いみたいでね、童貞の男と処女の女はあの悪霊の誘惑に負けやすくてね、抗うのが難しいの」
「ほ、ほう・・・・・」
「その上、2人以上の異性と肉体関係を持った男女も、性欲がとても強いと判断されたのか童貞の男と処女の女と同じくらい狙われるんだね」
「はぁ・・・」
だからここには若い人が少なかったのか。という事は、今いるのはたった一人の異性としか肉体関係を結んでいないという事になるのか?
「幸いなのは、その悪霊は攫った人間の命ではなく精力を奪うみたいで、殺される心配はないけど向こうで酒池肉林の肉の欲求が満載のエロエロ空間になっているの」
「い、彩羽さん。もう少し言葉を選んでもらえないでしょうか」
「というか、分かってんなら何で助けに行かないの?」
涼の指摘はもっともだが、せめて照れながら言うのはやめて欲しいぞ。
「だって、あの悪霊の出す魅惑の誘いに抗うのはかなり難しく、あたしや孝一君、朝香ちゃんでさえ気を抜くと飲み込まれて連れ去られてしまうの」
「ミイラ取りがミイラになるのがオチという訳か」
いくら陰陽師でも一人の人間だから、三大欲求の一つである性欲には抗えないという訳か。という事は、涼や由乃さんでさえ抗えない可能性があるぞ。
「そんな訳で、流石に見ず知らず人間に侵されたくないから、一昨日の夜に孝一君とアバンチュールしたってわけ」
「俺としては、もう少し順序ってものを大切にして欲しかったし、こんな形で大切な物を失うなんて・・・・・」
「あらいいじゃない。どうせあたし達結婚するんだし、早いうちに××××しても罰は当たらないわよ」
「彩羽さんはもう少し慎ましさを覚えてください。あとお兄ちゃん、彩羽さんの尻に敷かれ過ぎ」
どう返せばいいのか分からず、俺達はただ黙っているしか出来なかった。孝介さんと夜香さんも、どう反応すればいいのか分からない様子だった。一人を除いては。
「となると、うちで狙われるのは涼と由乃さんと美玲の3人だけね」
「「「ちょっ!」」」
「あら、武谷君と藤波さんは違うの?」
「というか、昨夜2人は3回も××××しちゃっているしね。しかも××なし」
「「おい!」」
何でバラすの!?というか、何で3回もしてしまった事を知っているのだ!?正しくは、2年前のも含めて4回だけど、それでもここで言う事でもないでしょ里美さん!
「あら、武谷君と藤波さんってそういう関係だったの!?しかも××なしって、一昨日のあたしと孝一君と一緒じゃない」
「お兄ちゃん!彩羽さんと生で!?」
「用意したけど、箱を開ける前に彩羽によってごみ箱に捨てられたんだよ!」
「あんた達!いい加減にしなさい!」
収拾がつかなくなりそうなので、夜香さんによって強引にこの話は打ち切られることになった。
「うちの義理の娘がすまないな。基本的には努力家でいい子なんだけど、少々デリカシーにかける所があって」
申し訳なさそうに深々と頭を下げる孝介さんだが、そんな彩羽さんを既に義理の娘として認めている所を見ると、彩羽さんと日口家の関係は良好だというのが伺える。
謝罪をした後、孝介さんはすぐに顔を引き締めて真面目な話をした。
「少々言い方がストレート過ぎたが、そう言う事なのです。なので最初は私一人で対処していましたが、孝一と彩羽さんが関係を結んだことで3人も加わって何とか撃退する事が出来ました。残念ながら、全て消滅させることは出来ませんでしたが」
「全てってことは、その悪霊は1人ではないのですか?」
「はい。正確に数えた訳ではありませんが、およそ80はいます」
「そんなに・・・・」
これは予想外であった。
別に命が奪われるわけではないが、それでも攫われた人達が危険であることに変わりない。
「それに、命を奪われることがないと言ったけど、たくさんの悪霊の近くにいるというだけで命を奪われるので、どちらにしても危険なので早急に救出しないといけないの」
先程のおちゃらけた雰囲気から一変して、真剣な表情で言う彩羽さん。こんなんでも彼女は、名門陰陽師一族の陰陽師なんだなと思った。
「とはいえ、数があまりにも多すぎるわ。目測でも80なんて」
「おそらく、ボスとなっている女悪霊の力の影響だと思う。彩羽に霊視してもらったら、その女悪霊は異常なまでに男に狂った女だったみたいで、それは死んで悪霊化したことで更に強くなったみたいなんだ」
「そんな女悪霊の霊気に他の悪霊が引き寄せられて、配下として若者を攫って精力を吸収するようになったんだね。まずいわね」
すぐに状況を理解した涼は、深刻そうな顔をしてまだ明るい外を眺めた。
「もしかしてその女悪霊って」
「流石は涼ちゃんだね。そうだよ、どんなに数を減らしてもあの女悪霊の霊気に惹かれた周辺に住んで言う他の悪霊が引き寄せられ、それがまた新しい配下として加わるんだ」
「それだけでも厄介なのに、2年でこんなにたくさんの悪霊が出始めるなんて・・・・最悪です」
涼や孝一さんだけでなく、由乃さんもその危険性を理解した。
いや、涼や由乃さんだけでなくこの状況がどれだけまずいのかは俺達にも理解できた。
(周りにたくさんの悪霊が出始めたという事は、このまま放っておくと他の死霊たちまでもが悪霊化してしまうという事になる)
これはあまりうかうかしていられないし、かと言ってその女悪霊をそのまま放置しておくわけにもいかない。
(霊滅版を探す前に、その女悪霊をどうにかしないといけない)
同時に、配下となっている他の悪霊たちも全滅させないとここに避難している人達の命までも危ぶまれる。
「その悪霊退治、俺達にも協力させてください」
「気持ちは嬉しいけど、生身で悪霊と対峙するのはあまりにも危険すぎる。あの女悪霊が放つ誘惑は、本当にかなり強力なんだ」
「こんな事はあまり言いたくありませんが、俺は華々美としかしていませんのでその誘惑に惑わされる心配はありません」
「その理屈で言うのなら、わたしも幹夫としか経験がないから問題ないな」
「私だって、この現象が起こる前に前に付き合っていた彼氏と経験済みだから大丈夫だと思うわ」
どうやら、里美も彼氏と既に済ませていたみたいでその女悪霊の誘惑が効かないというらしい。ちなみにその彼氏は、死霊から里美を守る為の盾になって命を落としたらしい。なんか嘘っぽく聞こえる気がするけど、初めて知った。
「だとしても危険すぎる!」
「大丈夫です。里美はドライバーだから無理でも、幹夫と華々美は死霊や悪霊との戦闘経験も豊富ですし、念力は無くても武器があるので何とかなります」
「そうですね。今回の悪霊に関しては、私や涼ちゃんはきっと何の役にも立たないでしょうし、幹夫君と華々美ちゃんにお願いするほかありません」
「しかし!」
なおも食い下がろうとする孝一さんを、彩羽さんがそっと手を握る事で押さえられた。
「あたし達が付いているから大丈夫だし、それに武器が整っていれば悪霊にだって負けないのはあたしを見ていれば分かるでしょ」
「・・・・そうだな。けれど、無茶だけはしないでくれ」
「「はい」」
話がまとまった所で、今夜俺と華々美は孝一さん達と一緒にその女悪霊と戦う事を決めた。涼と由乃さん、朝香さんには神社に避難している人達の護衛に就いてもらう事になった。
その後、俺達は孝介さん達のご厚意で風呂と寝床を用意してもらった。夜に万全な状態で挑んでもらう為に、俺達には早めの睡眠を取ることになった。
そうして迎えた夜中の0時。
孝介さん曰く、あの悪霊が若者を誘惑しに来る時間帯が来たという。
そして、その前兆はすぐに来た。
「あれ、全部悪霊なのか・・・・」
「信じられない・・・・」
目の前の光景に、俺と華々美は言葉を失った。
事前に、里美や夜香さんによって用意された松明のお陰で町は思いの他明るかったのだが、それによって見えた悪霊たちの数にギョッとした。
「80なんてレベルじゃない。こんなにたくさん一体どうやった集めたんだ!」
「俺だってこれは予想外だ!まさかあの女、世界中から悪霊を呼び寄せたのか!?」
「その執念が恐ろしいな!というか、たった2年でこんなにたくさんの霊が悪霊になっていたなんて、そっちの方が信じられないね」
孝一さんと彩羽さんも、この光景には驚きを隠せないでいた。
俺と華々美の横に立つ2人の装備については、孝一さんは刀を2振り帯刀していて、背中と足元にはたくさんの矢が入った矢筒があり、右手には弓を持っていた。
彩羽さんに関しては、槍や薙刀や大槌や刀、更には猟銃やショットガンなどの銃火器も使うという意外とワイルドな重装備であった。
「彩羽さん、すごい武器ですね」
「うちって、妖術や陰陽術よりも様々な武器を使った戦いを得意としている陰陽師一派なんだね」
「つまり、涼みたいな戦いが得意ってわけですか」
尤も、涼の場合は妖術も陰陽術も使う為、そういう意味では岩崎家とは少し違うのかもしれない。
「少し違うわ。岩崎家はお祓い以外で術は全く使わない代わりに、特別な力を宿した武器を使った戦いをするんだ。うちは陰陽術も使えるけど、どちらかというと武器や武術を中心に戦う筋肉陰陽師一族なんだよね。お陰でトップアスリート並の身体能力が身に着いたわ。そのせいで脂肪の燃焼が激しく、胸が全然大きくならなくなったんだよね」
俺達の後ろで何やら悲しげに語る涼だが、そのお陰で俺達は念力が無くても死霊たちと戦う術を見出す事が出来たのだ。
(というか、筋肉陰陽師って・・・・)
表現としては間違いではないが、女の子である涼としては微妙なのだろうな。
「ところで、本当にここまで来て大丈夫なんですか?」
今俺達のバックには、現在栽培中の作物や稲があり、目の前には何も植えられていない畑が広がっていた。つまり今、俺達は畑のど真ん中に立っているのだ。
「問題ない。うちが所有している敷地面積はかなり大きくて、この辺りの畑や田園や養豚場も俺達の土地なんです。なので、通常の亡者たちはそこから先には入れないんだ」
「スゲェ・・・・」
つまり、この辺りに住んでいる人達は代々日口家の管理する土地の中に住まわせてもらっている立場なんだな。涼の実家よりも広大な土地を所有している、この町で一番の大地主というのも伊達ではないという事か。
「そんで、目の前にある畑は冬野菜用の畑で、今は何も植えていないから思う存分暴れられるぞ」
「まぁ、昨夜みたいに神社の中ではない分、ボク達も戦いやすくはあります」
なるほど、だから今まであまり数を減らせられずにいたんだな。避難している人達を守りながら戦う為、今回みたいに神社を出て畑まで出るという事が出来なかったのだな。
けれど今回は、神社の方には孝介さんと由乃さんがついてくれている為、日口兄妹と彩羽さんも安心して前に出られるという訳か。涼も来ているが、危なくなったら朝香さんと一緒にすぐ神社に戻るように指示されている。
「そんな事よりも、集中してください。そろそろ来ます」
「分かっている。先ずは、俺と朝香でたくさん削る」
「うん」
そう言うと、孝一さんと朝香さんが前に出て胸の前で印を結び始めた。
結び終えた次の瞬間、2人の口からもの凄く大きな炎が噴き出され、目の前にいた悪霊たちが一気に焼かれていった。
「スゲェ・・・・」
「日口家は、他のどの陰陽師よりも強力な火を出す事が出来る一族で、その中でも孝一さんは歴代最高クラスと言われているのよ」
そういえばそんなこと言っていたけど、実際に目にするとその凄さがよく分かる。今までは避難した人を守りながらだったのと、女悪霊の影響で本当に十二分に戦う事が出来なかったのだな。
『あら、酷いじゃない。私の可愛い配下たちを燃やしちゃうなんて』
「なっ!?」
「上か!」
「来た!」
俺達が一斉に上を向くと、露出度の高いパーティードレスを着た女が宙を浮かんでいた。歳は20代前半くらいで、容姿は確かに良かったが、華々美や涼と比べると2枚も3枚も劣って見える。
『ふふ♪いい男といい女が増えてる。食べちゃいたい♪』
舌なめずりしながら俺達を値踏みし、獲物を狙う肉食獣の様な顔をする色欲悪霊。その様子に、背筋が凍りつくような恐怖しか感じなかった。
岩手では「色欲」がテーマになっています。ただし、佐藤宗一は今回無関係となっています。




